連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第24回
今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。計58本の映画を続々と上映しています。
第24回は、母はギャングに連れ去られた11歳の少女エストラヤの運命を、メキシコの麻薬戦争を背景に描いた作品です。
著名な映画レビューサイト“ロッテン・トマト”の満足度は批評家97%、観客100%を獲得しています。
スラム街の少年少女を主人公にした、哀しきファンタジーホラー映画『ザ・マミー』を紹介いたします。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2019見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『ザ・マミー』の作品情報
【公開】
2019年(メキシコ映画)
【原題】
Vuelven / Tigers Are Not Afraid
【監督】
イッサ・ロペス
【キャスト】
パオラ・ララ、ロドリゴ・コルテス、テノック・ウエルタ、イアニス・ゲレロ
【作品概要】
ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭観客賞・銀賞ほか、国際映画祭で51冠、特に多くの観客賞を受賞したメキシコのホラー映画。
多くの観客を魅了しただけでなく、スティーブン・キングが絶賛し、ギレルモ・デル・トロが2017年のベスト映画に選出しています。またギレルモは、本作監督のイッサ・ロペスの次回作をプロデュースすると発表しています。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ザ・マミー』のあらすじとネタバレ
2006年の麻薬戦争勃発以来、メキシコでは16万人が死亡、5万3千人が行方不明になったと言われ、荒廃の結果、一部地区はゴーストタウンになりました。
11歳の少女エストラヤ(パオラ・ララ)は、小学校に通っていました。一方で同じ年頃の少年シャイネは、ストリート生活していました。
シャイネは夜の街で、壁にスプレーでトラの絵を描いていると、彼の前にギャングに1人、カコ(イアニス・ゲレロ)が現れます。
酔ったカコのポケットからシャイネは、拳銃とスマホを抜き取ります。
学校でエストラヤたち生徒に与えられた課題は、自分独自のおとぎ話を作ることでした。
彼女はトラになりたい王子の話を作ります。トラは何も恐れない…。
教室の外で銃声が鳴り響き、悲鳴を上げる生徒たちに、教師は伏せるように指示します。
怯えるエストラヤに、教師は3本のチョークを与えます。これがあなたの望みがかなう、3つの願いだと告げて、彼女を励まします。
白昼の銃撃戦は収まりますが、学校は閉鎖されエストラヤたちは下校します。学校の前の路上には犠牲者の遺体が横たわっていました。
遺体から一筋の血が伸び、家に向かうエストラヤの後を追って行きます。
エストラヤに続いて、一筋の血も彼女の家に入って行きます。テレビのニュースは、ギャングと癒着が噂される政治家チノ(テノック・ウエルタ)について報じています。
伸びてきた血は、エストラヤの目前で母の服を赤く染めていきます。
シャイネは仲間の少年たちと路上で暮らしていました。シャイネはライターを片時も離さず、大切に持っていました。
仲間の中で一番幼く、トラのぬいぐるみを大切に離さず持っているモロが、何か話してくれとシャイネにせがみます。
金持ちの男がいて、多くの猛獣を飼っていた。しかしギャングのカコやファスカスに、男も猛獣も殺されてしまった。
しかしトラだけは生き残り、街をうろついている。トラは親のいない子を襲っている。
シャイネの作った話で盛り上がる子供たち。彼らは街のあちこちにトラの絵を描いて、日々をたくましく生きていました。
エストラヤは1人で家にいました。母に電話してもつながりません。彼女は母と2人で暮らしていましたが、ある日母は行方不明となったのです。
学校が閉鎖された今、孤独に暮らしている彼女は、母がいた日々を思い浮かべます。
母はいつも腕に鳥をデザインしたブレスレッドを付けていました。母はエストラヤに、私がいなくなる頃は、ブレスレットはお前の物になっているよ、と語っていました。
寂しさのあまりエストラヤは、3本のチョークの内1本をとり、母が戻るよう願います。
他に誰もいない家で、彼女に呼びかける声がします。私はここよ、と母の声がします。エストラヤは悲鳴を上げました。
危険になった街から隣人も引っ越し、ついにエストラヤは家を出て、路上で暮らすシャイネを頼ろうとします。
シャイネたちは仲間に女を加えるのを嫌がりましたが、共に暮らすことは認められました。食べる物のない彼女に、幼いモロがビスケットを分け与えます。
