ゴールデングローブ賞受賞作『ドライブ・マイ・カー』を原作と比較!
『ドライブ・マイ・カー』は、村上春樹の同名短編小説を濱口竜介が監督・脚本を務めて映画化した作品です。
俳優であり演出家の家福。共に過ごしていた愛する妻が、秘密を残して突然この世からいなくなってしまいます。喪失感を抱えたまま2年がたち、家福は広島の演劇祭に出かけ、専属ドライバーとして渡利みさきを雇います。みさきが運転する愛車の中で、孤独な2人が次第にお互いの寂しさを理解するように……。
家福役を西島秀俊、みさき役を三浦透子、家福の妻・音役を霧島れいかとそれぞれ実力派が演じた本作は、第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、日本映画では初となる脚本賞を受賞。また日本映画として、62年ぶりにゴールデングローブ賞に輝きました。
世界から圧倒的な支持を受けた映画『ドライブ・マイ・カー』を原作小説と比較して楽しみましょう。
CONTENTS
映画『ドライブ・マイ・カー』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【原作】
村上春樹『ドライブ・マイ・カー』(短編小説集『女のいない男たち』所収/文春文庫刊)
【脚本】
濱口竜介、大江崇允
【監督】
濱口竜介
【音楽】
石橋英子
【出演】
西島秀俊、三浦透子、霧島れいか、パク・ユリム、ジン・デヨン、ソニア・ユアン、ペリー・ディゾン、アン・フィテ、安部聡子、岡田将生
【作品概要】
映画『ドライブ・マイ・カー』は、村上春樹の短篇小説集『女のいない男たち』に収められた6編の短篇小説の一つです。この小説の映画化を熱望し、自ら脚本も手がけたのは濱口竜介監督。
家福を演じるのは、『サイレントトーキョー』(2020)などの西島秀俊。ドライバーのみさき役を『月子』(2017)の三浦透子が演じるほか、若手俳優・高槻役に『さんかく窓の外側は夜』(2021)の岡田将生、家福の最愛の妻・音役に霧島れいかなど実力派俳優陣が集結。
本作は第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、日本映画では初となる脚本賞を受賞し、国際映画批評家連盟賞・AFCAE賞・エキュメニカル審査員賞の3つの独立賞も受賞。さらに日本映画としては62年ぶりとなるゴールデングローブ賞にも輝きました。
小説『ドライブ・マイ・カー』のあらすじとネタバレ
舞台俳優で演出家の家福悠介は、専属ドライバーを捜していました。
女性の運転する車に何度も乘った経験のある家福。女性だから男性だからと運転技術を区別するようなことを彼は考えません。けれども、車の運転に限って言えば、女性が運転する車に乗ると、隣で運転しているのが女性であるという事実を常に意識してしまいます。
そのため専属ドライバー候補が女性と知った時、その気持ちが顔に現れました。ですが、この女性の運転技術は確かであるという推薦者の言葉を信じ、その女性に会ってみることにしました。
家福の愛車は黄色のサーブ900コンバーティブル。12年前に新車でこの車を購入した時、家福の愛妻はまだ存命でした。
彼は妻とよくこの車に乗ってドライブしたものです。家福にとっては愛着あるサーブなのです。
専属ドライバー候補の女性は、渡利みさきという名前でした。家福が実際に彼女の運転する車に乗ってみると、彼女が優秀なドライバーであることがわかりました。
運転とは正反対に、彼女はそっけないほど無口。質問されない限りしゃべろうとはしません。ヘビースモーカーのようで美人とも言えませんが、どちらかというと無口な家福は気になりませんでした。
彼女は運転を育った北海道の山の中で身に付けたと言います。また家福がドライバーを捜している理由も、彼が緑内障を患っているためと知っていました。
家福は仕事の送り迎えを主にしてもらうために、彼女を専属ドライバーとして雇うことにしました。
次の日から、みさきは午後3時半には恵比寿にある家福のマンションに来て車庫にあるサーブを運転し、彼を銀座の劇場まで送り迎えするようになりました。
映画『ドライブ・マイ・カー』と原作小説を比較解説!
