連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第56回
広告写真を手掛けてきた上田義彦の初めての監督作品『椿の庭』が、2021年4月9日(金)、シネスイッチ銀座他全国順次ロードショーされます。
風光明媚な葉山をロケ地にした写真集のような美しい仕上がりの映画です。
庭に椿が咲き誇る古い一軒家で暮らす、高齢の絹子と孫娘の渚。過去に思いをはせながらひっそりと暮らす2人。そんなある日、絹子に一本の電話がかかってきてその後の生活が変化します。
絹子役に大ベテランの富司純子、渚役に『新聞記者』のシム・ウンギョンを迎え、鈴木京香、チャン・チェン、田辺誠一、清水紘治らが脇を固めます。
映画『椿の庭』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本・撮影】
上田義彦
【キャスト】
富司純子、シム・ウンギョン、田辺誠一、清水紘治、チャン・チェン、鈴木京香
【作品概要】
映画『椿の庭』は、数多くの広告写真を手がける上田義彦が、ベテラン女優・富司純子と『新聞記者』(2019)のシム・ウンギョンを主演に手掛けた初監督作品です。
庭に椿が咲き誇る古い一軒家に、高齢の絹子と孫娘の渚が住んでいました。ひっそりと暮らす2人は、過去に思いをはせながら日々を過ごしていましたが、そんなある日、絹子に一本の電話がかかってきて、単調な毎日にさざ波が起こります。
絹子役に富司純子、渚役のシム・ウンギョンのほか、鈴木京香、チャン・チェン、田辺誠一 清水紘治らが顔をそろえています。
第42回モスクワ国際映画祭正式出品、第2回江陵国際映画祭オープニング作品。
映画『椿の庭』のあらすじ
葉山の海を見下ろす坂の上の古民家を移築した一軒家。
春先に椿、春の中ごろには藤、初夏にはアジサイと四季折々の花が咲く、良く手入れの行き届いた庭のあるその家には、高齢の絹子と孫娘の渚が住んでいました。
長年連れ添った夫を亡くした絹子は、夫と子供たちとの思い出が詰まったこの家で、娘の忘れ形見である孫娘の渚と暮らしに満足し、家を出る気になりません。
夫の四十九日を終えたばかりの春の朝、世話していた金魚が死んでしまいます。
金魚は絹子と渚の手で椿の花で体を包まれ、庭の土へと還っていきます。
庭に咲く色とりどりの草花から季節の移ろいを感じ、家を訪れる人々と語らいながら、過去に思いをはせる日々を生きている2人。
そんなある日、絹子に一本の電話がかかってきました。
映画『椿の庭』の感想と評価
海を臨む高台の四季折々の美しい花が咲く庭がある一軒家。静かに暮らすこの家の住人にある日転機が訪れて……。
風景明媚な映像で綴られるひとつの家族の物語が、しずしずと幕を開けて行きます。
『椿の庭』誕生秘話
『椿の庭』を手掛けた上田義彦監督は、サントリーや資生堂などの数多くの広告写真を手掛け、高い評価を得ている写真家で、本作が監督として初めての作品となりました。
15年前、監督が住んでいた家の近くを散歩していたら、見覚えのない空き地を見つけたそうです。
その空間にあったはずの、穏やかな静寂に包まれていた古い家が無くなっていたのです。こんもりと茂った木々に囲まれて静かに建っていた、好感の持てた家だったのですが……。
そこに住んでいたはずの人、そして慈しんで育てていたであろう庭の木々との暮らし。
監督は、散歩の途中で見るだけであった古い家が無くなったことへの不思議な喪失感に包まれて、自宅に帰って家の物語を描いたといいます。
家族との思い出のある古い家を大切にして庭の手入れにも事欠かない主人公……。
本作は、ロケ地を葉山の高台にある家とし、海辺の街の美しい風景を1年かけて映し出しました。
人と自然との調和や日々を生きる大切さを移ろいゆく季節の中に溶け込ませ、監督自ら感じた喪失感をヒントに描き出した作品となっています。
映画の魅力を引き出すキャスト陣
主役の絹子を演じるのは、紫綬褒章受章の日本映画界を代表する女優富司純子。主演は16年振りとのことで、旧家を見守る未亡人絹子を、最初から最後まで、自身の所有する着物を着用して演じています。
手入れの行き届いた庭のある日本家屋には、やはり着物が合います。映画の意図も汲み取られた心遣いで、美しい花々の映像とともに、着物姿の富司純子は、作中人物の上品な雰囲気を醸し出しています。
同居している絹子の孫娘の渚には、シム・ウンギョン。『新聞記者』(2019)では、スタイリッシュなパンツスーツ姿を披露していますが、本作では可憐なスカート姿で登場します。
絹子の長女の忘れ形見という設定で、言葉少なく控え目な態度の渚には、やはりパンツよりもスカートだったのでしょう。
実は絹子と渚が2人で暮らすようになったのには、ある事情がありました。物語はこの事情を基に、家族それぞれの想いやわだかまりを展開していきます。
絹子の家は葉山の高台の上にありました。街の中心部から、バスに乗ってやっとたどり着けるところです。
ここでは人と人よりも、人と自然との関わりが濃厚なのですが、そんな中でも絹子を訪ねてやって来る親しい友人や家族がいました。
中盤に登場する、絹子の次女で渚の叔母にあたる陶子(鈴木京香)との女性三世代で過ごすひとときは、一家族が揃う穏やかな夜という、ストーリーの中でも印象深いシーンでした。
富司純子、鈴木京香といった実力派の女優陣に加え、『新聞記者』の好演が評価され、第43回日本アカデミー賞優秀主演女優賞や第74回毎日映画コンクール女優主演賞を獲得したシム・ウンギョンの瑞々しさのある演技も必見です。
まとめ
『椿の庭』は前半はとても静かな映画です。庭に咲く花、井戸で泳ぐ金魚、流れる水の音。
人の話し声も騒音もない中、自然の中で嘘偽りのない姿を見せる生き物たちが、写真家らしい監督の目線でしっかりと捉えられていました。
死んだ金魚を庭に埋める場面でもほとんど人の会話はないのですが、丁寧に取られた映像の端々から哀悼の意が伝わってくる、とても繊細で心和む映像となっています。
春の椿、藤棚から零れ落ちそうな藤の花、梅雨のアジサイ、秋の落ち葉、そして落ちた椿の花。
美しいものを美しく、雄大なものは雄大に、命あるものの朽ちていく様までも、目に映るありのままの自然の姿を、本作は情緒豊かに伝えます。
美しい庭には手入れをする家族がいて、その家族にも大切な物語があります。過去の思い出も現在もそして未来も……。
自然とともに生きている、つつましい生活がとても愛おしくなる作品で、美しい花や自然の涼やかな映像も十分楽しめます。
映画『椿の庭』は、2021年4月9日(金)、シネスイッチ銀座他全国順次ロードショー!