激動の時代の北アイルランド・ベルファストを舞台に描く、故郷への郷愁と家族の愛。
俳優、監督、舞台演出家として世界的に活躍するケネス・ブラナーが、自身の幼少期の体験を投影して描いた映画『ベルファスト』。
英国・アイルランドの実力派俳優が結集し、激動の時代のベルファストを背景に、人生の泣き笑いが描かれます。
暴力と隣合わせの環境で子どもたちを守ろうと苦悩する父母たちと、無邪気な子ども時代から世界に触れ成長していく少年の姿が瑞々しいタッチで綴られています。
第46回トロント国際映画祭で最高賞の観客賞を受賞。第94回アカデミー賞では7部門(作品賞、監督賞、助演男優賞、助演女優賞、歌曲賞、音響賞)にノミネートされ、見事、脚本賞を受賞しました。
映画『ベルファスト』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(イギリス映画)
【原題】
Belfast
【監督・脚本】
ケネス・ブラナー
【キャスト】
カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチ、ジェイミー・ドーナン、キアラン・ハインズ、コリン・モーガン、ジュード・ヒル、ルイス・マカスキー、ララ・マクドネル
【作品概要】
俳優・監督・舞台演出家として世界的に活躍するケネス・ブラナーの自伝的作品。ブラナーの出身地である北アイルランド・ベルファストを舞台に、激動の時代に翻弄される家族や故郷の人々の姿をモノクロの映像でつづったヒューマンドラマ。
第46回トロント国際映画祭で最高賞の観客賞を受賞。第94回アカデミー賞では作品賞、監督賞ほか計7部門にノミネートされ、脚本賞を受賞。
映画『ベルファスト』あらすじとネタバレ
北アイルランド・ベルファストに暮らす9歳の少年バディは、仲の良い家族や友人たちに囲まれ、楽しく幸せな毎日を過ごしていました。
父親のパは、大工で、今はロンドンで働き、時々家に戻って来ます。母のマは厳しくも愛情深く、兄ウィルも優しくバディに接してくれます。学校ではクラスメイトのキャサリンに仄かに恋心を抱いていました。
しかしそんな平和な日々は、1969年8月15日を境に一変してしまいます。バディの住む地域にプロテスタントの武装集団がやって来てカトリック住民を攻撃したのです。
人々はあわてて家の中に飛び込み、バディは一体何が起きているのかわからないまま、兄とともに、絨毯にうずくまって震えていました。
武装集団は一台の車に火をつけました。車はものすごい勢いで爆発し、炎上。そのあまりにも強烈な音と光景に、カーテンの隙間から覗き見たマは天を仰ぎました。
バディが住む区域では暴徒を防ぐためのバリケードが築かれますが、プロテスタントの武装集団は、カトリック信者を追放するため攻撃を激化させ、暴動はベルファスト全体に広がっていきました。
武装集団のひとりはパにも仲間に加わるように迫りますが、パはきっぱりと断ります。
パは妻子のことを心配しながらもロンドンの仕事に戻り、マは子どもを守る責任を負うことになりました。
暴力が身近に存在し緊張を強いられる生活を見かねて、ロンドンから戻ってきたパはロンドンへ移住しようとマに提案しますが、マは、住民の誰もが顔なじみの故郷であるこの街を離れるなんて考えられないと受け入れることができません。
そんなある日、暴徒がカトリッック信者の家族が経営する雑貨屋を襲い、略奪が始まりました。近くにいたバディは近所の年上の友人モイラから「何か盗みなさい!」とそそのかされて、無我夢中で洗剤を取り、家に帰ります。
暴動があり、その場所で息子が盗みを働いたと知り、マは激怒。マはバディを店に連れていき、洗剤を棚に戻しなさい!と叫びました。
しかし、暴徒のひとりが「戻すんじゃない!」と怒鳴り、バディは身をすくめます。そこへ警察が到着し、逮捕を恐れた暴徒たちはバディとマを人質にとりました。
そこへ人づてに妻子の危機を伝えられたパが駆けつけます。暴徒のひとりはパを仲間に引き入れようとした男でした。
映画『ベルファスト』の感想と評価
冒頭、現在の発展したベルファストの街の風景が俯瞰で映し出されたたあと、映画は1969年に遡り、モノクロ映像に変わります。
