映画『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』は7月25日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー
映画『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』は、フィリピンと中国の残留邦人の歴史と今なお抱える問題から、現在の日本を見つめ直すドキュメンタリー作品です。
ナレーションは元NHKアナウンサーの加賀美幸子。
テレビCMやテレビドキュメンタリー、プロモーション映像など幅広く手がけてきた小原浩靖が手掛け、これが劇場初の監督作品となります。
戦後75年経った今なお日本が放置している問題について、誰が見ても分かりやすく描いていると同時に、「今」でないと救えない人々がいると教えてくれる力強い作品です。
CONTENTS
映画『日本人の忘れ物 フィリピンと中国の残留邦人』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督】
小原浩靖
【キャスト】
河合弘之(弁護士・本作プロデューサー)
小野寺利孝(弁護士・中国残留孤児国賠訴訟 全国弁護団連絡会代表)
安原幸彦(弁護士・中国残留孤児国賠訴訟 東京弁護団幹事長)
加藤聖文(国文学研究資料館 研究部 准教授)
大久保真紀(朝日新聞編集委員)
猪俣典弘(PNLSC〈フィリピン日経人リーガルサポートセンター〉事務局長)
中国残留孤児関係者(池田澄江さん、高野宮子さん、森実一喜さんほか)
フィリピン残留日本人関係者(赤星ハツエさん、山本アンヘリータさん、川上ホセフィナさんほか)
映画『日本人の忘れ物 フィリピンと中国の残留邦人』の作品概要
1930年後半から多くの日本人移民がフィリピンに定住するようになっていました。マニラ麻の産地であるミンダナオ島をはじめとして、繊維産業に従事するためにフィリピン各地に日本人による移民社会が形成されていたのです。
その数は3万人を超え、ほとんどの日本人男性は現地女性と結婚し、生まれた子に日本名を付けていました。
しかし、1942年日本軍がフィリピンを占領してからは多くの日本人移民は徴兵され、敗戦と共にフィリピンゲリラに殺されたり、米軍によって日本へ強制送還されました。
それと同時に残された妻や子たちは激しい半日感情に燃えるフィリピン国民から逃げるため、日本人であることを隠して山へ逃げたり、戸籍を燃やすなどして命からがら生き延びてきたのです。
それから75年の歳月を経て、日比国交正常化の後、教育や保証を得られていない残留日本人たちに日本国籍を授けるため民間団体が動いています。
しかしおよそ1000人ほど居る残留邦人の平均年齢は80歳。彼ら全員を救うための時間も予算も民間団体には到底捻出できるものではありません。
政府の支援を求めるために動いている弁護士であり、本作プロデューサーの河合弘之の切実な思いが今回の映画化に至りました。
また、中国残留孤児とは、太平洋戦争後戦争で両親を亡くしたりやむなく置き去りにされてしまった子等のことをいいます。
1972年の日中国交回復後、両政府による帰国支援事業により日本への帰国定住を果たしたものの、言葉や文化の差に苦しんでいる現状を本作では取り上げています。
本作は、このふたつの残留者問題から今の日本を映し出し、私たちが知るべき現実をたたきつけた力強いドキュメンタリー映画です。
監督は小原浩靖。テレビCMを中心として企業映画やTVドキュメンタリーを手掛けている人物。本作が初めての劇場用映画の一作目。
本作のプロデューサーであり、本編にも登場する弁護士の河合弘之は数々の大型事件を勝利に導いてきた「逆襲弁護士」の別名をもつ人物。
残留者の国籍回復などの人権問題にも尽力、脱原発訴訟にも25年近く関わり、『日本と原発』『日本と再生』など原発3部作映画を製作・監督しています。
映画『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』のあらすじ
太平洋戦争後、フィリピンと中国に残された残留者たちにインタビューを行い、祖国や会うことが叶わなかった肉親への思いに迫ります。
