連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第7回
新年初旬よりヒューマントラストシネマ渋谷で始まった“劇場発の映画祭”ともいうべき、「未体験ゾーンの映画たち2019」では、貴重な58本の映画が続々上映されています。
第7回では、スペインのサスペンス映画『シークレット・ヴォイス』紹介いたします。
演出を務めたカルロス・ベルムトは、監督デビュー作品『マジカル・ガール』で、サン・セバスチャン国際映画祭グランプリと監督賞を2冠受賞した力量の持ち主。
そんな新鋭カルロス・ベルムト監督が描くミステリードラマは、まるでペドロ・アルモドバル監督が描く女の物語を、フランソワ・オゾン監督の映像や展開で描いた作風です。
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CONTENTS
映画『シークレット・ヴォイス』の作品情報
【公開】
2019年(スペイン・フランス合作映画)
【原題】
Quien te cantara
【監督】
カルロス・ベルムト
【キャスト】
ナイワ・ニムリ、エバ・リョラッチ、カルメ・エリアス、ナタリア・デ・モリーナ
【作品概要】
監督デビュー作『マジカル・ガール』で一躍世界的注目を集めたスペイン出身のカルロス・ベルムト監督。彼が脚本を自ら書き上げ、新たに挑んだミステリードラマ。
『アナとオットー』でアナ役を演じたナイワ・ニムリがリラ役を演じています。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『シークレット・ヴォイス』のあらすじとネタバレ
海辺の砂浜でに倒れる一人の女。そして彼女の蘇生を試みる、もう一人の女…。
病院のベットで目覚めた女リラ・カッセン(ナイワ・ニムリ)。10年前に惜しまれつつ突如引退した国民的な人気歌手です。
そのリラのマネージャーであるブランカ(カルメ・エリアス)は、彼女を支え続けた後、引退後も身の回りの世話をしています。
しかもリラは記憶を失っおり、記者やファンが集まった病院から退院すると、リラの自宅に向かいます。
リラは海辺の豪華な自宅に住んでいましたが、引退後、財産も尽きたいました。
そこでマネージャーのブランカは、復帰ツアーの計画を立てていました。
このツアーが中止になると、リラは今の生活を手放すしかありません。
10年前に母の死で引退したリラ。しかし記憶を失った彼女は歌うことができません。身体の内からリズムを感じるだけで、聞こうとしても聞こえないと、リラは現状を語ります。
そんなリラをブランカは、スターのあなたこそ“唯一無二”の存在だと励まします。
歌を失ったリラは、ヒントを求めてパソコンに「リラ・カッセン 唯一無二」と打ち込み検索します。
するとそこにはリラの歌を熱唱する、一人の女の動画がありました。
その女ヴィオレタ(エバ・リョラッチ)はバーにいました。彼女に言い寄る男との会話で、彼女が熱烈なリラのファンだという事実が判ります。
ヴィオレタが家に戻ると、部屋の扉のガラスが破られていました。一人娘のマルタ(ナタリア・デ・モリーナ)が壊したのです。
マルタは新しいスマホが欲しいと、母に声を荒げてお金を要求します。ヴィオレタはお前が働かないからと諭しますが、まったく聞く耳を持ちません。
お金は無いというヴィオレタにマルタは、私に嘘をついたら許さない、正直に言わないとこうすると、自分の首にナイフを突きつけます。
自死をほのめかして脅すマルタにヴィオレタは、リラのサイン入りのレコードアルバムの中に、お金を隠してあることを伝えました。
マルタはその金を抜き取ると、嘘をついた罰と称してそのアルバムを打ち砕いてしまいます。
23歳になるマルタは無職で精神的にも不安定でした。人生に絶望していたヴィオレタには、リラの歌だけが救いでした。
翌日、勤め先のカラオケ・バーで熱唱するするヴィオレタ。そこに客としてブランカが現れます。
熱烈なファンであるヴィオレタは、彼女がリラのマネージャーだと知っていました。
ヴィオレタが信用できる人物と判断したブランカは、彼女に事実を打ち明け、報酬と引き換えにリラに歌と振付の指導を依頼します。
レッスンはリラの自宅で行い、マスコミは無論家族にも秘密。この条件でヴィオレタがリラに、リラ自身の歌を教えるようになりました。
ブランカと契約を交わしたヴィオレタは、リラと顔合わせをします。
ヴィオレタは若き日に歌手を目指していましたが、娘マルタを出産してその夢を諦めていたのです。
娘を産んだ日にあなたの歌を知り、それ以来リラ・カッセンの歌を支えに生きてきたと告げます。
最初は本人の前で歌うことに抵抗感を抱いていたヴィオレタでしたが、徐々に馴染んでいきます。
ヴィオレタが家に戻ると、扉のガラスは直されていました。
娘マルタは昨日の事を謝り、スマホを買った残りのお金を返そうとしますが、彼女はそれを受け取らす娘に渡します。
翌日、リラは自宅で自分のプロフィールを覚えようと試みます。今の自分が誰か判らないことから、過去の自分を真似るほかにありません。
そんなリラをブランカは、あなたは特別な存在であり、あなたこそ真似される側だと励まします。
現れたヴィオレタの前で繰り返し歌うリラ。いっこうに上達しない自分に腹を立てたリラは、ヴィオレタを強い言葉で詰め寄ります。
泣き出したかに見えたヴィオレタ、しかし彼女は笑っていました。これをきっかけに2人は打ち解けるようになり、レッスンを共に重ねます。
リラの歌と振付は徐々に上達しながら、2人の動きもシンクロしていきます。
