映画『滑走路』は2020年11月20日(金)より全国順次公開。
精神不調に悩まされながらも短歌を詠み続け、32歳の若さで命を絶った歌人、萩原慎一郎の遺作となった『歌集 滑走路』。
いじめや非正規雇用などの苦難を経験しながら、生きる希望を託した萩原慎一郎の歌は、多くの共感を集め話題になりました。
映画『滑走路』は、『歌集 滑走路』を原作に現代社会を生きる3人の男女が直面する苦悩と問題、そして希望を描いています。
苦しみながらも日々を生きる人々への「人生賛歌」とも呼べる、本作の魅力をご紹介します。
映画『滑走路』の作品情報
【公開】
2020年公開(日本映画)
【原作】
萩原慎一郎
【監督】
大庭功睦
【脚本】
桑村さや香
【キャスト】
水川あさみ、浅香航大、寄川歌太、木下渓、池田優斗、吉村界人、染谷将太、水橋研二、坂井真紀
【作品概要】
32歳の若さで命を絶った歌人、萩原慎一郎の遺作となった唯一の歌集を完全映画化。
年代の違う男女3人が、それぞれ抱えている問題と、苦しみながらもがき続ける姿を通して、その先にある希望を描いた人間ドラマ。
メインとなる若手官僚の鷹野を浅香航大が、切り絵作家の翠を水川あさみがそれぞれ演じる他、物語の中心となる学級委員長を、約500人のオーディションを勝ち抜き本作に抜擢された新人俳優、寄川歌太が演じています。また、染谷将太や坂井真紀など、実力派俳優も出演しています。
脚本を映画『ストロボ・エッジ』(2015)や、2020年12月公開のアニメ『ジョゼと虎と魚たち』の脚本を担当している桑村さや香。監督は『シン・ゴジラ』(2016)や『マチネの終わりに』(2019)など、数々の映画や映像作品で助監督を務めた後、2018 年に自主製作した『キュクロプス』が高い評価を得ている大庭功睦。
映画『滑走路』のあらすじ
シングルマザーの母親と暮らす中学2年生の学級委員長。
彼は幼馴染の裕翔がいじめられている所を助けた事で、次は自分がいじめの標的になってしまいます。
エスカレートするいじめに苦しみながらも、母親に心配をかけたくない一心で、学級委員長は1人で全ての問題を抱え込みます。
また裕翔も家に引きこもってしまっていましたが、学級委員長は自分を裏切った裕翔への怒りを抱えていました。
ある時、学級委員長は女子生徒の天野と知り合います。
天野は、絵画コンクールで入選するほどの才能がありますが、勉強が苦手な事から、厳しい両親に成績が下がれば絵を描く事を禁止されてしまいます。
学級委員長は天野に勉強を教えていく中で、2人は親密になっていきますが…。
厚生労働省で働く若手官僚の鷹野。
鷹野は日々の業務に忙殺されていましたが、上司に全く評価される事は無く、理想と現実の間で苦しんでいました。
また、同期も厚生労働省を去る事になり「何の為に仕事しているんだ?」という問いかけに鷹野は何も答える事ができませんでした。
ある日、非正規雇用の問題に取り組むNPO団体が持ち込んだ「非正規雇用が原因で亡くなったとされる人々のリスト」を手に取った鷹野は、自身と同じ年齢である、25歳で自死した青年の事が気になります。
鷹野は、自分が取り組んでいる仕事の実態を掴む為、NPO団体からの情報をもとに、青年の死の真相を探るようになります。
鷹野は、青年と交際していた元恋人に辿り着きますが、そこで意外な言葉を聞かされます。
駆け出しの切り絵作家として活動をしている翠。
翠は、高校教師で美術を教えている夫の拓己に支えられながら、自身の活動を続けていました。
翠は切り絵作家として認められるようになってはいますが、パートを続けないと苦しい生活状況が続いていました。
また、30代も後半に差し掛かった翠は、次第に自身の子供を出産する事を意識するようになっていきます。
