連載コラム「銀幕の月光遊戯」第64回
映画『SKIN/スキン』が2020年6月26日(金)より、新宿シネマカリテ、ホワイトシネクイント、アップリンク吉祥寺、シネ・リーブル梅田他にて全国順次ロードショーされます。
イスラエル出身のガイ・ナティーヴ監督が2003年にアメリカで発足したレイシスト集団「ヴィンランダーズ」の共同創設者ブライオン・ワイドナーの実話をベースに、現代社会に巣くうレイシズムの問題に正面から向き合った衝撃の作品です。
スキンヘッドに差別主義者の象徴ともいえる無数のタトゥーを入れた主人公・ブライオンをジェイミー・ベルが演じています。
CONTENTS
映画『SKIN/スキン』の作品情報
【日本公開】
2020年公開(アメリカ映画)
【原題】
SKIN
【監督・脚本】
ガイ・ナティーヴ
【キャスト】
ジェイミー・ベル、ダニエル・マクドナルド、ダニエル・ヘンシュオール、ビル・キャンプ、ルイーザ・クラウゼ、カイリー・ロジャーズ、コルビ・ガネット、マイク・コルター、ヴェラ・ファーミガ、メアリー・スチュワート・マスターソン
【作品概要】
2003年にアメリカで発足したレイシスト集団「ヴィンランダーズ」の共同創設者であるブライオン・ワイドナーの実話をもとに製作された社会派ドラマ。
イスラエル出身のガイ・ナティーヴが監督を務め、アメリカのレイシストたちの実情とそこから抜け出そうともがく一人の男性の姿を描いています。
2018年 トロント国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞するなど、世界各国の映画祭で高い評価を受ています。
映画『SKIN/スキン』のあらすじ
2009年オハイオ州コロンバス。スキンヘッドのファシズム団体が憎悪をむき出しにして行進する中、レイシストたちを通してなるかと、反ファシスト抗議を行う人々が立ちはだかりました。
ファシズム団体のメンバーのひとり、ブライオン・“バブス”・ワイドナーの全身には、鍵十字など、差別的なメッセージを込めたタトゥーが無数に刻まれています。彼も腕をあげ、大声で叫びながら、カウンターたちを睨みつけました。
レイシスト団体とカウンターは衝突し、警察も介入する騒動へと発展していきます。
ブライオンは一人のアフリカン・アメリカンの少年を仲間と襲い、重症を追わせます。ブライオンは、FBIに拘束され取り引きを持ちかけられますが、その応えとして太ももの内側に彫った「裏切り者には制裁を」というタトゥーを見せ、捜査官を挑発してみせました。
幼い頃に親に見捨てられたブライオンは、白人至上主義者グループを主宰するクレーガーとシャリーンに拾われ、初めてまともに衣食住のある生活を送ることができるようになりました。
クレーガーをパパ、シャリーンをママと慕い育ったブライオン。2人には大きな恩と借りを感じていました。
そのような環境の元、彼は、筋金入りの差別主義者として成長し、今ではグループの幹部となっていました。
ある日、ブライオンは、彼らの集会に歌を歌いにやってきた母娘と親しくなります。
3人の幼い娘を育てるシングルマザーのジュリーも以前は差別主義者の男と付き合い、自身も思想に傾倒していたことがありました。が、男が娘に暴力を振るうのを見て、娘を守るためにきっぱりとその世界から足を洗ったのです。今回、歌いに来たのは、生活費を稼ぐためでした。
ブライオンはジュリーと知り合ったことでこれまでの自分の人生に迷いを感じ始めます。
益々暴力的になっていくグループから抜け出し、彼女と新たな生活を始めようと決意しますが、FBIに名前が登録されており、まともな仕事につくことができません。
前科とタトゥーが真人間になることを大きく妨げる中、彼はある決断をくだしますが・・・。
映画『SKIN/スキン』の感想と評価
短編と長編、ふたつの「SKIN」
イスラエル出身のガイ・ナティーヴ監督が2018年に制作した短編映画「SKIN」は、レイシストによるヘイトクライムを題材にした衝撃作で、2019年のアカデミー賞短編映画賞を受賞しています。
『SKIN/スキン』公式ウェブサイトにて2020年6月12日18時から19日まで無料配信が行われていましたので、視聴された方も多いのではないでしょうか。
短編「SKIN」は、暴力の負の連鎖という、アメリカ社会の現実をリアルに映し出す一方、「奇妙な味」とも呼べる独創性を持ち、異様なまでの緊張感に包まれています。皮肉で恐ろしい結末にはただただ震撼するしかありません。
ナティーヴ監督は、白人至上主義者だった元ネオナチ、ブライオン・ワイドナーがそれまでの自分から脱却するために、全身に刻まれたタトゥーを除去していく様子を描いたドキュメンタリー『Erasing Hate』(原題:2011年)に触発され、長編映画『SKIN/スキン』の構想を練り始めました。しかしヘイトを扱った作品にはなかなかスポンサーがつかず、短編映画「SKIN」の成功により、ようやく長編作品に着手することが可能となりました。
長編『SKIN/スキン』は、レイシストやヘイトクライムを主題としていること、レイシストに育てられた子どもに視点が向けられていること、共通の俳優の出演など、短編「SKIN」と多くの相似点がありますが、基本的には違ったベクトルの作品になっています。
