連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー 」第58回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第58回はゴア・ヴァービンスキー監督の手がけたサイコスリラー、『キュア 〜禁断の隔離病棟〜』です。
NYの金融会社に勤めるロックハートは、アルプス山奥の診療所に行ったきり帰って来なくなった社長を迎えに現地へと派遣されます。
中々社長に会わそうとしない怪しげな所長、施設の中で秘密裏に行われるとある生き物を使った診療について探るうちに自分自身に眠っていた意識が目を覚まします。
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CONTENTS
映画『キュア 〜禁断の隔離病棟〜』の作品情報
【公開】
2017年(アメリカ・ドイツ・ルクセンブルク合作映画)
【原題】
A Cure for Wellness
【監督】
ゴア・バービンスキー
【出演】
デイン・デハーン、ジェイソン・アイザックス、ミア・ゴス
【作品概要】
『ザ・リング』(2002)「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのゴア・バービンスキー監督が、『クロニクル』(2012)のデイン・デハーンを主演に迎え、恐ろしい秘密を抱える療養所に足を踏み入れた青年の運命を、独特の世界観と映像美で描いたサスペンススリラー。
共演に「ハリー・ポッター」シリーズのジェイソン・アイザックス、『ニンフォマニアック』(2013)のミア・ゴスが名を連ねています。
日本では劇場公開はされず、アメリカで2017年に公開されゲオでの先行レンタルの後、各種配信されました。
映画『キュア 〜禁断の隔離病棟〜』のあらすじとネタバレ
ニューヨークにある金融サービス会社に勤め、若くして幹部の座に上り詰めたロックハートは、ある日、取締役会から呼び出しを受けました。
取締役会はロックハートの不正に勘づいており、恩赦を条件に会社を離れたCEOのペンブロークを連れ戻すよう彼に命じました。
会社は合併を予定しており、法的事項に署名するためペンブロークの署名を必要としていたからです。
そしてペンブロークは今、スイスアルプスの「ウェルネスセンター」で療養中であることを明かします。
診療所のある山奥までタクシーで向かうロックハート。運転手は「毎週山まで入院患者を送り届けている」と語ります。
そして、診療所では金持ちの老人ばかりが治療を受けており、若い客を乗せるのは珍しいと明かしました。
タクシーが山の麓の町を通り抜ける際、地元の若者からゴミを投げつけられました。運転手は「山の上と麓は仲が悪い」とだけ言い、ロックハートに詳しい説明をしませんでした。
山の上にそびえ立つ診療所は古城をそのまま利用しており、立派な門構えにロックハートは圧倒されます。
タクシーが城内を通過し診療所の前に向かうまでの間、運転手は城の成り立ちについて説明します。
何世紀も前から、この辺りの土地はとある一族が有しており、純血にこだわった最後の男爵は信仰を裏切り妹と結婚したと。
結婚式の前夜、村人たちは男爵とその妹を地下墓地まで追い詰め、男爵の前で妹と焼き殺したと言います。
そうこうしているうちに診療所へ到着したロックハートは、受付でペンブロークを迎えに来たと言います。
そして規則を理由に面会を断る受付に対し、責任者を呼ぶように言いました。
直ぐにペンブロークに会えなかったことを会社に電話しようとするロックハートでしたが、山の上の診療所は電波が入らず、外への連絡ができません。
ロックハートは院長のピーターソンと面会することになりました。
彼は「診療所では若返りの効果があると言われている水を使った治療をしており、ペンブローク自身も治療を必要としている」と語り、彼の治療が終わる7時ごろ面会できるよう取り計らうとロックハートに言いました。
ロックハートは差し出された水を一気飲みした後、タクシーでホテルまで戻ります。
診療所を出て山の中を走っていると、タクシーは鹿と激突。道路を外れ山の斜面へと横転してしまいました。
ロックハートが意識を取り戻すと、診療所のベッドの上でした。
山の中で怪我しているところを救助されたロックハートは右脚を骨折しており、ベッドの上で3日間寝たきりだったということを所長のヴォルマーから説明されます。
事故のことは会社へ報告済みであり、会社も休養を取るよう言っていたと続けるヴォルマー。「水をたくさん飲むように」とだけ言い、ロックハートの病室を去りました。
棚の上に置いていた腕時計を手に取ると、事故の影響なのか、秒針が止まってしまいました。
骨折のため右足を石膏ギプスで固められているロックハートは、松葉杖で診療所内を散策します。
ペンブロークがサウナで治療を受けてると知ったロックハートは、スパエリアの奥にあるサウナ室を目指します。
迷路のようなサウナ室で迷子になるロックハート。来た道を戻ろうとするも、同じレンガ模様の壁が続いていて方向感覚を失いそうになります。
水蒸気で、もやがかかった室内を進むと、奥の椅子でうつむいている1人の老人を発見しました。
