連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第9回
1927年のシカゴを舞台に、「ブルースの母」と称される実在の歌手マ・レイニーとそのバックバンドがレコーディングする光景を描きながら、アフリカ系アメリカ人の苦悩を浮かび上がらせる映画『マ・レイニーのブラックボトム』の配信が開始されました。
『サヨナラの代わりに』(2014)のジョージ・C・ウルフが監督を務め、マ・レイニーをヴィオラ・デイヴィス、トランペッターのレヴィーをチャドウィック・ボーズマンが演じています。
チャドウィック・ボーズマンは2020年8月、43歳の若さでこの世を去り、本作が最後の作品となりました。
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CONTENTS
映画『マ・レイニーのブラックボトム』の作品情報
【日本公開】
2020年12月18日より配信(アメリカ映画)
【原題】
Ma Rainey’s Black Bottom
【原作】
オーガスト・ウィルソン
【監督】
ジョージ・C・ウルフ
【脚本】
ルーベン・サンチャゴ=ハドソン
【キャスト】
チャドウィック・ボーズマン、ヴィオラ・デイヴィス、グリン・ターマン、コールマン・ドミンゴ、ジェレミー・シャモス、テイラー・ペイジ
【作品概要】
ピュリッツァー賞を2度受賞した劇作家オーガスト・ウィルソンの戯曲の映画化作品。監督はジョージ・C・ウルフが務めました。
オスカー女優ヴィオラ・デイヴィスが実在の歌手マ・レイニーを演じ、『ブラックパンサー』(2018)などのチャドウィック・ボーズマンが野心溢れる若きトランペッターを演じています。
映画『マ・レイニーのブラックボトム』あらすじとネタバレ
1927年、シカゴ。
「HOT RHYTHM」という名のスタジオで、”ブルースの母”と呼ばれ、人気を誇る黒人シンガー、マ・レイニーの新作レコーディングが行われようとしていました。
バンドリーダーのカトラー、ベーシストのスロー・ドラッグ、ピアニストのトレドの3人は約束の時間にやってきたものの、トランペッターのレヴィーと肝心のマ・レイニーがなかなかやってきません。
しばらくしてレヴィーがやってきました。彼は街で高価な靴を購入したと皆にみせびらかします。一週間分の給料を靴につぎ込みやがったとカトラーたちは呆れ顔です。
スタジオの地下室で彼らはリハーサルを始めましたが、マネージャーのアーヴィンは「ブラックボトム」はレヴィーのアレンジでと注文をつけました。しかし、カトラーはマ・レイニーが承知するとは思えません。
集合時間から一時間遅れでマ・レイニーの車が到着しました。甥のシルヴェスターと恋人のダシー・メイが同乗していました。しかしそこで接触事故が起こりひと悶着。アーヴィンが飛び出していって警官に金を握らせて、なんとか事なきを得ます。
リハの音を聴いたマ・レイニーは、「あのアレンジではやらない」と言い、アーヴィンが説得しても首を縦に振りません。
レヴィーは自分のアレンジが採用されずがっかりしますが、「決めるのはマだ」とカトラーは忠告しました。
そこにレコード会社のエージェントのメルが顔を出し、レヴィーに曲は出来たかと尋ねました。レヴィーは曲を書く才能も持ち合わせていました。
メルにへつらうように「イエッサー」と言ったことを皆にからかわれたレヴィーは、最初はほっておいてくれと静かに対応していましたが、「白人をよく知らない」としつこくからかわれ、感情を爆発させます。
彼は8歳の時に体験した事柄を話し始めました。ある日、父の留守中に白人の集団が家にやってきて母親を襲ったのです。レヴィは母を助けようと父のナイフを持って近づいたもののナイフを奪われ胸を切られてしまいました。
白人たちは手を止めました。レヴィーが死んだと思ったからです。母親は相当な距離をレヴィーを抱えて走り、医者に治療を断られながらもレヴィはなんとか生き延びました。
戻ってきた父は話を聞くと農場を売って、村の人々に別れを告げ、村を出ていきました。犯人である白人たちにも笑顔を見せて別れました。
親戚の家に落ち着いた頃、父は姿を消しました。父は村に戻ると、白人たちに復讐を始めました。4人を殺しましたが、残りの男たちに追われ、吊るされ、火を放たれました。
