ユダヤ人女性歴史学者とホロコースト否定論者のかつてない対決の行方は?!
ミック・ジャクソン監督、レイチェル・ワイズ主演の『否定と肯定』をご紹介します!
1.映画『否定と肯定』作品情報
【公開】
2017年(イギリス、アメリカ合作映画)
【原題】
Denial
【原作】
デボラ・E・リップシュタット
【監督】
ミック・ジャクソン
【キャスト】
レイチェル・ワイズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・スポール、アンドリュー・スコット、ジャック・ロウデン、カレン・ピストリアス、アレックス・ジェニングス、マイク・ゲイティス
【作品概要】
ホロコースト否定論者デイヴィッド・アーヴィングの主張を否定したユダヤ人女性歴史学者デボラ・E・リップシュタットは、アーヴィングに名誉毀損で提訴される。イギリスではアメリカとは違い、訴えられた側に立証責任があり、ホロコーストの存在を証明しなければならない。2000年1月、多くのマスコミの注目が集まる中、王立裁判所でホロコーストの有無を法律が裁くという歴史的裁判が開廷した。
2.映画『否定と肯定』あらすじとネタバレ
1994年、アメリカのジョージア州アトランタにあるエモリー大学でユダヤ人女性の歴史学者デボラ・E・リップシュタットの講演会が行われようとしていました。
即売会用の机に積まれた彼女の著書『ホロコーストの真実』を一人の男が手に取っていました。
また、会場にはカメラを回している別の男の姿がありました。
公演が終わり、学生が質問を始めました。「ホロコーストの否定論者とは闘わないのですか?」
「否定論者とは話しません。相手するだけ無駄ですから」とデボラが答えると、後方の席に座っていたあの男が立ち上がりました。
「議論もしないで侮辱するのか!?」そう叫んだ男はホロコースト否定論者、デイヴィッド・アーヴィングでした。
彼は聴衆の前でホロコーストなどなかった、ヒトラーはホロコーストのこともユダヤ人虐殺も命令していない、命令書がないのだと主張し始めました。
しゃべりまくることでデボラに話す機会を与えず、挙句に「ヒトラーの命令書を持ってきたら、1000ドルくれてやる!」と札束をかざし挑発するのでした。
カメラを回していたのは大学関係者ではなくデイヴィッドが連れてきたマスコミの人間で、帰りのタクシーの中で、デボラが劣勢になっているように見える映像に「いいぞ」とアーヴィングはほくそ笑みました。
数年後、デボラにイギリスのペンギンブックス社から電話がかかってきます。
アーヴィングが、彼女が出した本で侮辱され被害を被ったとし、名誉毀損で提訴したというのです。
裁判を受けてたつことになったデボラは弁護士、アンソニー・ジュリアスと面会します。
ジュリアスが言うには、アーヴィングがイギリスで提訴したのは理由があるとのこと。
アメリカでは原告側に立証責任があるが、イギリスでは被告側が立証しなくてはいけないというのです。
つまり、ホロコーストはあったということを法的に証明しなくてはならないのです。
弁護団は、デボラが調査に使った書類を全て持参し、アーヴィングのところへ赴きました。
弁護側はアーヴィングの日記の提出を要求。彼は承諾しますが、本棚には何十年にものぼる大量の日記が収められていました。
デボラは自身も証言し、アーヴィングと対決するつもりでしたが、ジュリアスは、デボラは証人台にはたたないと言います。
驚いて理由を尋ねると、「アーヴィングの目的は裁判の勝ち負けよりも、あなたを侮辱し、辱めることにある。
ちょっとした言葉尻をとらえて、あなたが嘘つきで、ホロコーストはなかったのだと主張したいのです。
あなたの証言は彼を煽るだけ。彼にエサは与えない」とジュリアスは答えました。
さらに、ホロコーストからの生存者を証人台に立たせることもないとジュリアスは述べます。
「彼らの声には耳を傾けるべきよ」とデボラは反論しますが、ジュリアは、「ディベートのうまいアーヴィングは弁護士をたてず、全て自分で質問するつもりです。
ホロコースト否定論者からの質問など想像を絶する苦痛だ」と言うのでした。
