連載コラム「邦画特撮大全」第1章
初めましての方が多いと思いますので、今一度ご挨拶を。この度、コラムを担当することになった森谷秀と申します。
今回私が担当することになったテーマは、ズバリ「特撮」です。
「特撮」という言葉を聞いて、皆さんは何を想像するでしょうか?
ウルトラマンや仮面ライダーといった変身ヒーローでしょうか?
それともゴジラやガメラといった巨大怪獣でしょうか?
まず第1回目は「特撮」という言葉の意味から、特撮というものをひも解いて行こうと思います。
特撮の語源と始まり
「特撮」とは、“特殊撮影技術”を省略した言葉です。
ミニチュア撮影やコマ撮りアニメーション、合成処理や操演、そうした技術の総称の事です。つまり「特撮」とは映画のジャンルを指す言葉ではなく、本来は技術・手法のことを指す言葉なのです。
また皆さんは、SFXやVFXという言葉も聞いたことがありませんか?
SFX(special effects)は特撮を意味する英語で、撮影現場で行われる視覚効果を指します。
一方、VFX(visual effects)はポスプロ段階で施されるデジタル処理による視覚効果の事を指します。つまりコンピュータ・グラフィックスなどの事です。
『月世界旅行』&『メリエスの素晴らしき映画魔術』予告編
SFXの創始者と言われているのが、ジョルジュ・メリエスです。
マーティン・スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』(2011)にも重要人物として登場し、この作品では名優ベン・キングズレーが演じています。
彼の代表作が『月世界旅行』(1902)。この作品で当時の特撮がどのようなものか判ります。
しかし“特撮”という言葉が誕生したのはメリエスの時代ではありません。この頃、こうした撮影技術は“トリック撮影”と呼ばれていました。
特撮の神様と呼ばれた円谷英二
初代『ゴジラ』の予告編(1954)
“特撮”という言葉を使い始めたのは、特撮監督・円谷英二です。
説明不要かもしれませんが、初代『ゴジラ』(1954)の特撮監督です。1963年に円谷プロダクションを設立し、その後『ウルトラQ』『ウルトラマン』(1966年)に端を発するウルトラシリーズを製作しました。
しかし、円谷プロが設立して最初の仕事は1963年のある1本の映画です。
その映画なのですが、変身ヒーローも巨大怪獣も出てこない作品なのです。
映画『太平洋ひとりぼっち』
造船所で働く一人の青年(石原裕次郎)は、周囲の反対を押し切ってヨットで出航。太平洋横断を目指します。
洋上で彼が思い出すのは孤独な日々、実父との不仲……。
『太平洋ひとりぼっち』は1963年公開の日本映画。石原プロモーションの第1回作品で、監督は翌々年『東京オリンピック』(1965)を発表する市川崑です。
この作品での特撮を円谷プロが請け負いました。但し裕次郎の古巣・日活の特殊技術部の金田啓治との共同です。
本作の円谷プロ側の特撮は川上景司が手掛けました。川上は東宝・松竹を経て円谷プロに参加した人物で、特撮を担当した作品に『君の名は』(1953)、日仏合作の『忘れえぬ慕情』(1956)、木下恵介監督の『野菊の如き君なりき』(1955年)、『喜びも悲しみも幾歳月』(1957)などに参加しています。
特撮パートの撮影は高野宏一氏。本作は彼のキャメラマンデビュー作でもあります。
数多くの円谷作品で特技監督を担当し、後に円谷プロの取締役となった以降は“監修”の立場で『ウルトラマンティガ』(1996)から『ウルトラマンコスモス』(2001)までの作品に参加します。
この作品の特撮場面は主人公が乗るヨットの部分なのです。そもそも原作は実際にヨットで太平洋横断に成功した堀江謙一のノンフィクションです。大ダコや巨大クジラが出てくることはありません。
ちなみに筆者は、特撮云々関係なく『太平洋ひとりぼっち』が映画として好きです。
まとめ
最初に言いましたが特撮は“特殊撮影技術”という手法を意味する言葉です。
『太平洋ひとりぼっち』のような一般映画にも、必要であればそうした技術は用いられます。
実際、現在制作・公開されている映画やTVドラマにはCGなどが何かしらの形で使用されています。
極端に言ってしまえば、ほとんどの映像作品には特撮が使われているのです。
我々が映像作品のジャンルとして“特撮”と呼ぶ場合、特撮技術の利用が主体になっている作品を指しているのです。
次回以降はゴジラやガメラ、ウルトラマンや仮面ライダーなどの具体的な作品に触れていきましょう。