映画『We Margiela マルジェラと私たち』天才デザイナーが姿を見せなかった理由とは
80年代末、彗星のごとく現れ90年代のファッション界を席巻、そして2009年に突然表舞台から姿を消した天才デザイナー、マルタン・マルジェラとは?
当時からメディアに露出せず、実像はベールに包まれていましたが、本作『We Margiela マルジェラと私たち』で、その人間性とクリエーションのベールを脱ぎます。
何故マルタン・マルジェラは、姿を消したのか。
彼らのチームの「私たち」の証言と当時の貴重なアーカイブ映像から、マルジェラの本当の姿が今ここに明かされる初のドキュメンタリー映画です。
CONTENTS
映画『We Margiela マルジェラと私たち』の作品情報
【公開】
2019年(オランダ映画)
【原題】
We Margiela
【脚本・監督】
メンナ・ラウラ・メイール
【キャスト】
ビッキー・ロディティス、グレース・フィッシャー、ディアナ・フェレッティ・ベローニ、ルチア・ザンニ、ソフィー・ペイ、インゲ・グログニャール、ルッツ・ヒュエル、アクセル・ケラー、パトリック・スキャロン、マデライネ・パークハイマー、アルダ・ファリネッラ、ハーレイ・ヒューズ、リズ・パルマンティエ、スタニスラス・マリシェフ、アンダース・エドストローム、ジェニー・メイレンス
【作品概要】
マルタン・マルジェラは公に姿を見せず、書面のみのインタビューで「I=私」ではなく「We=私たち」で答えるなど、メディアに対し匿名性を貫きました。
オランダ出身のドキュメンタリー作家メンナ・ラウラ・メイール監督が、数々の貴重なアーカイブ映像や証言を掘り起こし、この映画で伝説的デザイナーの素顔と知られざるモードの舞台裏を浮き彫りにします。
ブランドの共同創始者ジェニー・メイレンスやクリエイティブチームの「私たち」が、これまで語られてこなかった激動の20年間を振り返ります
。
映画『マルジェラと私たち』のあらすじとネタバレ
「白は、その人を映し出すスクリーンなの」という女性の低く力強い声が響き、その後、白い画面と沈黙の時間が流れます。
インタビュアーが「心に残る思い出は?」と聞くと、彼女は「ファッション界で名を馳せること、どっちが欠けてもできなかったわ」と語ります。
彼女は、ジェニー・メイレンス。マルタン・マルジェラの才能を学生時代から見抜き、会社を立ち上げた共同者の女性でした。
「私たちは、二人ともやることが型破りだった」とジェニーは当時を振り返り、二人でファッションの常識を覆そうと決めたと真剣に話を続けます。
マルタンには、ジェニーが必要だったと語るのは、当時セールス・マネージャーとして貢献したヴィッキー・ロディティスでした。
靴箱から何かを必死に探している彼女は、もう一つの靴箱で「タビ」ブーツを取り出しました。
「モデル料の代わりにタビブーツを頂戴って言ったの。ボロボロになるまで履いたのよ」とヴィッキーは嬉しそうに話しながら靴を見せます。
当時モデルを務めたグレース・フィッシャーは「魂が込められている服なの」とパリのショーに出たことを話します。
ニットウェア工房でデザインをマルタンと共に担当したルチア・ザンニは「マルタンは、ビジョン、アイデアが突出していた。カリスマ性を持っていたわ」と語りながら、当時マルタンの要望に応えるために取り組んだエピソードを説明します。
ジェニーの娘ソフィ・ペイは「母とマルタンは、1年もファッションショーのために打ち合わせを重ねたわ。それが“カフェ・デ・ラ・ガーレ”よ」と当時のマルタンと母の思い出を話します。
1989年、カフェで開催された春夏コレクションでは、ストリートで歩いていた女性をそのままモデルにし、モデルの顔にヴェールを被せ、スレンダーのシルエットを発表し、刷毛で一部だけを描くメイクを施しました。
ショーの映像が映し出されます。
多くの人々が自由に行き来し、子ども達がはしゃぎまわっています。
ショーの裏側にカメラが入り、マルタンがメイクをしている手の動きや衣装をテェックしている姿、手に服と同じデザインを描いている姿など、すべて顔が映ることがないままで進行していきます。
メイクアップアーティストのインゲ・グログニャールが、ショーでは皆が平等で混沌としていたと振り返りながらも、不安定なメイクで、当時不安定な女性が自信を持ち輝き始めたと語ります。
80年代は、綺麗でグラマラスなモデルが完璧な美とされましたが、その後マルジェラの登場でストリート系の汚れたデザインの服を身に纏うことで女性が美しく輝いたと、ジェニーが説明します。
アーティザナル(マルジェラの代表的なコレクションで既存の服や布地を加工し新しいものを生み出す意味)&ニットデザイナーのルッツ・ヒュエルは、当時縫製の仕事をしていたが、無収入で毎日マルタンと取り組んだと、当時を振り返って話します。
「フリーマーケットに通って、いい生地や魅力のあるデザインの服を多く仕入れていた。その中から何を使ってどう加工していくか、マルタンとその時その時に決めるんだ」と彼は語りながら、マルタンの頭の中には、完成形があることを説明します。
多くの靴下の一つ一つをミシンで縫製している様子が見えます。
縫製する女性は、10足くらいだったら用意できるけど、何百足となると困ると説明しています。
モデルがワインのコルクを手に取り、ネックレスのチェーンをセットし身に着けます。
