連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第27回
今回ご紹介する映画『夜の伝説 マダム・クロード』は、1960年代後半にマフィアから政財界、世界の要人を顧客に持つ、パリにあった“高級娼館”が舞台の映画です。
フランスの実在の政治スキャンダル“マルコヴィッチ事件”を軸に、1960年後半から1980年代にかけて「夜の伝説」と呼ばれ、繁栄と虚栄そして崩壊へと向かった“マダム・クロード”の人生を描いた伝記ドラマです。
マダム・クロードはパリの警察やマフィアなどと精通し、情報提供などで利害関係を築き当局の摘発を逃れ、多大な財力と影響力を手に入れました。
マダム・クロードは口が堅く、長らく顧客の氏名などは口外していませんでしたが、1994年に出版した回想録とそれまで非公開となっていた顧客リストなどから、彼女のたどってきた人生の成功と崩壊を具体的に描いた作品です。
【連載コラム】「Netflix映画おすすめ」記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『夜の伝説 マダム・クロード』の作品情報
【配信】
2021年(フランス映画)
【原題】
Madame Claude
【監督】
シルビ・ベレイド
【脚本】
シルビ・ベレイド、パトリック・ロシェ、アントワーヌ・サロメ
【キャスト】
カロル・ロシェ、ガランス・マリリエール、ロシュディ・ゼム、ピエール・ドゥラドンシャン、リアー・オプリー、ポール・アミ、アフシア・エルジ、レジーナ・アニキイ、アナベル・ベルモンド、ジョセフィーヌ・ドゥ・ラ・ボーム
【作品概要】
監督は『ステラ』(2008)で、第65回ヴェネツィア国際映画祭のクリストファーD.スミザーズ財団特別賞を受賞、第65回カンヌ映画祭のある視点部門に出展された『詩人、愛の告白』(2012)のシルビ・ベレイドです。
主演のカロル・ロシェはシルビ・ベレイド監督作『ステラ』『アムール・ド・ファム』『詩人、愛の告白』など多くの作品に出演。またマダム・クロードが築き上げた、かりそめの家族とその宮殿が没落するきっかけにもなったシドニー役を『RAW 少女のめざめ』(2018)のガランス・マリリエールが務めます。
映画『夜の伝説 マダム・クロード』のあらすじとネタバレ
彼女は雇っている女性たちを“娘たち”と呼び、2時間の仕事をさせて総額の30%分=500フランのマージンを手に入れる手堅い商売をしています。
彼女の名前はマダム・クロード。クロードは男は女を娼婦のように扱うと対抗意識を持ち、躰を“武器と鎧”に例え、フランスの高官や富豪を相手に娼婦を斡旋し、フランス最大の売春ネットワークを構築して、“娼婦の女王”として君臨していました。
彼女の経営する娼館では、高級娼婦たちが仲間のバースデーパーティーを催しています。そこに1人の若い女性が、クロードを訪ねてきました。
彼女はシドニーと名乗り、私立の女子高出身で乳母に育てられたと、家柄の良さをアピールします。クロードは彼女のウォーキングと体をチェックすると、試しに雇うと言いました。
次の採用試験は顧客に、セックステクニックをチェックさせることです。シドニーの評価は「情熱的且つ、賢く優雅で教養の良さがにじみ出ている」と、良好でした。
クロードは自分の強みを“秘密主義”と語り、自分の存在をミステリアスにしていました。そのため女性ではなく“男”なのかもという噂もあり、彼女はいっそのこと男でありたかったと思っています。
1968年はフランスの名優アラン・ドロンの元秘書が、変死体で発見された“マルコビッチ殺人事件”が発生し、クロードにも影響が及んでいきます。
クロードは貧しい田舎に生まれ、17歳で妊娠問題をおこしました。彼女は娘を産むと母親に託して、パリに上京します。その娘が同じ17歳になると、母親と共にパリへ呼び寄せ高級アパートに住まわせます。
この頃、クロードの娼館にはたびたび若い娘が、仕事を求めて訪れていました。そこにシドニーが訪れ、相手にした顧客の評価結果を聞きます。
クロードは顧客を“友達”と呼んでいます。友達はシドニーを高く評価したと伝えますが、クロードのシドニーに対する容姿の評価は低く、雇う理由がみつからないと言います。
シドニーは自分の強みについて“友達”と家柄が同じで、しきたりや行儀を教えなくて済むとアピールします。そして、クロードの商戦について金持ちから金を奪い、上流階級に入り込む“天才的な案”だと讃えます。
クロードはシドニーの洞察力を評価しつつ「謙虚なら相棒になれそう」と言い、彼女を雇うことに決め、クロードの行きつけのショーパブへ連れて行きました。
パブには判事やバーの経営者、マルコビッチ殺人事件の重要参考人、マルカントニそして旧友のジョーもいます。
パリへ上京したクロードはすぐに理想と現実との違いを知り、生計を立てるため売春の世界に足を踏み入れます。彼女はその頃、娼宿を経営していたジョーと知り合います。
