こんにちは西川ちょりです。
今回取り上げる作品はパク・フンジョン監督の新作『The Witch魔女』です。
シネマート新宿、シネマート心斎橋で開催中の「のむコレ2018」のラインナップの一本として公開されています。
「のむコレ」とは、シネマート新宿/心斎橋番組編成を担当している・野村武寛氏が世界中から話題作をいち早く紹介する劇場発信型映画祭です。
2回目となる2018年は作品数も増え、非常に充実した内容となっていますが、その中でも『The Witch 魔女』は目玉作品といっても良い、手に汗握る傑作エンターテインメントです!
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パク・フンジョン監督の新たな挑戦
パク・フンジョン監督といえば、2013年の『新しき世界』がよく知られています。
潜入捜査官ものの傑作かつ究極の兄弟愛映画としても忘れがたい韓国ノワール映画の金字塔ともいえる名作です。
もともとは脚本家として活躍していたフンジョン監督。監督作品は『新しき世界』の他には『決闘』(2016)、『V.I.P. 修羅の獣』(2018)があり、『The Witch 魔女』は四本目の監督作品となります。
『V.I.P.修羅の獣たち』
過去三作は、全て非情な男の世界を描いており、苦悩する男たちが滅茶苦茶カッコよく描かれていてしびれるほどです。その一方、女性に対しては、ここまでしなくても、と目を覆いたくなるほどの扱いで、『決闘』に至っては女性キャラの心情など必要なの?とばかりまったく内面が描かれず、この監督は男性がもがき苦しむ姿にしか興味がないんだなと思ったこともありました。
そんなフンジョン監督の新作の主人公が女子高校生と聞いた時の驚きといったらありません。女子高生を主人公にしたサイキック・バイオレンス・アクションって一体どんな作品になっているのでしょうか!?
映画『The Witch魔女』のあらすじ
ある特殊な施設から命からがら逃げ出した8歳の少女は、倒れているところを酪農家の夫婦に助けられます。少女は記憶を失っており、夫婦は彼女をジャユンと名付け大切に育てました。
10数年の歳月が過ぎ、ジャユンは高校三年生になりました、養父母は年をとり、母には認知症の兆候が現れていました。家畜の飼料も買えないくらい、経済的に苦しい状況が続いていました。
ある日、同級生のミョンヒが、アイドルのオーディションに出たら?とすすめてきました。優勝すれば多額の賞金が手に入るのです。アイドルになる気はありませんでしたが、養父母のためにジャユンは応募することを決意します。
トントン拍子で地方予選を勝ち抜いていくジャユン。そんな中、番組で特技はないかと問われ、披露したマジックは大きな反響を呼びました。
テレビでその様子を観た母は、心配そうにジャユンを見つめ、もうあまり人前でやらないほうがいいわと忠告します。
その頃、ジャユンはしばしば起こる頭痛に悩まされていました。それは目が飛び出そうになるくらいの激痛で、ジャユンは頭を抱えて耐えるしかありません。
ソウルのテレビ局から急遽オーディションするからと呼び出しがかかり、あわてて電車に乗ったジャユンとミョンヒの前に不思議な若い男が現れます。男はジャユンを知っているようでしたが、ジャユンにはさっぱり心辺りがありませんでした。
オーディションは無事終了し、帰ろうとするジャユンをプロデューサーが呼び止めました。彼は前回ジャユンが行ったマジックを気に入ったとかで、特集番組を作りたいから考えておいてと言うのでした。
外に出てタクシーを拾おうとすると、今度は人相の悪い中年男がずらりと彼女たちを取り囲み、話をしたいから車に乗るよう促します。テレビ局からアイドルを追いかける集団が出てきた騒ぎのすきにミョンヒはタクシーを呼び止め、なんとかその場を逃れました。
十数年前に逃げたあの娘が生きていた―。
若い男とその仲間、人相の悪い男たちが、それぞれジャユンを捕らえるために動き始めました! 彼らの後ろにいる黒幕とは? ジャユンが囚われていた施設とはどのようなものだったのでしょうか!?
