連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第27回
今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。様々な58本の映画が公開中ですが、今回は宇宙を舞台に、SFで人気テーマ“ループ”ものが登場します。
元刑事のコールは、元恋人の乗せ消息不明となった調査宇宙船アトロパ号を追跡しています。
コールは予定より早くアトロパ号を発見し乗船します。しかし突如現れた不明船と衝突し航行不能。
不明船の正体は過去のアトロパ号と判明、その船内では自分たちの死体が発見されます。
コールらはアトロパ号は時空ループに囚われ、自船との衝突を繰り返していると気付きます。
第27回は設定と映像描写にこだわったSF映画『グラビティ 繰り返される宇宙』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『グラビティ 繰り返される宇宙』の作品情報
【公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
Atropa
【監督】
エリ・サジック
【キャスト】
アンソニー・ボナベンチュラ、マイケル・アイアンサイド、ジーニー・ボレット、クリス・ボス
【作品概要】
『アントマン』や『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』にスタッフとして参加しているエリ・サジックが製作・監督・脚本を務めた映画。
SFファンを自認するエリ監督が温めてきた企画が結実し、本作の宇宙を描く映像と特殊効果は高く評価され、配信動画界のアカデミー賞と呼ばれるストリーミー賞で、2018年度の優秀ビジュアル&特殊効果賞を受賞しました。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『グラビティ 繰り返される宇宙』のあらすじとネタバレ
宇宙船の制御コンピューターを相手に、チェスをしているコール(アンソニー・ボナベンチュラ)。彼は1人で宇宙を航行していました。
宇宙船内に接近警報が流れます。輪を持つ巨大な惑星付近で、コールは調査宇宙船アトロパ号の姿を目撃します。
コールはデッド・ゾーンと呼ばれる深宇宙で、消息不明となったアトロパ号を追跡、捜索していました。しかし彼の想定より早く接触できたのです。
コールの呼びかけに返事はありません。彼はアトロパ号に手動操作による乗船の実行を告げ接近します。
コールがアトロパ号に乗り込むと、クルーは全員コールドスリープ状態で眠っていました。彼はクルーの身元を確認します。
クルーの中に、医療スタッフのモイラ(ジーニー・ボレット)の名を発見し、コールは手を止めます。
コールはクルーを目覚めさせます。モイラの他に船長のマッケイ、そしてサンダース(クリス・ボス)とジェンセンの計4名がアトロパ号の乗組員でした。
目覚めた乗組員に、コールは自分は以前コロニーで刑事で、今は宇宙で救助活動をしてると説明します。
アトロパ号は38日前に行方不明になった、と言うコールの説明に、8か月間眠っていた乗組員は戸惑います。
アトロパ号乗組員の認識では今日は3月15日、しかしコールは彼らに今は6月だと説明します。
宇宙ステーション・ヴァリー・フォージから捜索に出発したコールにも、想定より早くアトロパ号に追い付けたのかは謎でした。
コールはかつてモイラと結婚していました。その彼女の乗るアトロパ号が消息不明となり、彼は単身捜索に向かったのです。
コールが現れたことに、モイラとマッケイは戸惑っていました。
突如アトロパ号の前に宇宙船が出現します。至近距離で衝突が避けられない状況です。
必死に回避を試みる乗員たち。彼らは目前の宇宙船が同じアトロパ号であると気付きます。2隻の宇宙船は接触、大きく損傷します。
近距離に存在する2隻のアトロパ号。戸惑う乗組員にマッケイ船長は現状の把握を命じますが、ダメージは重大でエンジンは停止します。
マッケイはコールに乗って来た船の状況を尋ねますが、彼の船は衝突の衝撃で失われました。
機関員のサンダースはコアが損傷し、9〜10時間後に動力が失われると警告します。
もう1隻のアトロパ号から電源が確保できるかもしれません。コールは衝突相手の船の調査を提案します。
コールは移動の準備をします。念のため、彼は銃を持って相手の船に乗り込みます。
移乗の準備をするコールに、モイラは私がこの船に乗ったと知って、捜索に来たのかを尋ねます。
コールはモイラが、彼に何も言わずデット・ゾーンの探査を引き受けた事実を指摘します。そして自分の仕事はクルーの回収だ、とだけ彼女に告げます。
衝突相手のアトロパ号にコールは乗り込みました。コールから音声と船内の映像が、マッケイたち乗組員に送られます。
コールが送ってくる映像に人の気配はありませんが、自分たちのアトロパ号と変わらぬ見慣れた風景でした。
船内を調査するコールは、医務室でモイラとマッケイを写した写真を見つけます。
彼はこの船の脱出ポッドが発射されており、船は停止状態であると報告します。するとどこからか、アラーム音が聞こえてきました。
