悪徳法定後見人が、次のターゲットに狙ったのは謎だらけの老婆だった!
「判断能力が不十分」と判断された高齢者などを、保護し支援する制度「法定後見人」。
裁判長からの信頼も厚い「完璧なケア」を行う、法定後見人のマーラは、実はとんでもない悪党だったという、クライムサスペンスコメディ『パーフェクト・ケア』。
お金の為に平気で人を欺き、法を武器に弱いものから資産を巻き上げるマーラは、全く共感できない主人公です。
では、『パーフェクト・ケア』は「法定後見人」制度の問題点を描いた作品かと言うと、実はそうではなく、拝金主義とも呼べる現代社会を、痛烈に皮肉った作品です。
クライムサスペンスと皮肉的なコメディ、2つの要素を持つ本作の魅力をご紹介します。
映画『パーフェクト・ケア』の作品情報
【日本公開】
2021年公開(アメリカ映画)
【原題】
I Care a Lot
【監督・脚本・製作】
J・ブレイクソン
【キャスト】
ロザムンド・パイク、ピーター・ディンクレイジ、エイザ・ゴンザレス、クリス・メッシーナ、イザイア・ウィットロック・Jr.、ダイアン・ウィースト
【作品概要】
悪徳後見人のマーラと、ロシアン・マフィアの争いを描いた、コメディタッチのクライムサスペンス。
主人公のマーラを、映画『ゴーン・ガール』(2014)で、行方不明になったエイミーを演じ「第87回アカデミー賞」の主演女優賞にノミネートされた実績を持つ、実力派女優のロザムンド・パイクが演じており、『パーフェクト・ケア』で「第78回ゴールデン・グローブ賞」の主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞しています。
マーラと敵対する、ロシアン・マフィアのボスを、「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズで、ティリオン・ラニスター役を演じ、大ブレイクしたピーター・ディンクレイジが演じています。
監督は『アリス・クリードの失踪』(2011)のJ・ブレイクソン。
映画『パーフェクト・ケア』のあらすじとネタバレ
判断力の衰えた高齢者を守り「完璧なケア」を行う、法定後見人のマーラ。
マーラは、家庭裁判所の裁判長からも信頼されている程の優秀さを誇りますが、実は法定後見人を担当する高齢者から、資産を全て奪い取る悪徳後見人でした。
マーラは「5年は奪い続けられる」と判断していた顧客の老人が亡くなった為、次の獲物を探し、結託している女医のカレンを訪ねます。
カレンから、ジェニファーという資産家の老婆に関する情報を得たマーラ。
身辺調査の結果、ジェニファーは莫大な資産を持っていますが、家族がおらず天涯孤独の身で、マーラからすると「最高の獲物」でした。
マーラは、カレンに「ジェニファーは認知症を患っている」という、偽物の診断書を捏造させ、ジェニファーの同意を得ないまま、家庭裁判所に申し立て、自身をジェニファーの後見人に選定させます。
ジェニファーの後継人になったマーラは、パートナーのフランと共にジェニファー宅を訪ねます。
そして強引にジェニファーをマーラが結託している、高齢者施設に入所させ、その間にジェニファーの自宅にある資産を全て売却します。
ジェニファーが銀行に預けた貸金庫まで突き止めたマーラは、根こそぎ資産を奪う為に貸金庫を開けます。
そこにあったのは、年代物の腕時計と、書籍の間に隠されていたダイヤモンドでした。
年代物の腕時計には、保険がかけられていましたが、ダイヤモンドにはかけられていなかった為、マーラは「世の中に流通していないダイヤモンド」と考えます。
一方、ジェニファーが住んでいた住居の売却を進めていたフランは、ジェニファーを訪ねて来た、怪しいタクシー運転手に遭遇します。
タクシー運転手は、すぐに立ち去りましたが、フランは不気味さを感じていました。
映画『パーフェクト・ケア』感想と評価
認知症などの理由で、判断能力が欠けている高齢者達に対して、「財産管理」や「身上監護(身上保護)」等の支援をすることができる制度「法定後見人」。
『パーフェクト・ケア』は、法定後見人をテーマにした、なかなか珍しい作品です。
法定後見人の選定には、本人の判断能力があるうちに、本人から選任される場合もありますが、判断能力が不十分とされた場合、本人の意思に関係無く、家庭裁判所が法定後見人を選定する場合もあります。
ただ、問題なのは法を熟知した法定後見人が、財産を着服したという事例もあり、これは日本でも起きています。
主人公であるマーラは、裁判長からの信頼も厚い、優秀な法定後見人でありながら、後見人を担当する高齢者から資産を巻き上げる、文字通りの悪徳後見人です。
