連載コラム「銀幕の月光遊戯」第47回
10月25日(金)より11月14日(木)までの期間、東京・アップリンク吉祥寺にて“【異能・渡辺紘文監督特集上映】大田原愚豚舎の世界”が開催されます。
2013年に映画監督の渡辺紘文と映画音楽家 渡辺雄司兄弟によって旗揚げされた映画制作団体“映画制作集団 大田原愚豚舎”の作品がラインナップされています。
その中から、2018年に「MOOSIC LAB 2018」長編部門として製作された作品『普通は走り出す』をご紹介します。
CONTENTS
映画『普通は走り出す』の作品情報
【公開】
2019年公開(日本映画)
【監督】
渡辺紘文
【劇中歌・主題歌】
トリプルファイヤー
【キャスト】
渡辺紘文、萩原みのり、古賀哉子、加藤才紀子、ほのか、黒崎宇則、永井ちひろ、久次璃子、平山ミサオ、松本まりか
【作品概要】
栃木県大田原市を拠点に創作活動を展開する映画制作集団「大田原愚豚舎」の5作目となる長編作品。
2018年に「MOOSIC LAB 2018」長編部門として吉田靖直率いるロックバンド「トリプルファイヤー」のコラボレーション作品として製作された。
映画制作に苦しみ悩みながら毒を吐き続ける映画監督の日常が綴られる。
渡辺紘文監督が主演も兼任している。
映画『普通は走り出す』のあらすじ
自主映画監督の渡辺は、新作の脚本の執筆に追われていますが、なかなか思うように進まない状態が続いていました。
黒崎さんにロケハンに付き合ってもらった渡辺監督は、ありとキリギリスの話に触れ、フランスと日本ではまったく解釈が違うと、一方的にしゃべりまくります。
ありみたいにきちんと生きるのが正しいという日本的考えに拒否感を示し、自分がフランスに生まれていたら、映画を作ってみんなから尊敬されているはずという渡辺監督の主張は、やがて日本社会批判、日本映画界批判へ。
話が続いている間、黒崎さんは微動だにせず車を運転しています。
脚本に苦しみつつも、監督は、サッカーのワールドカップをめいっぱい楽しみ、ザリガニ釣りにでかけ、図書館でDVDを借り、ゲームに興じています。プロデューサーからと思しき電話には出ないことにしているようです。
そんな中、行きつけの喫茶店で、ウエイトレスから「映画監督の渡辺さんですか?」と声をかけらます。
お客さんから預かったという手紙を手渡され、開けてみると、そこには、不愉快な映画を作るのを速攻やめるようにという忠告がひどく丁寧な言葉遣いで辛辣に書かれていました。
トリプルファイヤーの怪曲群が作品と見事にシンクロする中、渡辺監督の怒りは頂点に達し、ついには図書館で借りた映画雑誌を燃やすまでに・・・!
渡辺紘文監督と大田原愚豚舎とは?
映画監督・渡辺紘文(左)映画音楽家 渡辺雄司(右)
本作で監督と主演をこなす渡辺紘文は、1982年栃木県大田原市生まれ。大学で日本文学を学んだのち、日本映画学校に入学。天願大介監督に師事しました。
2008年、日本映画学校の卒業制作作品『八月の軽い豚』が第九回フジフィルムラヴァーズフェスタグランプリを受賞した他、京都国際学生映画祭入選、佐藤忠男賞を受賞するなど、高い評価を受けました。
2009年には、日本映画学校、北京電影学院、韓国フィルムアカデミーの共同企画、日中韓共同横浜開港150周年記念映画『3つの港の物語』の監督に抜擢され日本篇『桟橋』の監督を務め、2010年には、色川武大の遺稿『狂人日記』を舞台化し、新宿ゴールデン街劇場の動員記録を達成して注目されます。
2013年に故郷である栃木県大田原市で弟の映画音楽家 渡辺雄司と共に“大田原愚豚舎”を旗揚げし、大田原愚豚舎の第一回作品で渡辺紘文の初長編監督作品である『そして泥船はゆく』を発表。
それに続く『七日』(2015)、『プールサイドマン』(2016)、『地球はお祭り騒ぎ』(2017)と、4作品連続で、東京国際映画祭・日本映画スプラッシュ部門(旧:日本映画・ある視点部門)に入選しています(2019年の最新作『叫び声』も同部門入選)。
『プールサイドマン』は東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門・作品賞を受賞。さらにドイツで開催された“ニッポンコネクション”にて、ニッポン・ヴィジョンズ審査員賞を受賞するなど、国内外で高い評価を受けました。