音の発生源を求めて、コールは脱出ポッドの格納庫に向かいます。そこには漂う死体が1つ。それは乗組員のサンダースの姿でした。
突然、コールが乗るアトロパ号の後部から爆発が起こります。コールはサンダースの遺体と共に船を脱出します。
コールは爆発を逃れて脱出に成功します。衝突相手のアトロパ号は失われました。コールは元のアトロパ号に戻ったものの、意識を失います。
そしてコールが回収した自身の遺体を見て、混乱したサンダースはパニックを起こします。
コールが医務室で意識を取り戻すと、彼の前にモイラがいました。同じ部屋でサンダースが鎮静剤で眠らされています。
私たちどうなるの、と尋ねるモイラに、コールは道はあると答えますが、彼女は来たのは間違いだと告げます。
コールは彼女に、船長と関係があるのかと尋ねます。医務室には失われたアトロパ号にあったものと同じ、モイラとマッケイを写した写真がありました。
1人洗面所に向かったコールは、そこで鏡を殴りつけ壊します。
状況を分析したジェンセンが、敵は時間だ、と述べ一同に仮説を語ります。
アトロパ号は時空の歪んだ空間に捕まり、我々は空間上は静止し、時間は逆走した状態にいる。
そして新たに過去から現れるアトロパ号、つまり自分自身と衝突したのです。
時間に逆行したアトロパ号は失われ、代わって新たに出現したアトロパ号がこの空間に残されます。時間は逆走し、また新たに出現したアトロパ号と衝突します。
彼らは自分自身と衝突を繰り返す、反復された時間の輪=ループに囚われたのです。
コールと乗員たちは、新たに出現するアトロパ号との衝突を運命づけられました。果たしてこのループから抜け出せるでしょうか。
要は俺たちが選択を変えられるかだ、とコールは語ります。
コールが回収したサンダースの遺体は、銃で撃たれていました。
物語は過去に戻ります。人口1138名の宇宙ステーション、ヴァリー・フォージ基地にコールはいました。
銃を手入れするコールに、上司のシュレイバー(マイケル・アイアンサイド)が声をかけます。
1週間前、デッド・ゾーンで調査宇宙船アトロパ号が行方不明になった。その船にはモイラが乗っているとシュレイバーは告げます。
救出命令は無く、また船が消えた場所までは5ヶ月はかかるとシュレイバーは続けます。
シュレイバーは、コールはモイラを探しに向かうと考えていました。彼はお前を失いたくない、とコールに語ります。
シュレイバーは説得を続けます。しかしコールの決意が固いと知ると、出港の許可は出来ないと語りつつ、待機している宇宙船の場所をそれとなく教えます。
かつて刑事を務めていたコロニーで、コールはモイラと共に暮らしていました。そしてコールの相棒の刑事、メイソンはモイラの弟でした。
コールとメイソンは、犯罪者のマックス・コワルスキを追っていました。2人は食堂で違法に働くアンドロイドを巧みに尋問し、コワルスキの居場所を聞き出します。
倉庫街にあるコワルスキの隠れ家に到着した2人は、応援を待たずに突入します。
しかしメイソンはコワルスキに撃たれ死亡します。怒ったコールは、無抵抗のコワルスキを射殺、その姿を目撃した応援のエアパトカーに逮捕されます。
家に戻ったコールは、モイラに弟の死を告げ、彼女は泣き崩れます。
モイラとの別れを回想したコールは、アトロパ号捜索のため宇宙船を発進させます。その姿をシュレイバーが見送っていました。
コールの首にかかるネックレスには、モイラとの生活の証である指輪がかかっていました。
アトロパ号船内のコールに、モイラがサンダースの検死結果を報告します。死因は2発の銃弾、DNAは間違いなくサンダース本人のもの。
コールは自分は撃っていないと告げます。確かにコールの銃の銃弾は減っていません。
衝突までに残された時間はわずか。アトロパ号を修理し動かすには、サンダースの力が必要です。船長のマッケイは、眠らせたサンダースを興奮剤で目覚めさせようとします。
脱出ポッドで逃げる案も出ますが、現在の位置で脱出しても救助が来るまで生命は持ちません。やはりサンダースを起こすことになりました。
興奮剤で目覚めたサンダースは自分自身の死体を前に、自分は殺される運命だと怯え、メスを手にしジェンセンを傷つけ逃げ出します。
銃を使用してサンダースを殺せば、爆発したアトロパ号と同じ運命に見舞われる。そう判断したコールは、銃を医務室のロッカーに入れ鍵をかけます。
コールとモイラは、マッケイと二手に別れサンダースを探します。船内の損傷がコアに達すると、間違いなくあの船のように爆発します。
ところが恐怖に耐えられなくなったジェンセンは、許してくれと詫びて脱出ポッドに乗り込み、船から1人で離れます。
しかしジェンセンの脱出ポッドは、近くにある惑星の重力に引き寄せられ、惑星の輪の中に捕えられます。
ジェンセンは窓の外に、無数の脱出ポッドを発見します。時間をループするアトロパ号から脱出を繰り返し、同じ運命をたどったポッドの姿です。ジェンセンは絶望の悲鳴を上げます。
無数の脱出ポッドの存在に気付いたコールは、アトロパ号は間違いなく同じ運命を繰り返していると確信します。
しかしまだサンダースは生きています。おそらく彼が生きていることがループから逃れる鍵だと、モイラに考えを伝えます。
