広島国際映画祭2020 「ヒロシマEYE」招待作品『照射(lrradiated)』
ナチスのユダヤ人大虐殺、カンボジアのポル・ポト政権下の虐殺、広島・長崎の原爆投下という「人類史上の三大悲劇」を、独自の感性で、美しくもおぞましい映像で映し出した映画『照射(lrradiated)』。
本作は11月22日に広島で行われた『広島国際映画祭2020』で招待上映され、上映終了後には作品に登場した美音異星人がパフォーマンス「マスク・ガール」を披露、さらに作品を手掛けたリティ・パン監督がリモートにより舞台あいさつに登場、作品にまつわる思いなどを語りました。今回はこのリポートともに映像の内容を考察します。
膨大なアーカイブより選ばれた資料映像のモンタージュで描かれた、人類の犯してきた過ちの醜さ、悲惨さ。作品を手掛けたのは、カンボジアのリティ・パン監督。本作製作に際し広島にも訪れ、多くの被爆者とも対面しさまざまな証言を耳にしたといいます。
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映画『照射(lrradiated)』の作品情報
【上映】
2019年(フランス・カンボジア合作映画)
【英題】
lrradiated
【監督】
リティ・パン
【作品概要】
広島、長崎の原爆投下、ナチスのホロコースト、カンボジアのポル・ポト政権下の虐殺という人類史上の3つの悲劇を、大量の資料映像のモンタージュによって描いたリティ・パン監督の最新ドキュメンタリー作品。
ベルリン映画祭コンペティションで上映され、最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞しました。また第21回東京フィルメックスでも『照射されたものたち』の邦題で招待上映されています。
リティ・パン監督のプロフィール
1964生まれ、カンボジア出身。1988年にフランス・高等映画学院(IDHEC)を卒業後、現在までにドキュメンタリー・フィクションを問わず、20本以上の映画を製作。
カンヌ国際映画祭のある視点部門グランプリ受賞作『消えた画 クメール・ルージュの真実』等、ドキュメンタリー映画を中心に高い評価を受けています。
またカンボジアの文化・芸術省等と連携し2006年に設立し代表を務めるほか、「カンボジア・フィルム・コミッション」を設立するなど、カンボジアの映像分野の最前線で精力的な活動を展開しています。
映画『照射(lrradiated)』のあらすじ
二人の男女による物語の朗読のようなナレーションとともに、人類が犯した過ちの証拠として、悪魔のような所業が、ありのままにスクリーン上に映し出されます。
あるときはモノクロの二分割、三面分割された映像、その風景はナチス統制の町、拷問にあう人々、すし詰め列車、大量の死体を穴に運ぶ人、銃殺や斬首の現場、爆炎に囲まれる街、黒焦げの死体、火傷の患者、生き物のようなDNA写真など。そして要所で登場する、核兵器の爆発の瞬間。
独自のセンスで描かれた惨劇の映像が、人類の贖罪を人々に強く訴え続けます。
広島国際映画祭2020二日目の11月22日、に本作は上映されました。上映後は、映画に出演したアーティスト美音異星人のパフォーマンスに続きトークショーがスタート。カンボジアからはリモート登壇でリティ・パン監督が加わりました。
広島で刺激を受けたものは何かという質問にリティ・パン監督は、「原爆というものが本当に犯罪だということですね。証言された被爆者の苦しみが長く続くということが印象に残り、本当に大きな衝撃となりました」とコメント。
また合わせて10月28日に死去した被爆者の児玉光雄さんや、劇中でパフォーマンスを披露している美音異星人との出会いは本当に素晴らしいものだったと回想します。
特に児玉さんとは、ポル・ポト政権下の厳しい時代を過ごした経験のあるリティ・パン監督が「生き残り同士だ」などと話していた一方で、児玉さんが自身の惨事に関して「何も話したくない」と言われ「その沈黙を撮影させてくれないか」と監督がお願いしていたことを回想、児玉さんとある意味同じような立場にありながらも惨事を表現し伝えていくことを重要として、映画作りに際して暴力に向き合っていくことを大切に思っていたと明かします。