弁護人もそれぞれ役割が別れており、デボラは、法定弁護人のリチャード・ランプトンと面会しました。
彼はアウシュビッツへ足を伸ばすと告げました。「なぜ行くの?」とデボラが聞くと「弁護方針だ」と答えが返ってきました。
アウシュビッツではランプトンは遅れて現れました。これは巡礼ではない、証拠集めなのだという一貫した彼の態度にデボラはいささか反感を抱きました。
ナチスはホロコーストやユダヤ人虐殺の事実を隠蔽するため、施設を徹底的に破壊し、あらゆる証拠を隠滅していました。
2000年1月。王立裁判所の前には大勢の報道人が詰めかけていました。
入廷するデボラに報道陣がインタビューを要請しますが、ジュリアスは彼女にしゃべらせません。
すぐ側でアーヴィングが得意げにインタビューを受けていました。
「法定で話さない君が記者に話せば、判事が気を悪くするだろう?」とジュリアスは言います。
裁判が始まりました。アーヴィングはデボラの著書で否定されたため、皆が私に背を向けるようになったと述べ、否定論者とは悪意のある言葉だと主張します。
ランプトンはアーヴィングの著書において、1977年の初版ではホロコーストの存在を認めているのに、1991年には否定している、その方向展開について説明を求めました。
ロイヒター報告書によるものだという答えにランプトンは「嘘を知りながらなぜ受け入れた? 真実であれと望んだのだ」と責めます。
一日目が終わったあと、デボラのもとに一人の老女が近づいてきました。彼女はホロコーストの生存者でした。
「生存者を証人に呼ばないの? 私たちのグループが証言すべきだわ」と訴える彼女に、デボラは必ず呼ぶと約束します。
弁護士たちに談判しますが、「論点がずれる」「裁判では気持ちを癒せない」と拒否されます。
「無言の死者に声を与えたい」と言っても、「今すぐ約束を破棄するんだね」と言われてしまいます。
この日は建築学者のロバート・ジャン・バン・ペルト氏が証言台に立ちました。
彼はホロコーストの生存者から聞き取ったホロコーストの内部の構造を図面化したものを見せ、柱が四本あって天井を突き抜けていたことを証言します。
しかし、アーヴィングは爆破されて倒壊した残骸の屋根の写真には4つの穴はないと主張し、ペルト氏が一瞬、言いよどむすきをついて「穴はなく従ってホロコーストはない!」と叫びます。
すると、傍聴席にいたマスコミは一斉に立ち上がり、出ていきました。
テレビや新聞は一斉に「ホロコーストはなかった!」と大々的に報道しました。
これに関してはいくらでも反論できる証拠もあったのですが、アーヴィングの印象操作にしてやられたのです。
デボラは生存者に証言してもらうべきだと再度主張しますが、ジュリアスは「アーヴィングに辱められる。
扉は左にありましたか、右でしたかといった細かいことをしつこく聞かれ、嘘つき扱いされる」と答えます。
そして、アーヴィングが過去に生存者を辱めた映像を見せました。
彼は年老いた生存者に「その入れ墨であなたはどのくらい稼いだのかな」と言い、彼女を笑い者にしていました。
その日、ランプトンは、死体消毒のためにガスを送っていたというアーヴィングの主張の矛盾点を鋭い質問でつく作戦をとります。
ホロコーストがあったと言われている建物は防空壕の役割も果たしていたと述べるアーヴィングに「1943年の早い時期に空襲?」と疑問を呈し、「退避する前に爆弾をくらってしまうのでは?
宿舎から四キロも離れているのですよ」と指摘しました。
「思いつきで語っている」とするランプトンの追求にさすがのアーヴィングもたじたじの様子です。
その夜、デボラの部屋にランプトンが訪ねてきました。「今日はお見事だったわ。
彼の目を一度も見なかったわね」とデボラが言うと彼は「視線をはずして批判されるといらつくものだ」と答えました。
ホロコーストに行った時、遅刻してくるなんて失礼だ、死者に対して薄情と彼に対して思ったものですが、今日の法廷で、あの時彼が遅れてきたのは距離を測っていたせいだと知ったのです。
彼女は無礼を詫ました。
「私のやり方に落胆したことだろう」とランプトンは切り出し、言葉を封印されていることに対して不満を隠せないデボラに「法廷で彼の目を見つめて対決するか?