「親父は白人への立ち向かい方を身をもって示した。笑みを浮かべながらどう復讐するか計画していた。俺も白人にイエッサーと言いながらタイミングを見計らっているんだ」
胸の傷を見せながら話すレヴィーに誰も何も言えませんでした。
マ・レイニーは甥のシルヴェスターに「ブラックボトム」の口上をやらせると言い、カトラーが指導しましたが、彼には吃音があり、なかなかうまくいきません。
カトラーはアーヴィンに彼は無理だと伝えますが、マ・レイニーはシルヴェスターに口上をさせるのだと言って聞きません。
いよいよレコーディング開始となりますが、直前にマ・レイニーが「コーラを用意していないのか」と抗議し始めました。
「コーラがないとだめなことを知っているはずなのに、コーラ代をけちるのか」と怒る彼女に、アーヴィンは注文するから一曲だけ先に録音してしまおうと説得を試みます。しかしマ・レイニーは自分で金を出し、シルヴェスターとスロー・ドラッグに買いに行かせました。
シルヴェスターとスロー・ドラッグはドラッグストアを見つけてドアをあけますが、そこには白人しかおらず、店の中にいる全員が、彼らに冷たい目を向けていました。
レコーディングが中断している間、マ・レイニーはカトラーに語りかけていました。「連中は私を見下しているんだ。連中が欲しいのは私の声だけだ。今はいやいやでも私の言うことを聞いてくれる。でも歌を録音するや背を向ける。金になるなら黒人を利用するが、それ以外は野良犬以下の扱いしかしないんだ」
地下では下に降りてきたダシー・メイをレヴィーが口説いていました。かかわりになるのをおそれ、他のメンバーは出ていってしまいました。
やっとふたりがコーラを買って戻ってきました。レコーディングが再開されます。しかしシルヴェスターの口上がうまくいきません。ようやく7テイク目で成功し、素晴らしい歌と演奏が披露されました。
歌い終えて満足そうに微笑むマ・レイニー。ところが録音ミスがあり取り直しとなりました。機嫌を損ねたマは、スタジオを飛び出し、帰ろうとします。アーヴィンがあわてて追いかけ、「15分だけ時間をくれ」と彼女を説得しました。
バンドマンたちは地下に戻り、レヴィーとトレドが言い合いを始めました。レヴィーは自分のバンドを持って、いつかマ・レイニーのように白人の尊敬を得るのだと語りますが、「マ・レイニーは尊敬されているわけじゃない。白人のホテルでは無視され、タクシーも拾えない」と反論されます。
カトラーがゲイツ牧師の話を始めました。見知らぬ駅で一人取り残された彼は気づけば白人たちに囲まれていました。
その悲惨な話を聴いていたレヴィーは「神は何してた?」と憤り始めました。「黒人の祈りをゴミに捨てる神のクソ野郎!」と彼が怒鳴ると、カトラーは神への冒涜だと激しく抗議を始めレヴィーを殴りました。
レヴィーは小型ナイフを取り出し、振り回し始めました。「カトラーの神よ、こいつを救えるか?」と叫びながら。母親は襲われた時神に祈ったが、神はそれを無視したのだとレヴィーは叫んでいました。
カトラーはレヴィーの心の傷のあまりの深さに呆然としていました。
映画『マ・レイニーのブラックボトム』の感想と評価
“ブルースの母”マ・レイニーの闘い
本作はアフリカ系アメリカ人の劇作家オーガスト・ウィルソンの同名戯曲の映画化作品です。オーガスト・ウィルソンはアフリカ系アメリカ人の生活をリアルに描き、ピューリッツア賞やトニー賞をはじめ、数々の賞を受賞している作家です。
脚色を担当したルーベン・サンチャゴ=ハドソンは、ウィルソンが描く登場人物の「気高さと勇気」を伝えることを心がけたと述べています。
マ・レイニーは「ブルースの母」と呼ばれた実在の人物で、特に南部で圧倒的な人気を誇ったシンガーです。1923年から1928年まで、レコーディングのため北部を訪れ、多くの曲を吹き込んでいます。
映画『マ・レイニーのブラックボトム』の舞台は1927年のシカゴ。南部に住む黒人たちが自由を求めて北の工業都市へ大移動していた時代です。
当時、マ・レイニーは40歳を過ぎていました。マ・レイニーを演じているのは『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』(2011/テイト・テイラー)などで知られるヴィオラ・デイヴィスです。
