映画『リンドグレーン』は2019年12月7日より岩波ホールを皮切りに全国順次公開。
2019年12月7日より岩波ホールを皮切りに全国順次公開される映画『リンドグレーン』。
「長くつ下のピッピ」「ロッタちゃん」シリーズなど、子どもの心をつかんで離さない児童文学を数多生みだしてきた作家アストリッド・リンドグレーンの“過渡期”を描いた本作。
アストリッドの苦悩と希望を捉えながら、彼女がどうして偉大な作家になることができたのかを紐解いていきます。
スウェーデンやデンマークの雪深い広大な情景と、リンドグレーンを演じたアルバ・アウグストの豊かな表情が心に残りました。
映画『リンドグレーン』の作品情報
【日本公開】
2019年(デンマーク・スウェーデン合作映画)
【原題】
UNGA ASTRID
【監督・脚本】
ペアニレ・フィシャー・クリステンセン
【脚本】
キム・フォップス・オーカソン
【字幕】
大西公子
【字幕監修】
菱木晃子
【キャスト】
アルバ・アウグスト、マリア・ボネヴィー、マグヌス・クレッペル、ヘンリク・ラファエルセン、トリーネ・ディアホム
【作品概要】
監督・脚本は、長編監督デビュー作『A SOAP』(2006)が、ベルリン国際映画祭で銀熊賞、及び最優秀新人作品賞に輝いたペアニレ・フィシャー・クリステンセン。
主演リンドグレーン役に、巨匠ビレ・アウグスト監督の娘、新星アルバ・アウグスト。
その他にも、『ヴェラの祈り』(2014)のマリア・ボネヴィーや、『未来を生きる君たちへ』(2011)などのトリーネ・ディアホム、『テルマ』(2018)のヘンリク・ラファエルセンら、スウェーデン、デンマークを中心に北欧の才能が集結しました。
映画『リンドグレーン』のあらすじ
スウェーデンのスモーランド地方。
教会の土地で農業を営む信仰に厚い家庭で育ちながら、伸び伸びと育った16歳の少女、アストリッド。
礼拝で聞いた神父さまのお説教をジョークにして兄妹を笑わせるものの、母は苦い顔。
町のダンスパーティーでは男の子からダンスに誘われず、女友達を誘って踊り出します。
友達が先に帰った後は1人でジャズのナンバーにあわせてステップを踏むアストリッド。
その後、兄とともに帰宅しますが、母は彼女の帰宅が遅いことを咎めます。
アストリッドは母に、一緒に帰って来た兄が叱られないことの不平等さを訴えても聞きいれられません。
中学を卒業した彼女は、文才を見込まれて地方新聞社で働くようになります。
編集長は父の知人であり、アストリッドの友人の父親でもあるブロムベルイ。
彼は妻に先立たれ、後妻とは離婚調停中で、7人の子どもを抱えながら働いています。
ブロムベルイの助手として雇われたアストリッドは、その文才と知性を見込まれて、秘書兼記者へ出世。
同時にブロムベルイのことを異性として意識し始めるのでした…。
映画『リンドグレーン』の感想と評価
アストリッド・リンドグレーンになるまで
本作は作家アストリッド・リンドグレーンのサクセスストーリーではありません。
アストリッドが作家への道を歩み始めるまでの大事な数年間を追いますが、その間彼女が進むのは、自由だった子ども時代も終わりを告げ、女性としての不自由さに直面した薄暗い迷路でした。
観客はアストリッドとともに、その“さなぎ”時代を追体験するんです。
少女から大人へと変わるアンバランスさ、男女への扱いの違い、教会のしきたり、そういったものが自由奔放だったアストリッドの魂をがんじがらめにしていきます。
男の子から声をかけて貰えないとダンスも出来ない。それでも女友達を相手に踊り、友達が帰った後も1人で踊り続けたアストリッド。
その帰り道、彼女は大声で叫びます。誰にも理解してもらえない彼女の孤独と葛藤を吐きだすように。
本作の後半にこれと対比する場面が登場し、そこが彼女の人生の大きなターニングポイントとなります。
彼女の後の人生を知っていても、差し出された温かな手に観る者も救われることでしょう。
子育て世代の共感を呼ぶ痛み
愛する者、特にわが子と離れなければならない苦しさは、今でも全世界共通ではないでしょうか。
子どもを一時的にでも誰かに預ける時、胸のどこかがチクリと痛む経験をしたことがある方も多いでしょう。
本作でも、アストリッドは愛するわが子との別れを余儀なくされ、それは精神的にも肉体的にも彼女を苦しめました。
赤子が飲んでくれなくても母乳を作り続ける乳房は熱を持ち、乳腺炎に罹ってしまったアストリッド。
強制的な子離れが及ぼす苦痛を、肉体的な影響から描くことで、経験したことが無くてもその痛みを観客に伝えてくれます。
出産の痛みを描いた映画は多いですが、出産後の体の痛みを描いた作品は多くはありません。
また、子どもとの距離や母になることへの不安を抱きながらも前へ進んで行くアストリッドの姿は、子育てに悩む現代の大人たちに勇気を与えてくれるでしょう。
アストリッドが想像の翼をはためかせ、わが子との距離を縮めていくさまに、作家リンドグレーンのきらめきが垣間見えます。
まとめ
誰もダンスに誘ってくれなかったアストリッド。
たった一人で踊って来た彼女に差し伸べられた手は温かく、ともに歩める相手となったからこそ、「世界一強い女の子」は誕生することができました。
アストリッドを演じたアルバ・アウグストが強さを手に入れ、輝きを増して行く表情に魅了されてください。
監督であるペアニレ・フィシャー・クリステンセンは、電気も電話も、同世代の子どももいない幼少期を過ごす中で、アストリッド・リンドグレーンの著書を支えとしたそうです。
ペアニレ・フィシャー・クリステンセン監督は“私を形作った人”とリンドグレーンを敬愛し、そのリンドグレーンを形作ったものは何なのかと探究したのが本作です。
多くの読者に勇気を与えてきたアストリッド・リンドグレーンの“強さ”の秘密をぜひ覗いてみてください。