エストラヤの身には、まだ奇妙な出来事が起きていました。夢で恐ろしいものを見て彼女は悲鳴を上げます。
しかし子供たちの本当の敵はギャングでした。ファスカス一味が来たぞ、と少年たちが叫びます。
ギャングのティオとカコに追われ、エストラヤたちは逃げ出します。彼らはシャイネが奪ったスマホを取り返そうと迫ってきます。
シャイネが銃を発砲し、ギャングが怯んだ隙に子供たちは逃れますが、モロは捕えられてしまします。
シャイネたちは、ギャングは女は殺し、子供はどこかに連れていくと信じていました。
エスカラヤは私ならファスカスを消せる、と言います。シャイネは彼女に銃を渡し、ギャングを殺したら俺たちといて良いと告げます。
子供たちはギャングのアジトである住宅に向かいます。シャイネたちはエスカラヤ1人で中に入れと促します。
銃を手に、エスカラヤは暗い住宅内を進んでいきます。テレビがついており、政治家チノとギャングのつながりを報じていました。
エストラヤの後を、また一筋の血が追ってゆきます。テレビの前のソファーに、1人の男が身動きせずかけていました。
銃を持つエストラヤの手は震えていました。チョークを手にして殺さずに済みますように、と彼女は願います。
一筋の血は蛇のように彼女を這い上ると手に絡みつき、銃を発砲させると姿を消します。
銃弾は命中しなかったようですが、ソファーの男、カコは血を流し死んでいました。
住宅内には無数の小さな檻があり、子供たちが閉じ込められてました。その中にモロの姿もあります。
エストラヤが逃げ出した後、警察が住宅内に入り子供たちを解放します。モロも無事姿を現します。
シャイネはエストラヤに、どうやってカコを殺したのか尋ねますが、彼女は願ったのとだけ答えます。
シャイネの持つカコのスマホに、ティオからの連絡が入ります。電話に出たシャイネにティオは、なぜお前がカコのスマホを持っているのかと尋ねます。
シャイネはティオに、カコはもう死んだと告げます。
ねぐらに戻った少年たちですが、またエストラヤの身に奇妙な気配が迫り、母の声が聞こえます。カコを殺した連中がお前を探しにくる、彼らを私の元に連れて来てとささやきました。
エストラヤはシャイネに引っ越しを提案します。少年たちは荷物をまとめて移動します。
さまよう彼らは同じくストリートで生きる、ブライアンが率いる少し年上の少年グループに絡まれます。
シャイネは、自分がエストラヤにカコを殺させたと凄みます。ブライアンはチノたちがお前たち全員を見つけ出すぞ、と脅しますが、シャイネは俺たちは隠れると返事をします。
シャイネたちは解放され先へと進みますが、ブライアンは何者かに連絡していました。
少年たちは廃墟となった建物に入り込みます。中にあった水たまりに色とりどりの魚が泳いでおり、魚だけの動物園だとはしゃぎます。
新たな住みかとなる建物を自由に駆け回る子供たち。モロはエストラヤにキスをして喜びます。
エストラヤが1人になると、何者かの気配に導かれます。また一筋の血が彼女に忍び寄り、声が聞こえます。
その声はやつらは殺しに来る、私とおいでとささやきます。エストラヤの目前まで血の筋が迫りますが、チョークで線を引くと動きが遮られます。
エストラヤは、1人泣いているシャイネに気付きました。彼はエストラヤに、カコは俺が殺すべきだったと告げます。
シャイネの持つカコのスマホに、またティオからの連絡が入ります。どうして捨てないのと尋ねるエストラヤに、彼はスマホに保存された写真を見せます。
母さんの写真はこれしかないとシャイネは、彼女に告げました。
ボールを見つけ、サッカーに興じる子供たち。大事にしているトラのぬいぐるみが壊れてモロが泣きますが、エストラヤが直してあげます。
子供たちだけの充実した日々が続きます。シャイネはエストラヤに母の写真を持っていないか尋ねますが、彼女は家に置いてきたと答えます。
俺も写真は家に置いてきた、とシャイネは告げます。家はファスカスらに火を放たれ、その時母もさらわれました。彼が大切に持っているライターは、その時使われたものでした。
エストラヤが最後の1本のチョークを大切に持っていると知ったシャイネは、最後の願いが無いのなら、俺の顔の火傷の痕を直してくれないかと頼みます。
エストラヤは願いがかなうたびに、悪い事が起きると言ってそれを断ります。
シャイネは1人エストラヤの家に戻り、彼女の母の写真を手に取りますがギャングに捕えられます。
ギャングはカコのスマホを回収しようと、子供たちの隠れる廃墟に向かいます。
エストラヤに、やつらがあなたを捕まえに来るとの母の声が聞こえます。
そして彼らを、私たち死んだ者が待つ場所に連れてくるように告げました。
廃墟にギャングのティオとファスカスが現れ、エストラヤは捕まりますが少年らが銃でティオを撃った隙に、彼女もシャイネも逃げることができました。
しかしティオの放った銃弾が、モロの命を奪います。
しつこくカコのスマホを求めるギャングを不審に思ったシャイネは、その中に保存された動画を確認します。
