連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第18回
世界の様々な映画を集めた、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田にて実施、一部作品は青山シアターで、期間限定でオンライン上映されます。
前年は「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、上映58作品を紹介いたしました。
懲りずに今年も挑戦中の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。第18回で紹介するのは、ゾンビであふれた世界を描くホラー映画『ブラインデッド』。
今日も世界のどこかで誕生しているゾンビ映画。その増殖はゾンビの如く、誰にも止めることが出来ません。この状態に一番苦しんでいるのは、実はホラー映画の作り手かもしれません。
従来に無いゾンビ映画を作るべく、製作者たちは様々な状況・設定を用意しました。この作品では盲目の男と出産間近の妊婦が、ゾンビの蔓延する世界で困難なサバイバルに挑みます。
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CONTENTS
映画『ブラインデッド』の作品情報
【日本公開】
2020年(カナダ映画)
【原題】
Deadsight
【監督・編集・製作】
ジェシー・トーマス・クック
【キャスト】
アダム・シーボルド、リブ・コリンズ、ライ・バレット
【作品概要】
記憶を失った盲目の男と、妊婦の警官が困難なサバイバルに挑むゾンビホラー映画。
監督は『パラノーマル・ヴィレッジ』『モンスター・トーナメント 世界最強怪物決定戦』『マンホール』のジェシー・トーマス・クック。本格派からコメディまで、様々なジャンルのホラー映画を世に送り出しているクリエイターです。
主演の盲目の男を演じるのは、「“シッチェス映画祭”ファンタスティック・セレクション2012」上映作品『夜明けのゾンビ』のアダム・シーボルド。妊婦の警官を演じるリブ・コリンズは、本作の脚本も担当しています。2人はジェシー・トーマス・クック製作、『夜明けのゾンビ』のジョン・ゲデス監督の最新作、『Creep Nation』でも共演しています。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『ブラインデッド』のあらすじとネタバレ
救命士の手で治療を受けている男ベン(アダム・シーボルド)。これから病院に運ぶと伝えられますが、彼の視界は徐々にぼやけ、目に包帯があてがわれます。やがて意識を取り戻した時、彼は救急車の中にいました。
呼びかけても誰も返事をしません。視界を閉ざされた彼は、手探りで体を固定したバンドを外しますが、自分がストレッチャーと手錠でつながれていると気付きます。やむなく彼はストレッチャーのパイプを外し抜け出します。
包帯をずらしても前は見えません。彼はパイプを杖変わりにして、裸足のまま恐る恐る救急車から外に出るベン。誰もいない運転席に入り、クラクションを鳴らしても反応はありません。
手探りでキーを回しエンジンをかけますが、目の見えない状況では運転できません。あちこち探り非常用キットから靴を手に入れ、それを履いたベン。
考え抜いても名案は浮かびません。彼は無線を取り自分はベン・ニールソンだと名乗り、助けを求めますが、応答はありませんでした。彼は包帯を取り、救命士から渡された目薬を点しますが、視界はぼやけ自分の手すらはっきり見ることができません。
突然救急車の扉が叩かれます。うめき声をあげて迫るゾンビのただならぬ気配に、ベンは外へと逃げ出します。手探りで逃れるベンを、車から転げ落ちたゾンビが這って追いかけます。
よろよろ逃げるベンは倒れていた男につまずきます。それはゾンビに襲われ、息絶えようとする救急隊員でした。彼から逃げるよう言われ、ベンは杖代りのパイプを頼りに歩きます。
