グザヴィエ・ドランが母と息子の関係やセクシュアリティーへの根深い問題を描く。
映画『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』が、2020年3月13日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショーされています。
本作は、19歳で衝撃的なデビューを果たしたグザヴィエ・ドラン監督が10年の年月を経て初めて挑んだ英語作品です。
8歳のドランが憧れのスター、レオナルド・ディカプリオに手紙を書いた実体験をもとに誕生した物語で、テレビドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」でブレイクしたキット・ハリントンをはじめとした、豪華キャストのタッグも話題となっています。
CONTENTS
映画『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』の作品情報
【日本公開】
2018年(カナダ・イギリス合作映画)
【監督】
グザヴィエ・ドラン
【キャスト】
キット・ハリントン、ナタリー・ポートマン、キャシー・ベイツ、ベン・シュネッツァー、ジェイコブ・トレンブレイ、タンディ・ニュートン、スーザン・サランドン、マイケル・ガンボン
【作品概要】
監督は『Mommy/マミー』『たかが世界の終わりに』のグザヴィエ・ドラン。主人公の人気俳優ジョン・F・ドノヴァンを演じるのは、テレビドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のキット・ハリントン、少年・ルパートは『ルーム』で演技を絶賛されたジェイコブ・トレンブレイが務めました。
ジョン・F・ドノヴァンの母親はスーザン・サランドン、ルパートの母親はナタリー・ポートマンが演じています。
映画『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』のあらすじ
敏腕記者のオードリーは、新進気鋭の俳優・ルパート・ターナーにインタビュー取材をしようとしていました。取材にあまり乗り気ではないオードリーは、現れたルパートに対し冷たい態度を取るのですが、そんな様子を気に掛けることなく当のルパートは、10年前に急逝した人気俳優・ジョン・F・ドノヴァンと幼い頃に交わした文通について話し始めます。
時はさかのぼり、ジョン・F・ドノヴァンは、人気テレビドラマ『ヘルサム学園』に出演する今をときめくスター俳優。彼が行くところすべてに多くの人だかりができ、ファンは「大好き!」と叫びます。
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、順風満帆な生活を送っているかのように見えるのですが、華やかな舞台の裏では、スターとして振舞わなければいけない生活に戸惑いを覚え、孤独と寂しさの中にいました。自分自身のセクシュアリティーの問題、そして母親との関係など、彼は自分自身が抱えている闇の中で、もがき苦しむ毎日を送るようになってしまいます。
一方の少年・ルパートは、母親と二人、ロンドンで生活をしています。両親の離婚をきっかけにアメリカからロンドンへ移住したのですが、ルパートは馴染めずにいます。学校の担任の先生はルパートに理解を示し、温かく接してくれるのですが、子役として活動しているためか、学校ではいじめっ子たちの恰好のえじきになってしまいます。
ある日、いじめっ子たちを見返してやろうと、ジョン・F・ドノヴァンとの文通を話してしまうのですが、大スターのスキャンダルとして大きな騒ぎに発展してしまい…。
映画『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』の感想と評価
オープニング曲「Rolling in the Deep」が一気に物語の世界へ誘う
ドラン監督は、これまでの作品において音楽を効果的に使うことで知られていますが、本作品でもその手法がいかんなく発揮されています。
オードリーとルパートの取材シーンから一転、ジョン・F・ドノヴァンの物語へ転じる際に流れる曲「Rolling in the Deep」が、ニューヨークの街に迫っていく映像とともにこれから始まる物語への高揚感をかき立てます。
それまでは淡々と静かなやり取りが繰り広げられていただけに、このシーンのインパクトはとても大きいものがあります。改めてドラン監督の音楽と映像の使い方のうまさを実感できるシーンといえるでしょう。
ドラン監督が描き続けた「母と息子」の物語
人気スターの死の秘密が少年との文通に隠されているという物語の概要を見ると、少しミステリーっぽさを感じてしまいますが、本作品でも、ドラン監督が今までこだわって描き続けてきた「母親と息子の関係」が前面に出ています。
オードリーと青年・ルパートのやり取り、ジョン・F・ドノヴァンの人生、少年・ルパートの思い出話という3本の軸で物語が展開していく中、ジョン・F・ドノヴァンと母親、少年・ルパートと母親、この2組の親子の関係は物語の重要なポイントとなります。
