連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第66回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第65回は、「台湾巨匠傑作選2021」の江口洋子スペシャルセレクトに選出された『よい子の殺人犯』(2018)のご紹介です。
アニメオタクでニートのアーナンは、母親と認知症の祖父と粗末な家で暮らしています。母親は朝は市場で午後はレストランで働き、一家を支えています。
アーナンは自分と同じアニメ好きの女の子に恋をしますが、彼女はオークションでみつけたレアグッズを欲しがります。彼はグッズを落札するためにバイトを始めますが…。
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CONTENTS
映画『よい子の殺人犯』の作品情報
(C)2019 ANZE PICTURES Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED
【公開】
2018年(台湾映画)
【原題】
The Magnificent Bobita
【監督】
ジャン・ジンシェン
【脚本】
ワン・リーウェン、リャオ・ボーミン
【キャスト】
ホアン・ハー、ワン・チェンリン、タミー・ホー、フー・ルー・ルー
【作品概要】
ジャン・ジンシェン監督の初長編作の『High Flash 引火点』で脚本も手掛け、2017年の優良電影劇本(優秀脚本)賞を受賞しました。本作が長編作の2作目となります。
主演のホアン・ハーは2018年の東京国際映画祭上映作品、『トレイシー』、2020年東京国際映画祭上映作『悪の絵』などに出演し、17歳の時に台湾版エミー賞第44回金鐘奨にて、連続テレビドラマ主演男優賞を受賞した実力派の若手俳優です。
映画『よい子の殺人犯』のあらすじとネタバレ
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アーナンは内気で職場になじめず会社を辞め、カラオケで送別会をしてもらいますが、男性上司や先輩女性からのセクハラに、感情をコントロールできなくなり、コップの水を先輩の顔にかけてしまいます。
しらけてしまい同僚たちは帰宅しますが、アーナンは憂さ晴らしをするように、自分が好きな日本のアニメ「ボビッター」の主題歌を熱唱します。
アーナンの母は鮮魚市場で働いています。アーナンを定職につかせようと伝手を使いますが、何をやっても長続きしません。
母が仕事を終え大量の亀を持って帰宅すると、認知症の舅が部屋で放尿しています。後始末をする母、仕事を辞めたというアーナンと問題は山積みです。
仕事をするようたしなめられてもアーナンは、「金には困っていない」と自部屋にひきこもって、オンラインゲームをしたり、“ボビッター”ファングループで動画チャットで楽しむ日々です。
そこではボビッターについてボビッター愛を語り、レアグッズを見せ合ったりする場でした。“推し”のレアグッズを持っていると、羨望の目で見られ一目置かれる存在になれます。
その晩、アーナンはボビッターの立体ブロックを取り出します。仲間から羨望の目で見られたのも一瞬で、それはグループの中心的存在、ガンから借りた物でした。
ガンはもっと見せたいものがあると言って、ボビッターの着ぐるみ帽子を出します。それだけでも称賛されますが、彼が本当に見せたかったものは、帽子を被った“彼女”です。
彼女の名前は“イチゴ”といい、ボビッターのファンでとても可愛い女の子です。アーナンは一目ぼれをしますが、彼にとって彼女は高嶺の花でした。
アーナンの現実は認知症の祖父の世話を手伝うことでした。心優しい彼は祖父を大事に思う青年でした。
悩みの絶えない母は大量の亀を購入しては、川へ放流し「南無阿弥陀仏」と唱え、自らの業を流そうと祈祷します。
母は夕食の支度をしながら、アーナンに新しい仕事をみつけてきたと話します。ところが当の本人は働く気など全くありません。
それどころか厄介なことが増えます。何年も疎遠にしていたアーナンの叔父が、若い女を連れて家に押しかけて来たのです。
叔父のユエンホンも働きもせず、ギャンブルに明け暮れ借金まみれの男です。実家に居座るつもりで帰ってきて、金目の物を物色するありさまでした。
母は亡くなった父の代わりに、気を引き締めるようアーナンに言います。
ユエンホンはお金もないのに、ギャンブル仲間に奢ると見栄を張ります。ところが仲間も彼が無一文なことを知っており、逆に借金のある彼に返済を迫ります。
一方、アーナンがボビッターのアニメを観ていると、イチゴから動画チャットに連絡が入り、日曜日に仲間達のたまり場になっている、アニメショップに行こうと誘われます。
アーナンは彼女が行くならと答えます。アーナンはイチゴから誘われたことに、喜びを顔ににじませました。
