連載コラム「銀幕の月光遊戯」第78回
ブラジル人学校を訪問することになった国際交流部の部員たち。しかし、彼らを迎えたブラジル人学校の生徒たちの反応は思いもよらないものでした。
在留外国人と日本人の間に横たわる問題を朴正一監督がまっすぐに見つめた短編映画『ムイト・プラゼール』。
「SKIPシティ国際Dシネマ映画際2020」の国内コンペティション短編部門で観客賞、「第18回うえだ城下町映画祭 自主制作映画コンテスト」では審査員賞(柘植靖司賞)を受賞するなど、国内外の映画祭で高く評価されている作品です。
映画『ムイト・プラゼール』の作品情報
【公開】
2021年公開(日本映画)
【監督】
朴正一
【キャスト】
鄭順栄、デボラ・バルボーザ・エグチ、藤井美音、ホドリゴ・サトウ、山崎悠稀、河邊一敏
【作品概要】
朴正一監督による31分の短編映画。日本人高校生が国際交流でブラジル人学校を訪問した際に起こる事柄から、在留外国人と日本人の間に横たわる問題を浮かび上がらせます。
「SKIPシティ国際Dシネマ映画際2020」の国内コンペティション短編部門で観客賞、「第18回うえだ城下町映画祭 自主制作映画コンテスト」では審査員賞(柘植靖司賞)を受賞したのをはじめ、「フィラデルフィア・アジアン・アメリカン映画祭2021」、「第21回TAMA NEW WAVE ある視点」に入選するなど、国内外の映画祭で高い評価を得ています。
映画『ムイト・プラゼール』のあらすじ
高校教師・金本は国際交流部の顧問を務めています。三年生が引退し、現在、部員は女性生徒2名だけ。金本は、どんなときでも、フランクに人と接することができる男子生徒、沼田を、次の交流先に連れて行くことにしました。
前回はインドネシアの高校生を自校に招きましたが、今回は茨城にある日系ブラジル人学校を訪問することが決まっていました。
一方、ブラジル人学校では、日本の高校に転入したはずのアマンダがイジメに遭い、再び、教室に戻って来たことで、クラスメイトたちの怒りが爆発していました。
度重なる日本人からの差別やイジメに耐えかねたブラジル人生徒たちは、怒りを持って金本たちと対峙します。
映画『ムイト・プラゼール』の解説と感想
本作が「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020」の国内コンペティション短編部門に入選した際、朴正一監督は、「日本では関心が薄いと思っていた移民問題を扱った私たちの作品が、この度ノミネートされたことに大変驚いております」というメッセージを寄せていました。
実際、メジャーな日本映画に目を向けてみると、日本社会に日本人しかいないかのような映画が量産されています。これはテレビドラマも同様です。
在留外国人数は2020年6月末の集計によると288万5,904人を数え、日本で働く外国人労働者数は2020年10月末の集計では172万4,328 人に登りますが、まるでそのような人々は存在しないかのようです。
映画『ムイト・プラゼール』では、国際交流部に所属する生徒と部の顧問が交わす会話の中で、高校生たちは、地元に多くのブラジル人が住んでいて、ブラジル人学校があることすら知らなかったことを明らかにしています。
この高校生の姿は、多くの日本人の姿の代名詞的なものとして見ることができるでしょう。日本は均質化した社会であると考え在日外国人の姿が見えていない、あるいは、互いにコミュニティの中で閉じてしまっている、そんな現実が現れています。
一方、国際交流部の高校生たちが訪ねようとしているブラジル人学校では、日本人や日本社会に対する怒りが教室を支配していました。
将来のことを考え、日本の学校に通い始めた一人のブラジル人女性生徒が日本人のクラスメイトからいじめを受け、教室に戻ってきたからです。こうした出来事は初めてのことではなく、彼女が転校していった際、誰もが危惧していたことでした。
特に深い考えもなく気楽な気分でブラジル人学校を訪問する日本人生徒と、これまでの様々な差別やいじめ行為などへの憤りで感情が爆発してしまったブラジル人の生徒たち。
序盤の日本の高校生たちのやり取りでは主に固定カメラが使われていましたが、舞台がブラジル人学校になるとカメラは手持ちに変わり、生徒一人ひとりに接近してその表情や仕草をアップで捉えています。日本人生徒とブラジル人生徒たちの対面は息詰まるような緊張感に包まれます。
そんな中、国際交流部の顧問の金本は、自身の経験を披露し、少しでもブラジル人生徒たちの気持ちに近づこうとします。ここで観客は彼女が訪問日前日に、自宅で真剣な眼差しをしていたカットを思い出すことになるでしょう。彼女が、この訪問を実りのあるものにしようと真摯に考えていたことがわかります。
一方で、彼女が在日コリアンであることを明かすという映画の構成は、マジョリティが差別を差別として認識すらしていない、この国の構造をさらに浮かび上がらせているといえるかもしれません。
ただし、本作の趣旨は批判や糾弾ではありません。映画は在留外国人の置かれた立場や境遇を明らかにし、一人一人の言葉や表情を丁寧に綴り、彼ら、彼女たちの未来へと思いを馳せます。それらは観る者に確かなメッセージとして伝わってきます。
また、若い人々がいとも簡単に壁を超えて行ける姿も描かれ、未来への一筋の可能性が示されています。
まとめ
劇中のブラジル人学校の生徒たちは、全員が実際のブラジル人学校の卒業生と在校生たちによって演じられています。
演技経験のない彼らですが、素晴らしい存在感を見せ、観る者に、それぞれの心情を突きつけてきます。
また、高校教師・金本を演じる鄭順栄をはじめ、日本の高校生を演じた俳優たちも、多彩な表情で、生き生きとした演技を見せています。
「Muito Prazer」とは、ポルトガル語で「はじめまして」という意味の言葉です。映画を見終えた時、このタイトルがより感慨深く、心に染みてくることでしょう。