連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第47回
ヒューマントラストシネマ渋谷で開催の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。今回はエーゲ海に面したリゾート地を舞台に、奇妙な人間模様を描いた映画が登場します。
2018年カンヌ国際映画祭の、ある視点部門でグランプリを受賞したスウェーデン映画『ボーダー(原題)』。
現代を舞台にした、異色のファンタジー映画の脚本を手掛けた女性クリエイターである、イザベラ・エクロフの初長編映画が登場します。
彼女が完成させたこの作品は、誰もが憧れる華やかな世界に生きる女を通じて、現代社会を風刺する鋭い視点を持っています。
第47回はリゾート地を舞台にしたサスペンス映画『ビッチ・ホリディ』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『ビッチ・ホリディ』の作品情報
【日本公開】
2019年(デンマーク・オランダ・スウェーデン合作映画)
【原題】
Holiday
【脚本・監督】
イザベラ・エクロフ
【キャスト】
ヴィクトリア・カルメン・ソンネ、ライ・イェダ、タイス・ローマー
【作品概要】
エーゲ海に面するトルコのリゾート地に現れた若い女、サーシャ。彼女は恋人と称する男マイケルの元で、実にゴージャスな日々を満喫していました。
しかしその生活の実態は、性と暴力でマイケルに支配された歪んだものでした。ある日彼女はヨットで自由気ままに暮らす青年、ドーマスに出会い好意を抱きます。
アメリカのオースティンで行われる映画祭、2018年ファンタスティック・フェストでは、あの『カメラを止めるな!』が、ホラー部門最優秀監督賞と観客賞を受賞しています。
その同じ年のファンタスティック・フェストで、ニュー・ウェイブ部門の作品賞と監督賞を受賞したのがこの映画です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ビッチ・ホリディ』のあらすじとネタバレ
トルコのボドルムの空港に、1人キャリーケースを引いた女サーシャ(ヴィクトリア・カルメン・ソンネ)が現れます。彼女は単身バスでホテルへと移動します。
ブティックで買い物をした彼女は、店員に自分のカードが使用出来なくなっていると指摘されます。豪華なホテルでくつろいでいた彼女は、ボビーからの呼び出し電話に急ぎ外出します。
ボビーの車に乗り込んだサーシャ。彼女はボビーに、やむを得ず金を300ユーロほど借りたと告白します。ブティックでカードが使用出来ず、店員の視線に耐えられなかったと言い訳します。
ボビーは車を停めると、可愛い女は何をしても貢いで貰えると、切り出します。マイケルにこう話そう、あなたの新しい女は信用できないと。マイケルにすぐ捨てられるぞ、と脅すボビー。
ボビーは平手で彼女の頬を打つと、こんな事は二度と許さないと言い、彼女に金を払って車から降りるよう冷たく指示します。
エーゲ海を望む観光客が集まるビーチで、1人時を過ごしていたサーシャをマイケル(ライ・イェダ)が迎に現れます。何事もなかった様に明るく振る舞い、マイケルとの再会を喜ぶサーシャ。
マイケルの邸宅に到着したサーシャはベットに横たわります。彼女に寄り添ったマイケルに、滞在したホテルについて話すサーシャ。ボビーもマイケルと同じファミリー(組織)の一員でした。マイケルは彼女のショートパンツを脱がします。
邸宅では他にもマイケルの身近な、様々な年代の人々がくつろいで過ごしていました。サーシャはマイケルとドライブに出ます。宝石店に入ると、マイケルは彼女が望むままに、豪華なイヤリングを買い与えます。それを身に付けたサーシャを、マイケルの取り巻きが褒めたたえます。
一行は海辺のリゾートプールで楽しく過ごします。アイスクリーム屋で並んでいたサーシャは、列にいたオランダ人、トーマス(タイス・ローマー)とフレデリックと親しくなり、軽く言葉を交わします。
子供も加えビーチで日光浴をしているマイケル一行は、大音量で音楽を流していました。老人が音を下げろとフランス語で抗議しますが、言葉が通じない一行は適当にあしらって追い返します。
邸宅に戻り食事を共にする一同の前にボビーが現れます。ボビーと握手を交わし、ボビーと同じ言語で会話するマイケル。怪しげな雰囲気の彼を警戒する者もいますが、ボビーはマイケルに歓迎され、宴に加わります。
夜が更けるとパーティの参加者は増え、クスリを使用する者も現れ、パーティーはさらに賑やかになります。マイケルはサーシャに、クスリを混ぜた飲み物を渡します。
渡された物を飲み、意識を失ったサーシャをベットに運ぶと、思うがままに弄ぶマイケル。彼女が翌朝1人で目を覚ました時には、何も身に付けていませんでした。
