ウェス・アンダーソン監督が名優たちと共に作り上げた至高の世界
ウェス・アンダーソン監督の長編第10作目を飾る最新作の舞台は、20世紀フランスの架空の街にある『フレンチ・ディスパッチ』誌の編集部です。
『フレンチ・ディスパッチ』は米国新聞社の支社が発行する雑誌で一癖も二癖もある才能豊かな記者たちが活躍し、大勢の読者の指示を受けていました。ところが編集長が仕事中に急死し、遺言によって廃刊が決まってしまいます。
最終号には追悼文と共に、4つの記事が掲載されることになりました。それは一体どのような記事なのでしょうか。
ビル・マーレイ、オーエン・ウィルソン、エドワード・ノートン、ティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、ウィレム・デフォー、シアーシャ・ローナンといったウェス・アンダーソン映画でおなじみの顔ぶれに、ベニチオ・デル・トロ、ティモシー・シャラメ、エリザベス・モス等、ウェス・アンダーソン作品初参加の俳優陣も加わり、ウェス・アンダーソンならではの機知に富んだ世界が展開します。
CONTENTS
映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(アメリカ映画)
【原題】
The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun
【制作・原案・監督・脚本】
ウェス・アンダーソン
【キャスト】
ビル・マーレイ、シアーシャ・ローナン、ティモシー・シャラメ、ティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、ベニチオ・デル・トロ、ウィレム・デフォー、エイドリアン・ブロディ、オーウェン・ウィルソン、ヘンリー・ウィンクラー、ルパート・フレンド、セシル・ドゥ・フランス、フランシス・マクドーマンド、フィッシャー・スティーヴンス、ジェフリー・ライト、ジェイソン・シュワルツマン、ロイス・スミス、グリフィン・ダン、ボブ・バラバン、マチュー・アマルリック、ドゥニ・メノーシェス、アレックス・ローサー、スティーヴン・パーク、ウォレス・ウォロダースキー、ギョーム・ガリエンヌ、ステファン・バック、リナ・クードリ、リーヴ・シュレイバー、エドワード・ノートン、トニー・レヴォロリ
【作品概要】
『グランド・ブダペスト・ホテル』でアカデミー賞4部門受賞したウェス・アンダーソン監督の長編第十作目を飾る最新作。
20世紀フランスの架空の街にある「フレンチ・ディスパッチ」誌の編集部を舞台に、豪華キャスト陣が集結。三部構成で展開し、ウェス・アンダーソンらしい演出が随所に散りばめられています。
映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』あらすじとネタバレ
アメリカの新聞『カンザス・イヴニング・サン』の別冊で、フランスのアンニュイ=シュール=ブラゼに編集部を構える雑誌『フレンチ・ディスパッチ』。
国際問題、政治、アート、ファッション、フードと幅広い内容を誇り、一癖も二癖もある才能豊かな記者たちによる記事は広く読まれ、人気を博していました。
ところが、ある日、雑誌の創刊者で名物編集長のアーサー・ハイウイッツアー・Jr(ビル・マーレイ)が心臓麻痺で急死してしまいます。
彼の遺言に従って『フレンチ・ディスパッチ』は廃刊が決まり、編集長の追悼号は雑誌の最終号として4つの記事を掲載することになりました。
まず巻頭を飾るのは自転車に乗ってアンニュイ=シュール=ブラゼをリポートするエルブサン・サゼラック(オーウェン・ウィルソン)です。
アンニュイ=シュール=ブラゼは丘陵にある古い町で、かつては職人の町として栄えました。ブラゼ川が流れ、石造りの建物が並ぶ美しい町です。
一方で、町には裏の顔があり、夕暮時になると売春婦や男娼が姿を見せ始めます。町にはネズミの大群がいて、屋根には多くの猫が集まっています。サゼラックは悪ガキたちに襲われ、自転車から落下することも。
アンニュイ=シュール=プラゼの裏の顔に果敢に攻め込んだサゼラックのレポートに編集長は「さすがに下品すぎないか?」と尋ねました。
STORY1「確固たる名作」by J・K・L・ベレンセン
美術界の裏も表も知り尽くすJ・K・L・ベレンセン(ティルダ・スウィントン)によるレポート。
フレンチ・スプラッター派アクション絵画の先駆者として知られるモーゼス・ローゼンターラー(ベニチオ・デル・トロ)は、ユダヤ系メキシコ人の牧場主の父を持つ裕福な生まれでしたが、バーテンダー2人を殺した罪で50年の刑に処せられ、服役していました。
