映画『ベル・エポックでもう一度』は2021年6月12日(土)よりシネスイッチ銀座ほかにて公開予定!
レトロでキュートなファッションや街並み、心浮き立つフレンチポップで彩られた、映画『ベル・エポックでもう一度』。
甘酸っぱい思い出を再体験し、今の自分を見つめ直した元人気イラストレーターの半生を描いたヒューマンドラマです。
本作は2019年にフランス国内にて興業ランキング初登場1位を成し遂げ、セザール賞3部門を受賞しました。
今回はフランス国内に笑いと感動を届け、日本でも2021年6月12日(土)よりシネスイッチ銀座ほかにて公開が予定されている映画『ベル・エポックでもう一度』をご紹介します。
CONTENTS
映画『ベル・エポックでもう一度』の作品情報
【日本公開】
2021年(フランス映画)
【原題】
LA BELLE ÉPOQUE
【監督・脚本・音楽】
ニコラ・ブドス
【キャスト】
ダニエル・オートゥイユ、ギョーム・カネ、ドリア・ティリエ、ファニー・アルダン、ピエール・アルディティ、ドゥニ・ポダリデス
【作品概要】
『ベル・エポックでもう一度』は、2019年のカンヌ国際映画祭で上映後評価され、フランス公開後、当時全世界でスーパーヒットを記録していた『ジョーカー』から興行ランキングの首位を奪って、初登場第1位を記録しました。
フランス国内最高峰の賞となるセザール賞3部門受賞&8部門ノミネートも果たした本作。主人公のヴィクトルには、長きにわたってフランス映画界のトップに立ち続けるダニエル・オートゥイユ。妻のマリアンヌには、国民的大女優ファニー・アルダン。フランス映画界の至宝と称えられる2人の共演が実現しました。
さらに、〈タイムトラベルサービス〉の生みの親で総監督を務めるアントワーヌにはギヨーム・カネ。彼の恋人でヴィクトルの〈運命の女性〉を演じることになったマルゴにはドリア・ティリエ。
監督・脚本・音楽は、『タイピスト!』などに俳優として出演し、本作が監督2作目となるニコラ・ブドス。
映画『ベル・エポックでもう一度』のあらすじ
今や何もかもがデジタル化された社会で、タブレットかスマホさえあれば、たいていのことは解決できます。
そんな世の中の変化についていけない元売れっ子イラストレーターのヴィクトル。
仕事を失い、妻のマリアンヌにも見放されてしまった父ヴィクトルを元気づけようと考えた息子は、友人のアントワーヌが始めた〈タイムトラベルサービス〉をプレゼントします。
〈タイムトラベルサービス〉とは、映画製作の技術を応用して客の戻りたい過去を広大なセットに再現する、体験型のエンターテイメントサービスです。
ヴィクトルは「1974年5月16日のリヨン」をリクエスト。
指定されたセットに行くと、まさに1974年のリヨンの街並みと彼が泊まったホテルがそこにありました。
部屋に用意された70年代ファッションに着替え、今はなき想い出のカフェで、アントワーヌの恋人で女優のマルゴが演じる〈運命の女性〉と出会うヴィクトル。
記憶通りの輝かしき日々の再体験にすっかり夢中になり、見違えるほどイキイキしたヴィクトルは、延長の為に妻に内緒で唯一にして全財産である別荘まで売り払ってしまいます。
しかし、そんな彼を思いがけない出来事が待ち受けていて……。
映画『ベル・エポックでもう一度』の感想と評価
過去を脚色するノスタルジー
本作の、広大なセットに客の行きたい時代を再現するエンターテイメントサービス、時の旅人社の〈タイムトラベルサービス〉という設定を聞くと、まず最初に連想されるのは『雨に唄えば』(1952)に代表される、映画の舞台裏を描いたバックステージものの面白さでしょう。
本作においても、ピアノ線の見える特撮のような、「作りものを作りものとして愛でる」面白さを堪能できます。
演出された夢のような世界の裏には、その華やかな虚構を作り出すための現実的な努力が存在していることを描いているため、ある意味、夢を壊した映画でもあります。
しかし、時代も場所も異なるスタジオセットが隣り合い、舞台裏で第二次世界大戦下のドイツ将校、古代ローマ人、19世紀フランス人が混在しているというシチュエーションには、映画制作ならではのワンダーがあるのです。
本作は、タイムトラベルサービス自体が全てつくり物であると前提したもと、メタ視点を含みその仮想世界の物語描いていました。
SF設定はなく、あくまで過去の再現であるものの、憧れの過去にタイムスリップし願望を叶えるという設定は、ウディ・アレン監督作『ミッドナイトインパリ』(2012)のようでもあり、作風からして本作に近い印象を受けます。
また本作を通して連想される日本作品も数多くあり、中でもテーマとして藤子・F・不二雄の短編漫画『ノスタル爺』のとあるテーマと共通していました。
それは、過去への憧憬の一寸先には狂気が待っているという危険性。徐々に明かされていくテーマから、本作の物語が人生をやり直すチャンスを与えてくれる優しさを備えていることが分かり、観客を安心させてくれます。
例えば、近年の邦画作品『ツナグ』(2012)や『コーヒーが冷めないうちに』(2018)などでは、タイムトラベル設定を未練や禍根を乗り越えるための儀礼として機能しており、死に別れた人との過去を精算する同様のサブプロットが本作にも登場しますが、主人公ヴィクトルの視点を通して、思い出を愛でるようなノスタルジー自体をネガティヴには描きませんでした。
