蟹江まりの映画ともしび研究部 第4回
こんにちは、蟹江まりです。
連載コラム「蟹江まりの映画ともしび研究部」の第4回目に取り上げるのは、2019年11月1日に公開された映画『閉鎖病棟 それぞれの朝』です。
精神科医にして原作者の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)が山本周五郎賞を受賞した同名小説の映画化。また落語家にして名優・笑福亭鶴瓶の『ディア・ドクター』以来10年ぶりの主演作になります。
映画『閉鎖病棟 それぞれの朝』は、とある精神病院を舞台に、入院する患者たちのと哀しみと怒り、そして優しさが交差する感動のヒューマンドラマです。
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映画『閉鎖病棟 それぞれの朝』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【原作】
帚木蓮生『閉鎖病棟』(1994、新潮社)
【監督・脚本】
平山秀幸
【キャスト】
笑福亭鶴瓶、綾野剛、小松菜奈、坂東龍汰、平岩紙、綾田俊樹、森下能幸、水澤紳吾、駒木根隆介、大窪人衛、北村早樹子、大方斐紗子、村木仁、片岡礼子、山中祟、根岸季衣、ベンガル、高橋和也、木野花、渋川清彦、小林聡美
【作品概要】
原作者の帚木蓮生は精神科医でありながら、映画化された『三たびの海峡』、吉川英二文学賞・中山義秀文学賞ダブル受賞の『守教』など、数々の人間ドラマを生み出してきました。
『閉鎖病棟』(新潮文庫、山本周五郎賞受賞作)は、1995年に発売され、丸善お茶の水店掲げられた「感動のあまりむせび泣きました‥」という言葉が起爆剤となり、累計90万部を超す大ベストセラーになりました。
映画化に臨んだのは、映画『愛を乞うひと』や『エヴェレスト 神々の山嶺』で知られる平山秀幸監督。2008年に原作に惚れ込み、初めて自ら脚本を執筆。それから11年越しに映画を完成させました。
主演を務めた落語家の笑福亭鶴瓶は、映画『ディア・ドクター』以来10年ぶりの主演作。役作りのために7キロもの減量をして撮影に挑みました。
そのほか、『そこのみにて光り輝く』や『新宿スワン』で個性あふれる演技を見せた綾野剛、『渇き。』のエキセントリックな役柄から『恋は雨上がりのように』の恋する可愛らしい役まで、幅広い演技力を備えた小松菜奈も共演。
映画『閉鎖病棟 それぞれの朝』のあらすじ
長野県のある精神科病院、六王子病院。そこには、それぞれ事情を抱えた患者たちがいます。
母親や妻を殺めた罪で死刑となりながらも、死刑執行が失敗し生きながらえた梶木秀丸(笑福亭鶴瓶)。
サラリーマンだったが幻聴が聴こえ暴れだすようになり、妹夫婦から疎んじられているチュウさん(綾野剛)。
父親からのDVが原因で居場所がなくなり、この病院を拠り所にしている島崎由紀(小松菜奈)。
彼らは家族や世間から遠ざけられても、医師や看護師に見守られ、明るく生きようとしていました。
そんな中、この穏やかな日常を一変させる殺人事件が院内で発生。加害者は秀丸でした。果たして彼を犯行に駆り立てた理由とは…。
映画『閉鎖病棟 それぞれの朝』の感想と評価
本作品『閉鎖病棟 それぞれの朝』は、それぞれキャラクターがリアルに存在してる姿が見どころです。
ただ存在しているだけではなくて、ありのままで生きている、誰もがそう感じるのではないでしょうか。
映画の企画や制作から完成までに携わった、すべての人の力が画面に表れ、なかでもキャスト陣の生きた演技に注目です。
笑福亭鶴瓶(梶木秀丸)
生きながらえた元死刑囚・秀丸を演じたのは、2010年公開の映画『おとうと』で日本アカデミー賞優秀主演男優賞に輝き、2014年公開の『ふしぎな岬の物語』では、日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞した笑福亭鶴瓶。
鶴瓶は「何年も撮りたいと思ってきた平山監督の想いを壊してはダメだと、痩せようとも思ったし。そういう意味では今までとは力の入り具合が違いました。」と語っています。
綾野剛(チュウさん)
幻聴に苦しむ元サラリーマン・チュウさんを演じたのは、2014年公開の『そこのみにて光り輝く』でキネマ旬報ベスト・テン主演男優賞や、横浜映画祭主演男優賞など多数受賞。
また、2016年公開の『日本で一番悪い奴ら』で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞した綾野剛。
