「若さと老い」、「幸福と不幸」、「生と死」。
人生の抗えない対比を、まざまざと映し出す映画。
1971年アメリカ製作の映画『ベニスに死す』は、ノーベル賞作家トーマス・マンの同名小説を原作に、巨匠ルキノ・ビスコンティが映画化。「ドイツ三部作」と呼ばれる作品のひとつです。
『地獄に落ちた勇者ども』『ベニスに死す』『ルートヴィヒ』の「ドイツ三部作」の中でも、この作品は、英国アカデミー撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞、音響賞を受賞。日本でも話題の作品となりました。
ある老作曲家の人生の栄光と挫折。そして命を燃やす最期の出会い。映画『ベニスに死す』を紹介します。
映画『ベニスに死す』の作品情報
【日本公開】
1971年(イタリア・フランス合作)
【原作】
トーマス・マン
【監督】
ルキノ・ビスコンティ
【キャスト】
ダーク・ボガード、ビョルン・アンドレセン、シルバーナ・マンガーノ、マリサ・ベレンソン
【作品概要】
1971年アメリカ製作。トーマス・マンの同名小説を、『山猫』のルキノ・ビスコンティが映画化。ドイツ三部作の二作目。
原作では、主人公アッシェンバッハの職業は作家となっていたが、映画化にあたりビスコンティ監督は作曲家のグスタフ・マーラーをモデルとしました。
映画では、マーラーの「交響曲第3、5」の楽曲が使用されています。
また、この映画で一躍注目を集めたのが、美少年タジオを演じたビョルン・アンドレセン。その美しさは世界中を圧巻させました。
映画『ベニスに死す』のあらすじとネタバレ
夕陽に照らされた海の上を黒い煙を上げ走る観光船。船には、中折れ帽にマフラー、眼鏡姿の老人が乗っています。彼は顔色が悪く、弱っているようです。
彼は、ドイツの名立たる作曲家・アッシェンバッハ。静養のためベニスを訪れようとしていました。
水の都ベニスは、美しい海辺と、歴史的モスクの建造物、高級ホテルには貴族や著名人が休暇に訪れる観光地です。
大きな荷物を抱え疲れ果て、ホテルに着いたアッシェンバッハ。彼はその夜、人生を覆すほどの出逢いをします。
その目に映り込んできたのは、美しい少年の姿でした。艶のある緩やかなウェーブのブロンドの髪、綺麗な二重の目、ふっくらと赤みの帯びる唇、しなやかな立ち振る舞い。その美しさは、周りの着飾ったどの女性達よりも美しいものでした。
彼の名前は、タジオ。気難しそうな母親と天真爛漫な妹たち、お世話係の使用人とバカンス中です。
アッシェンバッハはタジオから目が離せません。ディナーの席でもチラチラと視線を向けてしまいます。
そんなアッシェンバッハに、去り際、タジオは確かに振り向きこちらを見ました。
アッシェンバッハは自分の中に起こった衝撃に動揺します。日頃、芸術論を交わしている友人・アルフレッドの幻想が飛び出し彼に忠告します。
「美とは努力によって創造できる」。アッシェンバッハの信念に、アルフレッドは「美とは自然に発生するもの」。創造を超えた美の存在を認めることを求めます。
持って生まれた美しさ、まさに原石とは、タジオのことを言うのでしょう。
ビーチでは、水着姿のタジオが友達たちと無邪気に遊んでいます。その様子を眩しそうに見つめるアッシェンバッハ。タジオもアッシェンバッハの視線を感じているようです。
そこに、タジオの肩を抱いて彼を連れ去る男が登場します。男は不意にダジオの頬にキスをします。
それを見せつけられたアッシェンバッハは、乾いた笑いをこぼし、イチゴを食べるのでした。
もはやアッシェンバッハのタジオへの思いは強くなる一方です。「私はバランスを保ちたいのだ」。自分の気持ちに苦しむアッシェンバッハは、ベニスを去ることを決意します。
去る日の朝、すれ違うアッシェンバッハにタジオは微笑みかけてくれました。しかし悶絶する気持ちを抑え、心の中でお別れの言葉を掛けます。「タジオお別れだ。幸せに」。
