激動の20世紀を無骨かつ実直に生きた男の80年
世界的ベストセラーを映像化した映画『ある一生』が2024年7月12日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショーされます。
激動の20世紀ヨーロッパを、過酷な運命に翻弄されながら生きたある男の一生を、美しい情景とともに描いたヒューマンドラマの見どころをご紹介します。
映画『ある一生』の作品情報
【日本公開】
2024年(ドイツ・オーストリア合作映画)
【原題】
Ein ganzes Leben(英題:A Whole Life)
【監督】
ハンス・シュタインビッヒラー
【製作】
ヤーコプ・ポホラトコ、ディエター・ポホラトコ、ティム・オーバーベラント、スカディ・リス
【原作】
ローベルト・ゼーターラー著『ある一生』(新潮クレスト・ブックス)
【脚本】
ウルリッヒ・リマー
【編集】
ウエリ・クリステン
【音楽】
マシアス・ウェバー
【キャスト】
シュテファン・ゴルスキー、アウグスト・ツィルナー、イバン・グスタフィク、アンドレアス・ルスト、ユリア・フランツ・リヒター、ロバート・スタッドローバー、トーマス・シューベルト、マリアンネ・ゼーゲブレヒト
【作品概要】
オーストリアの作家で俳優のローベルト・ゼーターラーの同名ベストセラー小説を映画化。20世紀のヨーロッパに翻弄された男アンドレアスの愛と幸福に満ちた一生を描きます。
アンドレアスの青年期を新人俳優シュテファン・ゴルスキー、老年期を『生きうつしのプリマ』(2016)のアウグスト・ツィルナーが演じます。そのほかのキャストに、『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』(2023)のアンドレアス・ルスト、『RUBIKON ルビコン』(2022)のユリア・フランツ・リヒター。
監督を『アンネの日記』(2016)、『ハネス』(2023)のハンス・シュタインビッヒラー、脚色を『マーサの幸せレシピ』(2001)のウルリッヒ・リマーがそれぞれ手がけます。
映画『ある一生』のあらすじ
1900年頃のオーストリア・アルプス。母を亡くした4歳の少年アンドレアス・エッガーは、渓谷に住む遠い親戚クランツシュトッカーの農場へやって来ます。
しかしクランツシュトッカーにとってアンドレアスは安価な働き手に過ぎず、虐げられながら暮らす彼の心の支えは老婆アーンルだけでした。そのアーンルが亡くなり、逞しく成長したアンドレアスは農場を飛び出し、日雇い労働者として生計を立てるように。
やがてロープウェーの建設作業員となった彼は、バーで働く女性マリーと出会い、山奥の小屋で結婚生活を始めます。しかし……。
映画『ある一生』の感想と評価
無骨かつ実直な男を通して描く“人間賛歌”
本作『ある一生』は、ドイツ語圏のテレビや映画で俳優として活躍するローベルト・ゼーターラーが2014年に上梓した同名小説を原作としており、出版されるや世界40カ国以上で翻訳され、世界的権威のある文学賞とされるブッカー賞の最終候補にもなりました。
本作の主人公アンドレアス・エッガーは、20世紀初頭のオーストリアで私生児として生まれます。正確な生年月日も知らないまま、およそ4歳にして母を亡くし、親戚の家に預けられることに。しかし、家主のクランツシュトッカーから満足な教育を受けることなく厳しい労働を課せられ、さらには体罰を受ける日々を送ります。
それでも逞しく成長したアンドレアスはあるきっかけで農場を出て、日雇い労働者に。やがて渓谷地帯を走るロープウェーの建設作業員になると、1人の女性マリーと出会い結婚生活を始めます。しかしその幸せも長くは続きませんでした…。
暴力、離別、戦争、貧困と幾多の辛い出来事に見舞われるアンドレアス。しかし、実直な性格の彼は、その生きざますら無骨に受け入れていきます。
「人はそうした出来事を乗り越えることができるし、場合によってはそのような出来事によって、より強くなれることさえある」という原作者のゼーターラーの言葉に象徴されるように、本作は人間賛歌の物語なのです。
なお、ゼーターラーが12年に発表した『キオスク』もドイツ国内で50万部以上のベストセラーを記録。この原作も20年にブルーノ・ガンツ主演で『17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン』のタイトルで映画化され、ゼーターラー自身も俳優として出演しています。
『17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン』(2020)
人生とは何か、生きるとは何か
原作について、「アンドレアスは完全に内省的な人物で、ドラマツルギーがまったくない」と語る監督のハンス・シュタインビッヒラー。確かに原作は、ほとんど会話もコミュニケーションも取ろうとせず、心情も読者には伝わり辛いアンドレアスの視点で描かれており、もしこれをそのまま映像化すれば、下手をすれば起伏のない平坦な内容になっていたやもしれません。
それでも、アルプスのキームガウで育ち、幼い頃はドイツで登山雑誌の編集者だった父親とともに山に登っていたという監督は、「小説で描かれている内容が、自分の山での生活や、キームガウの農家の息子だった実父の人生と結びついていた」と、映画化を強く希望しました。
映画化に際し、脚本家のウルリッヒ・リマーは、アンドレアスと妻マリーの関係性を強めて脚色。これにより、アンドレアスの心情が観る者に伝わりやすくなっています。
また、物語の時系列がそのまま20世紀初頭から80年代までのヨーロッパの歴史とリンクする構成も見逃せません。
『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1995)や『大統領の執事の涙』(2014)で1人の人物を通して20世紀のアメリカを描いていたように、特に歴史に名を残したわけでもないながらも、アンドレアスの80年の生涯は、激動の波に呑まれたヨーロッパの合わせ鏡となっています。
「自分の人生計画について考え、その準備が出来たら、ふり返って良い人生だったと言えるかどうかを自問出来る」というリマーの狙いどおり、観る者は、アンドレアスが歩んできた人生を追っていくと同時に、自身が歩んできた半生を反芻することができるのです。
まとめ
“世紀の小説”、“小さな文学の奇跡”などと評された原作を、かつ美しい情景と共に映画化した本作。
傍目には孤独に見えるかもしれないが、自分が置かれている困難にも嘆くことなく、毎日を大切に生きるべきだと知っている――
現生に生きる人の指針となる不器用な男の一生を、是非とも追ってみてください。
映画『ある一生』は2024年7月12日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。