ペンブロークに連れ戻しに来たと声をかけるロックハート。「私は病気だからここを離れるわけにはいかない」と語ります。
ロックハートは、「ここ数日会社の株価は暴落しており、今社長が戻らなければ大変なことになる」と食い下がります。
誰かが責任を取る必要があると気付いたペンブロークは「荷物をまとめる」と言いました。
ペンブロークの帰り支度を待っている間、ロックハートは他の患者と離れた城壁の近くで鼻歌を歌う少女、ハンナに出会います。
ヴォルマーから「特別扱い」をされているハンナは、コバルト色の小さなボトルに入った謎の液体を接種していました。
しばらくして、ペンブロークの病室を確認しに行ったロックハートは、彼が行方不明になっていることに気付きます。
ロックハートは、夕食の席でヴォルマーにペンブロークの所在を尋ねるも、「病状が悪化し地下での治療に移行した」とだけ明かし、詳しく語ろうとしません。
ロックハートは誤魔化すヴォルマーに対し、詳しく説明するよう声を荒げた途端、鼻から血を流し意識を失ってしまいました。
ですが、脳震盪だけで深刻な怪我をしていなかったロックハートは、ヴォルマーからハンナの話を聞かされます。
ヴォルマーは成長が遅れているハンナを娘のように思っていました。ロックハートはヴォルマーの隙をつき、棚の中からペンブロークのカルテを抜き取ります。
過剰なストレスにより、主要臓器のほとんどが疲れていたロックハートは、ヴォルマーのすすめる水を使った治療を受けることにしました。
ロックハートは「感覚遮断タンク」と呼ばれる巨大な水槽に入り、胎児の頃を擬似体験する治療を受けます。
水槽の中で遠い記憶を思い出すロックハート。それは父親との記憶。彼が最後に見た父親の姿とは、橋の上から飛び降りたところでした。
ふと意識を取り戻すと水槽の中に大量のウナギがいることに気が付きます。ロックハートは必死で助けを求めるも、看護師は彼に気が付きません。
水中で暴れていたロックハートは意識を失ってしまいました。
救出されたロックハートは看護師に「水槽の中に何かがいる」と必死に訴えますが、「治療が効いてる証拠である」と諭され、病室へと戻りました。
病室にて、持ち出したペンブロークのカルテを確認するロックハート。窓の外に目をやると、何者かが別棟へと患者を運んでいるのが見えました。
翌朝、ロックハートは診療所の歴史について調べていた患者の1人、ワトキンスから男爵の妹が焼き殺された歴史について、詳しく聞かされます。
妹と結婚した男爵は、彼女の不妊治療を模索する中で農民に対し地獄のような実験を行っていたのです。そして実験に気づいた農民たちが城を襲撃し、火をつけたので城は陥落したのだと。
彼らは妊娠中の男爵の妹を捕らえ、彼女が火傷する前に赤ん坊を子宮から取り出したのです。そして赤ん坊は地元の帯水層に投げ込まれたものの、どういうわけか生き残ったという言い伝えがありました。
ロックハートは診療所から脱出した者がないことに気づき、ハンナの助けを借りて麓の町まで自転車で行きました。
彼女をバーへ残し、ドイツ語で書かれたペンブロークのカルテを読むことが出来る医療関係者を探します。
バーの向かいに住む牧場主のピーターを紹介され、彼にカルテを呼んでもらうと、帯水層から水を吸収しているにも関わらず、診療所の患者たちが脱水症状に苦しんでいることを知ります。
ピーターが排水路で下水を飲んだという牛の腹を割くと、臓物が床に散らばりました。それと同時に大量のウナギも床に散らばり、お腹にいた牛の赤ん坊の体内にまでウナギが侵入している光景を目にしました。
一方、診療所に籠りきりだったハンナの目には外の世界の全てが新鮮に見えました。物珍しそうにバーの中をうろうろしている彼女の姿は、地元の若者たちの注目を集めました。
バーへ戻ったロックハートは会社へ電話をかけました。電話口で「連絡もせず今まで何をしていたんだ」と叱責されるロックハート。
事故のことは伝えられておらず、24時間に社長と帰ってくるよう言われ、電話を切られました。
診療所で何が起こっているのかハンナに詰問するロックハートは、彼女に絡んでいた男と喧嘩になります。
そこへヴォルマーが現れ、2人は診療所へと連れ戻されました。
映画『キュア 〜禁断の隔離病棟〜』の感想と評価
監督ゴア・ヴァービンスキー
本作で監督を務めたゴア・ヴァービンスキーは、日本ではジョニー・デップとタッグを組んだ「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズの最初の3作品や『ローン・レンジャー』(2013)を手掛けたことで広く知られています。
しかし彼の作家性が色濃く反映された作品と言われると、それは前述した作品群ではありません。『ランゴ』(2011)と本作です。
まず『ランゴ』(2011)についてですが、同作は監督・製作の他に原案の段階から携わっており、その後『ローン・レンジャー』(2013)を撮ったことからも分かる通り、ゴア・ヴァービンスキーは相当な西部劇マニアです。
彼の西部劇にかける美意識は「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズの頃から顕著で、シリーズのヒットはジャック・スパロウという主人公の人気もさることながら、西部劇からトレースされたアクションにあります。