映画『よい子の殺人犯』の感想と評価
(C)2019 ANZE PICTURES Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED
“アーナン”は実在した人物がモデル
映画『よい子の殺人犯』の脚本をてがけるきっかけとなったのは、ジャン・ジンシェン監督の遠い親戚の不幸がきっかけでした。
監督は上映に先立ちインタビューで、モデルとなった親戚について語ります。その方は50代でしたが、主人公アーナン(阿南)のように日本のアニメが好きで、自室に引きこもっていました。
引きこもってしまった理由は身体的な障害によって、職を失ったからだといいます。その方は不幸なことに自室で亡くなってしまうのですが、数日間、家族に発見されなかったと語ります。
同じ屋根の下に暮らしながら数日の間、発見されなかったということが、監督にとってショッキングなことで、家族の絆が希薄になりつつあると感じたといいます。
そして、監督が脚本を構築する過程で、台湾の若者に自分の世界に引きこもる人達がいることを認知したと語りました。
日本と台湾は文化がよく似ています。似ているというよりは、日本のサブカルチャーが台湾の若者に受け入れられています。
さらに日本で起きているニートの問題や、2チャンネルと呼ばれる電子掲示板を利用した、まことしやかな噂や不確かな情報、それに付随した犯罪などに巻き込まれる事件も多く発生しています。
日本のサブカルチャーが台湾で人気が出るように、日本で起きている事件に類似することが、台湾でもおこりつつあると問題視し、放置しておけば、闇は深くなる…そんな傾向を予見した作品といえます。
“共生”するアーナンと“寄生”する者たち
アーナンは社会に適応できない若者でした。それには幼い頃に兄を道連れに、父が自殺をしたというショッキングなできごとがあったことも影響しているでしょう。
それに加え、成長するにつれ祖父は認知症、母親からの期待と…責任感が大きくのしかかってきたことで、何もかもやる気が失せてしまったように感じます。
唯一、現実逃避できたものが“ボビッター”という、アニメキャラクターとそのマニア達との交流でしたが、アーナンはマニア達の中でも、自己顕示欲や承認欲求はなく孤独な方でした。
その理由は大黒柱のいない貧困家庭で、母親が苦労していて我を通せない環境だったからです。
アーナンは働けないわけではなく、働く原動力を失っていました。夢や希望を抱ける余裕がなく、まるで命を温存しながら共生しているようでした。
本来、実父を養う立場であるユエンホンが、父親の残した家財と退職金を搾取しに来て、義理の姉を罵倒し召使のように扱う、寄生ぶりはまるで悪魔です。
そして、あの可愛らしいイチゴですら、アーナンに寄生していたように思います。あのボビッターの着ぐるみに関しても、最初はガンにおねだりしたかもしれません。
しかし、目利きのあるガンはそれが本物かどうかや金額など、慎重に考え反対したのだと考えられます。
なんでも思い通りにしてきたイチゴは、自分に気のあるアーナンにお金を出させ、自分の欲求を満たそうとして失敗しました。
そんなイチゴ自身は自分では努力せず、今まで男を手玉に取ってきたのではないでしょうか。
優しく純粋なアーナンはお金も心も搾取され、唯一の逃げ場だったアニメショップ、マニアのサークルに顔向けできないほどの敗北をしたのです。
そして、優しい祖父も失ったアーナンには、失うものすら無くなってしまい、殺人という凶行にはしらせました。
まとめ
『よい子の殺人犯』は貧困家庭で暮らす、アニメオタクの青年が抱えた孤独、引きこもりなどの社会問題を盛り込んだ作品でした。
しかし、台湾において“引きこもり”がどのくらい深刻な問題なのか、作中では表しきれていません。キャッチコピーの“台湾社会の闇”と銘打つには、パンチが弱いともいえる作品です。
日本ではこうした闇を感じる事件が起きているので、妙なリアルさを覚えますが、台湾には無縁と感じる部分があるからでしょう。
また、サブカルチャーが引きこもりやニートの原因ではありません。問題は社会と政治であるからです。
実際、台湾には日本のアニメショップが出店しており、秋葉原や池袋のようなオタクの聖地と呼ばれるような、サブカルチャー街も存在しています。
どちらかといえば台湾は、サブカルチャー及び“オタク”には温い国で、オタク達はその国で共生しています。
また、ネガティブな要因はあるにせよ、台湾人の若年層の社会や政治への関心率を見る限り、頼もしさを感じ羨ましさすら覚えます。
もともと台湾は“家族愛”や血族という、団結力の強い国というイメージがあります。その民族性は2020年に入って以降、国際的にも示している通りといえるでしょう。
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