少年・ルパートと母・サムの関係は、決して悪いものではありません。ドラマ「ヘルサム学園」に出演しているジョン・F・ドノヴァンに夢中なルパートを、サムは微笑ましく見つめていますし、かつて女優を目指していた彼女は、子役として活躍するルパートに自分が成し遂げられなかった夢を託しています。しかし、離婚をしてたった一人でルパートを育てているサムは、時折厳しくルパートに当たってしまいます。
だからこそルパートは、母親のことを信頼しているものの、ジョン・F・ドノヴァンと文通していることを内緒にしてしまうのですが、そのことがのちにサムの大きな怒りを買ってしまいます。あまりにきつく叱責するサムに対し、ルパートもこれまで不満に感じてきた思いの丈を母親にぶつけてしまいます。
また、ジョン・F・ドノヴァンもアルコール中毒の母との関係に悩んでいます。久しぶりに実家に帰ったジョンは、なんとか楽しい時間を過ごしたいと努力はするものの、どことなく居心地が悪い様子。大スターとなった息子とどうやって接すればいいのか戸惑う母親は、アルコールが入ると心にもない言葉をジョンに浴びせてしまいます。あまりの言い分にジョンも思わずきつい言葉を母親に投げかけてしまい、気まずい空気が流れます。
母と息子、どちらの言い分も理解できるからこそ難しい問題なのですが、この作品では2組の親子の葛藤にきちんと決着をつけています。不安になった時、何かにすがりたいとき、結局は母親の姿を求めてしまう息子の姿、そして最愛の息子はかけがえのない存在なのだという思いをストレートに描いていきます。物語の後半、2組の親子のやり取りに思わず涙してしまう人も少なくないのではないでしょうか。
セクシュアリティーの問題で見えた一筋の光
そしてドラン監督が意識して描き続けているもう一つのテーマとして、セクシュアリティーの問題があります。
ジョン・F・ドノヴァンは自身のセクシュアリティーについて、そして意中の男性がいることをルパートとの文通で明かしていました。しかしスターとして許されない恋に身を置くことは破滅につながると、その恋に別れを告げます。
そして少年・ルパートは学校で、いじめっ子に「おじょうちゃん」とからかわれ続けました。このことから、当時はいかにLGBTQへの深い偏見があり、社会的に理解されていなかったかが分かります。
スターであるがゆえに愛する男性と別れなければならなかったジョン・F・ドノヴァン。しかし10年後、スター俳優となったルパートは、ジョン・F・ドノヴァンとは全く違う生活を送っています。オードリーとの取材を終えて立ち去る時に見せるルパートの笑顔が、彼の幸せを物語っています。これは10年前よりもLGBTQへの理解が進み、光が見えてきたことを表現しているようにも見えます。
まとめ
ジョン・F・ドノヴァンを演じているキット・ハリントンは、本作品で憂いのある美しいスター俳優を演じています。スターとしての華やかな笑顔と時折見せる苦し気な表情のギャップにくぎ付けになります。
そして少年・ルパートを演じているジェイコブ・トレンブレイは、本作品で孤独な学校生活を送りながらも、一人の俳優に憧れ、自分も俳優を目指す聡明な少年を演じています。しかし自分の気持ちを母親にぶつけるシーンは、迫力があり思わず息を飲んでしまうほど。天才子役の名をほしいままにしている彼らしい名演です。
そんな二人の母親を演じるのは、スーザン・サランドンとナタリー・ポートマンという豪華なキャストです。ジョン・F・ドノヴァンの母・グレース・ドノヴァンを演じるスーザン・サランドンは、アルコールが入って息子へ毒づいてしまう嫌な母親という役がぴったりはまるのですが、物語の終盤でジョンへかける言葉が観客の胸に突き刺さります。
そしてルパートの母親・サムを演じるナタリー・ポートマンは、必死にルパートを育てるシングルマザーを好演しています。一生懸命であるがゆえにルパートとの間に溝ができてしまうのですが、ルパートの担任の先生の言葉をきっかけに息子との関係を修復しようと気付く聡明な母親でもあります。現在、子育てをしている女性が共感できる人物なのではないでしょうか。
青年・ルパートを演じるベン・シュネッツァー、ルパートを取材する記者・オードリー役のタンディ・ニュートン、ジョン・F・ドノヴァンのマネジャー役のキャシー・べイツ、絶望の中にいるジョン・F・ドノヴァンに声を掛ける老人役のマイケル・ガンボンは、それぞれ出番が少ないながらも、印象に残る深い演技を見せています。
本作品は、スター俳優がなぜ29歳の若さで死んでしまったのか、その謎に迫る物語の中に、母と息子の関係やセクシュアリティーへの根深い問題が盛り込まれている見応え十分な作品だと感じました。
映画『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』は、2020年3月13日(金)から新宿ピカデリーほか全国ロードショーです。