映画『荒野にて』は、2019年4月12日(金)より、ヒューマントラスト渋谷ほか全国順次公開。
映画『さざなみ』の監督アンドリュー・ヘイが描く、孤独な少年と孤独な馬の逃避行。
現代社会の過剰な情報と物が排除された映像から、人間の感情があぶり出される…。
今回はアンドリュー・ヘイ監督のヒューマンドラマ映画『荒野にて』のあらすじと感想をご紹介します。
映画『荒野にて』の作品情報
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017
【公開】
2019年(イギリス映画)
【原題】
Lean on Pete
【監督】
アンドリュー・ヘイ
【キャスト】
チャーリー・プラマー、スティーブ・ブシェーミ、クロエ・セビニー、トラビス・フィメル、スティーブ・ザーン
【作品概要】
監督を務めたのはイギリス出身の監督アンドリュー・ヘイ。2016年日本公開の映画『さざなみ』では第65回ベルリン国際映画祭の銀熊賞に輝き、全世界から高い評価を得ました。
透明度が高く、見ているものの心を落ち着かせる映像表現は『荒野にて』でも健在です。主演のチャーリー・プラマーの役に憑かれたかのような演技にも注目です。
映画『荒野にて』のあらすじとネタバレ
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017
アメリカ、ポートランドの郊外。広大な土地を颯爽と走る麗しき少年チャーリーの趣味は、毎朝のランニングでした。
ある日、ランニングから自宅に帰るとキッチンに見知らぬ女性の姿がありました。リンという若い女性が卵料理を作っていました。
すると、チャーリーの父親のレイは、ジーンズを履きながら寝室から出てきて、「秘書なんだ」と告げます。
浮気現場を目撃したチャーリーは身じろぎもせず、彼らと会話を始め、「いい女だ、夫がサモア人の人妻なんだ」と自慢げに語るレイ。それを見て笑うチャーリー。
レイとリンはすぐに食事を済ませ、仕事に向かいました。
数年前、チャーリーの母でもあり、レイの奥さんが蒸発し、男2人でポートランドに引っ越してきました。
貧乏な暮らしにも関わらず、やさぐれてはいるが優しい父と頼れる息子は支え合って生きていました。
チャーリーはランニング途中に「ポートランド・タウンズ」という競馬場を見つけます。
広大な土地に立つ大きな競馬場に彼は魅了されます。馬を見ていたチャーリーは、「おい、そこにお前!」と、デルという中年の男に声をかけられます。
「力はあるか?手伝ってくれ」と言われ、10ドルに釣られたチャーリーは車の修理を手伝います。
デルは競走馬を育てる調教師で、レースのために馬を連れてきていました。
「他に手伝うことはある?」とチャーリーはデルに言うと、荷台に乗ってデルの牧場へと向かいました。
力強く走る馬に愛着を覚え始めたチャーリーにとって牧場の仕事は快適そのものでした。
学校には通わず1日中、デルの手伝いを、ひたむきに仕事をこなすチャーリー。そんな彼は、ある日、リーン・オン・ピートという競走馬に出会い、心奪われます。
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017
デルにとって馬は金稼ぎの道具でしかないため、馬に愛着を覚えるチャーリーに呆れていました。
夏のある夜、寝静まった家に怒号が響き、「開けろ!俺の女と寝ただろ!」と、必死に扉を抑えるレイでしたが、恰幅の良いサモア人の力には及びません。
扉を打ち破って入ってきた大男は叫び、「女房と寝ただろ!」「ビールでも飲もう!!まずは話し合おう!!」と言い合いながら、後ずさりするレイ。
すると、大男の拳がレイの顔に直撃しました。吹っ飛んだレイに応酬をかけるサモア人は、彼をガラス戸の方に押しやります。
ガシャンと大きな音がなると、再び家は寝静まりました。
一部始終を怯えて見ていたチャーリーは、すぐにレイの元へ向かいます。腹から出血し、青ざめた様子のレイ。
「救急車を呼んでくれ!」、チャーリーは暗闇の中、力いっぱい叫び続けました。
以下、『荒野にて』ネタバレ・結末の記載がございます。『荒野にて』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017
家を囲む警察車両と救急車。警察は哀れみの目でチャーリーに話かけます。
「お母さんは?」「いません」「他に身内は?」「叔母がいます」「どこに?」「知りません」「じゃ、施設に連絡するからそこで待ってなさい」すると、チャーリーはそこから走って逃げ出しました。