コールとモイラは共にサンダースを探します。船の動力は低下し、重力を維持できるのはあと30分となりました。
コールは過去を振り返り、メイソンを死なせた自分が身近にいてはモイラを傷つけると考え、彼女の元から離れたと伝えます。
しかしその時のモイラは、コールと共にいて支え合うことを望んでいました。2人はあの時、心がすれ違ったために別れたと気付きます。
医務室付近に戻った時にサンダースを発見しますが、動力がダウンしてコールは医務室に閉じ込められます。サンダースは駆け付けたマッケイ船長と争いとなります。
コールは医務室のロッカーから銃を取り出そうとしますが、鍵は外のモイラが持っています。コールは必死にロッカーをこじ開けます。
サンダースはコールに殺されると怯え、モイラとマッケイに激しく抵抗します。ようやく銃を手にしたコールは、医務室を仕切るガラスを銃で撃ち壊して外にでます。
抵抗するサンダースはマッケイを刺します。コールとモイラが駆け寄りますが、マッケイは絶命します。自分の行為にサンダースは茫然となります。
悲しみのあまりモイラは銃を取り、サンダースに突き付けます。サンダースを殺すのは私だった、とモイラ口走ります。
その時、コールはある事実に気付いていました。
映画『グラビティ 繰り返される宇宙』の感想と評価
SFを愛するクリエイターが完成させた作品
自らをSFというジャンル映画、そしてロボットを愛する人物と紹介している、この映画の製作・監督・脚本を務めたエリ・サジック。
彼はこの映画を撮る前の2012年、20分の短編映画『HENRi』を監督し発表しています。
参考映像:『HENRi』(2012)
今回の映画の習作と言える作品ですが、『HENRi』にはクリストファー・リーヴ版『スーパーマン』のロイス・レイン役、マーゴット・キダーが出演しています。
また声の出演に『2001年宇宙の旅』のボーマン船長ことキア・デュリアを起用、小さな作品ですがエリ・サジックのSFジャンル映画への愛情が伝わってきます。
『HENRi』の予告にロボットが登場しますが、『グラビティ 繰り返される宇宙』にも主人公が刑事時代を回想する場面で、ユニークなアンドロイドが登場します。
急な登場に違和感を覚えた方もいるようですが、これも彼が映画にロボットを登場させたかった故の展開だったのでしょう。
『HENRi』製作後、様々な映画にスタッフとして参加したエリ・サジック。彼はクレイトン・トルバート(本作の共同製作・脚本)と企画を立ち上げ、ついにこの映画を完成させました。
同じ「未体験ゾーンの映画たち2019」で上映の、SFXアーティストとして著名な片桐裕司の初監督作品『ゲヘナ』には、監督の映画作りへのこだわりと、完成に至るまでの紆余曲折がありました。
『グラビティ 繰り返される宇宙』とエリ・サジックの間にも、完成までに様々なドラマがあったと思われます。
配信ミニシリーズドラマとして製作された作品
この映画は配信動画を扱ったストリーミー賞で、2018年度の優秀アクション・SFシリーズ賞と優秀撮影賞にノミネート、優秀ビジュアル&特殊効果賞を獲得しています。
ネット配信の形で公開されたこの映画、70分という短い上映時間ですが、実は7話各10分の、動画で見るには最適のミニシリーズとして製作された作品です。
各エピソードのタイトルは、…第1話の『Pilot(パイロット版)』は洋ドラのお約束ですね。2話以降のタイトルを紹介します。
『Doppelganger(ドッペルゲンガー)』『Time(時間)』『Choices(選択肢)』『Ring(輪=指輪と、惑星と時間の輪)』『Fate(運命)』、最終話が『Checkmate(チェックメイト)』。
様々な展開のあるこの映画、ドラマのエピソードタイトルを知ると、「起承転結」的に作られた構成を実感できます。
日本では映画として見る機会があり、おかげで受賞の対象となったエリ・サジックこだわりのSFXシーンを、大画面で体感できたのは非常に幸運でした。
まとめ
エリ・サジック監督の、SF映画への愛情がつまった映画である『グラビティ 繰り返される宇宙』。
宇宙ステーションの名の「ヴァリー・フォージ」は、同じく宇宙を舞台にしたSF映画の傑作『サイレント・ランニング』へのオマージュでしょう。
惑星の輪になった無数の脱出ポッド、これは英SFコメディドラマ『宇宙船レッド・ドワーフ号』から頂いたアイデアなのか、その他色々と監督にお伺いしたいところです。
またSF映画ファンなら納得の、マイケル・アイアンサイドの起用。片桐裕司監督作品『ゲヘナ』への、ランス・ヘンリクセン出演と同じく、先人に対する熱い思いを感じます。
ジャンル映画にこだわりを持つクリエーターが、苦労して作品を作り上げた姿には『ゲヘナ』同様、創作への深い愛情を感じられます。
SF映画・ドラマのファンは、エリ・サジックの今後の活躍にも注目して下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第28回はアルフレッド・ヒッチコックの『裏窓』の、南アフリカ版というべきバイオレンス・サスペンス映画『NUMBER37 ナンバー37』を紹介いたします。
お楽しみに。