西部劇にある駅馬車や列車でのアクションを船と船の間でのアクションへトレースしつつ、キャラクターの配置やファンタジーの設定もふんだんに盛り込んだことで、スワッシュバックラー映画としての人気を確かなものにしました。
その一方で目立ったアクションのない本作は、マカロニウエスタンが西部劇に倣ったように、イタリアンホラーに倣った作品になりました。
ジャンルの歴史を自身の作家性に落とし込む技能に長けているゴア・ヴァービンスキーは、西部劇を撮る時はハワード・ホークスやジョン・フォードになり、イタリアンホラーを撮る時には、ルチオ・フルチやダリオ・アルジェントが憑依するのです。
「古城に住む怪人がいて、純血の処女を手に入れようとする」物語はとても伝統的なゴシックホラーの定型ですが、複数のジャンル性を持ち合わせた様々な要素が劇中のあらゆる場面で雑多になる本作は、イタリアンホラーらしい何を見せられているのか分からない難解さを纏っていました。
本作がゴア・ヴァービンスキーの作家性を紐解く上で、重要な作品であるもう一つの理由としてよく言われることですが、大作を撮った後に撮る小規模な作品が、作家性を引き出す法則に則っているから。
例えば、豪華なスパイスリラー映画『北北西に進路を取れ』(1959)の翌年に『サイコ』(1960)を撮ったアルフレッド・ヒッチコックや、結果的にシリーズ最終作となった『スパイダーマン3』(2007)の後に『スペル』(2008)を撮りホラーへ戻ったサム・ライミなどが分かりやすい例ですが、ゴア・ヴァービンスキーの場合は、『ローン・レンジャー』(2013)にて予算をかけて王道の西部劇をやり尽くした後の作品が本作なのです。
自身が持てる西部劇の引き出しを出し尽くした結果、残っていた作家性が本作には色濃く反映されていました。
そして本作の後に、2021年の『The Last Son of Issac LeMay』(2021)にてプロデューサーとして西部劇に復帰しているのですから、本作はゴア・ヴァービンスキーの珍しい一面が垣間見える作品としてとても貴重です。
謎解きと「水」
本作には数多くの謎解き要素が存在し、前半から小出しにされていくことで観客の興味を引き立てていました。
診療所でクロスワードパズルに興じるワトキンスが呟くワードは、その時のロックハートの状況を客観的に捉えています。
ロックハートが最初に診療所を訪れた時は、不正を隠蔽する条件として与えられた任務に勤しんでいるので「恩赦」。
やがてそれは「免責」と言い換えられ、「放免」であるとロックハートの口から語られますが、ここで彼が指しているのは自身の状況ではなく、同じような環境で死なせてしまった自身の母親に宛てた言葉となり、その後囚われているハンナを診療所から救う伏線になります。
翌朝、患者として今度は自身が入院しているので「治療」。ロックハートはこの後、治療の中でペンブロークと会い、自らの過去とも向き合うことになります。
そしてワトキンスが殺された後、ロックハートはクロスワードパズルと歴史の探究を彼女から引き継ぎ、診療所の謎を暴くことになります。
もうひとつの謎解き要素は、水とウナギ。
水を飲ませることで脱水症状になるというのは、実在の水中毒と混乱する設定ですが、本作に登場する道具「水」によってロックハートは過去と未来と繋がることが出来ます。
本作における「水」の設定は、『シャイニング』(1980)における亡霊です。
ロックハートは「水」によって自身の狂気を認め、ラストカットにて『シャイニング』(1980)のジャックのような不気味な笑みを浮かべるのです。(その先入観からか、ハンナ演じるミア・ゴスの顔もだんだんシェリー・デュヴァルのように見えてきます。)
変性意識状態にあるロックハートがウナギの幻覚を見るようになるのは、最初に受けた感覚遮断の実験治療からで、このシーンは『アルタード・ステーツ/未知への挑戦』(1980)の水槽のシーンを強く連想させます。
列挙した映画以外にも、本作には様々な映画ジャンルからのトレースがあり、元ネタ探しも楽しみの1つとなっていますが、あまりこじ付け過ぎると、それこそ『シャイニング』(1980)を徹底分析したドキュメンタリー『ルーム237』(2012)のような、意図しないミスに監督の意図を見出そうとする陰謀論に突入してしまいます。
あくまでホラー演出の1つとして楽しむことをお勧めします。
まとめ
今回はゴア・ヴァービンスキー監督作『キュア〜禁断の隔離病棟〜』をご紹介しました。
日本では劇場未公開の本作は、山奥に聳え立つ古城を捉えた流麗な撮影が非常に美しく魅力的なため、大画面で観る機会がないのが惜しまれる作品でした。
監督の特徴として長めの尺でゆっくりと丁寧に物語を描く作品が多く、本作も約150分と長めの作品です。
丁寧に描かれる物語の中にはゴシックホラー、サスペンス、スリラー、SFなど、様々な要素が雑多に盛り込まれており、情報量と同時に観賞後の満足感を与えてくれます。
ショック演出や緊張感を煽る演出にも長けているので、時間のある休日にお化け屋敷感覚で楽しめるアトラクションムービーでした。
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