同じ日の朝、目覚めた妊娠中の女マーラ。彼女のスマホには、父の容態が悪いと伝える母からのメッセージが入っていました。
警官である彼女は制服に着替えると、車に乗り職場へと向かいます。途中彼女は、救急車からベンが無線で発したメッセージを受信します。彼女は自分をマーラ・マディガン巡査と名乗って呼びかけますが、ベンからの返事はありません。
林の中の一本道を慎重に進むベンは、後ろにゾンビの気配を感じます。そこに車が近づいて来ます。彼は助けを求めようとしますが、車の男はゾンビを射殺します。その銃声に怯えたベンにも銃が向けられますが、放たれた銃弾はベンの背後にいたゾンビを撃ち倒していました。
恐怖に震えるベンを残し、車は通り過ぎて行きました。気を取り直し進んでいると、ウインドチャイム(金属棒などを吊り下げた風鈴)の音に気付いたベン。
その頃マーラの前に、道の真ん中で苦しむ女が姿を現します。車を停めマーラは女に声をかけますが、彼女は何か異様な病気に感染し、ひどく怯えていました。
彼女をなだめると車の後ろに回り、身にかけさせる毛布を取り出したマーラ。しかしその隙に女は車内にあった拳銃を掴み、まず自分に、次いでマーラに向けます。マーラは女の足を撃ちますが、女は怯むことなく車に乗って走り去ります。後にはマーラだけが残されました。
ウインドチャイムの音を頼りに、林の中の一軒家にたどり着いたベン。声をかけても反応はありません。手探りで家の周囲を探っていると、老婆のゾンビに襲われます。ぼんやりとした視界と杖を頼りに、彼はなんとかゾンビを叩きのめします。
廃墟のような家の中に逃れたベン。明るい光に彼の目は耐えられず、家にあった布を割いて包帯にして目に巻くと、慎重に1部屋ずつ屋内を探ります。慎重に2階に上がると、浴槽に自殺した老人の遺体がありました。
マーラは独り道を歩いていました。身に付けた無線で呼びかけても、誰からも反応はありません。一方家の中で目薬を点すとベンは、歩幅で距離を測り、屋内の位置関係を把握します。
ところが玄関の扉が外れており、開け放しになっていると気付きます。慌ててバリケードを築き、他の出入り口の戸締りを確認すると、タンスの影に身を隠したベン。
家にマーラが近づいたその時、中のベンは家に入り込んでいた先程のゾンビに襲われます。その騒ぎを聞きつけたマーラは、銃を手にして様子を伺います。
ベンは2階に逃れますが、ゾンビも後を追ってきます。マーラはバリケードを崩して屋内に入り、ベンを追い詰めたゾンビを射殺しました。
彼に何故この家にいるのかを訊ね、自分は警官だと名乗るマーラ。ベンは自分でもなぜここにいるのか判らないと答え、手錠を外してくれるよう懇願します。彼の手錠をパイフから外し、改めて両手をそれで拘束するマーラ。
抗議するベンをマーラは制止し、遺体となったゾンビの老婆を片付けると、屋内の安全を確認します。外には疫病に犯されゾンビ化する男がいました。彼女は改めて出入り口を塞ぎます。
マーラはベンを地下室に移動させますが、ベンはその息遣いを聞いて彼女が妊娠していると気付きます。妻が妊娠している時、そんな息遣いだったと語りますが、彼の家族に対する記憶は混乱していました。ベンは救急車から出てからの、覚えている限りの出来事を伝えました。
ベンの発した無線を受信した事に気付いたマーラは、近くに救急車があると知ります。このままこの場所に残っても、生き残る術はありません。マーラは彼の手錠を外すと、自分の肩を掴ませ共に脱出する事を選びます。
2人は屋外に出ますが、先程マーラが見た男がゾンビ化して襲ってきます。ベンにしゃがむ様指示すると、ゾンビを撃ち殺すマーラ。
やむなく2人は屋内に引き返します。残弾は2発、まもなく暗くなる時間で、2人での脱出は不可能です。マーラは誰か聞いてるか判らない無線でベンの救助を要請すると、彼のいる地下室から家の裏口までたどれる様にロープを張り、彼に斧を渡し1人救急車へと向かいます。
地下室から上がりソファーに座ったベンは、思わず眠ります。突然窓ガラスを破って侵入してきたゾンビに驚き、目覚めました。ロープから手を放していたベンは屋内を逃げまどいますが、何とか外へ逃れ出ます。
