連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第26回
世界各国の様々なジャンルの映画を集めた、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田にて実施され、一部作品は青山シアターにて、期間限定でオンライン上映されます。
昨年は「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、上映58作品を紹介いたしました。
今年も挑戦中の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。第26回で紹介するのは、占拠されたラジオ番組を描くサスペンス映画『フィードバック』。
歯に衣着せぬ発言で、社会問題を取り上げるラジオの人気番組。ある日マスクを被った2人の男が押し入り、収録中の番組は占拠されました。
暴力で番組を支配する乱入者の目的は?この事態を番組の人気パーソナリティは、どう切りぬけるのか。犯人らの目的が明らかになると、事態は思わぬ方向に展開してゆく…。
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CONTENTS
映画『フィードバック』の作品情報
【日本公開】
2020年(スペイン・アメリカ合作映画)
【原題】
Feedback
【監督・脚本】
ペドロ・C・アロンソ
【キャスト】
エディ・マーサン、ポール・アンダーソン、イバナ・バケロ、リチャード・ブレイク
【作品概要】
謎の侵入者に番組を占拠されたパーソナリティ。真実を語るよう迫られた彼と、脅迫者との駆け引きを描くバイオレンス・サスペンス映画です。
出演は『おみおくりの作法』のエディ・マーサン。演技派として有名な彼が、密室サスペンスに挑み、濃厚な演技を見せます。『パンズ・ラビリンス』で、主人公の少女を演じたイバナ・バケロ、近年はロブ・ゾンビ監督作『31』や、『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』の出演が記憶に残る怪優、リチャード・ブレイクが共演しています。
スペイン出身のペドロ・C・アロンソの、初の長編監督映画となる本作は、メストレ・マテオ賞、ストラスブール・ヨーロッパ・ファンタスティック映画に出品、賞レースにノミネートされている作品です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『フィードバック』のあらすじとネタバレ
高層ビルの中にあるDBO放送局の一室から、ロンドンの夜景を見つめるジャービス(エディ・マーサン)。彼は深夜ラジオ番組、「残酷な現実」のパーソナリティを務める人物です。
タイトルの通り過激な内容の番組は、人気と同時に多くの反発を招き、脅迫や嫌がらせの絶えない状況です。先日は番組の内容に怒った人物に、ジャービスが拉致される騒ぎまで起きました。
苦情が絶えず、スタッフも辞めていく現状に局の幹部ノーマンは、時代が変わったとジャービスに告げ、番組の打ち切りを示唆します。
しかしジャービスにその意志はありません。今日の放送では、かつて行動を共にした親しい友人、ミュージシャンのアンドリュー(ポール・アンダーソン)をゲストに迎え、いつもと変わらぬ過激な放送を行うつもりでした。
渋い顔のノーマンと、傍若無人な態度のアンドリューを残し、局の中を自分の番組の放送ブースへと移動してゆくジャービズ。
そこには彼が信頼するチーフスタッフのアンソニー、そして新人スタッフのクレア(イバナ・バケロ)がいました。クレアは2ヶ月前から番組に加わっていましたが、尊大な態度のジャービスは、彼女の存在など気にも留めていません。
今日の放送で流すフィル・コリンズのインタビューなど、番組についてアンソニーと打ち合わせるジャービズは、収録直前に2分時間をくれと言い、放送ブースを後にします。
放送局内を探し回ったジャービスは、無響室で娘ジュリアがドラマーのサミュエルと、着ぐるみを着て騒いでいる姿を見つけます。