ジョーは3人のイタリア人から脅されて、身の危険を感じていると話します。クロードは警察に貸しがあるから、任せたらどうかと提案します。
マルカントニは警察と手を組んでいるクロードに怪訝な顔をします。ジョーはマルカントニは身を潜めているようにアドバイスすると、クロードは「マルコビッジの件で写真が出るそうね」と言います。
マルカントニはクロードの“娘”の写真だというと、彼女はその娘はとっくにクビにしたと話します。“マルコヴィッチ殺人事件”にはマルカントニのほかにも、クロードの雇っている娘も絡んでいるようでした。
ジョーは兎にも角にもこの件に関しては、知りすぎない方がいいとクロードに言います。
映画『夜の伝説 マダム・クロード』の感想と評価
監督が描きたかった“マダム・クロード”の姿とは
シルビ・ベレイド監督はマダム・クロードを「パリ、美しいドレスと大きなホテル、影響力などのイメージがありますが、私が興味を持ったのは、その裏で起きていたできごとでした」と、インタビューで応えています。
マダム・クロードは1977年と1981年にも映画化されていますが、性ビジネスの中でおきたスキャンダルを脚色したものであり、彼女の生涯にスポットを当てたものではありません。
本作は彼女がなぜパリで娼館を営み、巨大な秘密組織に築き上げて行ったのかということにスポットをあて、本名フェルナンド・グルデの実像に迫って製作されています。
それを示すかのように70年代、80年代の作品はゴージャスなセットや調度品、濡れ場のシーンも官能さを強調しているのに反し、本作はビジネスとしてのセックスを表現し、そこには官能的な要素はありません。
娼婦たちが危険な目にあっても、仕事と割り切れる精神、それに見合った代金の回収にこだわり、30%のマージンはきっちり取るという、ビジネスウーマンとしての面を全面に描いていました。
マダム・クロードは「人々がいつもお金を払うのは、食べ物とセックスの2つです。私は料理が苦手でした」と、語っていたことはセックスとは、上流階級への道に導く道具にすぎないことを示しています。
フランスの“女性解放運動”がマダム・クロードを黙殺
労働階級だったフェルナンド・グルデは、パリでの上流階級の暮しにひとかたならぬ憧れがあり、自分のことは真実を語らず、家柄や両親のことを捏造し、嘘を語ってきました。
作中でも語られているように、グルデは妊娠出産を経験し、おじから強姦もされています。フランスの女性に対する権利は弱く、また望まない妊娠に対しても堕胎は法律で許されず、もし堕胎が発覚したは場合は罪に処されました。
クロードは実の娘にうまく愛情表現できませんでした。その背景にはこういったフランスの風習に、影響があったと想像できます。ちなみにフランスで人工中絶が合法化されたのは1975年です。
クロードがパリで成功していた、1960年代後半から1970年代前半は、いみじくも女性解放運動がさかんに起こっていました。シドニーはその時代の移り変わりに、希望を見出し父親の罪を断罪しようとしたのでしょう。
19世紀初頭のフランスには公娼制度があり、売春が公的に認められていました。その公的娼館を「メゾン・クローズ」と呼んでいました。
19世紀後半には廃止運動が勃発し、1960年に完全廃止したのちは、マダム・クロードのように“黙認”してもらうための、もちつもたれずが横行し生き残っていました。
しかし、女性解放運動を皮切りに、1976年に任命された裁判官ジャン=ルイ・ブリュギエールによって、マダム・クロードのネットワークが解体されていったのです。
女性を性の奴隷・搾取から救う“女性解放運動”は、皮肉にもマダム・クロードを窮地に追い込み伝説の女性として、黙殺したのです。
まとめ
映画『夜の伝説 マダム・クロード』は、“夜の伝説”と呼ばれた実在の人物、フェルナンド・グルデをモデルにした自伝映画です。
彼女が繫栄した1960年代のフランスは、フランスの領土だったチャド共和国や中央アフリカ共和国が独立し、両国内でクーデターが起きる不安定な情勢でした。
フランスから独立したとしても、各国ともフランスの後ろ盾が必要で、外交官などによる汚職が横行していたと想像ができます。
それを取り締まるための“特殊任務”と称した危ない仕事に、娘たちが利用されました。
クロードは金のためなら雇っていた娘たちには、どんな仕事でもさせ暴力で怪我を負っても、さして重要視せず軽くあしらいました。
崩壊の裏にはそうした情の薄さに、心からマダム・クロードを慕う者もなかったこと、高飛車な態度は権力から疎ましい存在に転じさせたことが加わります。クロードは実際は孤独だったのでしょう。
彼女は自分の造った“メゾン・クローズ”で、かりそめの家族を作り、虚栄の中で儚い幸せを感じていました。つまりマダム・クロードは、“裸の女王様”にすぎなかったのです。
【連載コラム】「Netflix映画おすすめ」記事一覧はこちら