連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第53回
ヒューマントラストシネマ渋谷で開催された“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。今回はドイツ発の、驚愕のサイコスリラー映画を紹介します。
幼い頃、両親が強盗に殺害される姿を目撃してしまった姉と妹。2人は共に成長しますが、姉は深い心の傷を抱えながら生きていました。
ある日不幸な事故に遭遇し、姉は命を落します。それを乗り越え新たな人生を歩もうとする妹。しかし彼女は、自分がたびたび記憶を失い、その間思いもよらぬ行動をしている事実を知ります。
第53回はマインドハック・ホラー映画『フォー・ハンズ』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『フォー・ハンズ』の作品情報
【日本公開】
2019年(ドイツ映画)
【原題】
Die Vierhandige
【脚本・監督】
オリヴィエ・キーンル
【キャスト】
フリーダ=ロヴィーサ・ハーマン、フリーデリーケ・ベヒト、クリストフ・レトコフスキ、デトレフ・ボーズ
【作品概要】
死んだ姉の魂に、体を奪われた妹の恐怖を描くドイツ製のサイコサスペンス映画。
ポルトガルのリスボンで開催のMOTEL/X映画祭2018にて、ヨーロッパ最優秀長編映画賞にノミネート、ミュンヘン映画祭2017で脚本賞他4部門でノミネートされるなど、その他映画祭でもそのストーリーが高く評価された作品です。
監督・脚本はオリヴィエ・キーンル。2010年の長編映画デビュー作『Bis aufs Blut – Brüder auf Bewährung(英題Stronger Than Blood)』の監督・脚本で、数々の映画祭で受賞を遂げた人物です。
その彼がデビュー作完成直後から温めていた、長編映画第2作目となる意欲作です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『フォー・ハンズ』のあらすじとネタバレ
2人でピアノを連奏する、幼い姉妹の姿がありました。
ところが隣の部屋から、ガラスの割れる音がします。激しい物音と共に、侵入者に驚き命乞いをする母の声が聞こえてきました。姉妹は黙って身を隠します。
姉妹の両親は侵入者によって殺害されます。妹の口をふさぎ、かばう様に抱く姉。私が守るからと、姉は妹にささやきます。
20年後。ピアノを弾く妹、ソフィー(フリーダ=ロヴィーサ・ハーマン)を、姉のジェシカ(フリーデリーケ・ベヒト)が見つめていました。成長した姉妹は同居して暮らしていました。
ソフィーはピアノ奏者として楽団に入るための、オーディションを目指して練習をしていました。受かってみせると言うソフィーを、姉のジェシカは励まします。
そこに弁護士事務所から電話がかかってきます。電話をとったジェシカは、弁護士から男女2人が釈放されたと聞かされます。かつて両親を殺害した犯人の出所を聞かされ、怒りに駆られ電話を投げつけるジェシカ。
ソフィーはオーディションを受ける為、コンサートホールに到着していました。吸入器を使った彼女は、客席からピアノを演奏している他の候補者を眺め、自分の順番を待っています。
そこにジェシカが現れます。思い詰めた顔をした彼女は妹に、奴らが出所したと告げます。
奴らは私たちの居場所を知らない、と姉をなだめるソフィー。彼女は動揺を抑え、ピアノのオーディションを受けます。演奏する妹の姿をジェシカは不安げに見つめます。
かつて家に押し入り両親を殺害したのは、男女2人組の強盗でした。それを目撃したトラウマと、妹の身を守る使命に囚われたジェシカは、精神の安定を失っていました。
彼女は出所した犯人がソフィーに危害を加えるものと、固く信じていたのです。
演奏を終えたソフィーにジェシカは、犯人が釈放された今はピアノを弾いている場合ではない、と強い調子で迫ります。
あなたは私が守ると主張する姉に、ソフィーはウンザリだわ、と言葉を返します。彼女にはジェシカの束縛が苦痛でした。
立ち去ろうとするソフィーを捕まえるジェシカ。その姿を見て止めようとした男をジェシカは殴ります。彼女は駐車場に止めた車に、ソフイーを無理やり乗せ連れ帰ろうとします。
