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韓国映画『群山:鵞鳥を咏う』あらすじと感想レビュー。中国朝鮮族への言及と飛び交う様々な言語|OAFF大阪アジアン映画祭2019見聞録14

  • Writer :
  • Cinemarche編集部
  • 西川ちょり

連載コラム『大阪アジアン映画祭2019見聞録』第14回

3月8日から17日まで10日間に渡って催された第14大阪アジアン映画祭も無事閉幕。

アジア圏の様々な国の多種多様な作品51本が上映され、グランプリ作品に韓国映画『なまず』が選ばれるなど、各賞の発表も大きな反響を呼びました。

作品上映後のゲスト登壇によるアフタートークも盛り上がりを見せ、例年以上に活気のある映画祭となりました。

映画祭は終わりましたが、当コラムはまだまだ続きます。

今回取り上げるのは、特集企画《ニューアクション!アジア》の一本として上映されたチャン・リュル(張律)監督の『群山:鵞鳥を咏う』(2018)です。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2019見聞録』記事一覧はこちら

映画『群山:鵞鳥を咏う』とは

『芒种/キムチを売る女』(2005)、『境界』(2007)、『慶州』(2014)などの作品で知られるチャン・リュル(張律)監督の2018年の作品です。

韓国の南西部、全羅北道に位置する港町・群山を訪れた男女2人の姿が描かれ、詩人を名乗る男性にパク・ヘイル、共に旅する女性にムン・ソリが扮し、彼らが泊まる民泊の主人をチョン・ジニョン、その娘をパク・ソダムが演じています。

チャン・リュル(張律)監督は、中国吉林省延吉市出身の朝鮮族3世。39歳の時に小説家から映画監督に転身。現在は韓国に拠点を置いて活動しています。

『群山:鵞鳥を咏う』は、韓国の映画雑誌『CINE21』による「2018年ベスト15」に『1987 ある闘いの真実』などと共に選ばれています。

映画『群山:鵞鳥を咏う』のあらすじ

アマチュア詩人のユンヨンは「群山に行きませんか」とソンヒョンを誘います。

待ち合わせ場所に遅れてきたユンヨンにソンヒョンは「誘う方も誘う方だけど、ついてくる方もついてくる方よね」と自嘲気味につぶやきます。

群山に着いた二人は食堂に入って、たらふく食べたあと、店のおかみと一緒に飲み、どこかに民泊はありますか?と尋ねました。

「昼間から? 若いっていいわねー」というおかみの反応にソンヒョンはあわてて「違うんです。私たちそういう関係ではないんですよ」と否定しますが、おかみはうけながし、近くの民泊を教えてくれました。

街を歩きながら「見覚えがある」とつぶやくユンヨン。ここは彼の母の生まれ故郷なのです。

民泊にたどり着いた二人はチャイムを押しました。「私たちは選ばれるかしら?」この民泊は人を選ぶのだそうです。

主人が出てきて拍子抜けするくらい簡単に二人は中に通されました。

どこか影のある主人に惹かれたのか、ソンヒョンはずっと彼に話しかけ、側を離れようとしません。

挙げ句にソンヒョンは勝手に部屋も別にしてしまい、ユンヨンは嫉妬で次第に不機嫌になっていきます。

そんな彼の姿を宿の監視カメラでずっと見ている人物がいました。この家の娘です。

民泊のオーナーは福岡で生まれ育った元在日韓国人で、妻を交通事故で亡くしていました。まだ幼かった娘は、目の前で事故を目撃したショックで心を閉ざしてしまっていました。

しかし、彼女はユンヨンにだけは心を開き始めます・・・。

映画『群山:鵞鳥を咏う』の感想と評価

揺らめく現在と過去、そして未来

「以前お会いしたことがありますか?」という言葉をパク・ヘイル扮するユンヨンはしばしば用います。

ユンヨンがその言葉を使うと、ソンヒョンは、彼は誰にでもそう言っていて、これは一種のくどき文句だと受けとめます。

それを意識してかどうか、彼女も、民泊の主人に同様の言葉を投げかけます。

会ったことがあるという答えが返ってこないのがわかっていても声をかけてしまう。くどき文句というよりは親近感、いやそれよりも懐かしさのようなものが彼らをそうさせたのではないでしょうか。