起き上がった彼女がテラスに出ると、外から大金が動くあやしげな取引の話をしている、マイケルとボビーの話声が聞こえてきます。しかしサーシャは会話の内容に、何の関心も示しません。
レストランでマイケルらと食事をしていたサーシャは、トーマスとフレデリックの姿を見かけます。マイケルに知人に挨拶してくると伝えると、彼女は2人の元に向かいます。顔を合わせるとサーシャはデンマークから、トーマスらはオランダから来たと互いに言葉を交わします。
マイケルは戻って来たサーシャに相手が何者か尋ねます。アイス屋で会った人と答えた彼女に対し、放っておけとそっけなく告げるマイケル。
夜になり、バーで開かれたパーティーにサーシャの姿がありました。音楽に合わせ、鏡に向かって踊るサーシャ。背後に1人女が現れ、同じように踊ります。
仲間との会話に夢中のマイケルを置いて、サーシャは店を抜け出します。店の外でトーマスと出会ったサーシャは、彼に誘われ海辺へと向かいます。
波打ち際に並んで座る2人。サーシャはコペンハーゲンから友人たちとここを訪れたと、自分について紹介します。彼女はトーマスにMDMA(合成麻薬)を勧め、2人共服用します。
その頃マイケルは仲間の男たちと、皆押し黙ってポールダンスに興じるダンサーを見つめていました。
すっかりクスリの効いたサーシャとトーマス。サーシャは彼に歌うようせがみ、それに応じてトーマスは歌います。
邸宅に戻り1人眠るサーシャのベットに、後からマイケルが入ってきます。翌朝、2人はフードコートでアイスを分け合って食べていました。
ゲームセンターでゲームに興じるマイケル一行。遊具のボートに乗り、酔って吐いてしまうサーシャ。
陽射しが輝く中、首にショールを巻き、1人優雅にミニバイクを走らせるサーシャ。道路工事をしていた、地元のトルコ人作業員に道を尋ねます。
作業員は彼女に、垂れ下がったショールが危ないと注意しますが、言葉が通じぬサーシャには理解できませんでした。その結果ショールが車輪に巻きつき転倒、サーシャの膝と首には酷い傷跡が残ります。
邸宅のプールサイドでくつろぐ一同。仲間の1人ムッセがトラブルを起こしたと告げられ、血相を変えたマイケル。まだ幼い子供たちは何が起きるかを察し、家の中へと逃げ込みます。
サーシャが見守る前でムッセはマイケルに階段を突き落され、男たちに一室に連れ込まれます。
子供たちの部屋に入ったサーシャは、テレビをつけ音量を上げます。壁の向こうからは男たちの怒鳴り声と、激しく争う物音が聞こえてきます。
騒ぎが収まった後、ソファーに座るマイケルとサーシャ。彼女が触れても、心ここにあらずといった様子のマイケル。しかし彼女を抱き寄せると、首の傷跡に手をやり絞めます。
怒った彼女が逃れようとすると捕えて床に引き倒し、強引に犯し始めるマイケル。隣室から皆の会話する声が聞こえる中、サーシャは口まで汚されます。
目的を果たしたマイケルはソファーに横たわり、辱められたサーシャは1人立ちあがります。
翌日、顔や体にあざを作ったムッセは、不始末の侘びてマイケルにジャックナイフをプレゼントします。他の者にも、そしてサーシャには新しいショールをプレゼントするムッセ。
仲間の口添えもあり、マイケルはムッセを許し、一同も何事も無かった様に振る舞います。
その夜、貸し切ったバーカウンターのカラオケ設備をムッセが直し、一同は歌と踊りに興じます。皆が盛り上がる中、独り窓の外を見つめているマイケルの姿がありました。
ヨットが並ぶ波止場を、サーシャが歩いています。彼女はトーマスに会う為に、彼のヨットを捜していました。ヨットを見つけ中を伺っていると、トーマスとフレデリックが帰ってきました。2人はサーシャに買って来た安物のワインとチーズを勧め、ヨットに招き入れます。
そこにマイケルも姿を現します。トーマスとフレデリックは、サーシャの上司と名乗った彼もヨットに招き入れ、4人で飲む事になりました。
自分は販売員だったと語るトーマス。その時は他人を上手く騙せると、高揚感を感じていたとサーシャとマイケルに告白します。
そんな生き様に疑問を感じた彼は、今後は感情をないがしろにせず生きようと決断し、仕事を捨て部屋を売り払い、手に入れたヨットで暮らす日々を過ごしていると説明します。
しかしマイケルには、彼の生き方が理解出来ませんでした。2人でヨットに女を連れ込んでいるのかと尋ねるマイケル。しかし言葉の違いから、ゲイと勘違いされていると思ったトーマスとフレデリック。話がかみ合わないまま歓談は終わり、サーシャとマイケルは帰っていきます。
翌日、サーシャの携帯でトーマスの番号を知ったマイケルは、購入するヨットの相談に乗って欲しいとの口実を設け、トーマスを邸宅での食事に招きます。
着飾ってトーマスを迎えるサーシャ。彼女とマイケル、トーマスの3人が夕食の席を囲みます。
映画『ビッチ・ホリディ』の感想と評価
現代を生きる人々の虚栄に満ちた姿