緊急手術を終えたレイの病状は芳しくありませんでした。チャーリーは「念の為叔母の連絡先を知りたい」とレイに尋ねます。
「その必要はない。俺は帰るつもりだ、また2人で生きていくんだ」と、チャーリーは、強がる父の手を強く握り続けました。
入院費と手術費を払うため、より仕事に精を出すようになったチャーリーはデルとボニーという女性騎手、そしてピートと一緒に中規模のレースへ向かいました。
彼女は性差別にあいながらも、長く騎手の世界で生きてきた女性です。
ボニーはピートにまたがります。力強く、地響きを鳴らしながらスタートしたピートは、見事1着に輝きます。しかしピートの頑張りに心の底から喜んでいたのはチャーリーだけでした。
デルとボニーは、馬を金の種としか思っていなかったのです。
ボニーは、走らせすぎのピートを見て心配するチャーリーに「馬を愛してはだめ。ただの競走馬よ」と言います。
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017
彼は仕事の合間を縫って病院へ向かうと、片付けられた病室。そこに父の姿はありませんでした。
「ダメだったんだ。二日前まで元気だったんだが。君に何度も連絡したのに」と言い、医師はさらに、「身内は?今から施設に連絡するからそこで待っててくれ」と言うと、チャーリーはそこから走って逃げ出しました。
過度なレースで足を痛めたピート。使い物にならなくなってきた馬の売却レースにピートも参加することになり、良い成績を取らなければ屠殺されてしまうのです。
父を失ったチャーリにとって、愛する馬まで失ってしまうということは、もはや生きる希望すらも失ってしまうことです。しかし、無常にもピートは最下位になってしまいます。
その夜、デルはチャーリーに「ピートを車に乗せろ」と言います。説得しても無駄だと感じたチャーリーは、ピートを守るための行動に出ます。彼は馬を乗せて車を走らせ、逃亡の旅に出ました。
しかし、その逃避行は簡単なものではありません。30ドルしか持っていなかったチャーリーはガソリンを盗み、無銭飲食を働きます。
ついに車に限界がくると、彼らは歩いて荒野を移動し始めました。乾いた広大な土地。アメリカの荒野を歩く少年と一匹の馬。
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017
チャーリーはピートに思い出話をし始めます。かつてはフットボールをしていたこと、父と喧嘩別れした叔母はとても優しい人だったこと…。彼らは黙々と歩き続けました。
喉の渇きも限界に近づいたチャーリーの目の前に、一軒の屋敷が見えました。2人の男は彼を向かい入れ、水を与えました。
競走馬を連れた珍しい客に気を許し、親戚との食事に彼を招きました。親戚を含めた彼らの世界はとても狭く、閉ざされた世界に生きていました。
どことなく息苦しさを感じたチャーリーは家を出ます。ピートと共にワイオミングに住む叔母も元へ。彼らは再び歩み始めました。
果てしない道のりにもめげない少年と馬は、夜中道路を超えうとしていました。そこにバイクが大きな音を立てて走ってきます。
走り去るバイクに驚いたピートは手綱を振り払い、道路の方へ走り出していきます。チャーリーは急いで彼を追いかけます。
声を荒げるチャーリーをよそ目に道路へ突っ込むピート。そこに赤い乗用車が迫ってきて馬を跳ねました。
息を荒げるピートに抱きつくチャーリーは、過呼吸になりながらも「大丈夫だ」と声をかけました。しかし、ピートはすぐに息をしなくなりました。
立ち尽くす少年は下を向き続けました。そこに警察が到着します。
「親はどこにいるんだ?」「いません」「どこに向かっていたんだ?」「叔母の元へ」「とりあえず施設に連絡するからパトカーで待ってなさい」。すると、チャーリーは走ってそこから逃げ出しました。
街中へ出たチャーリーは喧騒の中、寝床を探します。なんとか道端に居を構え、現実に打ちひしがれていました。
食にありつくため、炊き出しに出たチャーリーは、シルバーという男に会います。
長らくホームレース生活をしていた彼は、キャンピングカーの中でメキシコ人の女性と暮らしていました。
仕事を探していたチャーリーに対し、「仕事なんかねえ」と言い放つシルバー。しかし、メキシコ人の女性が彼に仕事を紹介します。
日雇いの塗装会社で仕事をするチャーリーでしたが、わずかな収入にも喜びを感じ、笑顔をもらします。