映画『ベニスに死す』の感想と評価
年老いた作曲家アッシェンバッハは、静養のため訪れたベニスで少年タジオに出会い、その美しさに心を奪われてしまいます。
アッシェンバッハがタジオに抱いた感情は、愛なのか憧れなのか?アイドルを追いかけるファンのように、執拗に熱い視線で彼の後を追い続けます。
有名な作曲家であるアッシェンバッハは、名声と富を得、妻と娘の家族もあり、幸せな暮らしでした。しかし、娘の死と世間からの批判で、病に伏せてしまいます。
努力して美しいものを創作してきたアッシェンバッハは、老いて行く自分にイライラし、創作に疲れていました。
そこに現れた、美少年タジオ。彼は生まれ持った輝きを放っていました。どんなに努力しても叶わない美しさを前に、アッシェンバッハは戸惑うも夢中になります。それは性別を超え、神への崇拝と似ています。
アッシェンバッハはタジオに出会ったことで、生きる希望を取り戻し、この世の美しさを取り戻したのです。
ずっと彼を見つめていたい、でも同時に自分の醜さに苦悩し、近寄ることも出来ません。幸福と不幸が押し寄せる感情。魂が震えるほどの出会い。恋焦がれ、自分を見失うアッシェンバッハ。それでも彼は幸せそうでした。
ラストシーンでの、タジオが海に入り片方の手を水平に伸ばす姿は、これから向かう未来を指しているようで光り輝いています。
一方アッシェンバッハの姿は、黒い汗を流し化粧は崩れ落ち、まさに死に装束です。タジオに導かれるように立ち上がろうとするも、力尽きてしまいます。死から逃れることは出来ませんでした。
輝き生きる者と、老いて病で死んでいく者。作り出された美と、持って生まれた美。真実の世界と妄想の嘘の世界。人生は対比で成り立っているものです。
人生の対比を経験し、自分を俯瞰できるものこそが、『ベニスに死す』の世界観を本当に理解できるのではないでしょうか。これは大人の映画です。
また、映画の中でアッシェンバッハと様々な論争を繰り広げる「アルフレッド」という男の存在。彼はその場所にいるのではなく、アッシェンバッハの妄想の中に常に付きまといます。
彼のモデルは、アッシェンバッハのモデルになった作曲家のグスタフ・マーラーと親交にあったアルノルト・シェーンベルクです。
タジオに溺れていくアッシェンバッハを、嘲笑っている存在なのか、目を覚ませと思いとどまらせているのか。2人の両極端にある思考の論争は、迷路の中に落とされたような気持ちになります。
映画『ベニスに死す』は、難しい純文学のようなイメージですが、そこで癒しの存在となるのが、やはり美少年タジオ役のビョルン・アンドレセンです。
ヴィスコンティ監督自ら、原作にある「ギリシャ芸術最盛期の彫刻作品を思わせる金髪碧眼の少年」を求め、ヨーロッパ中を旅し、ストックホルムで見出した逸材です。
彼の魅力は、整った美形と中性的な雰囲気にあります。性別を超えた美しさは、映画に説得力をもたらしました。
この小説はもともと、原作者トーマス・マンが旅先で美少年に心を奪われた実体験に基づき、書かれたものです。
その後、トーマス・マンが出会った少年の身元が判明しているようです。高貴で可愛らしい姿は、映画のタジオを彷彿とさせます。
人間のセクシュアリティは多様です。どんな形であれ、愛する者の存在は生きる喜びを与えてくれるものなのだと改めて感じました。
まとめ
作家トーマス・マンの同名小説を原作に、ルキノ・ビスコンティ監督が映画化した作品、1971年アメリカ製作映画『ベニスに死す』を紹介しました。
老作曲家アッシェンバッハと、彼が出会った美少年タジオの物語。タジオの存在は、これまでの信念を覆すほどの衝撃をアッシェンバッハに与えます。
命を燃やし、タジオに陶酔するアッシェンバッハ。彼は幸せだったのか?不幸せだったのか?その印象は見るものによって違ってくるのかもしれません。ぜひ自分の感覚で確かめて下さい。