ジャービスは娘の振る舞いを注意しますが、これからパーティーに行くと言うジュリアは、まともに耳を貸しません。やむなく娘を送り出し、彼はサミュエルに警告の言葉を告げました。
彼が放送ブースに戻ると、「残酷な現実」の収録がスタートします。フェイクニュースが溢れる世に、あえて真実を伝えると語り出すジャービス。
彼は先日、自分が拉致された件も、私が真実に踏み込んで語った結果と力説します。移民問題にはロシアが裏で糸を引いている、そんな連中が私を陥れたと続けます。
彼がブースの向こうのスタッフに合図を出しても、音楽が流れません。やむなく語り続け、パソコンを操作し「どうなっているんだ」とメールを送っても、なぜか応答がありません。ジャービスはいら立ちコーヒーをこぼします。
ブースを仕切るガラスに物を投げようが、身振りで合図を送ろうが反応はありません。堪りかねたジャービスは、CMの合間に出ようと試みますが、何故か扉が開きません。
外の様子を伺おうと、ジャービスはガラスに顔を寄せます。突然、ガラスにアンソニーの顔が押し付けられました。驚いた彼はスマホで外部に連絡を試みます。しかしスピーカーからノイズが流れ、悲鳴をあげて断念したジャービス。
彼はヘッドホンを付け、マイクでアンソニーに呼びかけます。ところがヘッドホンに男の声が流れてきます。いつも通り放送を続けろ、そして出させた指示には従え、守られない場合はここにいる2人と、お前の娘の命は無い。それがメッセージでした。
ジャービスが話し合おうと説得しても、反応はありません。彼は放送ブース内のイスをガラスに投げつけますが、空しくはね返るばかりです。するとブースの向こうの照明が付き、椅子に縛られたアンソニーと、2人のマスクを付けた男の姿が現れます。
彼がなおもイスを投げようとすると、マスクの男はナイフをアンソニーの喉に突き付けます。慌ててイスを捨て、止めろと叫ぶジャービス。
指示通り席に戻り、ヘッドホンを付けマイクに話し始めるジャービス。彼はもう1人のスタッフ、クレアの安否を確認しますが、マスクの男は答えません。
それでも反抗的なジャービスに、CMに入ると若いマスクの男がハンマーを持ち、放送ブースに入ってきました。殴り倒したジャービスの指を、ハサミで切断しようと試みますが、もう1人の年配のマスクの男が入って制止します。
自分たちの目的に、まだこの男が必要だと暴行を止めさせ、ジャービスを放送席に着かせます。向かいに若いマスクの男が座り、ジャービスを威圧します。
実はまだ放送していない、と告げるジャービス。実はラジオ番組は生放送ではなく、問題のある発言が出れば編集できるよう、問題点や不手際の改善=”フィードバック”出来るように事前に録音し、時間を置いて放送する形式を取っていました。
年配のマスクの男は動ずることなく、これからが本番だと告げます。何を要求するのか尋ねても、返事はありません。平静を装い、マイクにしゃべり出すジャービス。
頃合いを見て、マスクの男は放送ブースから姿を消します。台本通りジャービスが紹介すると、ゲストのアンドリューが動揺する新人スタッフ、クレアと共に放送ブースに入ってきます。
音楽に合わせ上機嫌で入室したアンドリューも、ブース内の乱れた様子に驚きます。ジャービスはクレアに大丈夫かと声をかけますが、脅されたのか彼女は何も語らず、部屋から出て行きました。
スタジオの様子やクレアの態度、そしてジャービスの顔色に疑念を抱き、アンドリューは声を荒げますが、ジャービスに説得され放送席に座ります。
過去に様々な無茶をした思い出話をジャービスに振られ、機嫌を直し番組に加わるアンドリュー。パソコンはネットに接続されておらず、アンドリューのスマホにも手が出せず、外部への連絡手段が見いだせないジャービス。
2人の会話は続きます。ブースの外ではマスクの男たちと、袋を被せられた人質のアンソニーが見守っていました。
ジャービスに指示が与えられます。2011年のベルファストで起きた出来事について話せ、というものでした。その話題を振られたアンドリューは動揺します。