白い画面の中、インタビューのジェニーの声が聞こえます。「私のアイデアなの、白いタグは。お客が店に入った時に誰のデザインか知りたくなるでしょ?マルタンを説得したわ。僕の名前がないと両親ががっかりするって言ってたけど。白い糸で付けたのも後ろからすぐわかるでしょ」ジェニーは、さらに話を続けます。
女性は完璧ではない。家事、子育てをしながら仕事をしていく。歳を重ねた女性のモデルや男女を兼ね備えたモデルも必要。そこになセクシーさは見られない、人が服を創るのだと。
そしてマルジェラのデザインに、世界の刺激を求めるファッショニスタが熱狂し、その流れを誰もが止めることができませんでした。
映画『We Margiela マルジェラと私たち』の感想と評価
ジェニー・メイレンスは、デザイナーのマルタンとともに会社メゾン・マルタン・マルジェラを立ち上げた女性でした。
彼女の自信に満ちたメッセージは、映画に限らず一切マスコミに顔を出さないマルタンを代弁しています。
「これまでと同じことはしたくなかった」と語る二人が込めたメッセージを、映像とマルジェラチームが振り返り語るエピソードから、観るものは当時を体感していくような世界に入り込みます。
ジェニーが、そしてチームの一人一人が、なぜ“I”ではなく“We”と語るのか。
その魅力を解き明かすポイントを紹介していきます。
ポイント①白いタグ
ジェニーのインタビューの声だけが聞こえる時にスクリーンは、真っ白のままです。
ジェニーが話していたように、白は「私たち」一人一人の個性が反映し、作品を創り出していく場であるという強いメッセージを込めています。
マルジェラチームは仕事をするときに、科学者や医者が着用するあの白衣をユニホームとして着ています。
ショーの時、誰がスタッフか分かりやすいと、映画の中でチームの一人が話しているように、縦の繋がりではなく、そこには平等なチームで自由に仕事をするというはっきりとした意識がありました。
ジェニーのアイディアと語っている白いタグが、正にそのシンボリック的な表れでしょう。
しかもジェニーはビジネスパートナーの力を遺憾なく発揮して、自分がブティックをやっていた経験から、店に入ってくる客が白いタグの付いている服を見つけたら、誰がデザインしたのか注目する、だから白いタグにしたと語っています。
さらに四隅だけ白糸のステッチを付けていると、後ろから見てもすぐにマルジェラのデザインだと分かる、つまりそれだけでコマーシャル効果があることを見抜いていました。
ポイント②タビブーツ
当時を振り返り、映画の中でセールス・マネージャーのヴィッキーが、「タビ」ブーツが欲しいと懇願してボロボロになるまで履いたとシューズを見せてくれます。
当時80年代、女性は完全な美を求められ、服も身に付けるアクセサリーや靴も全てが理想の物が美しい女性を作るとされていました。
その中で裸足で楽に履ける日本の足袋の存在を知り、その下にヒールを付けるという斬新なアイデアと、今までの美的感覚に挑むようなフォルムはヨーロッパの若い女性の心を掴みました。
そのブーツに続き、スレンダーなシルエットや逆に大きすぎる服、汚れや掠れを敢えて生かすデザインの服を、ストリートを不安気に歩く女性をモデルにスカウトし、不完全なメイクを施し、カフェや広場でショーを開きました。
その試みは、以前の自分に自信のない女性ではなく、胸を張り生き生きとして輝く女性の姿を見せ、新しい美しさを持った女性の時代を生み出しました。
ポイント③コルクと靴下
女性のモデルがワインのコルクを手に取り、チェーンをセットして首にネックネスとして身に付けるシーンがあります。
そのコルクがモデルの女性を輝かせ、観る者にとっても光る宝石のように見えます。
また何十足も靴下を机に置いてミシンで継いでいき、それが独特のラインやデザインを表現し、アルジェラの服となるシーンもあります。
マルタンは、フリーマーケットのビンテージや古着、既成のニットやファブリックでない物などいろいろな素材を組み合わせ、一度役割が終わったものに光を当てて、命を吹き込むという独自のスタイルを生み出しました。
以上の3つの鍵で紐解きながら映像を辿っていくと、“マルジェラ”というブランドは、トップに立つマルタンとジェニーのカリスマ性だけではなく、クリエイティブ・チームの一人一人がベストを尽くすために必要な時間と自由とが与えられ、献身的なチームの一員となっていくことが感じ取れます。
常に違った何かを求める欲求、つまりクリエイティブなリスクがこのブランドの原動力になっているという強いメッセージを受け取ることができます。
だからこそマルジェラ本人が中心ではなく、ブランドの“私たち”としてのアイデンティティを表す『We Margiela』が原題となっているのでしょう。
まとめ
映画の後半、記念撮影をした場所をチームの一人が紹介しています。
そこで撮られた写真には、マルジェラの“I”ではない“We”の全員が写っています。
ジェニーは、全員で撮れる最後のチャンスだと、何度もマルタンを誘ったと話しています。
結局ジェニーの横は空席のままの写真となりました。
マルタンは最後まで「匿名性」を貫いたように写真では見えますが、ジェニーの最後の言葉に
この映画のすべてのメッセージが込められていると言えるでしょう。
「居ないことが、在ることを示しているのよ」。
見えないからこそ存在する、“Weのマルジェラ”に会いにいきませんか。