群山の街並みを見て、「見覚えがある」とユンヨンがつぶやくことも同様です。母の生まれ故郷であるこの街を彼は初めて訪れたはずなのですが。

会ったことはないはずなのに、どことなく会ったことがあるような、初めて来たのに、初めてでないような、そんな曖昧な感覚が作品からゆるりとこぼれ落ちてくるのです。

この作品は、見ていくうちに、こちらがこうだと認識していたものとは風景も時間もいつの間にか違っているという、非常に巧みなある種の”仕掛け”があります。

このマジックは、パク・ヘイルの服装にヒントがあるのですが、あっと思わされつつもあまりにもさりげなく物語は進行していき、目眩にも似た”円環”のイメージに、観るものを巻き込んでいきます。

過去と現在と未来が、交錯し揺れ動くことで、既視感や懐かしさが浮かび上がり、人々の心もざわざわと揺らめきます。

心の機微やどうしようもない寂寥感が画面からゆらゆらと漂ってきて、何気ない旅の映画のように見えながら、人間の深い孤独を浮かびあがらせるのです。

中国朝鮮族への言及

旅から戻ったユンヨンを迎えるのは、保守的な父親と中国朝鮮族の家政婦です。

路上で、中国朝鮮族の人権を訴える男性も登場します。そこには、朝鮮族3世であるチャン・リュル監督の強い思いが込められているのでしょう。

しかし、この男はどことなく胡散臭い感じに描かれていて、韓国映画的な独特のユーモアが感じられます。

また、ユンヨンが詩人ということから、国民詩人、尹東柱(ユン・ドンジュ)の名前がしばしばあがります。

尹東柱といえば、『金子文子と朴烈(パクヨル)』のイ・ジュニク監督の『空と風と星の詩人 尹東柱(ユン・ドンジュ)の生涯』で描かれた韓国の国民的詩人です。

同志社大学留学中に、悪しき治安維持法によって逮捕され、福岡刑務所で非業な死を遂げた尹東柱は、中国吉林省延辺朝鮮族自治州(当時の間島)出身で、チャン・リュル監督にとっても特別な存在なのでしょう。

映画では、家政婦が尹東柱の血縁であることがわかり、ユンヨンが興奮するシーンが描かれています。

飛び交う様々な言語

この映画には、日本語、中国語、韓国語、英語という多種な言語が飛び交います。

オーナーは福岡で生まれ育った元在日韓国人ですし、ユンヨンは幼いころ、2年間華僑の学校に通っていたことがあるため中国語が話せます。

道を尋ねてきた中国人観光客に彼が流暢な中国語で応えるシーンなど、異国の人々が、互いに言語を駆使しながらコミュニケーションをとるシーンがいくつか登場してきます。

大阪アジアン映画祭の上映作品として実に相応しい作品と言わずにはいられませんが、国や民族という単位を超えたところのコミュニケーションの可能性が明確に示されていると解釈しても間違いではないでしょう。

淡々とした語り口で、時にユーモアを交えながら、人々の寂しさを映し出すと同時に、差別のない社会、理解しあう社会を映画は静かに主張しているのです。

まとめ

群山は1989年の郡山港開港から1945年の植民地解放までの間、日本人入植者によって近代的な開発が行われた都市です。

取り壊されなかった日本式建築が多く残っており、”負の遺産”とされてきましたが、「近代文化歴史遺産」として、街並みや建造物の保存が行われ、今では観光スポットとなっています。

そんな街並みを見て、ムン・ソリ扮するソンヒョンは「本当に日本みたい」と口にしています。

ホン・サンス映画を想起させる旅映画としても、また、過去と現在が巧みに交錯するという映画の構造的にも、群山という街は格好の舞台といえるでしょう。

同じく、韓国の土地名をタイトルにしたチャン・リュル監督の2014年の作品『慶州』が、『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』というタイトルで2019年初夏に日本公開されるという嬉しい報せが入ってきましたが、この『群山:鵞鳥を咏う』も、是非一般公開して、多くの方に観ていただきたい作品です。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2019見聞録』記事一覧はこちら



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