連載コラム「山田あゆみのあしたも映画日和」第1回
今回ご紹介する映画『マイスモールランド』は、日本で暮らす在日クルド人の少女が自身の居場所に葛藤する姿を描いた社会派ヒューマンドラマ映画。
是枝裕和監督率いる映像制作集団「分福」の新鋭監督・川和田恵真監督の商業デビュー作でもあります。
主人公を演じるのは、日本やドイツなど5か国のルーツを持つモデルであり、本作が映画初出演となった嵐莉菜。共演には『MOTHER/マザー』(2020)の奥平大兼をはじめ、平泉成、池脇千鶴、サヘル・ローズらが脇を固めています。
本作はベルリン国際映画祭ジェネレーション部門にノミネートされ、人権問題を取り扱った作品に贈られるアムネスティ国際映画賞スペシャルメンション賞を受賞しました。
映画『マイスモールランド』の作品情報
【日本公開】
2022年(日本・フランス合作映画)
【監督・脚本】
川和田恵真
【キャスト】
嵐莉菜、奥平大兼、アラシ・カーフィザデー、リリ・カーフィザデー、リオン・カーフィザデー、藤井隆、池脇千鶴、韓英恵、板橋駿谷、新谷ゆづみ、さくら、平泉成、サヘル・ローズ
【作品概要】
監督の川和田恵真は、是枝裕和監督が率い、西川美和監督が所属する映像制作者集団「分福」に在籍する新鋭監督。『三度目の殺人』(2017)で監督助手、西川美和監督の『すばらしき世界』(2021)でメイキングを担当。2017年に本作の企画を立ち上げ綿密な取材を重ねた後、商業デビュー作となる本作を制作しました。
本作が映画初出演となったモデルの嵐莉菜のほか、『MOTHER/マザー』(2020)で長澤まさみと共演した奥平大兼が本作で映画出演2作目を果たしています。
撮影は、登場人物たちの感情を端正な映像で力強く表現する手腕に長けた『ドライブ・マイ・カー』(2021)の四宮秀俊。 同じく『ドライブ・マイ・カー』の徐賢先が美術を担当しています。
映画『マイスモールランド』のあらすじ
クルド出身の難民であるサーリャは埼玉の高校に通い、教師になるという夢を叶えるためにアルバイトに勤しむ生活を送っていました。
サーリャの母は数年前に亡くなり、今は父・マズルム、妹のアーリン、弟のロビンとの4人暮らし。「クルド人としての誇りを決して失わないように」……そんな父の強い願いに反して、子どもたちは、ごく一般的な日本の同世代の少年少女と同じように“日本人らしく”育っていました。
ある日、チョーラク一家は、出入国在留管理局から、難民申請が不認定となったことを言い渡されてしまいます。
在留資格を失い“仮放免”という状態になったサーリャたちは、今後許可なしでは居住区である埼玉県から出られなくなり、就労までも禁じられたことで、生活が一変していきます。
映画『マイスモールランド』感想と評価
日本で暮らすクルド人の高校生サーリャが、自分のアイデンティティに揺らぐ物語。
本作は実際に、埼玉で生活するクルド人のコミュニティにインタビューを重ねた上で制作されており、日本で暮らす難民の、精神的にも経済的にも不安定な現状を真摯に描いています。
日本で暮らす難民の現実
サーリャ一家は難民申請が取り消されたことで、就労を禁止され、行動範囲を制限されてしまいます。これが現実に起きていることなのか、目をそむけたくなるほど過酷な現実が描かれています。
夢や恋心に胸を膨らませていたサーリャが、次第に追い詰められていく様子や、幼い弟ですらも自身のアイデンティティに戸惑う姿には、胸が締め付けられました。
ですが、辛い現実の中でも自分の居場所を自ら見つけようとするサーリャの力強さが印象深く、それを描いた点が本作の魅力の1つと言えます。
高校生という年代は、大人と子供の狭間で揺れる年頃でもあり、それに加えてサーリャはクルドと日本の間で揺れています。自分の意志だけではどうにもならない現実に直面しながら、もがく彼女の姿が切実に描かれています。
また、本作は撮影と演出の巧みさも際立っています。