「密室劇」の原作小説から「ロードムービー」の映画へ
原作小説において家福の子どもは生後間もなく死に、妻の死因は子宮がんとなっており、妻が家福と話したいという素振りもないまま他界します。
一方で映画版では、子供は幼くして病死。妻は家福と話し合いをするはずだった日にクモ膜下出血で急死します。家福は妻との話し合いが怖いがゆえに夜遅くに帰って来て、死んでいる妻を見つけたため、その時の自分の行動をずっと悔いています。
また、原作では家福がみさきを雇うのは東京都内でのことですが、映画では物語の舞台は東京から広島へ移り、ここで家福とみさきの出会いが待っていました。そのため映画版では、風光明媚な広島の観光地を家福がみさきとドライブする場面が新たに盛り込まれました。それは3時間弱という長編である本作の見せ場にもなっています。
また家福とみさきの距離が縮まるのは、愛車の中の会話だけではありません。物語後半、2人はみさきの生まれ故郷である北海道へ車で訪れますが、その時にみさきの抱える心の傷が暴かれ、家福がより一層みさきを身近に感じて、2人の距離が縮まります。
原作小説のように、車という密室での家福とみさきの会話だけで織りなす人生模様も面白いのですが、広島から北海道までドライブするというロードムービーの要素を取り入れることで、より深く描き出される人生ドラマの展開には、目を見張ることでしょう。
さらに愛車のサーブは、原作では黄色ですが映画では赤になっています。海と空の壮大な風景に映える色にした細かい配慮にも注目です。
家福目線からみさき目線へ
原作小説はあくまで、男性の家福目線のみで語られます。ですが映画版ではいつの間にか、女性であるみさきの目線も入り込んできます。
愛する妻に先立たれ、喪失感を抱える家福は、俳優としてりっぱに舞台を務めあげ、立ち直りをみせます。一方、映画版では母を見殺しにしたかもしれないという過去を背負ったみさきは、専属ドライバーの仕事が終わると、新天地とも思われる韓国で生活していました。
2人の「その後」は原作小説にはないラストですが、そこにあるのは、暗い過去を持つ人たちが自分の人生を見つめ直して絶望の淵から這い上がる力強さと言えます。
原作は、車中で家福が自身と妻の記憶をドライバーのみさきに語る場面と回想がほとんどの短編小説。その出発点から、日本から韓国にまで登場人物の活動の幅を広げて、それぞれの生き方を問うヒューマンドラマに仕立てた濱口竜介監督の手腕が光ります。
まとめ
『ノルウェイの森』『海辺のカフカ』『1Q84』などの数々の代表作を持つ世界的小説家・村上春樹が手がけた原作の短編小説『ドライブ・マイ・カー』。
その映画化作品である本作には、短編小説集『女のいない男たち』に収められた6編のうち『シェエラザード』『木野』からもストーリーや要素が盛り込まれています。
たとえば映画劇中にて家福の妻がベッドで家福に物語を聞かせますが、この場面や「ヤツメウナギ」の話などは『シェエラザード』から。妻の浮気を家福が目撃する場面は、『木野』のワンシーンから切り取られています。
短編小説集『女のいない男たち』まるごと1冊から読み取れる男女の関係性を、濱口竜介監督が映画としてまとめあげました。
カンヌ映画祭コンペティション部門に選出された2018年の『寝ても覚めても』、ベルリン映画祭での銀熊賞受賞を果たした短編集『偶然と想像』(2021)、脚本を手がけた『スパイの妻』(2020)がヴェネチア映画祭銀獅子賞を受賞するなど、数多の受賞作を持つ濱口竜介監督。
今回は、亡き妻を偲ぶ男を描いた村上春樹の世界観を取り入れた本作で、2022年に日本映画として62年ぶりにゴールデングローブ賞を受賞しました。
これでまたひとつ、濱口竜介監督の代表作品が増えたといえます。