本作の前半で、マーラは資産家の老婆である、ジェニファーの診断書を偽造し「認知症」と認めさせ、家庭裁判所でジェニファーの同意無しに、勝手にマーラを後見人に選定させます。
その後は「裁判所が判断した」と法的な拘束力を使い、ジェニファーを高齢者施設に強引に入居させ、ジェニファーの自宅から財産を全て奪い、家も勝手に売りに出すという、流れるような悪徳後見人の仕事が描かれています。
あまりにもスピーディーに物事が進む為、多くの人が「何が起きているか、分からない」と感じるでしょうし、作中のジェニファーも事態が掴めないまま、気付けば全ての財産をマーラに巻き上げられた形になっています。
マーラはその後、高齢者施設と結託し、ジェニファーを薬漬けにし、本当の認知症にしようとする、映画の主人公として失格な行動を見せます。
本作の中盤では、天涯孤独のはずのジェニファーに、実はロシアン・マフィアの息子がいたことが明らかになります。
これにより、全てが思い通りに見えていたマーラが、命の危機に直面するのですが、誰がどう見ても、自業自得の展開ですね。
マーラは、ジェニファーに「私と勝負したいのなら、法律で勝負しな。銃弾や暴力での勝負はルール違反」「私に負けは無い」と、普通の映画であれば名台詞になりそうなことを言いますが、法律を悪用しているマーラに言われても、全然心に響かず、首を傾げてしまいました。
間違いなく中盤まで、マーラに何の感情移入も出来ませんし、何なら「母親を取り返す」という目的で、マーラと争いを起こす、ロシアン・マフィアの方に正当性があるような気もします。
ロシアン・マフィアは、当初は裁判を起こしたり、マーラにお金を支払うことを提案したり、穏便に済まそうとしてましたが、莫大なお金を要求し、話をややこしくしたのはマーラの方です。
法律を悪用し、弱者からお金を巻き上げ、ロシアン・マフィアにも屈しない、マーラの正義は、どこにあるのでしょうか?
それは、ロシアン・マフィアのボスと対峙した時に明らかになるのですが「とんでもない金持ちになりたい」という、欲望のみでした。
その欲望を叶える為、マーラは「フェアプレイでは勝てない」と考え、法定後見人の制度を利用しているのです。
『パーフェクト・ケア』は、マーラのナレーションから始まるのですが、そこでも「世の中にいるのは、獲物か捕食者だけ、私は雌のライオン」と言ってますね。
先程「主人公失格」と書きましたが、考えてみれば、映画の主人公が「公平中立な善人でなければならない」という決まりはありません。
多くの人が「公平中立な善人」の主人公に共感できるでしょうが、ただ、同じように「とんでもない金持ちになりたい」という欲望の為に突き進む、マーラにも共感できるのではないでしょうか?
多くの人が、金持ちになることを望んでいるはずです。
そう考えると、マーラは、富裕層と貧困層の格差が広がった、新たな時代の主人公像として「いいんじゃないか?」と思い始めました。
ロシアン・マフィアに逆らい、車ごと湖に沈められたマーラが、車内から脱出し、必死で水面に上がろうとする姿は、お金持ちが勝者となる、現代社会で必死でもがき苦しむ姿を表現しているように見えます。
その後、マーラはロシアン・マフィアへの完全な復讐を果たし、望み通りの成功を手に入れます。
ですが、人の不幸の上に成り立つ成功など、長続きする訳ではありません。
本作のラストでは、マーラが成功に対する、代償を払うような展開となっており「フェアプレイでは勝てない」というマーラの考えに対し「最低限守らなければならないルールがある」との、回答が込められているように感じました。
まとめ
法律を武器に、私腹を肥やすマーラは、序盤はとにかく憎たらしさしかありません。
ですが、主演のロザムンド・パイクが、マーラを好演しており、憎たらしいんだけど。カッコよく見えてしまいます。
特に、ロシアン・マフィアとの争いが起きる中盤以降は、悪知恵が働くだけでなく、どんなピンチでも諦めずに戦い続ける、マーラの強さを魅力的に演じています。
対する、ロシアン・マフィアのボスを演じるピーター・ディンクレイジも、顔の表情と間だけで、ボスの恐ろしさを表現しており、スムージーを飲んでるだけでも、緊張感を出しているのは見事です。
『パーフェクト・ケア』は、新たな時代の主人公像ともいえる、マーラに感情移入できるか?という部分で、確実に評価が分かれる作品です。
ですが、ロザムンド・パイクとピーター・ディンクレイジをはじめとする、個性派俳優のコミカルな演技により、ブラックジョーク的な作風に仕上がっており、観ていて楽しい作品です。
社会問題や現代社会への皮肉を交えながらも、重くなりすぎない作風に仕上げた、このバランス感覚は見事です。