川辺の場面や光が差し込む洗面台の場面が度々登場しますが、ここでの光の捉え方が美しく、俳優らの繊細な演技を最大限に捉えたショットや長回しのショットもとても印象的です。
さらに、サーリャの弟の存在にも注目です。彼には、是枝監督作品の撮影手法と同じく台本を渡さず、撮影の直前に口頭でセリフや演技を伝える手法で撮影されています。
その手法もあって、驚きや困惑の表情や素に近い話し方が出ているように感じられ、子どもが持つ率直さから、改めてサーリャたちのぬぐい切れない孤立感と戸惑いが際立ちます。
このような撮影と演出の巧みさも相まって、難民問題の現実と、私たちに今できることは何なのかということを深く心に問いかける作品となっています。
嵐莉菜・奥平大兼の瑞々しい演技
本作の魅力の1つは、主人公のサーリャを演じた嵐莉菜と、彼女を支え、互いに恋心を寄せるようになる颯太役を演じた奥平大兼の存在感です。
まず嵐は、真面目な性格で何事にも一生懸命になる一方で、自分の居場所やアイデンティティを定めることができないサーリャの人物像を瑞々しい演技で体現していました。特に難民申請の取り消しによって、次第に追い詰められて行く中で見せる暗い表情には、鬼気迫るものがあり、堪えながらも流す涙からは、底知れない悲しみと悔しさがにじみ出ていました。
そして絶望を乗り越えようと覚悟を決めた眼差しと佇まいは、静かながら凛とした力強さを湛えており、サーリャという人物の魂を感じられる演技であったと言えます。
また奥平大兼が演じた颯太は、悩み苦しむサーリャの姿をそばで見守る存在です。颯太はクルドのことも、難民が置かれている状況についても知らず、サーリャを目の前にして戸惑うことばかりですが、その場しのぎの優しさやごまかしをせず、真正面から向き合います。
その颯太の自然体の態度や人柄を、奥平の初々しさと自然な演技がさらに魅力的なキャラクターとして魅せていました。
颯太が「難民」としてではなく「1人の友人」または「好きな女の子」に対して、真摯に何ができるのか悩み迷う姿に、観客も改めて自分自身ができることを考えるきっかけを与えてくれるように感じました。
この2人が会話を交わす場面は本作のストーリーの軸の1つとなっていますが、特に注目すべき場面は、3回登場する川辺の場面です。
1つ目はサーリャが誰にも言ったことがない秘密を颯太に告げる場面。2つ目は進路について話す場面。3つ目は、言葉少なに互いの想いを確認し合う場面となっています。
他の誰の干渉も受けず、お互いのことだけに向き合える場所で、少しずつ心の距離を縮め、かけがえのない存在になっていく様子が、本作の輝かしい魅力として多くの人の心に沁みるはずです。
まとめ
本作は、ベルリン国際映画祭で人権問題をテーマにしたアムネスティ国際映画賞でスペシャル・メンションを受賞しています。
その受賞スピーチで、川和田監督は難民の方たちについて、「知らないけどいないことにしないでほしい」という思いを込めて、本作を制作したと語っていました。
2022年4月現在、日本はウクライナから難民の受け入れも進めています。私たちが身近な存在として難民という存在を知る、理解する、寄り添うためのきっかけとなる作品になるのではないでしょうか。
『マイスモールランド』は2022年5月6日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開。
山田あゆみのプロフィール
1988年長崎県出身。2011年関西大学政策創造学部卒業。2018年からサンドシアター代表として、東京都中野区を拠点に映画と食をテーマにした映画イベントを計13回開催中。『カランコエの花』『フランシス・ハ』などを上映。
好きな映画ジャンルはヒューマンドラマやラブロマンス映画。映画を観る楽しみや感動をたくさんの人と共有すべく、SNS等で精力的に情報発信中(@AyumiSand)。