連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile010
小説『太陽の塔』でデビューし、2017年には『夜は短し歩けよ乙女』が劇場アニメとして製作公開されるなど、独特の語り口や世界観が根強いファンを生んでいる小説家、森見登美彦。
今夏、彼の著書の1つである『ペンギン・ハイウェイ』をアニメ化した映画が8月17日に全国で公開されます。
この作品は、海もない場所に突如現れる「ペンギン」の正体と謎について迫っていく「SF」と、主人公の少年の冒険を描く「ジュブナイル」要素を取り入れた物語が魅力的な作品で、2010年には第31回日本SF大賞を受賞しています。
1980年に始まった日本SF大賞は、フィクションノンフィクション問わず「SFの歴史に新たな側面を付け加えた作品」が選考の対象である、と言う性質上、その時代の流れと密接につながっている賞であると言え、「SF」好きとしては見逃すことの出来ない賞の1つです。
今回は、やや強引ではありますが、日本SF大賞受賞作繋がりでもある『帝都物語』がもたらした世間への影響について想いを馳せてみようと思います。
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CONTENTS
『帝都物語』がもたらした影響
1985年に発表され、ミリオンセラーを記録した荒俣宏の小説家デビュー作品『帝都物語』は、1987年に大賞を受賞しました。
東京の破壊を目論む加藤保憲と、それに対抗する人間たちの100年以上にも及ぶ攻防を描いた今作は、後の様々な作品に影響を及ぼしただけでなく、人の思想にも影響を及ぼした作品でもあります。
嶋田久作による圧倒的な実写化
映画『帝都物語』(1988)
小説のミリオンセラーの影響を受け、『帝都物語』は1988年に実写映画化されます。
近年にも実写化された『ライチ光クラブ』など、独特な雰囲気の作品で人気を集めていた劇団「東京グラン・ギニョル」による演劇『ガラチア 帝都物語』に出演していた俳優、嶋田久作を加藤保憲役として起用し、10億円以上の制作費を当てた意欲作として制作された今作は好成績を記録します。
大ヒットの要因の1つとなったのが、嶋田久作による完璧な実写化とも言える加藤保憲で、原作者の荒俣宏が文庫化の際に、加藤保憲の容姿を嶋田久作に似せる風に書き直したエピソードがあるほどでした。
軍服を着た長身瘦躯の男性で、手には五芒星が記された手袋をはめている、と言う原作のビジュアルは嶋田久作の存在によって完成し、『ストリートファイター』など、ゲームの分野を中心に類似のキャラクターが多く作られるようになりました。
『帝都物語』により広まった「陰陽道」や「風水」の知識
この作品を語る上で、中国の思想である「陰陽道」や「風水」の話しは避けて通ることは出来ません。
「陰陽道」と言えば、日本では平安時代に活躍したと言われる「陰陽師」の安倍晴明が有名ですが、現代に近い時代設定の物語では取り入れられることがほとんどありませんでした。
しかし、今作は呪術や魔術での直接的な攻防や、「陰陽道」や「風水」の力を利用した壮大な陰謀が物語のメインであり、映画の大ヒットによって、必然的に一般層にも知識が広まることになりました。
現在では誰でも知っている「北枕」のように、運勢としての風水の知識はテレビでも日常的に目にするようになり、その知識は一般のものとなっています。
ここで少し面白い仮説としては、「風水」によって広まった都市伝説の存在です。
『帝都物語』によって広まった都市伝説
京都の町を訪れたことがある方や、実際に住んでいる方には馴染みが深いと思いますが、京都の町並みは上空から見ると、十字の通路が幾度にも重なる「賽の目」のような形になっています。
これは、京都と言う町が当時、「風水」の影響を受けた中国の町並みを参考に作られたことがきっかけとも言われており、外敵や呪術的攻撃から守護する意味もあるのでは、と考えられています。
一方で、現在の首都である東京は皇居を中心に山手線が円を描き、更にその円の中心に中央線や総武線が通っていることから、「東京を守護する目的で風水的な意味を持って作られた」と言う都市伝説を良く耳にします。
正確に言うと皇居が円の中心に存在しなかったり、宮内庁管轄の建築物の多くが「風水」や「陰陽道」とは無縁の建て方をしていたり、と穴の多い説ではあるのですが、京都と言う「風水」の影響が強い町の存在や、その他の「風水」的見地が真実味を後押ししています。
しかし、筆者はこの説が『帝都物語』の影響を強く受けたものなのではないか、と考えています。
この作品では東京の市区改正の計画の裏で行われる「風水」的な都市の強化と、その計画を悪用しようとする加藤による陰謀が物語の鍵を握るのですが、この「風水」と「東京」の結びつきを繰り返し描いた今作のヒットによって、「東京」=「風水」と言う印象が強く心に残り、前述の都市伝説が世間に広まったのではないか、と『帝都物語』を見るたびに筆者の頭の中に疑惑が浮かんでいます。
と、そんな考えが起きるほどに『帝都物語』が世間に与えた影響は強く、映画作品では派手なスペクタクルもあり、今見ても充分に世界観を感じてもらえる作品です。
まとめ
今回は『帝都物語』にのみフォーカスを当てた記事となりましたが、日本SF大賞受賞作には他にも、あの『マトリックス』(1999)に影響を与えた押井守監督のアニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995)の続編作品『イノセンス』(2004)など、SF映画的に外せない作品も多くあります。
『シン・ゴジラ』(2016)のように、大賞受賞作の多くはフィクションでありながらもどこか現実を思わせる作品が多く、「SF」の世界を追うことは現実的な未来を考えることにも繋がっているのではないのかと強く感じます。
「SF」と言うジャンルに興味のある方には、1年に1度、日本SF大賞に注目してみることをオススメします。
次回の「SF恐怖映画という名の観覧車」は…
いかがでしたか。
次回のprofile011では、9月7日公開予定の最新映画『フリクリ・オルタナ』(2018)や日本のアニメ映画から類推する未来の世界での「人間」と「機械」の関係性について考えていこうと思います。
8月22日(水)の掲載をお楽しみに!