貴族や大金持ち、権力者など上流階級の虚飾に満ちた世界を描いた作品は、映画に限らず昔から多数存在しています。
この映画も華やかだが、しかし中身の無い虚ろな世界を描いた作品です。
しかし描かれたゴージャスな生活は、確かに貧乏人には手が届かないものの、上流階級というには余りもに身近で、余りにも低俗な世界として描かれています。
主人公サーシャとマイケルが、実のところどんな愛人関係を結んだのか詳しい描写はありません。また裏社会の大物らしいマイケルが、どんな仕事に手を染ているのかも不明です。彼を取り巻く人々も詳しく紹介されません。
描かれるのは彼らの過ごす軽薄な日々。しかし同時に誰もが憧れる世界。邦題で「ビッチ」とまで呼ばれるサーシャですが、誰もが彼女の軽蔑しつつも、その生活には憧れを覚えるでしょう。
彼女は物扱いされても、拝金主義の世を捨てて生きるトーマスに出会っても、贅沢を与えてくれる男の元へと帰っていきます。華やかな作品でも、エロチックな作品でもありません。現代社会を鋭く風刺した作品です。
映画ロケ地はトルコのリゾート地「ボドルム」
この映画の舞台となったのはトルコのボドルム。エーゲ海に面しギリシャの対岸に位置する「トルコのリヴィエラ」と呼ばれるリゾート地です。
EU圏の人々には、ユーロの力で休暇を贅沢に満喫出来る場所として人気です。その結果様々な国籍の人々が押し寄せる場所ですが、これが映画にも生かされています。
『ビッチ・ホリディ』に登場する主な言語はデンマーク語、英語、オランダ語ですが、フランス語に現地のトルコ語、他にも追いきれない程様々な言語が登場します。
劇中では言語の違いが生む、時にかみ合わない会話が引き起こす、悲喜劇と不安感が描かれています。同時に言語の違いが、他者への無関心も生む様も描いています。
リゾート地で華やかな生活を送りながらも、マイケルを通じてしか接点のない、彼の取り巻きの人々と生活を共にするサーシャ。他の人々とも言語的に阻害され、誰ともまともに交流できない結果、彼女は物質的に満たされても、常に孤独を抱えているのです。
神によって違う言葉を与えられ、バラバラになったバベルの塔の住人の如く、混沌に満ちた世界に暮らすサーシャ。その姿を通じて現代人の孤独や、コミュニケーションの不在を描いた作品になっています。
この言語の混乱状態を映画では、時に「括弧書き」字幕を駆使して表現しています。その上で使用され耳に入る言語に注目して鑑賞すると、監督の意図した混乱状況が体感できます。
女性監督ならではの視点
脚本家出身のイザベラ・エクロフの、初長編映画として製作された『ビッチ・ホリディ』。紹介した通り、中にはアダルト動画まがいの、実に際どい描写もあります。
しかし劇中で描かれた行為はポルノグラフィな描写では無く、「物」として取り扱われる女性の姿を突き放して描いたもの。冷静かつ鋭い視点で描写されています。
脚本家出身だけあって、バラバラに羅列されたパーティー三昧を描いているようで、その積み重ねから物語を構築しているのも見事です。
参考映像:『ボーダー(原題)』(2019年秋日本公開予定)
イザベラ・エクロフが脚本を手掛けた『ボーダー(原題)』は、現代を舞台にした異色ファンタジーという、実にユニークな作品。2018年カンヌ国際映画祭・ある視点部門受賞だけでなく、2018年アカデミー賞の、メイクアップ&ヘアスタイリング部門にノミネートされた作品です。
優れたストーリーテラーである、彼女の今後の活躍にご注目下さい。
まとめ
タイトルといいビジュアルといい、エロティックな内容を期待してしまう映画『ビッチ・ホリディ』。ある意味それは正解ですが、同時に深く鋭い視点を秘めた作品でもあります。
主役のサーシャを演じたヴィクトリア・カルメン・ソンネは、デンマーク出身の女優で、劇中の体当たり演技が高く評価されました。以降のデンマーク映画で主要なキャストとしての出演が続き、今後の活躍が期待されています。
この作品の脚本を、監督のイザベラ・エクロフと共に書いたのがヨハネス・オルグレン。彼女はラジオホストとして活躍しながら、小説家・脚本家としての実績を積み重ねた人物です。『ビッチ・ホリディ』は、彼女の実体験を基に書かれたストーリーと紹介されています。
多くの女性映画人が力を合わせて描いたは、男社会と闘う女性像ではなく、それに流されてしまう女性像。しかし映画で描かれた彼女の弱さは、全ての現代人が抱える弱さでもあります。
意味深い映画として受け取りましたが、世の女性はこの映画の主人公の姿を、どの様に受け止めるのでしょうか。
際どい描写にもメッセージが込められている作品です。関心を示された女性映画ファンにこそ、是非お勧めしたい映画です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第48回は美しくも奇妙な、終末の世界を舞台にした異色映画『孤独なふりした世界で』を紹介いたします。
お楽しみに。