綾野は「この作品で、本当を見つける概念を捨て、嘘を付かない信念を手に入れました。」と語り、「秀丸さんにお水をもらうシーンは、鶴瓶さんと僕の10年以上の関係があったから、ああいうシーンになったのだと思っています。秀丸さんのまなざしに触れた瞬間、気の張ってたチュウさんが、子供みたいに泣いちゃって。すごく安心したんですよね。」とも述べています。
小松菜奈(島崎由紀)
DVを受ける女子高生の由紀を演じたのは、『渇き。』で鮮烈なデビューを果たし、数々の新人賞を受賞した小松菜奈。その後も2020年公開の『さくら』『糸』に至るまで話題作へ立て続けに出演しています。
小松は「打ちのめされる現場になるだろうな、でも挑戦しなきゃいけない役だと思いました。ただのかわいそうな子にはしたくなかった。10代の想いや人生の葛藤を表現できたらいいなって。」と語り、「過去の重さに引きずられて、重くなりそうなときは、平山監督と相談しながら、由紀の変化を整理して、気持ちを整えながら、ひとつひとつ丁寧に演じようと頑張りました。」ともかたりました。
3人の実力派のキャストの他にも、約1000人の応募者の中からオーディションで選ばれた患者役も加わり、バラエティに富んだキャストが顔をそろえました。
そのひとりひとりが院内で見せた、仕草や会話の様子は必見です。
秀丸が歩んだ壮絶な人生
笑福亭鶴瓶が演じた梶木秀丸は、母親と妻を殺し死刑が執行されたのにも関わらず、死ねなかった男。そして家族に対して犯してしまった過ちを背負って生きる悲しい死刑囚です。
死刑が失敗した際に障害が残り、車いすでの生活になりました。
「わしは世間に出たらあかん人間や」
この言葉通りそのあと居場所がなくなって、閉鎖病棟で暮らすことになりました。
秀丸の行動はすべて、人の優しさに裏付けされています。閉鎖病棟に居る患者ひとりひとりに誰よりも気を使い、誰よりもその患者の苦悩や葛藤に寄り添おうとします。
はじめ心を閉ざしていた由紀に対する場面だけではなく、病院での振る舞いひとつひとつから、その優しさをきっと感じ取れるはずです。
笑福亭鶴瓶は「映画に出てくる皆が《自己犠牲》で、優しい方向を向いている。観終った時、人にやさしくありたいと思える映画です。」と語っていますが、彼が演じる秀丸こそが《自己犠牲》の象徴であると感じさせれくれます。
日常のすぐ隣に潜む闇と人とのつながりから生まれる光
この閉鎖病棟に出てくるキャラクターは、誰一人かけることなく事情を抱えています。秀丸の過去の犯罪、チュウさんの幻聴、由紀のDVに始まり、暴力症など様々です。
どんな逆境に立たされても必死に生きるその姿、そして人にやさしく出来るその姿が、観客の心を揺さぶり、思わず「人間はすごいな」、と実感できるはずです。
医者であり作家でもある鎌田實は本作について、「生きていると不条理なことが起きる。どうすることもできないこともある。とんでもない壁や絶望の中、それでも人は前を向いて自分らしく生きようとする力が、どこかに隠されているということに気づかせてくれる映画だ。」「閉鎖病棟の中で生活する患者たちに《それぞれの朝》があるだけでなく、息苦しく呪縛された世界で、今を生きているぼくたちすべてに、それぞれの朝があることに気か付く。」と語っています。
確かに、各キャラクターの事情(闇)は深刻です。
言葉で表しきれないほどの苦しみを今まで味わってきたことでしょう。
でも、チュウさんが秀丸を心から慕っていたように、由紀が秀丸やチュウさんに心を開いたように、秀丸の優しさはそんな暗い気持ちに光を与えたのではないでしょうか。
また秀丸も同じように、2人の笑顔を見て、光を感じたのではないでしょうか。
まとめ
居場所をなくした人々が、ここで出会い、ここで癒され、ここからまた自らの人生へ旅立っていく
映画『閉鎖病棟 それぞれの朝』を観た後に、温かい涙がほほを伝うような、優しい作品です。
また、パンフレットには「family of strangers」という言葉が刻まれています。直訳するなら「見知らぬ人の家族」、しかし、その真意は「見知らぬ人、されど家族」と訴えているのでしょう。
秀丸の生き様、チュウさんや由紀の葛藤と新しい人生への一歩、閉鎖病棟全体を覆うあたたかい空気、人間の生命力の強さ、と見どころは言い尽くせません。
映画『閉鎖病棟』は絶賛公開中です!この感動をぜひ劇場でご覧ください。
次回の「蟹江まりの映画ともしび研究部」は‥
次回の「蟹江まりの映画ともしび研究部」では、11月23日公開の『歩けない僕ら』を紹介します。
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