9歳の少年である主人公のバディは監督であるケネス・ブラナーの幼い頃を投影したキャラクターで、モノクロということもあって同じく自身の幼少期の思い出を綴ったアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』を思い出させます。
バディが住む北アイルランドのベルファストの一角は、カトリック信者とプロテスタント信者が共存して暮らしている場所で、住民たちは皆顔見知りで、通りは子どもたちで溢れ、活気に満ちていました。
しかし、そこにカトリック信者を追い出そうとするプロテスタント信者の武装集団がなだれ込みます。人々は逃げ惑い、幸せの象徴のようだった一角は修羅場と化してしまいます。
この暴動はその後、ベルファスト全体に広がって行きますが、一家のメイドであった女性を主人公にした『ROM/ローマ』とは違い、バディを主人公にした本作では、舞台は少年の生活の範疇である小さな一角に絞られています。
映画は、まだ小さなテリトリーしか知らない少年の視線を大切にしながら、少年が世界へと触れていく過程を、瑞々しいタッチで綴っていきます。
まだ何が起こっているのかよくわからないバディは、ときに愉快な行動をとり、作品にユーモアを漂わせます。子ども時代の無邪気で無垢な様子が、生き生きと表現されています。
しばしばバディたちの行動やその光景が俯瞰で捉えられていますが、これはまるで監督であるケネス・ブラナーが、自身の子ども時代の懐かしい風景を慈しみながら覗き込んでいるかのようです。
一方で、暴力に脅かされる場所に妻子を残し、ひとりロンドンに仕事に行かなければいけない父の葛藤や、子どもたちを一人で守らなければいけない母の緊張感などが、ひりひりとした空気感を伴って伝わってきます。
危険から逃れるため、ベルファストを出て別の土地に移り住むのか、大切な人々がいる故郷にこのまま残るのか、ということが、一家の大きな問題となってのしかかってきます。
ここで描かれているのは、「北アイルランド紛争」と呼ばれる一連の事件です。
北アイルランドの領有を巡るイギリスとアイルランドの領土問題による長年のプロテスタントとカトリックの半目は、1960年代後半に先鋭化。銃撃や爆弾テロなどを繰り返した紛争はおよそ30年間続き、1969年から2001年の間に3,526人が死亡しています。
子どもたちを守るために、年老いた父母や、親戚、友人といった大切な人々と離れ、故郷を出ていくバディの家族たちの姿は、奇しくも、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻により、愛する祖国を脱出せざるを得なくなった人々の姿と重なって見えてきます。
ラスト、再び現在のベルファストの風景がカラーで映し出されますが、そこに記されたメッセージが、さらにそのことを強く感じさせます。
ケネス・ブラナー監督は、60年代への限りない郷愁と故郷に対する熱い思いを作品に込め、両親に敬意を示すことを惜しみません。
終盤、父親が、息子に語る言葉には、深い感動を覚えます。分断された社会、争いをやめない人間に送る確かなメッセージとして心にじわりと染み込んできます。
まとめ
父親(パ)を演じているジェイミー・ドーナンはベルファスト出身の俳優。家族への深い愛を見せる優しい表情と、暴力に対しては毅然な態度をみせる姿が胸をうちます。
母親(マ)に扮するのはアイルランド・ダブリン出身のカタリーナ・バルフ。溌剌とした佇まいが魅力的で、しっかりものの感情豊かな女性を見事に演じています。
主人公の少年・バディを演じたのは北アイルランド・ギルフォード出身のジュード・ヒル。本作がデビュー作になります。伸びやかな演技を見せ、時に愛くるしく、観る者の心を捉えて離しません。
また、ベルファスト出身の俳優キアラン・ハインズが祖父を、イギリスを代表する名優ジュディ・ランチが祖母に扮しています。
劇中、60年代の懐かしい音楽や、映画、『サンダーバード』のコスチュームなどが登場します。過去への郷愁と、今でも決して色褪せない作品たちへの愛がそこにはたっぷり注がれています。