彼は11年目に「特別活動」をはじめ、やがて看守のシモーヌをモデルに絵を描くようになります。シモーヌ(レア・セドゥ)とローゼンターラーはベッドをともにしますが、ローゼンターラーが求婚してもシモーヌは断り、彼を悲しませます。
たまたま同時期に服役していた美術商のジュリアン・ガタージオ(エイドリアン・ブロディ)はローゼンターラーの絵に注目し、絵を買いたいと交渉します。
欲のないローゼンターラーはタバコを数十本要求しますが、ガタージオはそんな安い値段では駄目だと言って契約を交わし、出所後、金を支払い、たちまち彼をスターにします。
しかし、ローゼンターラーは次の作品をなかなか描きません。ヤキモキしたガタージオはローゼンターラーが仮釈放されることに希望を求めますが、反省した姿を見せなかったため、仮釈放は却下されてしまいました。
ローゼンターラーの影響を受けたフレンチ・スプラッター派が誕生する中、3年がたち、ガタージオはローゼンターラーを訪ね言いました。「当代随一の画家にした。いつまで待たせる?」
シモーヌによると絵は出来ているようですが、ローゼンターラーはあと一年待ってくれと言うのでした。
STORY2「宣言書の改訂」byルシンダ・クレメンツ
高潔なジャーナリスト、ルシンダ・クレメンツ(フランシス・マクドーマンド)によるレポート。
アンニュイ=シュール=ブラゼでは学生のデモが盛んに行われていました。
ルシンダ・クレメンツは友人から食事に招かれ出かけていきますが、そこにはもうひとり招待客がいました。
友人夫婦は独身の彼女に男性を紹介したかったため、もうひとりくるのを内緒にしていたのです。言えば、彼女は来なかっただろうと。クレメンツはあえて独身なのだと語り、仕事に、結婚、家庭は邪魔なだけだと応えました。
目に何かが入り痛くなり、クレメンツはバスルームに飛び込みます。すると夫婦の息子が風呂に入っている最中でした。
彼は学生運動のリーダー格のゼフィレッリ・B(ティモシー・シャラメ)。彼はクレメンツに宣言書を見てくれと依頼します。
校正しようとするクレメンツにゼフィレッリは内容を見るだけだと抵抗しますが、まず誤字から直さないと言われてしまいます。それをきっかけにふたりは付き合うようになります。
裸でベッドに横たわるゼフィレッリは、彼がクレメンツの部屋で過ごしていることを親が知っていると知り驚きます。彼の隣でタイプライターを打ち続けているクレメンツになぜ話したのかと問うと、彼女は尋ねられたから知らないフリはできなかったのだと答えました。
ルシンダは学生たちの取材をするため、ゼフィレッリから話を聞きます。落第して兵役に行ったミッチミッチが脱走して逮捕されたのが、ゼフィレッリが学生運動に従事するようになったきっかけでした。
彼は「若き理想主義者運動」を立ち上げ、大学や国を相手に抗議し、やがてチェス革命が勃発。大学当局とチェスで闘うことになります。
「若き理想主義者運動」の会計係ジュリエット(リナ・クードリ)が登場。彼女は宣言書の改訂版を受け取りますが、付録が必要なのかと首をかしげます。
改訂を行ったのがクレメンツだと知り、ジャーナリストのあなたがなぜ?と猛反発。クレメンツにひどい言葉を投げつけます。
ゼフィレッリがジュリエットを落ち着かせようとしますが、おさまらず、その時、大学側からチェスを打つ番だと知らせが入ります。
しかし、ジュリエットは「ゼフィレッリのことが好きなの」と告白。ついに大学側からは「タイムオーバー」と通告が入り、催涙弾が打ち込まれました。
STORY3「警察署長の食事室」byローバック・ライト
祖国を追放された孤独な記者・ローバック・ライト(ジェフリー・ライト)のレポート。
ローバック・ライトは、警官としても優秀で、アンニュイ警察署長(マチュー・アマルリック)のお抱えシェフでもあるポリス料理家ネスカフィエ(スティーヴン・パーク)を取材するため、署長の食事室に向かいました。
地図が苦手なローバック・ライトはなかなか部屋にたどり着けません。ギャング組織の悪徳弁護士アバカス(ウィレム・デフォー)が鶏小屋に入っているのに遭遇しますが、部屋の電気がつくと、警官が大挙して彼を囲んでいて驚きます。
ようやく部屋にたどり着きますが、魅惑の食事タイムは署長の一人息子ジジが誘拐されたことで大騒動へと発展します。誘拐犯は天窓の穴からジジを引っ張り出すと、気球に乗せて逃げ去りました。
主犯格は運転手のジョー(エドワード・ノートン)でした。アバカスを釈放しなければ息子を殺すと脅します。
怒った所長はあらゆる情報を集め、アジトを特定します。所長は腹が減ったとネスカフィエに告げ、食事をとりながら救出作戦を練りました。
「息子は腹ペコだろう。シェフに料理を届けさせる。もちろん君たちの分もだ」と所長は誘拐犯たちと交渉し、ネスカフィエが隠れ場に行くことになりました。