続く指示は、その時ホテル・ヨーロッパのパーティーで出会った2人の少女に対し、221号室で何をしたか話せ、というものです。その話題を持ち出され、声を荒げ怒るアンドリュー。
なぜ過去の話をを持ち出すのだと叫び、アンドリューはいら立って立ち上がります。目的の言葉を引き出せず、マスクの男たちも動きます。
ブースから出ようとアンドリューがドアを開けると、ハンマーを持った若いマスクの男がいました。たちの悪い演出と思った彼は、ジャービスの制止も聞かず立ち向かい、手の甲をハンマーで打ち砕かれたアンドリュー。
悲鳴を上げた彼を手当てし、ようやく事情が悦明したジャービス。放送を続けねば人質を含めた、皆の命に危険が及びます。状況を飲み込んだアンドリューに、221号室の出来事を話せば、救急車を呼んでもらえると訴えます。
CMが終わり、パーソナリティとしてラジオ放送を進行するジャービスは、人生にも”フィードバック”が重要だと語り、アンドリューに番組での告白を促しました。
マスクの男に監視されながら、マイクの語りで勇気ある行為と褒め、音声に入らぬよう告白を促すジャービス。アンドリューを意を決し、語り始めます。
あの日、ハメを外し酔っていたアンドリューは、17、8歳位の2人の女の子と出会います。その友人の男の子も誘い、強引にホテルの部屋に誘います。そこで皆でドラックを使用しました。
そして女の子とベットに入った彼ですが、我に返った女の子は抵抗します。彼女とカップルの男の子も怒りますが、アンドリューは彼を激しく殴ります。そして泣き叫ぶ女の子を強引にレイプしたと語ります。
放送でジャービスは、それを勇気ある正直な告白と讃えます。しかし、更なる脅迫者の指示で、出来事の核心である、もう1人の女の子に何をしたかを語るよう迫るジャービス。
観念したアンドリューは、叫ぶ女の子を黙らせようと、口に靴下を詰めふさいだと話します。そして窒息し倒れた姿を見て、殺してしまったと思ったと話します。
それを聞き激怒した若いマスクの男は、アンドリューをハンマーで殴ります。制止しようとしたジャービスも、年配のマスクの男に倒されます。彼の目の前で、アンドリューの頭部に何度もハンマーが振り下ろされます。
倒れたジャービスには、今までの出来事が悪夢のように思えました。しかし2人の仮面の男は、彼を放送席に着かせます。目の前のアンドリューの遺体が、これが現実だと教えます。
脅迫者が放送ブースから出るとジャービスは、遺体からスマホを取り出し、操作し始めます。すぐに若い男が入りスマホを奪い取り壊しますが、その隙に彼を殴り倒してナイフを突きつけ、人質にしたジャービス。
脅して年配の男から銃を奪うと、ジャービスはそれを向け2人にマスクを取るよう命じます。ところが脱出できたかに見えた彼に、クレアがスタンガンを当て倒します。
彼が意識を取り戻すと、またも放送席に着かされていました。脅迫者の一味だったクレアに、放送を続けねば、アンソニーを殺すと脅されるジャービス。
マスクを外した年配の脅迫者、ブレナン(リチャード・ブレイク)は彼の前の放送席に座り、若い男アレックスは外からヘッドホンを通じ、ジャービスに指示します。
あの日、アレックスは現場にいました。アンドリューに殴られた若者こそ彼でした。そして彼は、あの時アンドリューが電話をかけ、誰かを呼び出したかを知っていました。
その相手がジャービスでした。脅迫者たちは、こんどはジャービスに放送を通じ、真実を告白しろと迫ってきたのです。
映画『フィードバック』の感想と評価
フェイクニュースが溢れる時代に放つ問題作
ラジオ放送の現場を舞台にした映画と言えば、オリバー・ストーン監督の硬派な『トーク・レディオ』から、三谷幸喜初監督作のドラバタコメディ『ラヂオの時間』まで、様々な作品があります。
その流れをくむ『フィードバック』。暴漢に番組を乗っ取られたパーソナリティの姿を描くサスペンスですが、ミソはエディ・マーサン演じる主人公が、正義の人でも善良な人でもない点です。
冒頭で物議をかもす、陰謀論めいた人種問題をとりあげるなど、炎上商法上等の男として紹介されます。しかも暴力で脅され、当事者に悪事を追求されても、ラジオ番組という舞台の上で、自身の虚像を演じ切る怪人物として描かれています。
