連載コラム「銀幕の月光遊戯」第29回
湘南を舞台に、一軒の別荘に集まってきた3人組の女子と個性的で国際的な面々・・・。
大阪アジアン映画祭2019のコンペティション部門で初上映され、反響を呼んだ夏都愛未監督の長編映画デビュー作『浜辺のゲーム』がいよいよロードショー公開されます!
『浜辺のゲーム』は、5/4(土)から5/10(金)まで、新宿K’sシネマにてロードショーされます。
映画『浜辺のゲーム』のあらすじ
ある春の日、大学生のさやかは、友人の唯と一緒に、旅行に出かけました。
さやかは密かに唯に思いを寄せているのですが、唯はさやかの気持ちに全く気づいていません。
2人きりで過ごせると思っていたのに、来てみれば唯の友人、桃子も来ていました。3人は桃子と同じゼミのみわこという女性が紹介してくれたという洋館の別荘に泊まることになりました。
なんだか3人だと居心地が悪く、さやかはだんだん不機嫌になっていきます。さやかは海辺を自転車で回らない?と提案しますが、2人は、乗り気ではないようで、結局1対2に別れて行動することになりました。
3人が外出しようとしたちょうどその時、秋宏という男性が別荘にやってきたところに出くわします。秋宏は、知り合いのみわこという女性から近くのレストランで演奏しないかと誘われてやってきたのでした。
さやかたちは、歩きながら秋宏の印象をあれやこれや品評し始めました。ろくでなしの女たらしに違いないが、顔だけはちょっとかっこいいということで意見が合う3人。
別荘には秋宏と昔バンドを組んでいた女性2人も到着していました。秋宏はさやかたちが推測した通り、無類の女好きで、バンド内すべての女性に手を出して、バンドを崩壊させたという過去がありました。
女性2人も彼の元カノで、特にエリは家庭を持った今でも彼に対して憤りとわだかまりを持っているようでした。
そんな頃、韓国人留学生のミンジュンは、留学の下調べにきた後輩ヨナを別荘に案内していました。同じゼミのみわこという女性からこの宿を教えてもらったのだと彼は言います。
ヨナは荷物を置くと出かけたがりましたが、ミンジュンは、ゼミの先生に連絡を取れるまでは責任があるからと言って、彼女から離れようとしません。
みわこという女性に誘われて、集まってきた個性的な宿泊客と彼らを迎える宿の主人の感情が複雑に入り混じり、事態は思わぬ方向へと向かっていきます。
映画『浜辺のゲーム』の解説と感想
『浜辺のゲーム』はエリック・ロメールやジャック・ロジェといったフランスの映画作家のヴァカンス映画を彷彿させます。
豊かな映画的引用
ヴァカンス映画というものに明確な定義などはないのですが、大雑把に言うと、旅の高揚感のあとにくるちょっと退屈な時間と、他者との出会いで生じるかすかな感情の揺れを描いた作品と定義できるでしょうか。『浜辺のゲーム』はまさにそうした映画なのです。
本作を制作した和エンターティンメントは、2014年に『3泊4日、5時の鐘』(三澤拓哉監督)という作品をプロデュースしています。
これも湘南を舞台にしたヴァカンス映画で、『浜辺のゲーム』の監督、夏都愛未とプロデューサー兼出演の福島珠理が女優として出演しているなど、本作と共通点の多い作品です。
『3泊4日、5時の鐘』は、ヴァカンスにやってきた人々の関係性をユーモラスに綴った良作でしたが、小津安二郎が実際に定宿として利用していた旅館・茅ヶ崎館が舞台になっていて、映画好きの心を大いに刺激したものです。
『浜辺のゲーム』に登場する宿にはとりたててトリッキーなところはありません。ただ、映画のオープニングのタイトルロールは明らかに小津映画を模倣したものですし、ロメールやロジェだけでなくどこかすっとぼけた感じとそこはかとないユーモアはホン・サンス作品を連想させます。
さらに映画はいくつのかの章立てになっているのですが、全てフランス映画のタイトルが使われています。
勿論、単にタイトルを並べただけではありません。それらフランス映画と本作の各エピソードはシンクロしているのです。
一度観ると、二度、三度観て確かめずにはいられなくなることでしょう。
豊かな映画的記憶の数々が、軽やかに屈託なく引用されており、映画好きにはたまらない作品に仕上がっています。
