連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第48回
ヒューマントラストシネマ渋谷で開催の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。人類が死に絶えた世界を描いた映画は数あれど、その世界を寂しくも、実に美しく描いた映画が登場します。
第48回は異色のSFファンタジー映画『孤独なふりした世界で』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『孤独なふりした世界で』の作品情報
【日本公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
I Think We’re Alone Now
【脚本・監督】
リード・モラーノ
【キャスト】
ピーター・ディンクレイジ、エル・ファニング、ポール・ジアマッティ、シャルロット・ゲンズブール
【作品概要】
謎の疫病で、人類が全て死に絶えたと思われる世界。誰もいなくなった小さな町で、死者を弔い彼らの過去を記録しながら、自分だけの細やかな楽園に生きている孤独を愛する男、デル。
ある日他に誰もいないはずのデルの世界に、突如として風変りな女、グレースが現れます。デルとは異なり、人との交流を渇望していたグレース。戸惑いながらもデルは彼女を受け入れ、グレースも徐々に彼の生き方を理解していきます。
しかし彼女には秘密がありました。グレースを通じて、自分の知らなかった世界を見る事になるデル。彼は終末を迎えた世界で、どのように生きる道を選ぶのでしょうか。
監督はリード・モラーノ。2017年エミー賞で作品賞他5部門を受賞したドラマ、『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』。その第1シーズンの第1話『オブフレッド』の演出で、エミー賞ドラマシリーズ部門監督賞を受賞した人物です。
主演はピーター・ディンクレイジ。もっとも著名な小人症の俳優として、幅広く活躍中の人物です。人気ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』ティリオン・ラニスター役では、2011年ゴールデングローブ賞助演男優賞を受賞、エミー賞助演男優賞は計3度受賞しています。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『孤独なふりした世界で』のあらすじとネタバレ
人類の大半が死滅し、すでに滅びつつある世界。アメリカのとある町で、小人症の男デルは孤独なサバイバル生活を送っていました。
町に建つ家々を順番に探索して物資を調達しながら、室内を消毒し、そこに放置されている住民らの遺体も運び出して埋葬する。
また探索の際には、かつて働いていた図書館所蔵の本、そして死んでしまった住民らが映されている写真も回収し、図書館でそれぞれ整理してゆく。
それらの作業は、無人となった町でひとり暮らすデルにとって、仕事のようなものとなっていました。
ある朝デルは、自動車の運転で事故を起こしてそのまま意識を失っていた少女グレースと出会います。
彼は彼女の手当てをしたものの、グレースが目を覚ますとすぐこの町から立ち去るように告げます。けれども、彼女は町を立ち去ることなく、デルと行動を共にするようになります。
やがて、デル曰く「お試し期間」として、二人の共同生活は始まりました。自由奔放なグレースによって、デルの生活から以前の静けさは失われ、賑やかなものへと変わってゆきます。
しかしながら、グレースが保護し図書館内で飼い始めた犬を黙って逃してしまったことをきっかけに、二人の関係には亀裂が生じます。
グレースは「あの時」の記憶について触れながら、「あなたには誰もいない」「私にはみんながいた」とデルの生き方を非難します。
その翌日、デルはとある家に向かいます。そこでグレースとその家族らしき人物らが映っている写真を見つけたところで、グレースがやって来ます。
何をしていたのかというグレースの問いに答えることなく、デルは自身が植物を栽培しているビニールハウスへと彼女を連れてゆきます。
彼は植物の生育・管理を任せたいこと、住民らの遺体の埋葬を今後も手伝ってほしいことをグレースに頼みました。その頼みを彼女は了承したことで、二人の共同生活は再開されました。
再び始まった共同生活の中で、デルとグレースの関係はより親密なものとなり、デルの生き方にも変化が現れつつありました。
映画『孤独なふりした世界で』の感想と評価
監督と撮影をこなすリード・モラーノ
孤独を愛する男を取り巻く、寂しくも美しい世界。シンメトリーでとらえた、誰もいない街並みや図書館。それとは対照的な美しさを持つ自然の風景。シルエットとして浮かび上がる人物。そして主人公が目にする“別世界”の、人工的かつ空虚な明るさ。
これらは本作の監督であるリード・モラーノが、撮影監督も兼ねて描いた映像の世界です。これらの映像が終末世界の物語を、詩的に美しく描写しています。
1977年生まれの彼女は、2013年にアメリカ映画撮影協会最年少の会員となりました。彼女は2014年の取材に対し339人の現役教会員中、11人しかいない女性会員の1人であると答えています。
