『キムチを売る女』、『春の夢』など世界の映画祭で注目を集めてきた韓国の名匠チャン・リュル監督が描く男と女、生と死の物語
チャン・リュル監督の2014年の作品『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』が、全国順次公開されています。7月20日(土)からは、大阪 シネ・ヌーヴォ、8月2日(金)からは東京アップリンク吉祥寺での公開が始まります。
『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』は、”映像で人の心を書く”と称されるチャン・リュル監督が、韓国・古墳の街、”慶州”を舞台に過去に向き合い、今を生きる人々の姿を描いたヒューマンドラマです。
映画『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』の作品情報
【日本公開】
2019年公開(韓国映画)
【監督】
チャン・リュル
【キャスト】
パク・ヘイル、シン・ミナ、ユン・ジンソ、キム・テフン、シン・ソユル、リュ・スンワン、イ・ジュンドン
【作品概要】
『キムチを売る女』、『春の夢』などで知られる韓国映画界の名匠チャン・リュル監督が韓国・慶州を舞台に描く男と女、生と死の物語。
主人公のヒョンを『神弓 KAMIYUMI』、『22年めの記憶』のパク・ヘイルが、ユニを『私の愛、私の花嫁』、『火山高』のシン・ミナが演じています。
映画『慶州 ヒョンとユニ』のあらすじとネタバレ
ヒョンがバス停でバスを待ちながら煙草を取り出して匂いを嗅いでいると、前にいた母親と一緒の幼い女の子に「おじさん、ここで煙草すっちゃだめ」と注意されます。
先輩の告別式に出席したヒョンは、遺影の写真が7年前、先輩ともうひとりの友人と3人で慶州(キョンジェ)に旅行した時、自分が撮った写真が使われているのに気がつきます。
慶州(キョンジュ)は大邸からほど近いこともあり、ヒョンは衝動的に慶州を訪ねることにしました。
彼にはどうしても確認したいものがありました。それは、先輩たちと3人で入った茶屋にあった一枚の春画です。
慶州に着いて早々、ヒョンは大学時代の後輩でソウルに住んでいるヨジュンという女性に電話して、慶州に来るよう誘いました。
彼女を待つ間、早速茶屋を訪れたヒョンは、以前通されたのと同じ席につきますが春画はありませんでした。
壁紙の下にあるのではないかと破れ目を覗いていると、店の主人のユニがやってきて、怪訝そうな目を向けられてしまいます。
ヒョンは七年前にこの店に来たことがあると語り、春画について尋ねました。お客さんがからかうので、壁紙で隠したのだ、とユニは応えました。
ユニは、春画の話ばかりする変態が店にきていると友人に連絡します。
ヒョンは茶屋をあとにし、駅にヨジュンを迎えに行きました。やってきた彼女はひどくつっけんどんで2時間しか時間がないといいます。
易者に占ってもらったあと、一緒に食事をしていると、易者に私は子供が産めないと言われたと彼女は突然泣き始め、店を飛び出していきました。あわてて追うヒョン。
ヨジュンは大学時代、私がひどく酔った時、先輩はひどいことをしましたよね、とヒョンに言い、あの時、妊娠したのだと打ち明けました。「なんで言わなかったんだ」とヒョンが言うと、彼女は「先輩は無責任だから」と応えました。ヒョンは何も言うことができませんでした。
彼女がやってきた時にヒョンが撮った写真を彼女は消して帰っていきました。
ヒョンが歩いていると、バス停で会った母娘が隣を歩いているのに気がつきました。女の子に手を振ると、彼女はあっかんべぇをして行ってしまいました。
再び茶屋を訪ねると、2人連れの客が先客で来ていました。中年の日本人女性でした。ヒョンはさっきと同じ席に座りました。
「今日二度目ですね」とユニに声をかけられ、もう一杯飲んでいこうと思いまして、とヒョンは応えました。
