連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第63回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」。第63回は韓国映画『SEOBOK/ソボク』を取り上げます。
韓国映画界を代表するスター俳優コン・ユと、韓国のみならずアジアのファンも魅了する若手スター、パク・ボゴムが共演し、スタッフも一流、予算もそれなりに潤沢であったろうと推察される本作を「B級」と定義することに異論を唱える方もいるかもしれません。
しかし、韓国映画ファン以外にその魅力が十分伝わっているとはまだまだいえず、より多くの人にその魅力を伝えるきっかけとして本稿をご覧いただければ幸いです。
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CONTENTS
映画『SEOBOK/ソボク』の作品情報
【公開】
2021年公開(韓国映画)
【原題】
서복(英題:Seobok)
【監督】
イ・ヨンジュ
【キャスト】
コン・ユ、パク・ボゴム、チャン・ヨンナム、チョ・ウジン、パク・ビョンウン、キム・ジェゴン
【作品概要】
『建築学概論』(2012)のイ・ヨンジュの9年ぶりの監督作品。永遠の命をもつクローンの青年をパク・ボゴム、彼を護衛することになった余命わずかな元情報局員に、コン・ユが扮したSFエンターテインメント。
映画『SEOBOK/ソボク』のあらすじとネタバレ
元情報局エージェントのギホンは激しい頭痛に見舞われ、その場にうずくまりました。脳腫瘍を患う彼は、余命宣告を受けていました。
死を目前にし、明日の生を渇望する彼に、ある任務が舞い込みます。 それは国家の極秘プロジェクトによって誕生した人類初のクローン、ソボクを護衛するというものでした。
最近、ソボクの実験が行われているソイン研究所のアンダーソン所長が何者かに暗殺されるという事件が起き、クローン実験の倫理性に疑問を持ったアメリカ政府はただちに研究を停止すること、ソボクをアメリカに引き渡すことを韓国側に要求していました。そのためソボクを現在地より内密に移動させる必要がありました。
ソボクの骨髄ではiPS細胞が常につくられており疾病で死ぬことはないこと、また、人間の疾患を治療し、治癒させる力があると聞かされたギホンは、臨床試験を受けさせてやろうと言う言葉にすがる思いで仕事を受諾します。
任務早々、何者かが護衛車を襲撃し、ギホンとソボクは敵のトラクターの中に拘束されてしまいます。しかしギホンは銃撃戦の末、ソボクを連れて脱出に成功。
危機的な状況の中、ギホンはソボクに対してたびたび声を荒げますが、ソボクはいつも冷静で、自分の置かれた立場について常に思索していました。
ふたりは国家情報院から指定された隠れ家に身を潜めます。しかしそこに現れた国家情報院のエージェントたちは、ソボクを殺害しようといきなり発砲しはじめました。
驚いたギホンは情報員を阻止しようとしますが、危機に見舞われます。その時、ソボクが不思議な力を発揮します。彼は物や人を動かす超能力を持っていました。
ギホンとソボクは車に乗り逃走。国家情報院はふたりを見つけ次第、殺害せよと警察や軍隊に通達します。
研究所へ連れて行こうとするギホンに対してソボクはそれを拒み、「ウルサンのイミョン聖堂へ連れて行ってください」と頼みます。車を走らせていると、突然ソボクが吐血しました。驚き心配するギホンに大丈夫ですと応えるソボク。
海辺に車を停車させたギホンは「研究所の側には包囲網がはられているだろうからしばらくここで待とう」と口走り、ウルサンに行く気がないのを悟られます。
「あんなに血を吐いて、研究所に行かないと助からないぞ」とギホンは言い、2人は口論となりますが、突然、ギホンが発作を起こし、その場に倒れてしまいます。
ギホンは目覚めると、ソボクは海を見ていました。「なぜ僕を助けたいのですか?」と尋ねるソボク。「俺の命はお前次第だから」と答えるギホン。
「ギホンさんはそれだけの価値のある人ですか?」と問われたギホンは「価値はないが、生きたいんだ」と生への執着を見せました。しかし「俺は生きたいのか、死ぬのが怖いのか」と混乱したように言葉を続けました。
彼はかつて情報院に騙され、仲間を死に至らしめた過去があり、黙って逃げたことを激しく後悔していました。そのことを告白し泣き崩れるギホンの肩にソボクはそっと手をのせました。