1974年5月16日のリヨンのカフェで過ごしたその瞬間を、ヴィクトルは細かく記憶しており、劇中においてそれは事実として描かれており、アントワーヌたちは彼の記憶に敬意を払っています。
しかしながらタイムトラベルサービスは、旧時代の価値観を無邪気に受容する危険性に関して自覚的であり、サービスを悪用し、遊びの範疇として他人の人権を侵害する行為を容認しません。
現代社会を憂う時の常套句として使われる「昔は良かった」という言い回しも、どの立場で当時を懐かしんでいるのかという疑問は常に付き纏います。
格差社会は時代の流れと共に形を変えて続いているということを映画冒頭のシーンが物語っており、タイムトラベルサービスという夢の設定が、邪悪な願望を叶えるために悪用させないことを表明する意味合いもあったのではないでしょうか。
物語を構成する2本の柱
昔を懐かしみ、冷え切った夫婦関係に悩む主人公ヴィクトルの物語は、中年の危機(ミドルエイジクライシス)そのもの。
妻マリアンヌのように、日々更新され続けるテクノロジーに追いつくだけのスタミナも無ければ、意固地になってローテクに固執するほど意固地になる訳でもない、慣れない生活様式に仕方なく準じながら、ヴィクトルは自分を改めるきっかけを探していました。
そしてもう1人の主人公ともいえるアントワーヌの物語では、ヴィクトルのノスタルジーに寄り添いながら、彼に提供する仮想世界を完全にすべく暴走してしまう独りよがりの克服を描いています。
若き日のヴィクトルが過ごした1974年5月16日、その瞬間を完全再現するために裏方や周りのスタッフに対し、高圧的な態度を取ってしまったり、その延長線上で公私混同してしまったりと彼の気性の激しさが本作の物語的な推進力となっています。
本作のタイムトラベルサービスは、ノスタルジーが孕む負の側面に自覚的でありながら、仮想世界の演者であるヴィクトルを旧時代に取り残された哀れな人として搾取・排斥せず、彼が再び現実社会に戻る手助けをします。
アントワーヌの監督という立場における支配的な振る舞いも、崇高な芸術を追求するためであったと美化せずに、物語内でキチンとした償いをさせています。
演者と監督の物語を並列に描いた本作のプロットは、監督・脚本を務めたニコラ・ブドス本人が役者でもあり監督でもあるからこそ出来たことでしょう。
役者として、役に忠実になり過ぎないこと、監督として、気取った完璧主義に走りすぎないよう、自戒の念を込めた作品なのではないでしょうか。
タバコが意味するもの
劇中において印象的に使用されているキーアイテム、タバコ。
1974年のカフェでは全てが喫煙席であり、客のほとんどが喫煙しています。
それに対し、現在のレストランのシーンでは、喫煙席と禁煙席は分かれており、テクノロジー発達の恩恵を受けた電子タバコを愛飲しています。
ここで紙巻きと電子という単純な比較をしながら、喫煙ひとつにおいても時代の変化を痛感するヴィクトルの様子を描いています。
タバコの他にも、タイムトラベルサービスの台本ではウォッカを頼む設定の役者が、本人の希望でビールを注文するシーンは、役と本人の意思が乖離していることを示唆し、ヴィクトルとのやり取りにもアドリブが含まれていることを匂わせています。
これらの描写はタイムトラベルサービスを利用しているヴィクトルが自身を魅了するノスタルジーを手放すまでの過程を象徴しています。
利用客は美化された過去を「失われたかつての良き時代」として浸るものの、設定に付き合わされる裏方やエキストラ、客と台本で決められたやり取りをする演者にとってのそれは、調子を合わせねばならないという苦痛でしかありません。
本作は受動喫煙や分煙化など、この半世紀で起こった価値観、情勢の変化の影響を受けたタバコを通して、「ヴィンテージ」と「古臭い」は紙一重で、見方の違いに過ぎないということを描いていました。
本作のラストシーンを観ると、タバコを通した主人公の心情変化が伺えます。
まとめ
70年代のフランスの街並みをデフォルメしたセットは、テーマパーク的な面白さに溢れ、目を楽しませてくれます。
そして過去を懐かしむことを退行と捉えず、未来に対する前向きな希望を与えてくれる物語もあり、本作は目で観て、心で感じることが出来る2度楽しい映画だと言えます。
「ノスタルジー」という言葉には、本来の意図が毀損された結果、内向きでネガティヴなイメージが付き纏っていますが、何故過去への憧れは人を魅了し、離さないのかを考えると、合点がいきます。
自分を形作ってきた細胞一つ一つに愛着があるからです。確かに今の自分はあの頃とは別の人間に成り果てているかもしれませんが、あの頃の思い出で出来ているのが今の自分なのです。
事実よりも脚色された自身の記憶を愛でることが、時には人を成長させ、新たな自分を発見するきっかけを与えてくれるかもしれません。
本作の主人公ヴィクトルはタイムトラベルサービスによって自身の半生を相対化することができ、それにより人生をやり直すきっかけを見出すことが出来ました。
描き方が少しでも変われば、彼は哀れな老人として人生に絶望していったかもしれませんが、監督でもあり、音楽を務めたニコラ・ブドスはポジティブさでもって彼に理想的な優しい世界を与えました。
煌びやかでいて、明るくポジティブな本作は、気負わずに鑑賞できるポップなフランス映画でした。
映画『ベル・エポックでもう一度』は2021年6月12日(土)よりシネスイッチ銀座ほかにて公開