ニューヨークの建物のヴィンテージ廃材から世界でひとつのギターを作り続けるギターショップ。
ニューヨーク、グリニッジ・ヴィレッジにある「カーマイン・ストリート・ギター」。
ニューヨークという都市が日々変遷を遂げる中、変わらぬ小さなギターショップの日常をとらえたドキュメンタリー映画『カーマイン・ストリート・ギター』をご紹介します。
映画『カーマイン・ストリート・ギター』の作品情報
【公開】
2019年公開(カナダ映画)
【原題】
Carmine Street Guitars
【監督】
ロン・マン
【キャスト】
リック・ケリー、シンディ・ヒュレッジ、ドロシー・ケリー、エスター・バリント、クリスティン・ブジー、ネルス・クライン、カーク・ダグラス、エレノア・フリードバーガー、ビル・フリゼール、ダラス・グッド、トラヴィス・グッド、デイブ・ヒル、ジェイミー・ヒンス、スチュアート・ハウッド、ジム・ジャームッシュ、レニー・ケイ、マーク・リーボウ、チャーリー・セクストン
【作品概要】
ニューヨーク・グリニッジ・ヴィレッジのカーマイン・ストリートに面したギターショップ「カーマイン・ストリート・ギター」。ギター職人のリック・ケリーは、ニューヨークの廃材を使ってギターを制作している。
ギタリストたちを魅了するユニークなギターショップに、カナダ・トロント生まれで、ドキュメンタリー作品に定評のあるロン・マンがカメラを向け、その一週間をとらえた。
第75回ヴェネツィア国際映画祭、第43回トロント国際映画祭、第56回ニューヨーク映画祭に正式出品され、“Varietyが選ぶ2019年上半期ベスト15”に選出された。
映画『カーマイン・ストリート・ギター』あらすじとネタバレ
かつてはニューヨークのボヘミアンの中心だったグリニッジ・ヴィレッジ。
古き良きニューヨークの面影が少しずつ消えゆく中、ギターショップ「カーマイン・ストリート・ギター」は、30年間、変わらぬ雰囲気を残してヴィレッジの一角に居を構えています。
従業員はギター職人のリック・ケリー、弟子のシンディ・ヒュレッジ、リックの母親ドロシー・ケリーの3人。ドロシー・ケリーは電話番、伝票整理など事務的な仕事をてきぱきとこなしています。
シンディ・ヒュレッジは、1991年生まれ。リックに弟子入りして5年。大工でギター好きだった父親からの影響やアートスクールなどで学んだ様々な経験から、自分がやりたいことはリックのようにギターを作ることだと弟子入りを志願。本気だと認めてもらい、現在に至っています。
月曜日にお店を訪れたのは、ダラス・グッドとトラヴィス・グッド。ザ・セイディースのメンバーである2人は、古材でしか手に入らないアメリカン・チェスナット材のギターを気に入って購入。
2人は本作の楽曲を担当しています。
リック・ケリーは1950年、ニューヨーク州ロングアイランド生まれ。木材職人の祖父の仕事を見て育ち、木材に魅了されギター職人の道へ進みました。
70年代後半にグリニッジ・ヴィレッジに店を出し、90年にはいって現在のカーマインストリートに面した場所に店を構えました。
ニューヨークの建物のヴィンテージ廃材から世界でひとつのギターを作っています。
お店を訪れたビル・フリゼールがお店のギターを弾き始めました。コロラド出身の彼が初めてギターで演奏したのはサーフィン音楽だったそうです。「海もないのに」と彼は笑って言い、ビーチ・ボーイズの“サーファー・ガール”を披露しました。
火曜日。シンディがインスタグラムに投稿した、彼女がペインティングしたギターの写真にいいねが77もついていました。
しかし、リックはあまり感心がなさそうです。携帯電話も持たず、インターネットもしない彼に、「そろそろ21世紀に来たら?」とシンディが言っても「なんのため?」と笑って応えるだけです。
ニューヨークの昔ながらの場所が解体された際、救い出した木々のストックをケリーが見せてくれました。
ニューヨーク最古の教会トリニティ・チャーチ(現在は三代目)、禁酒法時代から続いていたもぐりの酒場チャムリーズ等々・・・。大物アーティストが滞在していたことで有名なチェルシー・ホテルなども名前があがりました。