外では別のゾンビに遭遇しますが、斧を振るって倒しました。彼は斧をゾンビに突き立て、丸腰で歩き始めます。途中で見つけた枝を杖代りにして、必死に林の中を進むベン。
人気のない小屋にたどり着いたベンは、その軒先に座り目薬を点します。徐々に視力は回復しつつあるようです。しかしうめき声を聴き、ゾンビか迫っていると悟ったベンは、近くのシャベルを掴み、ゾンビを倒すことに成功します。しかし目薬を置き忘れたまま、そこを立ち去ります。
辺りが薄暗くなる中、ようやくマーラは救急車を発見します。しかしゾンビ化した救急隊員に襲われ、拳銃の弾を使い果たします。
それでもゾンビを倒したマーラは、救急車にたどり着きます。しかしバッテリーが上がったのか、エンジンはかからず無線も使えません。身重のマーラの息づかいは荒くなります。
それでも体を動かし、救急車内から使えそうなものを回収するマーラ。そこで彼女は、搬送されるベン・ニールソンに関して記した記録を見つけます。
そこには大人1名と子供1名が亡くなった、火事の現場からベンが助けたと書いています。彼は2人の死に関与した可能性がある容疑者で、同時に自殺の可能性があると記されていました。
マーラは彼が手錠で拘束されていた理由を、ここで初めて知ったのです。
映画『ブラインデッド』の感想と評価
カナダでホラー映画を量産する製作会社”Foresight Features”とは
作品概要で本作の監督や出演者が、様々なホラー映画に関わっている事を紹介しました。この作品は、カナダでホラー映画を量産している製作会社”Foresight Features”の作品です。
“Foresight Features”は本作監督のジェシー・トーマス・クック、本作製作のジョン・ゲデスとマット・ウィール(この方も『ビジター 征服』で監督を務めています)が、共同で経営している会社。3人は共に自らを、あらゆる作品を見た熱烈なホラー映画ファンだと語っています。
3人は映画製作について学んでいませんが、ホラー映画作りの熱意は止みませんでした。まずジェシー・トーマス・クックとジョン・ゲデスが資金を集め『パラノーマル・ヴィレッジ』を製作、その後マット・ウィールを加え、”Foresight Features”を設立しました。
そして本作の脚本を書き出演したリブ・コリンズは、ジェシー・トーマス・クックの奥様で、役者陣も”Foresight Features”作品の常連。まさに”ホラー映画製作一家”として活躍しているのです。
参考映像:『モンスター・トーナメント 世界最強怪物決定戦』予告編(2012年日本公開)
その作品群はシリアス調からコメディまで、歴史物からSFと多岐に渡っていますが、すべてホラーであるという徹底ぶり。ホラー映画ファンにとって、実に頼もしい製作会社です。
参考映像:『マンホール』予告編(2015年DVDスルー)
『ブラインデッド』と『マンホール』を見比べると、ひょっとしたらロケ地が同じ?と感じられる部分があります。”Foresight Features”という会社は、カナダのトロントから2時間程離れた、スキーとスパが目玉の、コリングウッドいう美しい町にあります。
ここは”Foresight Features”の主要メンバーが育った町であり、カナダの映画産業の中心、バンクーバーやトロントからは離れています。おかげで通常より撮影許可が得やすく、柔軟な映画作りが可能だと関係者は語っています。
さらに住人は見知った顔ばかり。セットを組むときは、高校の同級生の大工に声をかければ完成、結果として製作費も安く済みます。ホラー映画が量産できる背景には、地域に密着したプロダクションならではの強みがありました。
家族と友人、地元の仲間と作った、実はアットホームなゾンビ映画
2011年に第1作目を製作した”Foresight Features”の、9作目のホラー映画となった『ブラインデッド』。この作品についてジェシー・トーマス・クック監督は、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を強く意識していると、インタビューに答えています。