絶対的不利な状況から、『31』では最凶の殺人マシーンだったリチャード・ブレイクに、『パンズ・ラビリンス』の美少女イバナ・バケロ(美しく成長しました)を手玉に取り、最後に逆転劇を見せる主人公、ジャービズ。
彼が実際悪事にどの程度関わったかを、映画ではあえて描いていませんが、容赦ない逆襲に転じた姿を見ると、相当な事を平気で行える人物であるのは確かです。まさにフェイクを自在に操る、現在のメディアの影の部分を象徴するキャラクターです。
コメディから悪役まで、様々な演技の実績を持つエディ・マーサン。彼ならではの、巧みな表情と演技の使い分けが見所となる作品です。
タイトルが持つ様々な意味
現在のテレビ番組には、生放送のように見えて、実は事前収録され巧みに編集したものが数多くあります。さらに生放送とうたわれても、実は数秒から10分程度まで、少し遅らせて放送する、「遅延送出システム」を使用した番組があります。
そのタイムラグを使用してハプニング、例えば危険な発言があれば「ピーッ音」を入れるなど、”フィードバック”編集した上で、放送できる形式をとっています。映画に登場した番組も、同じ形を取っていました。
これが本作の大きな仕掛けであり、同時に主人公が自分の人気の低迷、そして致命的なスキャンダルという問題を、事件を利用し見事”フィードバック”した行為に掛けているのは明らかです。
真実を語るより、巧みにフェイクを並べ虚像を操ることが、成功や目的の達成につながる、現代のメディアの世界。『フィードバック』は密室サスペンスの舞台を借りて、鋭く現代社会を風刺をした作品です。
“フィードバック”こそ物語の根幹ですが…
事前収録、あるいは「遅延送出システム」で放送されるラジオ番組という設定、そして”フィードバック”という言葉こそ、この映画の根幹を成すテーマであり仕掛けですが、同時に弱点にもなっています。
劇中で今行われている事が、放送されたのか、されていないのか。放送の結果世間では、どのような反応が起きているのか。こういった状況が説明不足で伝わりにくく、今一つ作品に臨場感が持てなくなっています。
「何分遅れで放送」とか、「今は放送されている、されていない」を明示するとか、「犯人サイドは放送されていると信じているが、実は…」とか、映画の仕掛けを明確にルール化した方が、観客には親切だったでしょう。
CM収録中や音楽を流している時は放送外、そんな光景で描きながらも、後半の修羅場はどこまで放送されているやら、ここまで乱れて番組として成り立っているの?という、素朴な疑問がぬぐえないのが事実です。
だったら過去のラジオ番組映画の傑作、『トーク・レディオ』や『ラヂオの時間』のように、生放送設定にした方が正解では、と思います。すると今度は物語のテーマ、”フィードバック”の持つ意味が半減するので…何とも困ったものです。
まとめ
さらにツッコミ所に目をやると、目的のためスタッフとして2ヶ月も働いた、犯人サイドの地道な努力に、番組が乗っ取られた後、警備や他の社員は何をやっていたという謎など。地方のコミュニティ局ならあり得ることでしょうか?でも舞台は、ロンドンの大放送局です…。
とはいえ『フィードバック』の魅力は、この設定が生んだテーマと、密室的状況におけるエディ・マーサンら出演者による演技合戦。ここに注目して楽しんで下さい。
それにしても映画『カメラを止めるな!』に登場する、「生放送で、カメラ1台でワンシーン・ワンカット撮影のゾンビドラマ」だって、「遅延送出システム」を使えば、あれ程のドタバタ騒ぎにならなかったはずです。
いや、そんな予算があれば、あの監督のところに仕事の話は行かなかったはず。そして何より、リアルタイムの生放送設定だから、色々と面白いんですよ。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第27回はレイプ犯と再会した夫婦を描くサスペンス『ビューティフル・カップル 復讐の心理』を紹介いたします。
お楽しみに。
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