太鼓と笛の音、盆唄が聞こえてくる。自然と体が踊りだす。心が躍りだす。それは先祖代々受け継がれてきた魂の音。
2011年3月11日、東日本大震災。未曾有の震災は、多くの人の命を奪い、また積み上げて来た土地の伝統までも奪いました。
福島第一原子力発電所事故によって、未だ帰還困難区域になっている双葉町。避難生活を送り続ける双葉町の人々は、先祖代々受け継がれてきた「盆唄」の消滅危機に心を痛めていました。
帰りたくても帰れない。それでもいつの日か、双葉町に帰れる日がきたら「盆唄」と共に帰りたい。何百年経ったとしても。
そんな中、遠く離れたハワイの土地で、100年以上前に福島からの移民によって伝えられた「フクシマオンド」が今もなお踊られていることを知ります。
双葉盆唄の継承に向けて、盆唄を愛する人々が立ち上がります。故郷を慕う心は、遠く離れた地でも、時代が変わっても受け継がれていました。
「盆唄」を通して結ばれる人々の姿を追ったドキュメンタリー映画『盆唄』を紹介します。
映画『盆唄』の作品情報
【日本公開】
2018年(日本)
【監督】
中江裕司
【キャスト(声の出演)】
余貴美子、柄本明、村上淳、和田聰宏、桜庭梨那、小柴亮太
【作品概要】
東日本大震災により帰還困難区域になっている、双葉町の伝統「盆唄」に関わる人々が、消滅の危機から伝承の道を歩むドキュメンタリー映画。
双葉町の現状と故郷を離れて生きる人々の姿、そして日本から離れたハワイで受け継がれてきた「ボンダンス」のルーツを探ります。
監督は『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』の中江裕司。監督自ら、3年の歳月をかけて取材を重ね完成させました。
映画『盆唄』のあらすじとネタバレ
東日本大震災から4年経った夏。福島原発事故により帰還困難区域になっている双葉町から80㎞離れた本宮市で、聞こえてくる音がありました。
太鼓と笛の音、盆唄が聞こえてきます。双葉町の伝統保存会の皆さんです。
「全然、笛が吹けないよ」。「声がでないわ」。メンバーは震災後、双葉町を離れバラバラに暮らしています。久しぶりの双葉盆唄にブランクを感じるメンバー。
せんだん太鼓保存会の横山さんは、双葉町で太鼓作りをしていましたが、避難後は止めていました。太鼓作りは大きな音が出ます。隣近所への迷惑を考えてのことです。
横山さんは、双葉町の自宅へと車で向かっていました。検問で身分証明書を提示し通行を許可されます。
崩壊する街並み、道路を歩くイノシシ、生い茂る草木、ゴーストタウンと化した双葉町の様子が映し出されます。
そして、すっかり荒れ果てた自宅には、埃をかぶった大太鼓が置き去りにされていました。
音が鳴るか試す横山さん。昨日まで鳴っていたかのように太鼓の音が響きます。「はじめて帰還困難区域で太鼓を打ちました」。どこか晴れやかな表情です。
もう一度、双葉盆唄を復活させたい。そしてずっと残していきたい。唄い継がなければならない。
そんな時、世界で活躍する写真家の岩根愛さんと出会います。彼女を通して横山さんは、100年以上前に福島からハワイへ移民した人々が伝えた盆踊りがフクシマオンドとして、今でも日系人に愛され踊り伝えられていることを知ります。
双葉盆唄の継承の道がハワイの地に繋がります。町一番の唄い手、太鼓、笛の名手と双葉町の盆唄を愛するメンバーはハワイへと旅立ちます。
双葉町のメンバーがハワイで見た光景は信じられないものでした。「BON DANCE」と看板が掲げられたお祭り会場では、櫓を中心に多くの日系人が踊りを踊っています。
櫓の上からは、力強い大太鼓と繊細な篠笛の音色が聞こえてきます。そして、始まる盆唄。それはまさしく福島市の盆踊りでした。
ハワイの日系移民の歴史は明治期に遡ります。福島からも多くの移民が、ハワイのサトウキビ畑や製糖工場で労働者として働いていました。
移民者たちは辛い労働に耐えるため、故郷の唄を口ずさみ帰れぬ故郷に思いを馳せていたと言われています。
双葉盆唄をフクシマオンドと共に、ハワイの地で語り継いでいってほしい。横山さんたちは地元のメンバーに双葉盆唄を伝授していきます。
横山さんはこうお願いしました。「私たちの双葉町は地震、津波、原子力発電所の事故で帰還困難地区になっています。生きているうちに帰れるかはわかりません。子や孫の代になって双葉が復活したときに、これが本物の双葉盆唄なんだと教えて欲しいです」と。
映画『盆唄』の感想と評価
田植えが終わり、熱い夏がやってくる。縁側でスイカをかじり、夕涼みをしていると聞こえてくる盆踊りの音。今夜は地区の盆踊り大会。
浴衣を着て提灯の明かりを頼りに駆け付けると、櫓を囲んで皆が踊っています。太鼓の音がドンドンとお腹に響き、唄に合わせて体が勝手に踊りだします。故郷の盆踊りを思い出しました。
東日本大震災後、未だに帰還困難区域となっている双葉町。双葉町にも先祖代々受け継がれてきた「盆唄」がありました。
毎年楽しみにしていたお祭りが、暮らしから無くなるということ。故郷が無くなるということが、どれだけ寂しいものなのか映画から伝わってきます。
帰る故郷がない。その気持ちは、くしくも100年以上前、福島からハワイ島へ移民した先祖の気持ちに重なるものでした。
当時、ハワイ島に移民した人々も、同じように故郷を恋しく思い、辛い日々を唄に込め歌い継いできました。その思いは子供の代、そして孫の代へと受け継がれて、これからもまた残っていくことでしょう。
その土地の伝統は、自分のルーツでもあります。伝統を継承していくということの大切さに気付かされました。
また、避難生活でバラバラになってしまった双葉町の人々は、今の住まいでどこか「よそ者」という遠慮を抱えています。その気持ちは双葉町の先祖の気持ちに重なります。
映画では、双葉町の移民のルーツがアニメーションになって差し込まれています。声の出演は余貴美子、柄本明など豪華出演陣となっています。
自分がその土地に産まれたということは、先祖の苦労のうえに成り立っているもので、その土地に生きるということは、その土地の歴史の積み重ねの一部でしかないということ。
自分とは、なんとちっぽけな存在なのでしょう。だからこそ先祖への感謝の気持ちを忘れてはいけないのです。日本人にはその心がずっと残っています。
盆唄とは日本人の故郷であり、祈りの唄、慰めの唄でもある。だからこそ心に響くものなのでしょう。
ラスト約20分の櫓の共演、双葉盆唄は、映画『セッション』を彷彿させるものがありました。無の心に響き渡る太鼓と笛の音、盆唄。気が付くと涙が流れていました。
まとめ
東日本大震災後、いまもなお帰還困難区域になっている双葉町。双葉町の伝統「盆唄」を愛する人々が、消滅の危機から伝承の道を歩むドキュメンタリー映画『盆唄』を紹介しました。
双葉町の伝統芸能「盆唄」と、ハワイの地で継承されてきた「ボンダンス」。双葉盆唄を通して、昔故郷を離れ遠い土地に渡った人々のルーツが明らかになります。
そして現在、故郷復興の想いが、盆唄に託されました。
双葉町の盆唄は、再びハワイ島に渡りその土地に愛され預けられ、いつの日かまた双葉町へ帰ることでしょう。そう願います。