彼女は、デンゼル・ワシントンが監督と主演を務めたオーガスト・ウィルソンの戯曲の映画化作品『フェンス』(2016)にも出演していて、第89回アカデミー賞主演女優賞を受賞しています。
映画はマ・レイニーと彼女のバックバンドがシカゴを訪れ、スタジオでレコーディングを終えるまでを描いていますが、マ・レイニーは、決して自分を曲げないので、レコーディングはなかなかスムーズには進みません。
マ・レイニーの振る舞いは一見、傲慢に見えますが、それらは決してスター気取りから来るわがままではありません。
彼女は物語の中盤に信頼のおけるバンドリーダーに心情を吐露しています。「白人のやつらはただ金儲けのために自分の声が欲しいだけ、敬意などなく見下しているのだ」と。
妥協すること、白人のエージェントやマネージャーの言いなりになることは、自分自身の魂を損ねてしまうことを意味します。彼女は白人至上主義の社会に屈することのないよう抵抗し、白人に搾取されないよう毅然と戦い続けているのです。
ヴィオラ・デイヴィスは、時折、マ・レイニーの心の優しさをのぞかせ、彼女の苦悩をにじませます。「ブルース」の素晴らしさを語る時には一瞬、生き生きとした表情をみせますが、すぐに険しい顔に戻ります。
疲れ果てながら、毅然と立ち続け、自分自身を貫くアーティストをヴィオラ・デイヴィスが見事なまでに表現しています。
野心的な若きトランペッター、レヴイーの悲劇
チャドウィック・ボーズマン扮するトランペット吹きのレヴィーが本作のもうひとりの主人公です。
彼は才能に恵まれ、自分のバンドを持ちたいという夢を持っている前途有望な若者です。しかし、生き急いでいるかのように何もかも一度に駆け上がろうとするため、物事はなかなか彼の思うようには進みません。
マ・レイニーが一見、ワガママで傲慢に見えたように、この青年も一見、軽薄そうなお調子者に見えます。しかし、子供のころに負った心身の傷が今も深く刻まれていることが明らかになっていきます。
怒り、泣き、笑い、また怒り、と激しい心の浮き沈みを見せるレヴィーをチャドウィック・ボーズマンは全身で表現しています。映画の中でバンド仲間たちが立ち尽くして言葉を失ったように、映画を観る者も心を激しく揺さぶられてしまいます。
レヴィーが理不尽な神への怒りを爆発させる場面は本作のクライマックスといってもよいかもしれません。まさに圧巻の演技を見せています。
また、スタジオの地下という狭い空間で繰り広げられる「会話劇」を鮮やかに構築してみせた撮影監督トビアス・A・シュリッスラーの手腕も見事というほかないでしょう。
チャドウィック・ボーズマンは本作の配信を待つことなく2020年8月28日に癌でこの世を去りました。病を押して出演した本作は遺作の1つとなってしまいました。
2020年12月に発表された第46回ロサンゼルス映画批評家協会賞では主演男優賞受賞に輝くなど、その演技は高い評価を受けています。
まとめ
演劇作品の映画化ということで、ほぼ狭い室内空間の中で物語は進行していきますが、ジョージ・C・ウルフ監督は、序盤に眩しいシカゴの街の風景をとらえ、その中をスタジオに向かって歩くバンドマンたちを映し出すことで、その後の室内の展開との鮮やかなコントラストを見せています。
と、同時に、その野外シーンには、道行くバンドマンが決して街の人々から歓迎されず、寧ろ、不信な目つきで観られていることが描き出されています。
本作は1920年代を舞台にしていますが、現代のアメリカを描いた作品でもあります。アフリカ系アメリカ人を取り巻く困難の根深さは驚くほど変わっていないからです。
2020年5月25日、ミネソタ州ミネアポリスに住むジョージ・フロイドさんが警察に首を踏まれ続け死亡するという事件が起き、その動画が拡散されて「BLM(#Black Lives Matter)」のムーブメントが再燃。全米の都市で大きな抗議運動が繰り広げられました。
黒人というだけで警官に殺される人はあとを絶ちません。そうした現状や、アメリカにおける黒人の歴史をたどれば、本作におけるマ・レイニーの生き方と、レヴィーの悲劇がより深く理解できることでしょう。
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