また映画ではドキュメンタリーでありながら、時に挟み込まれる美音異星人らのパフォーマンス、いで立ちが非常に印象的であり「(参照した)アーカイブというのもの確かに大切なのですが、今回は美的なものも大切にしました」と、作品作りの方構成をコメントしながら、美しいパフォーマンスを披露した美音異星人らに賛辞を送ります。
一方、美音異星人は、撮影の当日に必要な小道具を挙げたり、ロケ地がなかなか決まらなかったりといったリティ・パン監督の「決め打ちしない」撮影方針に独特なセンスを感じたと振り返り、その流れに自分もまかせてパフォーマンスを行ったと振り返ります。
劇中には日本の報道写真家・松重美人の写真や児玉さんの異常染色体をとらえた写真、灯篭写真など、広島で被爆者と接している人ならだれもが知っている写真が登場。
さらに当日、会場を訪れていた被爆者・田中祐子(さちこ)さんの結婚写真が劇中に使われていることに対して「思い出(歴史)は人の壊せないもの、痕跡として原爆で壊れていった中で残ったものとして大切だと思ったのです」とコメント・田中さんからは感謝の言葉がリティ・パン監督に送られました。
そして最後にリティ・パン監督は映画祭に招かれたことと広島での出会い、そして証言者たちが背負ったつらい体験を話ことでこの映画制作に協力しもらったことに感謝を述べ、「皆様に希望を持ってもらいたいです。また広島に行きたい」と自身の思いをもってこの会を締めくくりました。
映画『照射(lrradiated)』の内容考察
本作はあくまでドキュメンタリー作品でありながら、非常に独特なセンスを感じさせるものとなっています。
構成としては特に時間軸に従って時系列で出来事を並べた、というありふれたドキュメンタリー作品ではなく、物語のようにプロットされた要点に従い集めた映像を繰り返し映し出し、さらにそのポイントに従うナレーションを、二人のナレーターが語り続けるというものです。
しかも二人ともがお互いに語り掛けるようなナレーション。史事の出来事のかけらを集めて作り上げたモザイクのような作品です。
それぞれに何が起こったか、という説明は文字やコメントでは一切現れませんが、その映像の出来事一つ一つにさまざまなイマジネーションを刺激され、悲劇の程が見る人それぞれに想起させられます。
そしてさらに特徴的なのが、美音異星人らのパフォーマンス映像と、要所に挟み込まれる核爆発の瞬間を映し出したカラー映像。これは「ドキュメンタリー」である簡素なイメージより、さらに作品の物語性を深めるための効果として挿入されているようすでが、それぞれに興味深い効果を見せています。
資料映像にオーバーラップして描いているパフォーマンス映像は、どこか不気味なイメージを漂わせる一方でパフォーマーの憂い気な表情には、悲劇における人間の複雑な心情をさまざまにインスパイアしてきます。
また核爆発の瞬間映像は、白黒の資料映像の中で突然カラーに変わり、見る者の心に大きな胸騒ぎを起こします。またこの映像は太陽フレアの画とオーバーラップさせ、ある意味「悪しきもの」という印象を断定してしまうことを、敢えて防いでいるようでもあります。
ドキュメンタリー的な側面を持つ一方で、自分たちの過ちを描いたような物語の作り方も非常に衝撃的であり、実はその「ドキュメンタリー」的な側面は、作品の上辺の部分を構成しているようにも感じられます。
まとめ
本作は非常に強い物語性を感じさせる一方でドキュメンタリー性が、映像の印象と事実性とのギャップをしっかりと埋め、作品の悲劇がかなり身近なものであることを訴え掛けています。
そのメッセージ性はリティ・パン監督自身が歴史上の大きな悲劇の中に立ち会ったという過去があったからこそという部分が、大きく起因しているとも考えられます。
一方、近年さまざまな状況から映画ジャンルとしてドキュメンタリーという分野は大きく注目される傾向もあります。そういった状況の中で、果たして映画人はどのようにドキュメンタリーに向き合うべきか、自身の思いを作品に込め独自のセンスでメッセージ性の強いものとして作られた本作は、その問いを映画界に投げかけているようでもあります。