それを嫌ったソフィーは逃げ出し、その後を追うジェシカ。駐車場内を夢中で走った姉妹は、通路に飛び出し2人共車にはねられてます。
怪我を負ったソフィーは、病院のベットで目を覚まします。彼女は現れた医師に対し、姉はどこかと尋ねます。
姉に会いたいというソフィーに、医師は残念だと伝えます。それでも姉に会いたいと食い下がるソフイーの熱意に、医師は特別に彼女を死体安置所につれていきます。
お姉さんは手遅れだったと説明する医師。ジェシカの遺体の足に触れたソフィーは、ショックから床に崩れ落ちました。
入院中のソフィーを警察が尋ねてきます。本件は事故として処理すると説明した警官は、別の用件を彼女に伝えます。
出所したマリア・ウルワットは、この件で告訴を望んでいないと告げると、彼女に手紙を見せます。
それは両親を殺した犯人の1人、マリアに宛てて出された脅迫状でした。ソフィーはこれは姉のジェシカが出したものだと説明します。
ジェシカが死んだ以上、彼女を脅す者はいません。今後この様な行為は起こらないとの説明に納得した警察は、ソフィーにお悔やみを述べ帰っていきます。
病室のベットで寝ていたソフィーは、私が守るから、と告げる姉の声を聞いて目を覚まします。喘息の発作に襲われた彼女は、吸入器を必死に探し、どうにか落ち着きを取り戻します。
1人夜の病院を彷徨うソフィーに、彼女が目覚めた時に助けた医師が声をかけます。日中彼が同僚にイタズラを仕掛け、楽しんでいた姿を見ていた彼女は、悪い人ねと医師に告げます。
医師は、人は覚える価値のあるものだけを記憶する、人生は記憶であり、それが人を作ると説明します。彼に言わせるとイタズラは、人に記憶を与えるための行為でした。
ここを退院した後も、話し相手が必要なら連絡してと語る医師。彼はマーティン(クリストフ・レトコフスキ)と名乗ります。
自宅に戻ったソフィーは、姉の持ち物を処分します。またオーディションの結果は合格で、彼女は正式に楽団の一員となりました。彼女は新たな人生を歩み始めます。
マーティンにデートの誘われたソフィー。2人は楽しい時を過ごし、車の中で彼がソフィーにキスを迫ります。
それに対して彼女は、突然人が変わったように拒絶して暴力を振るい、彼を残して1人で立ち去ります。
家に戻ったソフィーは、見つけてやる、と呟いていました。
翌日ソフィーが我に返った時、彼女は見知らぬ工場にいました。何故この場所にいるのか理解できず、慌ててその場を立ち去るソフィー。
銀行を訪れたソフィーは、自分の口座がマイナスになっている事を知ります。彼女は自分の記憶に無い間に金を引き出していました。
デート以降の行動を覚えていないソフィーは、自分が記憶を持たない間、どんな行動をしていたかを探ります。
そこにマーティンから電話がかかってきました。昨日の行動を謝りたいと告げるマーティンですが、彼女は彼が何を言っているのか理解出来ません。
マーティンと再会したソフィーは、その事実を彼に伝えます。彼女はマーティンに暴行を加えた事すら覚えていません。
事故以来あまり眠れていないと打ち明けた彼女に、マーティンは病院に行くよう勧め、自分の睡眠薬をソフィーに渡し、よく眠るようにアドバイスします。
自宅に帰ったソフィーは留守番電話の、明日リハーサルに来て欲しいと依頼する、楽団からのメッセージを確認します。もう一つ録音されていたメッセージは、無言のものでした。
彼女は睡眠薬を飲んで眠る前に、自分のスマホのGPS追跡装置を作動させます。
ソフィーは夢を見ているのでしょうか。姉のジェシカから彼女は、両親を殺害した犯人の内1人の職場を突き止めたとの、メッセージを受け取ります。
ソフィーがいた工場を監視している人物は、ジェシカでしょうか。ジェシカはクラブに入り、男と接触しています。
目覚めたソフィーは留置所にいました。ここにいる理由が判らず戸惑う彼女。警察はソフィーに、何故幼稚園にいたのか説明を求めますが、彼女には記憶がありません。
混乱したソフィーは喘息の発作を起こし、気を失って倒れます。
医師に手当てを受けた彼女は、精神科を受診するよう言われて釈放されます。