フィリピン残留邦人が戸籍を取得するために、資料や証言を集めているのが、フィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNLSC)事務局長の猪俣典弘。
フィリピン全土を自ら周り、地道に情報を集めます。また、PNLSC事務局員たちも約70年前のデータから戸籍や婚姻事実を探すという非常に骨の折れる作業を熱心に続けています。
また中国残留邦人についても、当事者たちのインタビューから、戦争の混乱の最中置き去りにされた恐怖や日本国籍を取得したのちにも立ちはだかる生活の苦しさについて語られます。
国籍取得や日本帰国に関しては、当時を知る新聞編集者や日本国籍取得に関わった弁護士らから、その困難に極めた内情が明らかになります。
映画『日本人の忘れもの』の感想と評価
明瞭で胸を打つドキュメンタリー映画
冒頭フィリピンのミンダナオ島の山間の家で老女のインタビュー映像が映し出されます。
小柄なその女性は幾重の皺と白髪の姿から年齢を伺えるものの、愛嬌のある瞳と笑顔からは若々しさと親しみを感じられます。
そして猪俣典弘(フィリピン日系人リーガルサポートセンター事務局長)と河合弘之とのやり取りの中で、戦時中の恐怖や父との別れを語る彼女から、この残留邦人問題の抱える癒え難い闇を思い知るのです。
なにより彼女の拙い日本語からは日本人としての誇りを感じられ、日本ですれ違っていてもおかしくない日本人のおばあちゃんではないかとハッとさせられます。
他にも数人のフィリピン残留邦人の方々のインタビュー映像が次々に映し出されます。
戦後、半日感情が高まるフィリピン国内で、父親が日本人だということを隠して生きてきた彼らは、国籍が無いせいで教育を受けられないまま大人になり仕事に就くことができない、という負の連鎖の中で苦しみ続けてきました。
中国残留孤児についても同様に、戦争で日本人の両親を失い中国人養父母の下で育った数名の方々が、それぞれ語る「戦争」への憎しみは壮絶なもの。
日本に帰国出来てからも言葉の壁などによる葛藤は想像をはるかに超えるものでした。
こういった社会問題については、当時の社会情勢や複雑な法律が絡み、一見難しいと感じる人もいるかもしれませんが、本作では非常にわかりやすく説明しています。
フィリピン残留邦人、中国残留邦人関係者の方々のインタビュー映像から当事者の生きた声を感じるとともに、本作のプロデューサーを務めた弁護士、河合弘之さんがこの問題に長年尽力してきた経験から、いかに「問題の消滅ではなく、問題の解決」に急がなければならないのかということを説明しています。
また、朝日新聞編集者や中国残留孤児国賠訴訟に関わった弁護士らの言葉は非常に説得力があり、明瞭に問題を捉えているので、教材としてもぜひ使われるべき作品だといえるでしょう。
タイムリミットが迫っている社会問題
フィリピンの残留邦人は1000人ほど居て、平均年齢は80歳を超えています。彼らにとっての望みはただ「日本人と認められたい」ということ。
現在行われている民間による就籍活動は予算と人員不足から、全員に行き渡るのに10年以上掛かってもおかしくない状況にあります。
急を要する問題であり、解決には政府の支援が必要となります。少しでもこの問題を解決に導くため映画化踏み切ったという河合弘之さんの言葉からは並々ならぬ覚悟が感じられました。
フィリピンにも日本にも国籍が無かった二世らは、不法滞在を問われる可能性に脅かされながら、教育を受けられず働くことも出来ませんでした。
日本国籍が認められた二世の子や孫は日本で働く権利が得られます。貧困の負の連鎖から抜け出すことのできる唯一の方法なのです。
戦争が残した傷跡を癒し、過ちを正すためのチャンスは「今」しかありません。
まとめ
日本人の忘れものとは何かと問いかける、映画『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』。
残留邦人問題について知識がない人でも、いや知識がない人こそ「今」観るべき作品となっています。
ドキュメンタリー映画と聞いて、堅苦しさや難しさを感じる若者の心にも響く作品といえるでしょう。
『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』は2020年7月25日ポレポレ東中野ほか全国順次公開。