彼女が監督、そして撮影監督を務めた映画『ミッシング・サン』は、独立系資本で映画制作に携わる映画人を支援する非営利組織“フィルム・インディペンデント”が主催する、インディペンデント・スピリット賞の撮影賞にノミネートされました。
参考映像:『ミッシング・サン』(2015)
『ミッシング・サン』の映像を見ると、『孤独なふりした世界で』の映像は、それを更に発展させたものであると実感できます。
リード・モラーノはその後『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』でエミー賞の監督賞を受賞しますが、撮影監督としても数多くの作品で実績を残している人物です。
撮影監督出身らしい、優れた映像で描かれた映画をぜひ体感してみて下さい。
幅広い活躍を見せるピーター・ディンクレイジ
小人症の俳優は映画の草創期から活躍しています。その特異な姿が、観客の目を引きつけるものである事は言うまでもありません。
その後「スター・ウォーズ」シリーズのR2-D2を演じたケニー・ベイカーなど、多くの方がスーツ・アクターで活躍するなど、映画やエンタメ業界に欠かせない人材として活躍しています。
しかし小人症の俳優には、ステレオタイプに基づいた役柄だけが与えられている。そのような現状は差別や偏見に由来したものである、と考える方もいるのではないでしょうか。
参考映像:『リビング・イン・オブリビオン 悪夢の撮影日誌』(1995)
ピーター・ディンクレイジが初めてクレジットされた出演映画は、ジム・ジャームッシュ監督の撮影を手がけたトム・ディチロ監督作、スティーヴ・ブシェミ主演の、低予算映画製作舞台裏を描いた映画、『リビング・イン・オブリビオン 悪夢の撮影日誌』です。
この映画でピーター・ディンクレイジは、監督のイメージした、映像化した悪夢に登場する役という、まさにステレオタイプそのものの役を与えられ、ついに監督に対してキレてしまう皮肉な役を演じています。それがこの映画のラストに大きく関わってくるのです。
その後も彼は映画・ドラマへの出演を重ねていきますが、『ゲーム・オブ・スローンズ』出演以降は、今まで以上の存在感を示す俳優となりました。
俳優は出演を重ねる事で、自分のイメージを壊す、それを逆手にとる役を演じる機会を得ると、それによって演技と役柄の幅を更に広げる事が可能となります。
ピーター・ディンクレイジも、そうやって役柄の幅を大きく広げた俳優の1人になりました。コメディ映画『ピクセル』では、やりたい放題に振る舞う、人並み外れて性格の悪い元ゲームチャンピオンというコミカルな役を演じました。
マーベル映画の『X-MEN フューチャー&パスト』では、ミュータントを攻撃する側の人物ボリバー・トラスクを、『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』では、ヒーローより巨大なドワーフの職人エイトリという、彼が演じる事でより深い意味が与えられる役で登場しています。
またアカデミー賞受賞作『スリー・ビルボード』では、主演のフランシス・マクドーマンドに絡む重要な役を演じ、従来与えられてきた役柄を大きく越えた活躍を続けています。
参考映像:『ジョン・ディーの魔導書 エバーモアの戦い』(2016)
「未体験ゾーンの映画たち2017」で上映された『ジョン・ディーの魔導書 エバーモアの戦い』(劇場公開時のタイトルは『GAME WARRIORS エバーモアの戦い』)では、出演のみならず製作も務めているピーター・ディンクレイジ。
『ジョン・ディーの魔導書 エバーモアの戦い』では、ライブアクション・ロールプレイング・ゲームのコスプレプレイヤーという、まさに『ゲーム・オブ・スローンズ』のセルフパロディの役柄で登場。彼の活動の幅は大きく広がっています。
そして『孤独なふりした世界で』では、人類が滅びる以前から孤独であった男の姿を、しんみりと説得力ある姿で演じています。
ピーター・ディンクレイジが映画・ドラマの世界で継続して活躍し続けた結果、世界的にも知られる実力派俳優として地位を築き上げた現在があります。
日本の映画界・芸能界は同じような個性を持つ人物を、充分育て活用できる環境にあるでしょうか。才能ある人物にステレオタイプの役割しか与えていないのかもしれません。
まとめ
多様性とは、様々な人々を参加させることでは無く、様々な信念と才能を持つ人物に活躍と成長の機会を与える事です。ハリウッドにはそれを可能にする、他にはないスケールが確かに存在しています。
この映画でピーター・ディンクレイジが演じた主人公、デルもある信念と才能を持った人物です。未来ではなく、彼の過去と死者への深い思慕を込めた振る舞いが、美しい映像と共に観る者の心を打つ物語を描いています。
少しセンチメンタルな終末世界はお好みでしょうか。そんな方にお薦めの映画です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第49回は太陽に衝突の危機を迎えた宇宙船の中に、たった1人残された男の姿を描くSFサバイバル『ソリス』を紹介いたします。
お楽しみに。
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