昨晩の行動が全く記憶にないソフィーですが、スマホのGPSの記録を見て、自分の行き先を訪ねてみます。記憶に無い行き先の1つ、聖マルティネス幼稚園にソフィーは向かいます。
幼稚園で職員に近づくなと警告されるソフィー。記憶は無いものの、謝罪に来たと彼女は説明します。
どうやら幼稚園に現れ怪しまれた彼女は、通報で現れた警察官に襲い掛かったのだと知ります。その時に落としたものとして、ソフィーは職員からペンダントを渡されます。
スマホにはリハーサルに来なかったソフィーに対し、楽団からのメッセージが入っていました。別の候補者に打診するとの内容で、彼女はピアノ奏者の職を失ったと知ります。
GPSが示すもう一つの行き先は、郊外にあるスクラップ工場に隣接した民家でした。
そこに車で向かうと、男の子とその母親が現れます。そして警戒するように近づいてくる大柄な男の姿。ソフィーは何も語らず、慌てて車を引き返させます。
自宅に戻ったソフィーは、留守電のメッセージを再生します。彼女の名を呼ぶ姉ジェシカの声に驚き、ソフィーは電話の再生を止めます。
改めて留守電を再生すると、姉の声は犯人の1人の居場所は判った、もう1人も突き止めると語りかけます。判っている、と言葉を続けるジェシカの声。
例え復讐しても、両親を生き返らる事は出来ない。でも、あなたを守ってみせる。誰にもバレないようにやると。ジェシカは両親を殺し、出所した2人の犯人を殺害を企んでいました。
その内容に衝撃を受けるソフィー。彼女は幼少期のトラウマや解離性同一性障害、多重人格について検索して調べます。
他に相談できる相手も無く、ソフィーはレストランでマーティンに再会します。なぜ彼が睡眠薬を持っていたかを訪ねるソフィー。マーティンは兄が酒に酔って溺死した過去を持っていました。
身近な人の死を受け入れるには、時間がかかると説明するマーティン。彼はソフィーに姉について尋ねます。ジェシカは妄想に憑りつかれていた、と語るソフィー。
そんな姉との距離が近過ぎ、苦痛に感じていた結果、私は姉の死を喜んでいたと打ち明けるソフィー。やっと1人になれると思ったのに、今も姉に縛られていると語ります。
死者を気にするのは後ろめたさの表れ、時間とともに解決すると語るマーティン。
そこに店から誕生日のケーキが送られます。またマーティンのイタズラで、誕生日を装って店からのサービスを受けたのでした。
ところがソフィーは、トレーに映し出された自分の顔が、姉のジェシカになっている事に気付きます。
今回はこれがトリガーになったのか、ソフィーの態度が豹変します。マーティンに対し、2度と会うな、あの子にその気は無いと告げると、いきなり襲いかかります。
マーティンを痛めつけると、あの子に近づいたら殺すと言い残し店を後にするソフィー。ジェシカの人格に支配されている彼女は、クラブに入り怪しげな男に接近して行きます。
突然、運転中の車の中で自分を取り戻すソフィー。事故を起こしかけ危うく停車します。彼女は車のトランクから、女の声がしている事に気付きます。
ソフィーは通りがかった人物を装って、トランクの中の人物に声をかけます。彼女はジェシカの人格に支配された時に、男から薬品を手に入れ、それを使用し女を拉致したと知ります。
車にあった覆面を被ったソフィーはトランクを開け、薬品を使い女の意識を奪います。
ソフィーは森の中で車を停め、女を外に出すとジェシカを装って尋問します。彼女は両親を殺害した2人組の1人、マリアでした。
彼女はあいつ、クリンガー(デトレフ・ボーズ)のせいで20年も刑務所にいたと嘆きます。
ソフィーに事件の経緯を聞かれ、留守と思って家に忍び込んだと答えたマリア。いないはずの両親に出会い、共犯者のクリンガーが父を殴り殺し、目撃した母を姉妹の目前で刺殺したのです。
その男に子供がいるかを尋ねたソフィー。彼女が郊外の家で見た男がクリンガーだと知ります。彼女はマリアに街を出るよう言い渡し、戻って来たら殺すと脅した上で立ち去ります。
ソフィーは20年前の事件と、その後姉妹の医療記録を調べます。
両親の殺害に遭遇したソフィーは、姉に目を隠されたおかげでトラウマが少なく、順調に回復していました。しかしジェシカは事件を異常な程恐れていまいした。
ジェシカは事件の数日前、幼稚園で犯人に遭遇していたと記録されていました。