皆のためにじっと法廷に座り、勝つために口をつぐむことを選ぶか?」と穏やかに語りかけました。
「良心を他人に委ねる気持ちを想像できる?」そう言ったあとデボラは続けました。「いいわ。応じる」。二人の間に信頼関係が生まれていました。
3.映画『否定と肯定』の感想と評価
ホロコーストの歴史認識を争う法廷劇です。実際にあったアーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件(Irving v Penguin Books and Lipstadt)を描いています。
ホロコーストなどなかった、ユダヤ人虐殺などなかったと主張する男が、彼のことを批判したと女性歴史学者を名誉毀損で訴えます。
驚かされるのは、勝つための弁護団たちの徹底した作戦とその明晰な頭脳です。
なんて冷静な人たちなんだろう、まさにイギリスのエリートの頭脳が集結しているという興奮を味わうことができますが、一方、蚊帳の外に置かれたように感じる当事者の女性歴史学者の気持ちも十分伝わってきます。
自身も専門家の立場から言いたいことは山ほどありますし、感情的にも黙っていられない問題です。
さらに彼女は、ホロコーストからの生存者たちの気持ちも痛いほどわかります。
彼女たちを裁判から遠ざけてよいものなのか、その葛藤が伝わってきます。
果たして本当に弁護団の言いなりで大丈夫なのか、何度かの衝突を経たのち、徐々に不信感が氷解し、チームワークが築かれていく過程を映画は見事に表現しています。
とりわけ、名優トム・ウィルキンソンが演じた法廷弁護士の穏やかで聡明な物腰は説得力があり(法廷では鋭く厳しい)、彼の真摯な行動が彼女の心を動かす様は非常に納得できるものとなっています。
そしてここで取り上げられているテーマは、現在、世界中で横行しているフェイクニュースや歴史修正主義の問題にもつながってきます。
それらによって、社会が分断されている様子は、映画の中で入廷する被告、原告両者に応援と罵声が送られるシーンに見てとることができます。
その点において、本作は、非常にタイムリーなテーマを扱っており、他人事ではない身近な問題として感じることが出来ます。
それにしても裁判は感情では勝てないということ、必ずしも正義とか常識といったことが通用するわけではないこと、それらとはかけ離れた印象操作や論点のずらしなどが勝敗を左右することなど、一筋縄ではいかないものだとつくづく思わされました。
だからこそ、法廷劇というものは面白いわけなのですが。
4.まとめ
歴史学者デボラ・E・リップシュタットに扮したのはレイチェル・ワイズです。フェルナンド・メイレレス監督作『ナイロビの蜂』(2005)ではアカデミー助演女優賞を受賞している実力派です。
『ロブスター』(2015 ヨルゴス・ランティモス監督)の近視の女、『光をくれた人』(2016 デレク・シアンフランス監督)の子どもを失った女性役など、印象に残る役柄が記憶に新しいですが、今作も信念の女性を演じています。
彼女の気持ちと寄り添い、感情を揺さぶられて観た人も多いのではないでしょうか。
デイヴィッド・アーヴィングを演じたのはティモシー・スポール。「ハリー・ポッター」シリーズのピーター・ペティグリュー役で広く知られています。
スマートで冷静な若き弁護士アンソニー・ジュリアスを演じたのは、アンドリュー・スコット。
映画出演作も多いですが、なんといってもBBCの「SHERLOCK(シャーロック)」シリーズ(2010-17)のジム・モリアーティ役が有名です。
さらに、建築学者のロバート・ジャン・バン・ペルトに扮したマイク・ゲイティスは、スティーヴン・モファットと共に『SHERLOCK(シャーロック)』の共同制作者であり、マイクロフト・ホームズ役でおなじみです。
ということで、本作は、『SHERLOCK(シャーロック)』のファンの皆さんにも必見の作品となっています!