おんな3人寄れば
山戸結希監督が企画・プロデュース・共同監督を務めた短編オムニバス『21世紀の少女たち』で、夏都愛未は、「珊瑚礁」という作品を監督していました。
3人の少女の複雑な関係を描いた作品でしたが、長編デビュー作となった本作も、女子3人がメインキャストとなっています。
大阪アジアン映画祭最終日の上映後の舞台挨拶で、会場からの「3人という登場人物のこだわり」についての質問に応え、「女3人集まればろくなことがないと常々思っていて、3人のほうが2人よりも展開が面白くなる、絶対2対1になったりして。そんな女子特有の関係を描きたいと思いました」と述べていた夏都愛未監督。
その言葉通り、3人が醸し出す微妙にぎくしゃくする独特な間や、誰か1人欠けて2人になった時に見えてくるそれぞれの本音など、女子3人が旅行したら絶対あるであろうシチュエーションが実に愉快に描かれています。
さやかを演じた堀春菜のおっとりした佇まいには不思議な安心感があり、唯に扮した福島珠理の数分ごとにコロコロと気分が変わる気まぐれな表情や時々みせる冷ややかさにはドキっとさせられます。
この2人は喧嘩していたかと思えば、いつの間にか元に戻って微笑み合っていたりと、まるで長年連れ添った老夫婦のごとき関係性をみせてくれるのですが、ここに大阪弁でしゃべる桃子が加わることで、さやかと唯の微妙な心の揺れや気持ちの変化がさらに浮かび上がってくる面白さがあります。
このあっけらかんとしてとりとめもない感じの桃子を演じた大塚菜々穂の旨いこと! 恐るべき新人の登場!と言っても言い過ぎではないでしょう。
ボーダー(境界)を軽々と超える
そんな3人の女性が、もうひとり別の女性を加えて4人で朝を迎えるシーンはちょっとばかり嬉しくなるシーンです。
韓国からやって来た女性は、先輩の韓国人留学生に付きまとわれて、怒りを爆発させるのですが、唯とさやかは韓国語で軽々と彼女とコミュニケーションを取ってみせます。
さらに別荘の管理人を務めている男性はタイ人で、彼がタイ語で書いた詩に、宿泊客の一人、秋宏は読めないにも関わらず、シンパシーを感じ取ります。
国籍、異文化という境界をなんなく飛び越えて結びつく彼女、彼らの姿は新鮮で、多文化社会を私たちは生きているのだということを実感させられるとともに、若い世代のフレキシビリティーには逞しささえ感じます。
また、さやかは唯へ友だち以上の気持ちを持っており、出会う人々に、同性を好きになったことはあるか?と尋ねます。桃子のあっけらかんとした返答は心地よく響き、唯に冷たい態度を取られても、傷つきすぎないさやかの人物像がこれまた新鮮で、ここでもまた境界を超えていく強さと柔軟性を感じさせるのです。
まとめ
OAFF2019アフタートークの様子。左より夏都愛未監督、福島珠理、大塚菜々穂、永純怜、ク・ヒョンミン(敬称略)
唯を演じた福島珠理は、大阪アジアン映画祭の舞台挨拶の際、監督から「珠理は普段通りの姿で演じてくれたらいいから」と言われ、「私ってこんなふうに映っているの?と衝撃を受けた」と述べて、会場をわかせていましたが、女性同士での会話は、実体験や女子会での会話がヒントになっているとのこと。
まるで私たちが普段している会話みたい、と思う方も多いのではないでしょうか。本音が飛び交う有様や、感情の起伏の変化に思わずハラハラすることも。
夏都愛未監督は今後の抱負を聞かれ、「これからも映画をコンスタンスに撮っていきたい。女性の野性的な面を描いていきたい」と述べていました。
また、映画は女子3人組だけでなく、別荘に集まってくる人々それぞれが個性的で、ユーモア溢れた偶像劇となっています。
コメディとしても秀逸で、映画ファンはもちろんですが、普段あまり映画を観ない人にも躊躇なくおすすめできる作品になっています。
『浜辺のゲーム』は、5/4(土)から5/10(金)まで、新宿K’sシネマにてロードショーされます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
西炯子の人気漫画を賞千恵子、藤竜也、市川実日子のキャストで映画化した『初恋 お父さん、チビがいなくなりました』をお届けします。
お楽しみに!