ソフィーは忘れていた記憶を思い出します。彼女が記憶のない時に訪れ、ペンダントを渡された聖マルティネス幼稚園に通っていた時の記憶です。
ペンダントを手にした幼い姉妹は、幼稚園の庭で遊んでいました。敷地の外に車が止まり、女がフェンス越しに、親し気に声をかけてきます。
ジェシカは女の問いに対して無邪気に、両親の職業と家を留守にする日を答えていました。女は連れの男と共に立ち去ります。
幼い彼女が話した相手こそ、両親を殺害した犯人でした。ジェシカは自分が余計な事を喋ったために、両親の死を招いたとの自責の念に苦しめられ、心を病んでいったのです。
自宅に戻ったソフィーは、自分が姉に支配されると、両親を殺害した犯人を殺そうとするだろうと気付きます。
それを阻止する為に、自分の手を鎖で縛りベットに横たわるソフィー。
しかし彼女がジェシカに支配されて目覚めると、簡単に束縛を解いてしまいます。ジェシカとなった彼女は、スタンガンを手にして家を出て行きます。
映画『フォー・ハンズ』の感想と評価
映画の“叙述トリック”を使用した映画
推理小説には“叙述トリック”という手法があります。
文章の表現上の仕掛けで、読者をミスリードを目論む手法で、登場人物の性別や場所や時間を意図的に伏せ、ウソはつかずに誤ったイメージを読者に与え、それを明かした時に読者に衝撃を与えるテクニックです。
こういった推理小説を映像化するには一工夫が必要。また映像化すると成り立たない“叙述トリック”が記されていた場合、原作に無い新たな映像向けの“叙述トリック”を用意する、野心的な脚本家もいます。
原作無しに、映像化を前提にした“叙述トリック”を用意して作られた映画もあります。紹介してきた『フォー・ハンズ』もそういった作品の1つ。見事に騙されました。
この映画にいかなる“叙述トリック”があったのか、あえて知りたい方はネタバレ・結末紹介部分を読んでみて下さい。
オリヴィエ・キーンルが満を持して作った映画
参考映像:『Bis aufs Blut – Brüder auf Bewährung』(2010)
監督・脚本のオリヴィエ・キーンルは1982年生まれ。インタビューでこの映画のアイデアは、2010年の長編映画デビュー作『Bis aufs Blut – Brüder auf Bewährung』完成後の早い時期に思いついたと答えています。
青春・犯罪映画であり、同時にヒップホップ映画でもあった前作も、オリヴィエ・キーンルが脚本を書いた作品です。このデビュー作は高く評価され、数多くの映画祭で賞を受賞しています。
次回作が形になるか判らないまま、この映画のプロジェクトを進め始めたオリヴィエ・キーンル。いくつかまとめたアイディアの1つは、彼が演出したTVドラマの1エピソードにもなったと語っています。
映画監督としての理想と、キャリアを築く事と金を稼ぐ必要性の現実に折り合いをつけながら、進められた『フォー・ハンズ』の映画化プロジェクト。途中で資金が尽きる苦労を味わい、テレビドラマの脚本執筆と平行しながら、企画は現実になっていきます。
こうして2017年に完成したのがこの映画。彼は時間をかけた間、何度も練り直された脚本が、結果として良い作品を生み出す事になったと評価しています。
まとめ
年月をかけて磨きあげられた脚本が、観る者を手玉に取る映画『フォー・ハンズ』。
この邦題は、海外セールス用の英題をそのまま使用したもの。原題の『Die Vierhandige』をそのまま英訳したもので、文字通り「4つの手」を意味しています。
英語でもドイツ語でも「4つの手」とは、転じてピアノの連弾(連奏)、2人の奏者が1台のピアノを演奏する事を指す言葉になっています。
その意味を踏まえると映画の最初と最後のシーン、そして描かれた“叙述トリック”の意味が、より明確なものとなります。
タイトルの意味を知らないで見るより、知った上で見た方が、より味わい深くなる映画です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第54回はエナジー・ドリンクを飲んで、翼を授けられた社員が凶暴化!軍事企業を舞台にコミカルに描くサバイバル・アクション映画『Z Bull ゼット・ブル』を紹介いたします。
お楽しみに。