そこにはカコが撮影した、ギャングの黒幕である政治家のチノが、捕えた人物を殺害する姿が映っていました。
その時何かがスマホの画面から現れ、羽ばたいて飛び去ります。
シャイネはチノに電話をかけ、ファスカスを殺せばスマホを渡すと告げます。チノはカコを殺したのは俺で、エストラヤでは無いと告げました。
少年たちは、エストラヤがカコを殺したと嘘をついたためにファスカス一味に追われ、その結果モロが死んだと彼女を責め、彼女にモロの遺体を任せて去ります。
少年たちはモロを追悼する落書きを描きます。そしてエストラヤの前には、モロが大事にしていたトラのぬいぐるみが現れます。
エストラヤにまた1人死んだ、あの男のせいで、という声が聞こえます。ここに全員いる、あの男を連れてきてと声は彼女に告げます。
エストラヤの前に、無数の死者の姿がありました。彼女は必死に逃げ出します。
これからどうするべきかシャイネたちは迷っていました。動画が証拠になり警察に守ってもらえると信じた少年は、シャイネからスマホを奪いパトカーの警官に動画を見せます。
警官は動画に映っているのが権力者であるチノと知ると、相手にせずパトカーは走り去ります。
シャイネはその動画に映った、殺害される人物を見て何かに気付きます。
少年たちはモロの遺体の元に帰りますが、死者に追われ逃げたエストラヤの姿はありません。彼らはモロを遺体を埋葬しようとします。
エストラヤの前にモロが現れ、みんなが僕を埋めるよと告げます。彼女は少年たちの前に現れます。
モロの遺体を詰めた箱は、水の中へ沈められました。エストラヤにはそれを見つめるモロの姿が見えました。
動画を見たシャイネは、チノに殺された人物のブレスレットが、写真で見たエストラヤの母が身に付けていた物と同じだと気付いていたのです。
シャイネは悲しむエストラヤに、チノに会わねばと告げます。
エストラヤたちはバスに乗り、チノに指定された場所にバスで向かいます。彼女の持つスマホに、羽ばたき飛んできた何かが飛び込んで消えます。
エストラヤはシャイネに、最後の願いでチノを消そうか、と告げます。しかしシャイネは、願いはない、と低い声でつぶやきます。
エストラヤを追う一筋の血は、バスを追いかけていました。
映画『ザ・マミー』の感想と評価
メキシコ麻薬戦争を背景にしたダーク・ファンタジー
厳しい環境を生きる少女が、現実とファンタジーの世界を行き来して哀しく、美しい結末を迎える物語。
誰もがギレルモ・デル・トロ監督のアカデミー賞受賞作『パンズ・ラビリンス』を思い浮かべるでしょう。
参考映像:『パンズ・ラビリンス』(2007)
『パンズ・ラビリンス』は内戦下のスペインを舞台にした作品。ご紹介した『ザ・マミー』は麻薬戦争にあえぐメキシコの都市が舞台になっています。
『パンズ・ラビリンス』の主人公の少女は、過酷な現実と別世界である、牧羊神(パン)の迷宮(ラビリンス)をさまよいます。
一方で本作『ザ・マミー』の主人公エストラヤは、過酷な現実の中で死者の世界と接します。哀しいファンタジーは現実の中で描かれているのです。
子供たちの目線で描かれた物語
ファンタジー描写を交えながらも、この映画の恐怖描写はなかなかハードで、ホラー映画マニアも納得させられます。
しかしホラー描写より恐ろしいのが麻薬戦争の現実。映画はリアルな描写が基調で、子供目線で見たドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン』の世界と言えるでしょう。
現実の死と、死者たちの世界を身近に感じて生きる子供たち。彼らには死者の世界を通して、哀し過ぎる希望が与えられました。
この映画はおとぎ話を軸に、寓話的要素を交えて描かれた結果、ホラー映画の枠を越えた胸を打つ作品になっています。
感動系ホラー、怖いけど泣ける映画が好きな方にお薦めの映画です。
まとめ
ディズニー・ピクサーの映画『リメンバー・ミー』で描かれた様に、メキシコには生者と死者の世界を身近に感じさせる文化が存在します。
そのメキシコは現在、麻薬組織の様々な蛮行で一般市民が恐怖に支配されている現状から抜け出せずにいます。
映画『ボーダーライン』、続編の『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』は、犯罪と共に生きる子供たちの姿をリアルに描いた物語でもあります。
対して『ザ・マミー』は、犯罪と共に生きる子供たちを恐怖とファンタジーを交えて描いています。
この哀しき物語に、現実にも文化的にも死者が身近に感じられる、現在のメキシコ社会を感じとって下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第25回は旧ソ連が開発した、恐るべきカメラが巻き起こす恐怖を描くロシアのホラー映画『シャッター 写ると最期』を紹介いたします。
お楽しみに。