今、どのお店の材木が欲しいかと聞かれたリックは、1854年創業のニューヨーク最古のバー、マクソリーズ(MacSorley’s)の名を上げました。
映画『カーマイン・ストリート・ギター』の感想と評価
『ニューヨーク公共図書館エクス・リブリス』(2017)が日本でも大ヒットしたドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの2015年の作品『ニューヨーク、ジャクソン・ハイツへようこそ』は、ニューヨーク市クイーンズ区の北西に位置するジャクソンハイツに住む様々な人々の姿を写し取った作品でした。
その中で、ニューヨーク市の都市開発による都市の変化で店や家を手放さなくてはならなくなった人々や、大家が賃料を上げざるをえない現状と、現在ニューヨークで起こっている都市開発の実態を知ってほしいと店子に訴える人々の姿が描かれていました。
ニューヨークはものすごいスピードで変化し続けています。特にマンハッタンは地価が高騰し、古いお店が次々と姿を消し、古き良きニューヨーク文化も同時に失われつつあります。
そんな中、本作品に登場するグリニッジ・ヴィレッジの一角に店をかまえたギターショップ「カーマイン・ストリート・ギター」の存在のあたたかみと、飾らぬ佇まいはとても貴重で、観ていてぐっとくるものがあります。
なにしろ、ギター職人のリック・ケリーは、ニューヨークの歴史的建物の廃材を救い出し、それで世界に一つのギターを作っているのです。なんとロマンのある話でしょうか。
それでいて、リックは、ちっとも奢ったところがなく、いつも朗らかな穏やかな笑顔を見せています。
グリニッジ・ヴィレッジは、かつてはボヘミアン都市として知られ、ビート・ジェネレーションや、カウンターカルチャーの東海岸での中心地でもありました。
映画の中で、ワシントンスクエアパークで歌っていたのかい?とリックがミュージシャンに尋ねるシーンがありますが、カーマイン・ストリートからもすぐのワシントンスクエアパークは、60年代、フォーク・リヴァイヴァル・ムーブメントが巻き起こった場所でした。
マシュー・ミーレ監督によるドキュメンタリー映画『カーライル ニューヨークが恋したホテル』(2018)、はニューヨーク・マンハッタンのアッパー・ウエスト・サイドの古き良き世界を残した文化の拠点を記録したものでしたが、『カーマイン・ストリート・ギター』もグリニッジ・ヴィレッジの歴史と古き良き文化を背負ったギターショップの記録です。
伝統ある高級ホテルと小さなギターショップという違いはあれど、拝金主義、合理主義に染まらない仕事への誇りと、確かな仕事ぶり、訪れる人々への敬意などには共通点があり、まさにそれこそニューヨークの(失われつつある)良き伝統そのものなのではないでしょうか。
店を訪れるミュージシャンのひとりが言った「あの頃のヴィレッジを君が守っている」という言葉も納得です。
そしてなんといっても好きなことをひたすら追求していくリックの姿には憧れずにはいられないのです。
まとめ
映画『カーマイン・ストリート・ギター』にはお店を訪れた多くのミュージシャンが登場し、リックが制作した世界でたった一つのギターを奏でています。
彼らの素直なりアクションから、リックのギターが素晴らしいものであることが伝わってきます。
また、弟子のシンディ・ヒュレッジが描くイラストやデザインは、観ていてとても楽しくなってきます。
インスタグラム用に撮った写真もセンス溢れるものです。彼女はギター作りも行っていて、リックの後継者として歩んでいくのでしょう。
監督のロン・マンはカナダ・トロント生まれのドキュメンタリー映画作家です。ジム・ジャームッシュとの縁で、カーマイン・ストリート・ギターを知り、たちまち魅了されたそうです。
ほとんど店内とその周辺しか映していないのにもかかわらず、映画にはニューヨークの街の変わりゆく姿が捉えられています。
そして、そんな中、決してその魂を忘れない、昔ながらの良きニューヨークの息吹そのものが生き生きと伝わってくるのです。