ゾンビ映画をやりたい、という監督に意見から企画はスタートしました。当初のアイデアは盲目の男がゾンビと遭遇する、『Mr.ビーン』のようなドタバタコメディでしたが、企画が進む内に内容はより暗く、シリアスな物に発展していきます。
製作期間・予算の制約もあり、最終的にゾンビが蔓延した背景を描かない、登場人物の周囲に絞った物語になりました。主人公の1人ベンが目を覚まし、ゾンビに追われ家に到着するまでの展開は『ナイト・オブ~』を意識した展開だと、監督は語っています。
一方で『ナイト・オブ~』と大きく異なるのは、2人の弱さを持った登場人物が助け合う、それによってより強くなる展開です。ブラックな作品も手掛けたのに、今回この様なストーリーを作りたくなった理由は、3人の子の親になったからかもしれない、と監督は笑って語っています。
この映画の脚本を監督と共に書き、主人公の1人を演じたのが監督夫人のリブ・コリンズ。女優でもある彼女が、自分が主人公を演じる(当時妊娠7ヶ月でした)というアイデアを出しました。
こうして一時的に盲目になった男と出産間近の妊婦という、ハンディを抱えた主人公2人の物語が生まれました。妊娠中の彼女はそのまま撮影に臨みましたが、アクシデントで出産を終えてからも、再度撮り直すはめになったそうです。
3人の子供を育てながらの、夫婦での映画作りは大変でしたが、同時に自然な姿勢で映画に取り組む事ができたと語っています。とはいえ製作が動き出すと、夫婦の生活は映画一色に。クリスマスの1週間前に撮影が終わると、今度はクリスマスの準備に大わらわ。そんな舞台裏には大変疲れたけど、楽しい経験だったと語っています。
“Foresight Features”があるコリングウッドの町の、ロケに使う家や場所を前提にストーリーを作り、登場するゾンビを演じたのは彼女の兄弟や友人。リブ・コリンズも、自分たちのコミュニティーで映画を作る、楽しさと利点を紹介してくれました。
まとめ
コミカルな作品も多く手掛けた、”Foresight Features”の作るホラー映画としては、実にシリアスで物悲しい雰囲気をたたえた作品が『ブラインデッド』です。
ところでこの作品、劇中で描かれる情報が不足しており、話が判りにくくなっています。ゾンビの設定や諸々の状況、特にベンが家族を2人…恐らく妻と子…を失った火災現場で、実際には何を行っていたのか。最初の家の自殺した老人とゾンビ化した老婆は、マーラの両親ではないか。これらを明確に描かないスタイルが、見る者に様々な疑問を抱かせます。
これは監督は意図して詳細を描かなかった結果です。ベン以外の当事者には何も判らない、ベンが語ったとしても、それが真実か嘘かは判断できない。それよりも彼が自己を犠牲にしてマーラを救ったなら、彼の過去より現在の行動の方が重要だと、監督は語っています。
映画はエモーショナルな描写を廃し、淡々と「シリアス」に徹した描写が続きます。これをストイックに終末世界を描く演出だと受け取るか、説明不足で今一つ展開が判り辛いと感じるは、皆様の鑑賞後の判断にお任せします。
目が不自由なわりに、ゾンビにクリティカルヒット連発する主人公とか、ツッコミ所はありますが、いきなりゾンビワールドに投げ込まれた当事者のリアル感は、低予算ホラーの製作環境を上手く利用した佳作だと評価できます。
ところで日本では地域振興を謳い文句に、公的な資金で地元ネタの映画を撮らせる事例が多数あります。そんな映画を作るより、地元の有志に思う存分、ホラーだろうが何だろうが、映画を撮らせる環境を与えた方が、はるかに地域振興に役立つでしょう。
あなたの町に”Foresight Features”的な映画会社があれば、面白いと思いませんか?ゾンビ役かセット作りのお仕事が舞い込むかもしれませんよ。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第19回はあの話題になった怪魚が台湾に出現?ホラー映画『人面魚 THE DEVIL FISH』を紹介いたします。
お楽しみに。