ヒョンの前には亡くなった先輩の奥さんが座っていました。「あの死はチャンヒさんが決めたのです」と奥さんは話し始めました。
「自殺ではありません。先生ならわかっていただけますよね」
そういうと奥さんは、ヒョンに「手を見せていただけますか?」と言いました。ヒョンは手をかぶせ、そこではっと幻影だと気が付きます。
「お疲れのようですね」というユニの声がしました。彼女はプーアル茶を運んできて、注いでくれました。
日本人女性はヒョンが男前なので、俳優なのか、とユニに尋ね、ユニはそうだと応えました。女性はヒョンと一緒に写真を撮って帰っていきましたが、すぐに戻ってきて、日本人として、過去の行いを謝罪します、と2人に言いました。
ユニが通訳を務めてヒョンに伝えると、ヒョンは「僕は納豆が大好きです」と応え、ユニはそれを通訳せず、「過去のことを忘れてはいけませんが、お互いに前を向いて歩んでいきましょう」と日本人女性に応えました。
ふたりだけになると、話はまた春画のことになりました。「なぜこの絵がここにあるのか聞いてはいませんか?」とヒョンは尋ね、ユニは「ああいう絵がお好きなんですか?」と聞き返しました。
「ひと目見た時、ここにあわない気がしたんです。でも次にはここにあうように感じました。」とヒョンは応えました。
なんという画家が書いたのだろうと知りたがるヒョンに、ユニは「オーナー目当てに来ていた画家が書いたと聞いています」と答えました。
ヒョンがお店の全景をパノラマ写真で撮りたいと言いだし、ユニは自分が映りたくないので、ヒョンの後ろに回り、2人背中合わせになる形で回っていると、ユニの友人の女性が訪ねてきました。「なにしてるの?」と驚いたように言いました。
ヒョンは飲み会に誘われ、2人の女性と一緒に歩いていました。座敷に通されると、パク教授という北朝鮮史の研究者がいて、ヒョンが北京大学で北東アジア政治学を教えているというと、パク教授はヒョンのことを知っていて「あの“近代以前の韓中史”の権威のチェ・ヒョン教授!」と握手を求めてきました。
ユニの友人は「そういえば、春画の話ばかりする変態はどうしました?」と聞き、ユニがヒョンのことを“変態”呼ばわりしていたことがバレてしまいます。
途中、ヨンミンという名の警察官の男性が遅れて現れますが、母娘が無理心中した事件の処理をしていたとかで、ひどく落ち込んだ様子でした。
話を聞いてみると、その母娘はヒョンが二度あった、あの母娘ではないかと思えるのでした。
パク教授は、酔っぱらい、ヒョンに北京大学に推薦してほしいと言い出し、ヒョンが断ると、大騒ぎして暴れ始めました。
パク教授をタクシーに乗せ、ユニの友人も一緒に乗せて見送ったあと、ヒョンとユニは2人で歩き始めましたが、そこにヨンミンもやってきて、3人は古墳の上に登っていきました。
警備員にみつかって3人は叱責されますが、警備員はそのうちの一人が警官だということに気づき、「なぜここに?」と尋ねます。
「事件の証拠を探しに来たんだ」とヨンミンは答え、彼らは開放されました。
映画『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』の感想と評価
男性と女性が出会い、飲み、食べているだけなのに妙に面白いことや、作品のそこそこに絶妙な間のユーモアが溢れているといった作風は、ホン・サンスの作品群を彷彿させますが、本作の根底に流れているのは“死”の影です。
そもそも、物語は主人公の先輩の葬式から始まります。そのために北京から韓国に帰ってきた主人公ヒョンは、昔先輩と訪れた慶州に導かれるように出かけていきます。
慶州は紀元前1世紀から10世紀に渡って新羅王朝の首都として栄えた街で、新羅王族の古墳がいくつもあります。その地でヒョンは何人かの死を間接的、直接的に目撃します。
また、ヒョンが訪ねた茶屋のオーナーのユニは何年か前に夫を亡くしており、その死から立ち直ることが出来ていません。
出会って、飲んで、食べてという生者の行為と、“死”の気配が隣り合わせに存在している場所として慶州という街が立ち上がってきます。