一方夜の野外のパーティーに参加していたマルタは、友人に自分を打たせようとします。断られると別の友人に喧嘩を売り、自分を打たせます。
そんな行動をとった後、マルタは母の務めるカラオケ・バーに顔を出します。そしてヴィオレタが口実を設けて職場を休んでいることを知ります。
翌朝、マルタは帰宅した母に職場について訪ねますが、ヴィオレタは答えをはぐらかします。
ツアー本番が近づきました。リラはヴィオレタにツアーへの同行を求めますが、彼女はブランカにもう会わない方が良いと言われ、また娘との生活があると断ります。
リラはヴィオレタの為に、マドリードのコンサートの最前列の席を約束し、自分のステージ衣装から一着を彼女に与えます。
衣装を身に着けたヴィオレタは、リラと共にビーチに向かいます。
そこはリラが事故にあったという場所でした。砂浜にリラのものなのか、ネイルチップが落ちていることにヴィオレタは気付きます。
家に戻ったヴィオレタは、娘マルタに共にリラのコンサートに行かないかと誘いますが、マルタからはリラの家に行き何をしていたのか詰問されます。
母の行動を不審に思ったマルタは尾行して、ヴィオレタの行き先を知りました。
私に嘘をつくなと言ったはずだと詰め寄られたヴィオレタは、記憶を失ったリラにレッスンを行っていた事実を告白します。
それを聞いたマルタは喜びます。このネタをマスコミに売り込めばお金になると考えますが、リラを裏切る行為を持ち出されたヴィオレタは泣き出します。
そんな母をマルタは、リラを友達と思っているのか、リラに利用されているだけだと責めました。
この件を外に連絡しようとするマルタに対し、ヴィオレタは鍵を隠してしまいます。
スマホが見当たらず、鍵を隠されたことにマルタは怒り、室内の物を壊してゆきます。
そして前回の様に、自分の首にナイフを突きつけ、鍵を出すように母に迫ります。
しかしヴィオレタの表情は、能面のように動きませんでした。
映画『シークレット・ヴォイス』の感想と評価
母と娘の物語が交差する巧みなストーリー
娘の誕生で歌手の道を諦めたヴィオレタ。その夢をリラ・カッセンの歌に託し、カラオケ・バーでコピーしながら歌う行為を支えに生きてきました。
しかし、その“本物であろうリラそのもの”が、実は唯一無二の存在ではなく、母の才能をコピーした姿に過ぎなかったという残酷な真実。
憎んでいた母の死で、自己存在出来なくなったリラ。彼女の復帰を信じて、実の娘を突き放したヴィオレタ。全てを知り、ようやく自分が持っていた歌を唄います。
巧みに描かれた2組の母と娘の物語に、真似る者と真似される者の関係が交差します。
単に女と女という同性の対立関係でなく、“究極の遺伝子状の複製という真似た写し”という、母と娘の対立軸にある問いを巧みな構造としてストーリーのモチーフにしています。
「本物と偽物」による再現と複製の模倣構造
参考映像:『マジカル・ガール』(2016)
『マジカル・ガール』で一躍脚光を浴びたカルロス・ベルムト監督。その作品のキーポイントになる存在は、日本の“魔法少女アニメ”に憧れた女の子でした。
彼女の憧れが周囲にシニカルな悲喜劇を引き起こしたストーリーは、その設定もあって日本公開時に注目を集めました。
その監督が脚本も手掛けた次なる作品『シークレット・ヴォイス』は、対立関係がより複雑になり、模倣についてを奥深い問いを見出すドラマとなりました。
前作で“魔法少女”に憧れて模倣する行為をする少女が、スターを模倣する行為に救いを見出した女と、母を模倣して成功を掴んだ女の成長という展開を深めています。
本物という憧れの対象を真似ることで複製としての幸せを再現して救いを求める。
その模倣行為によってで“本物”であったアイデンティティーの喪失するという構造を加えて複雑化、より奥深い作品へと仕上げています。
熱唱する“歌謡サスペンス劇場”の映像美
本作『シークレット・ヴォイス』の物語の構造のユニークさについて述べてきましたが、この映画の魅力はそれだけではありません。
前作『マジカル・ガール』の可笑しくも悲劇的なコスプレ少女の振り付けを真似る場面や、照明溢れる人工の美に満ちた場面も、本作でさらに数々の“歌謡ショーのごとく”として描かれています。
じっくりと曲を聞かせながら、背景や照明、アングルに様々な工夫を凝らして設計されたこれらの設定は、実に見応えがあります。
また性質は異なりますが、二度目にマルタがヴィオレタを責める場面や固定されたカメラアングルで見せる緊迫したシークエンスも、緊張感に富んだ素晴らしいものです。
影に富んだ映像で描かれたリラとヴィオレタは、物語の進行と共に徐々に重なり合い、やがて2人が不可分となっていきます。
まとめ
カルロス・ベルムト監督は、映画のラスト・ショットで見せた主人公ヴィオレタの行動の解釈を観客に委ねます。
“本物に偽物が魅せられ、模倣する行為で成長が得ることの蜜月”とはどのようなものか。
例えば、浄瑠璃や歌舞伎の作者である近松門左衛門の「虚実皮膜(きょじつひまく)」のようだといえます。
芸は実と虚との境の微妙なところにあるという、虚は虚にして虚にあらず、実は実にして実にあらずという、事実と虚構の微妙な接点のようにも感じます。
さて、リラに憧れ、彼女を模倣したヴィオレタのたどり着いた場所とは?
この解釈は『シークレット・ヴォイス』をご覧いなった観客のあなた次第です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第9回はスティーブン・セガール主演、沈黙シリーズ『沈黙の終焉』を紹介いたします。
お楽しみに。