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017
その夜、宿泊させてもらっているキャンピングカーに帰ると、シルバーが酔いつぶれていました。「なんかあったらすぐに出た方がいいわ」と彼女が言うと、チャーリーは稼いだお金を靴に隠し、眠りにつきました。
しかし、彼はシルバーの怒鳴り声で目を覚まします。
「金を出せ!」叫びながらチャーリーの首を絞めるシルバーは彼の靴を脱がせ稼ぎをぶんどります。追い出されたチャーリーは怒りに震えます。
彼はバールを手に、キャンピングカーのフロントガラスを割り、無理やりシルバーを引きずり出します。顔を殴り、みぞおちにも一発…。
金を取り戻したチャーリーでしたが、我に帰った瞬間、自分のした行いに震え、走り去っていきました。彼はついに叔母に関する有益な情報を手に入れます。
今は再婚し、ワイオミングではない街で図書館員として働いているとのことでした。彼は全額をバスのチケットに変え、体一つでその街へ向かいました。
乗客の少ないバスの中、1人外を見続けていると、目的地に到着しました。街唯一の図書館に向かいます。
マージー叔母さんはやせ細ったチャーリーにすぐに気づき、彼に何度も抱きつきました。
叔母さんはかつて、チャーリーの親権のことでレイと揉め、縁を切ったことを後悔していました。「しばらくの間泊まってもいい?」と聞くチャーリーに「もうあなたを離さない」とマージーは答えました。
その夜、少年は父と、そしてピートを思い、泣き続けました。髪を切り、タンクトップ姿のままランニングをするチャーリー。
朝、静まり返った住宅街を走る少年は、ふと後ろを振り返りました。
映画『荒野にて』の感想と評価
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017
本作は、“もの”と“情報”がとても少ないのが特徴的です。
現代アメリカの田舎が主な舞台ですが、我々の目に映るのは、木々や馬など自然や動物ばかり。人工的なものは少なく、携帯電話の登場は一度だけで、PCが映し出されることはありません。
現代社会における過剰な情報と大量の人工物がカットされた本作において、人の憎しみや怒り、悲しみなどの感情が大胆にも明るみになります。
現代に生きる私たちにとって、怒りや悲しみから逃走するためにスマートフォンやPCは必須。SNSで共感を求め、ネットで日々のストレスや問題から逃れるためのコツを探し求めています。
しかし、冒頭で言及した通り、映画内の人物がそういった選択肢を取ることはない。では彼らがなにをもってそこから逃避し、社会に生き続けようとしたのでしょう。
それは「暴力」や「酒」といった退廃的で自堕落な対象によってでした。
そして母を失い、ついには父もいなくなった孤独な少年チャーリーにとっても、憎しみや怒り、悲しみは重くのしかかります。
少年はそれらを破壊的な行為に逸らすのではなく、ただ「走る」という極めてシンプルな行為によって逃れ、前を向きせっせと生きようとします。
実際、本作においてチャーリーが走っている場面は非常に多いのも特徴でもあります。
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017
しかし、そんなチャーリーはもう1人の主人公とも言える「ピーター」という競走馬と共に、「走る」ことを抑制させられてしまいます。
人生を駆け抜けることを、冷めきった自堕落な大人たちに邪魔され、競走馬としてドーピングを大量に施された馬も、足を痛め屠殺されそうになります。
しかし、彼らはまた走れることを願い、共に荒野を歩き続けるのです。
そんな僅かな希望を胸に大地を歩き続ける姿には、ジーンとくるものを感じることができました。
過剰な“もの”や“情報”が削られたそのミニマリズムさによって、目に見えない感情は鋭利なものになり、私達の心に突き刺してくる。
静かで冷たく、そして時に暖かい。シンプルで質の良い作品です。
まとめ
(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017
チャーリー、いわば若者の生への執着と将来への希望。
そして大人になった人間のある種のあきらめ。
その相反する思いが、“もの”や“情報”の過剰さから解放されたシンプルな世界に描かれています。
是非、現代社会のわずらわしさから逃れ、映画の世界に没入してみてはいかがでしょうか。
映画『荒野にて』は、2019年4月12日(金)より、ヒューマントラスト渋谷ほか全国順次公開。