ネスカフィエが犯人たちの前に食事を取り出すと、ジョーはネスカフィエに毒味をさせました。当然料理には毒が入っていましたが、ネスカフィエは猛毒を食べました。
「フレンチ・ディスパッチ」の編集部員、風刺漫画家(ジェイソン・シュワルツマン)、ストーリー・エディター(フィッシャー・スティーブンス)、法務顧問(グリフィン・ダン)、コピー・エディター(エリザベス・モス)、校正者(アンジェリカ・ベティ・フェリーニ)、長年編集部にいながら一度も記事を書いたことがない記者(ウォーリー・ウオロダースキー)たちは、集まって、追悼記事について話しあっていました。
誰かが「なにか書かないと。担当は誰だ?」と問いかけると、「一緒に書こう。死亡記事を、わいわいと」と声が飛び、皆が口々に言葉を発し始めました。
映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』感想と評価
『フレンチ・ディスパッチ』誌は、1925年に創刊されたアメリカの老舗雑誌『ニューヨーカー』をモデルにしています。
ウェス・アンダーソンは高校生の頃に高校の図書館で『ニューヨーカー』誌に出会い、夢中になって読みふけったそうです。
本作に登場する編集者や記者たちは、『ニューヨーカー』の偉大な編集長、多彩な記事を書いた記者やライターなど実在の人物のイメージを纏っています。
二大編集長として著名なハロルド・ロスとウィリアム・ショーンがビル・マーレイが演じた編集者にインスピレーションを与えたことはいわずもがな。
自転車に乗って町をレポートするオーウェン・ウィルソン演じた記者は、『ニューヨーカー』のスタッフライターのジョゼフ・ミッチェルや、ストリートファッションスナップの写真家で映画にもなったビル・カニンガム等がモデルになっています。
『ニューヨーカー』は良質な短編小説を載せることでも大変有名ですが、掲載は非常に厳しく、J・D・サリンジャーも、なかなか採用にならず一旦掲載されることが決まった作品がボツになったという有名な逸話もあるくらいです。
そんな中、フランシス・マクドーマンドが演じたジャーナリストのモデルであるメイヴィス・ギャラントは『ニューヨーカー』に100編以上の短編を発表したことで知られています。
また、ウェス・アンダーソンはフランス文化にも憧れが強く、実際、フランスで暮したり、本作においてのフランス映画の影響を公言しています。
特に“STORY2「宣言書の改訂」”は、ヌーヴェル・ヴァーグの影響が色濃く見られ、若者たちの政治と青春というテーマは、ゴダールの『中国女』(1967)、『男性・女性』(1965)などの作品を彷彿させます。
アニメーションが大々的に登場するのも、フランスのマンガ文化への経緯の現れではないでしょうか。
ウェス・アンダーソンはこのように自身の大好きなものをたっぷり詰め込み、いつもながらに抜群のデザインセンスを発揮しながら、『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』という夢のような雑誌を編集したといえるでしょう。
ちょうど、彼が高校のとき、図書館で『ニューヨーカー』に出会ったときのように、ページをめくるたびにワクワクし、読んでいるときは勿論のこと、手に携えているだけでも幸せな気持ちを味わえる、そんな雑誌=映画を作り上げたのです。
ただ、そのような幸福感に包まれながらも、この雑誌が最終号であることを忘れてはいけないでしょう。名編集者がいて、個性的な記者がユニークな記事を次々と発表し、圧倒的な人気を誇る雑誌というのは、最早少なくなっています。
今や斜陽文化ともいえる雑誌の世界。時代の変わり目にその衰退を目撃しながら、過去の珠玉の文化に敬意を現し、そこに溢れた才気と稚気を確かに受け取り、作り上げられたのが本作なのです。
まとめ
ウェス・アンダーソンにはどのようなイメージがあるでしょうか。シンメトリーを基本にした独特の世界観、抜群のテザインセンス、稚気に溢れたカメラワーク、そんなおしゃれなイメージが浮かんできます。
しかし、勿論、それだけではウェス・アンダーソンを語ることは出来ません。映画『グランド・ブタペスト・ホテル』(2014)がそうだったように、映画の芯の部分には骨太なものが備わっています。
『グランド・ブタペスト・ホテル』でレイフ・ファインズが扮した伝説のコンシェルジュは「かすかな文明の光はまだあった。かつての人間性を失い殺戮の場と化した世界にも。彼もそのひとつだった」と称されます。
『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』の各エピソードにもそのような「光」を見ることができるでしょう。