同じ「SKIN」というタイトルで、短編と長編、それぞれの特性をいかした味わいの違う2種類の作品を生み出している点に、ガイ・ナティーヴ監督の多才さを見てとることができます。
ブライオンたちを生みだす背景
ブライオンは幼い頃に親に見放され、白人至上主義者グループを主宰するクレーガーとシャリーンに拾われます。そこで初めて彼は「愛」を知り、その「愛」に応えるように自身も白人至上主義の筋金入りのレイシストに成長します。
映画には、別の少年を巧みに勧誘する場面もあり、満足に衣食住にありつけない子どもが、疑うよりも先に目の前の「パン」に飛びついてしまう様子が描かれています。それらはカルトの勧誘の手口と酷似しています。
「子どもたち」から「ママ」と呼ばれているシャリーンが、ジュリーの娘に優しく近づき、彼女の恐れや不満に巧みに入り込む様にはぞっとさせられます。こうして多くの子どもたちを取り込んできたのでしょう。
ここでの「愛」はまやかしに過ぎません。ブライオンが彼らへの忠誠を語る際に「借り」という言葉を口にした時、ジュリーが「本物の家族ならそんなものはいらない」と応じる場面があります。
この言葉は大変重要で、この言葉がなければ、ブライオンは「父」、「母」、「グループ」を盲信することから逃れることができなかったかもしれません。
アメリカにおける白人貧困層の誕生はアメリカの植民地時代までさかのぼります。貧困から脱出する術もない人々は「trash=くず」と称され、ホワイト・トラッシュなどと揶揄されてきました。
そんな中から、白人至上主義のレイシスト集団が生まれ、アメリカ国内だけで1000以上存在するといわれています。
アメリカにおける人種差別問題は1960年代の公民権運動を経て尚、根深い問題として社会にはびこり、2020年5月、ミネソタ州ミネアポリスでアフリカン・アメリカンの男性を白人警官が死に至らしめた事件に端を発する抗議運動は、世界中へと広がり、「Black Lives Matter」という言葉が広く知られるようになりました。
憎悪を撒き散らす白人至上主義のレイシスト集団の活動も、トランプ政権のもと、より大胆になってきています。
映画『SKIN/スキン』はこうした現状に対して絶妙な共時性を有した作品として観ることができます。
『SKIN』というタイトルが意味するもの
ここでいう「スキン」は、肌の色と共に、そこに刻まれた無数のタトゥーを指しています。それは憎悪の印であり、ブライオンの存在証明でもあります。
しかし、ジュリーを愛し、その子どもたちを守りたいと感じた時に、タトゥーは大きな障害として彼の前に立ちはだかります。タトゥーがある限り、いくら改心したとしても、彼はレイシストとして判断されてしまうのです。
映画は、彼がタトゥーを除去するため手術台にいるシーンから始まり、手術台のシーンはその後も頻繁に登場します。除去手術は2年近くもかかり、その身体的痛みの辛さが想像されます。
その痛みは長らくしみついた差別的な思想と繰り返した暴力行為の代償であり、「SKIN」というタイトルには肌に感じる大きな痛みという意味も込められています。
映画に込められた「人は変わることができるのか」というテーマは、混沌とした現代の差別問題に一条の光を投げかけ、ひとつの可能性を示唆しています。
一方、この作品は、社会派ドラマのみならず、「活劇」としての面白みにも溢れています。
ブライオンが本当の愛を知り、組織を抜けようとすればするほど、組織の人間は暴力をチラつかせて、彼らのもとにやってきます。
そんな中、追い詰められていく男女の姿はメロドラマチックでもあり、手持ちカメラがブライオンやジュリー、彼女の幼い子どもたちの恐怖を生々しくとらえています。
まとめ
ブライオンに扮したのは、10代の時にスティーヴン・ダルドリー監督の『リトル・ダンサー』(2000年)で主人公ビリー・エリオットを演じ爽やかな印象を残したジェイミー・ベル。新境地ともいえる役柄に挑みました。
ジュリーには、『パティ・ケイク$』(2017/ジェレミー・ジャスパー)で、ラッパーを目指すヒロインを演じ一躍名を馳せたダニエル・マクドナルド。短編「SKIN」にも少年の母親役で出演しています。
ブライオンの改心を手伝う反ファシズム組織の主催者・ダリル・J・ジェンキンスには、マーベルヒーローのルーク・ケイジ役として知られているマイク・コルターが扮しています。
ガイ・ナティーブ監督は、イスラエル生まれ。祖父母はホロコーストの生存者だといいます。イスラエルで制作した長編三作は国内外で高い評価を得、本作がアメリカでの初長編作品となります。
リスクの高いテーマにも果敢に挑戦し、今後の活躍が楽しみな映画監督のひとりです。
映画『SKIN/スキン』は、2020年6月26日(金)より、新宿シネマカリテ、ホワイトシネクイント、アップリンク吉祥寺、シネ・リーブル梅田他にて全国順次公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
7月17日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷他にて公開されるインド映画『WAR ウォー!!』』を取り上げる予定です。
お楽しみに。