パク・ヘイルが演じる主人公のヒョンは、ひょうひょうとしていて、人からは変人に見られたり、変態に間違われたりして、思わず笑いを誘う人物ですが、序盤に描かれる、彼が呼び出す大学時代の後輩の女性の告白は衝撃的です。
酒の勢いで彼女をものにしたという過去を彼はすっかり過ぎたものとして考えています。そうでなければ彼女を呼び出すことなど出来ないでしょう。被害者である女性の気持ちとは圧倒的な感覚のずれがあります。
彼女はヒョンと別れたあと、「覚えていてくれてありがとう」というメールを送っているので、過去も今もヒョンのことが好きなのかもしれません。しかし、同意のない行為は決して許されるものではありません。
このエピソードがなければ、主人公を少し風変わりだけれど、ほのぼの好感が持てる人間ととらえるところですけれど、チョ・リュル監督はあえてこうしたエピソードを語ることで、彼への好感を封じているかのようです。
後輩は、その際、妊娠したことを告白しており、そこにもまた一つの悲しい死が暗示されています。
亡くなった人を振り返ることは過去へと誘われること。本作では“過去”とどう対峙するかが大きなテーマとなっています。
茶屋の客の日本人女性が日本人が韓国に行った過去の過ちを謝罪する場面がありますが、その際に、ユニが答える「過去を忘れてはいけませんが、前を向いて歩んでいきましょう」という言葉は、ユニ自身が背負っていて思い悩んでいる事柄への解答でもあります。
しかし、そうは分かっていても、言葉のように物事はうまくいきません。そのもどかしさや、難しさは、国家間でも個人の問題でも変わりありません。映画はそんな様を静かに見つめていくのです。
夜の古墳群をゆっくりとカメラがパンしていく静謐な美しさ、真夜中の古墳群に登って、となりの古墳を見る時、また、隣の古墳に登った人物が、逆に見返す場面のカメラの自在な動きは、慶州という街でなければ決して見られない眺めでしょう。
幻想的なシーンも含め、人間の生と死が静かに鮮やかに表現されているのです。
まとめ
ヒョンを演じたパク・ヘイルは、『殺人の追憶』(2004/ポン・ジュノ)で終盤に突如容疑者として浮上してくる限りなく怪しい男を演じ、『神弓 KAMI』(2011/キム・ハンミン)では、家宝の「神弓」を武器に1人で10万人の清軍に突撃していく弓の名手を演じました。
幅広い役柄をこなす名優のひとりです。本作では、日本人観光客に、男前なので俳優に違いないと記念写真を頼まれる愉快なシーンがあり、思わず頬が緩んでしまいます。
ユニを演じたのは、『甘い人生』(2004/キム・ジウン)、『私の愛、私の花嫁』(2014/イム・チャンサン)などの作品で知られるシン・ミナです。韓国で大変人気のある女優ですが、本作では流暢な日本語も披露しています。
チャン・リュル監督は1962年5月生まれ。中国吉林省延吉市出身の朝鮮族3世で、39歳のときに小説家から映画監督に転身しました。
『キムチを売る女』(2005)、『重慶』(2007)といった作品で世界的にも評価されていますが、本作『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』は、これまでと違った次元に入ったターニングポイントになる作品と言われています。
2018年には、韓国の南西部、全羅北道に位置する港町・群山を訪れた男女2人の姿を描く『群山:鵞鳥を咏う』を制作。『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』と同じく、パク・ヘイルが主演を務めています。
日本では第14大阪アジアン映画祭(2019)で上映され、好評を博しました。
『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』に続いて、チャン・リュル監督作品がもっと日本に紹介されることを願っています。