ですが、考える事は不安定な日本の情勢や、夫婦の収入の事など、漠然とした将来への不安ばかりでした。
そんな中、翠はある日を境に、拓己の態度に不自然な部分を感じるようになっていきます。
映画『滑走路』感想と評価
世代の違う3人の男女が直面する、日々の生活に潜む不安や問題と、それに伴う希望と再生を描いた映画『滑走路』。
中学生の学級委員長、若手官僚の鷹野、切り絵作家の翠と、立場も年齢も違う3人の物語が、同時進行していく構成となっています。
学級委員長は、シングルマザーの母親に心配をさせたくない一心で、いじめの事実を隠しますが、次第にいじめがエスカレートしていく事に悩みます。
鷹野は徹夜も当たり前の日々の仕事に忙殺されていく中で、自分の仕事の意義を見失いますが、厚生労働省の職員として、自分の仕事の実態を掴む為に、非正規雇用問題に正面から取り組みます。
翠は自身の活動を理解し、協力してくれている夫の拓己に感謝しています。ですが、何を相談しても「翠はどうしたい?」と聞いてくる、拓己のどこか他人任せの部分に不満を感じています。
このように3人の男女は「学校内でのいじめ」「非正規雇用の問題」「出産のリスク」に直面しており、それぞれ複雑な内面を抱えています。
これらの問題はフィクションの世界だけの話ではなく、現実問題で日本に蔓延している、本当に身近な問題です。
日本が抱える将来への漠然とした不安が、病魔のように国を蝕んでおり、弱い立場の人間は日々を生き抜く事で精一杯で、夢を持てず希望を抱けない。
そして、自分の事で精一杯で、他人の苦しみに気付かず、悩みを抱えていても口に出せずに1人で塞ぎ込んでしまう。
そんな日本のリアルな部分を、本作は観客に突きつけてきます。
作中で翠が語る「子供を産んでも将来が不安なだけ」というセリフに、多くの人が共感してしまうのではないでしょうか?
このセリフ1つを取っても、現代社会の何とも言えない、不安定な部分が浮き彫りになっているような気がします。
ですが、本作で語られているのは、そんな状況でも「生きる」事の大切さです。
現在の苦しみや苦悩は、飛び立つ前の準備段階であり、悩み苦しんだ経験が必ず今後に活きてくる。
それが生きるという事であり、本作でメインとなる3人は、時には不安な感情を爆発させながら、生きるという事に正面から向き合います。
3人の物語が同時進行していく構成なのは前述しましたが、そこにはある理由があり、本作の全貌が見えた時『滑走路』というタイトルに、特別な意味を感じるようになるのではないでしょうか?
まとめ
現代を生きる人々が、直面する問題を描いた映画『滑走路』。
本作では、問題に直面しながらも「生きる」事の大切さが込められていますが、同時に人との繋がりの重要性も語られています。
家族、友人、恋人、さまざまな人との繋がりが語られており、1人でいじめに悩んでいた学級委員長が、天野に出会った事で救われるエピソードからも、どんなに苦しい状況でも、最初から1人きりの人間なんていないという事がわかります。
映画『滑走路』は、日本の「今」をリアルに切り取った作品なのです。
重たすぎる描写に、直視するのも厳しい場面もありましたが、本作には、もがき苦しむ3人の姿から、生きる事の大切さや、人との繋がりの重要性、そして、どんな状況でも希望に繋がる可能性がある事が力強く描かれています。
生きる事に正面から向き合い、命の尊さを力強く描いた『滑走路』。
さまざまな問題に直面し、現代社会でもがき悩む人達への熱いメッセージが込められた本作は、まさに、今観るべき人間ドラマと言えるでしょう。
映画『滑走路』は2020年11月20日(金)より全国順次公開。