映画『The Witch魔女』の感想と評価
物語の前半は青春映画
物語の前半部は、ほのぼの青春ものともいえる展開で、パク・フンジョン監督、こんなのも作れるんだ!と驚きを隠せませんでした。
ジャユンを演じるキム・ダミは、19才という設定以上に幼く見えます。手足が長いスラリとした体型が印象的な新人女優です。オーディション番組で歌っている姿も初々しさに溢れていて、垢抜けていない感じがとてもリアルです。
友だちのミョンヒを演じるコ・ミンシがまたいいんです。ジャユンと並んで歩く彼女が体を躍動させながら、ずんずん進んでいくリズム感の小気味いいこと! コメディエンヌとしての才能を感じさせます。
仲の良い女の子同士がわちゃわちゃしている感じが、青春映画の快作を思わせ、えええ!? 本当にパク・フンジョン監督の作品なの?としつこく自問してしまいました。
しかし、ある場面を境に作風はがらりと姿を変えます。その瞬間の見事なことといったら! 油断していたら見逃してしまうような早業で、はっとさせられます。
ここから怒涛の“サイキック・バイオレンス・アクション”へ舵が切られ、お馴染みのパク・フンジョンワールドへとなだれ込んでいくわけですが、同じ女性を主人公にしたアクション映画『悪女AKUJO』(2017/チョン・ビョンギル監督)のような全編アクション、またアクションという作品を求めていた方にはこの前半がかったるく感じられるかもしれません。
しかし、この映画の成功の要はこの前半にあります。これがあるからこそ、この落差があるからこそ、ヒロインのキャラクターが際立ってくるのです。
そしてジャユンを演じたキム・ダミのうまさが光ります。前半と後半ではまるで別人。ファンタジア国際映画祭で主演女優賞を授賞し、“韓国のアカデミー賞”と称される大鐘賞で新人女優賞を授賞したのも納得の演技力! まさに恐るべき新人の登場です。
「X-MEN」の雰囲気をまとう敵役
ジャユンを追う顔ぶれも錚々たる面子です。ジャユンとミョンヒの前に現れた若者は、どこかで観たような・・・と思っていたら、そう、あの『新感染 ファイナルエクスプレス』(2016/ヨン・サンホ監督)で野球部の学生を演じていたチェ・ウシクではないですか!
チェ・ウシク率いる若者たちは「X-MEN」の雰囲気をまとう異能集団です。
その中にはタランティーノの『キル・ビル』(2003)のGOGO夕張のような女キャラもいます。この女(扮するはチョン・ダウン)、ナイフ使いで、かなりの強敵です。
ナイフ使いって、正直、最強じゃないでしょうか!? 香港映画『ドラゴン・マッハ』(2015/ソイ・チェン監督)でも警察が階段を登っていくのを後ろから襲ったナイフ使いのプロフェッショナルがいましたが、急所をビシっと切り裂くので、拳銃を抜く暇も与えません。瞬時に大勢の人を倒せるわけです。
本作でも武装した男たちをGOGO夕張風ナイフ使いが血祭りにあげていく姿が鮮やかに描かれます。そんな彼らと対峙するジャユンも、瞬殺技を次々と繰り出します。キム・ダミは相当動けていて、かなり運動神経が良いなと推察されます。
パク・フンジョンワールドに欠かせない男・パク・ヒスン
さらにそこに絡んでくるのが、パク・フンジョン監督作品ではおなじみの俳優、パク・ヒスンです。フンジョン監督が彼を好んでキャスティングするのは、不利な状態に追い込まれもがき苦しむ悲壮なキャラクターが抜群に似合うからです。
『1987 ある闘いの真実』(2017/チャン・ジュナン監督)でも、理不尽に責任を負わされ悲壮感漂う役柄を演じていましたが、このキャスティングもフンジョン監督が作ったパク・ヒスン像が影響しているのかもしれません。
本作でも、上の命令に忠実に仕えてきたにもかかわらず、厄介払いをさせられそうになり、反旗を翻す男を演じています。
不運に飲み込まれるだけではなく、必ず立ち上がるのがパク・ヒスンであり、今回は、結構カッコつけているビジュアルも決まっていて、パク・フンジョン監督はパク・ヒスンが好きなんだなぁということがありありと伝わってきます。
彼が率いる武装集団と、チョ・ミンス扮する上司の忠実な部下である異能集団たちとの闘いも見どころの一つとなっています。
こうして三つ巴の戦いが展開していきますが、非常によく出来た脚本に、何度も「え!そうだったの!」と感嘆させられてしまうことでしょう。
映画の冒頭に第一部と出たので、パク・チャヌク監督の『お嬢さん』(2016)のような三部仕立ての作品かと思いきや、この作品が連作の第一部にあたり、以後、第二部、第三部(?)に続くようです。
映画のラストも第二部の予告編のようでした。第二部が本作同様の魅力を持つためには、ミョンヒ役のコ・ミンシの出演は必至でしょう。果たしてどのような展開が待っているのでしょうか!?
そして、そして、いつの日か、パク・フンジョン監督には明朗ほのぼの青春映画を撮ってもらいたいものです。
次回の『コリアンムービーおすすめ指南』は…
次回は、12月28日(金)より TOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショーされる、イ・ビョンホン主演最新作『それだけが、僕の世界』を取り上げます。
イ・ビョンホン演じる落ちぶれた元プロボクサーの兄とパク・ジョンミン演じる天才的なピアノの腕を持つサバン症候群の弟。二人の絆を描いたヒューマンドラマです。
お楽しみに!