ウルサンのイミョン聖堂を訪れたソボクは「一度訪ねてみたかった」のだと、遺骨が祀られた墓の前に立ちました。そこには男の子の写真と家族写真が飾られていました。母親らしき人物は研究所に勤務するイム・セウン博士でした。
「これが僕、ギュンユンです」とソボクは男の子の写真を見て言いました。「お父さんと僕が交通事故で死に、お母さんは悲しくて僕を作った。作ってほしくなかった。ギュンユンにはなれないのに」
再び車を走らせる2人。どこに行くのかとソボクに尋ねられ、自分もわからないと応えるギホン。ソボクは「研究所に行ってください」と言い、「いいのか?」と尋ねるギホンに「他に行くところがない」と答えました。
それによってギホンも助かるし、そのために自分は作られたのだと語るソボク。その時、初めて彼はギホンを「兄さん」と呼びました。
映画『SEOBOK/ソボク』感想と評価
2人の男性の孤独がエモーショナルに響く
クローン人間の命や尊厳、葛藤をテーマにした作品は、『ブレードランナー』(1982)をはじめこれまでにも何度も制作されており、本作の設定にはそれほど目新しさは感じられません。
また、このクローン人間をめぐって、いくつもの組織がぶつかり合いますが、国家情報院と金に雇われた傭兵という顔ぶれにも新鮮さはありません。
科学者はソボクの人間性を認めないありふれたマッドサイエンティストですし、ラスボス的な金持ちの会長は自身が抱える病を克服し、不死の体を手に入れようとする、特に面白みのない典型的な悪役として登場します。
このようにメインの物語には正直あまり独創性や新鮮さは感じられないのですが、それでも映画『SEOBOKU/ソボク』は、非常に魅力的な作品に仕上がっていると言えます。
その最大の要因は、クローン人間のソボクと彼を護衛する元情報局員のギホンという男性2人を「どこに行くあてもない人間」として描くエモーショナルな展開にあります。
かたや病では死ぬことのない不死の男。かたや脳腫瘍のため死を目前にしている男。ソボクは自身の存在事態に葛藤を覚えており、一方、ギホンは死を恐れ生に執着しています。
対極ともいえるふたりの不安と苦しみが全編に漂い、行くあてのないことでふたりは繋がっていきます。それがロードムービーという形で描かれることで悲劇性がより顕著になります。車の中で血を吐くソボクの姿は強烈な印象を残します。
監督のイ・ヨンジュは2012年の作品『建築学概論』で恋愛映画の興行成績を塗り替える大ブームを巻き起こしましたが、人間の心理を細やかに見つめ、観客の心を動かす手腕は本作でも健在で、がっちりと心掴まれてしまいます。
確かな技術力と造形の面白さ
SF的な設定の観点からは少し辛口なことを書きましたが、その世界を反映するVFXの技術は素晴らしいものがあります。
ソボクは生まれた際の副産物として、超能力を秘めており、念じると物を動かすことが出来ます。その能力が発揮されるクライマックスの壮絶な展開に手に汗握るのは勿論のこと、海辺で石を積んだり、海の水を不思議な形に動かしたりといった叙情的な表現もあり、アーティスティックで詩的な空間を作り上げています。
また、研究所が造船所内の大型船舶に置かれているというアイデアもユニークです。この作品で最もオリジナリティが発揮されている部分といえるでしょう。
クローン人間の研究という秘密厳守が強いられる場所としてもふさわしく説得力があるのは勿論のこと、この空間を一種の「方舟」として考えることも可能でしょう。
ソボクはこの狭い空間で、人間に都合の良い存在として、痛みを伴いながら、永遠に生き続ける運命にありました。
そんな彼がひょんなことからギホンと行動を共にすることになり、レトロな市場で珍しいものを見たり、服を買ったり、果てはカップ麺を何杯もたいらげたりします。
ここは観ていて思わず微笑んでしまうところですが、研究所という空間と野外での風景や行動の違いが、ソボクの悲劇性をより明確に浮かび上がらせています。
まとめ
生きたいと願うギホンにとって、当初、ソボクとの関係は打算が働いたものでした。しかし、時間を共に過ごすうちに、2人の関係は徐々に変化していきます。
コン・ユとパク・ボゴムという人気俳優が、悲劇の中に宿ったひとつの「信頼関係」を渾身の演技でみせています。
ソボクは人類の救いとして生まれてきましたが、同時に人類の未来を脅かす危険な存在でもあります。いずれに転ぶのかは全て「人間」の思惑にかかっています。
自分の存在意義とは何か、自分はどう生きていくのか、と自身のアイデンティティの問題に苦悩するソボクの姿は、誰よりも人間らしく見えてきます。
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