クレジットには渡辺姓の名前が並び、家族で映画を製作し続けています。
『普通は走り出す』(2018)は、吉田靖直率いるロックバンド「トリプルファイヤー」とのコラボ作品。「MOOSIC LAB 2018」長編部門として製作されました。
イギリスの映画配給会社Third Window Filmsが選ぶ日本映画ベスト10の第2位に選出されています(1位は『万引家族』)。
映画『普通は走り出す』の感想と評価
見事にシンクロする映像と音楽
「MOOSIC LAB」は、映像と音楽のコラボレーションをコンセプトとしており、これまでも様々なアーティストが、様々なアプローチで音楽と映像を結びつけてきました。
本作では、冒頭、新宿の街を固定カメラで捉えた映像に、ロックバンド・トリプルファイヤーの「中一からやり直したい」のフルコーラスが響きます。
そのあとにタイトルバックがくるので、少々変わった構成に感じられますが、観ていくうちに、トリプルファイヤーの歌世界と、映画の主人公渡辺監督の姿が、絶妙にシンクロしてくるのです。
冒頭の映像はまさにこの路線で迫るよ!という宣言であり、予告でもあったのです。名作揃いの「MOOSIC LAB」作品の中でも映像と音楽のシンクロ率は特筆すべきものがあります。
2つを結びつける世界観は、今日も一日怠けてしまったことを言い訳で正当化したり、できもしない仮定の話で人生をごまかそうとしたりという、自堕落でダメダメな、怠け者の世界です。
しかもそれらは、やたらとリアリティがあって、まるで自分自身のダメな生活を見透かされているかのようにひやひやさせるディテールの積み重ねで迫ってきます。
周りを気にせずに傍若無人に振る舞うくせに打たれ弱かったり、いけしゃーしゃーとプロデューサーに言い訳している主人公の姿を、批判的に見ることが出来る人もいるのでしょうが、これは私だ、ここまでではなくとも同じ人種だ、と感じさせるねちっこさこそが本作の最大の魅力ではないでしょうか。
絶妙なユーモアセンスと鋭い社会批評
映画の序盤、監督がイチゴ農家の友人に車を出してもらってロケハンに向かいながら、ひたすら喋り続ける長い固定ショットがあります。
本作は、いくつかのシチュエーションが何度も反復されるので、この黒崎さんとのドライブシーンも何度も出てくるのですが、ここでの渡辺監督のセリフは、一見、他愛もないバカ話に聞こえますが、実はかなりの部分、的を得た社会批評、社会批判になっていることに驚かされます。
冒頭で監督はありとキリギリスの話を持ち出して、真面目に働き続けるありをよしとする日本社会を痛烈に批判します。
一見子供の屁理屈のように聞こえますが、子どものころ、素直にこの話を信じ、半ば忘れていたものの潜在的に盲信し続けていた者にとって、監督の言葉は実に衝撃的でした。すでに子供の頃から日本的刷り込みがおこなわれていたとは!?
自ら不自由になってどうすんの? という監督の問いは今の低迷する日本社会への警告そのものであり真理といえます。
自嘲的な皮肉の中に正論を忍ばせるこのメタフィクション的、セルフパロディ的作品に、気づけば夢中になっていることでしょう。
映画評論家が大嫌いと主張する監督は、「蓮實重彦であろうと、アンドレ・バザンであろうと・・・」と続けます。えぇ!そんな大物を!? と皆が総ツッコミしてしまうようなセリフのおかしさといったらありません。絶妙なユーモアセンスが全編に溢れています。
映画の後半には突然インタビューパートが出現し、豪華女優陣が、セリフなのか、アドリブなのか判然としない回答をしています。
なぜ映画が好きなのか、なぜ映画を作るのかという監督自身の個人的な問いが、これによって普遍的な問いとなる見事な構成です。
まさに自由そのもの。自己愛と自己批評と社会的観点と映画愛が毅然一体となったスラップスティックな面白さに溢れた秀作です。
まとめ
前述したように、同じシチュエーションが、映画の中で何度も繰り返されます。ザリガニ釣りに向かう監督の背中をずーっと長回しで追うシーンが何度も出てきたり、喫茶店でウェイトレスとコーヒーのおかわりに関するまったく同じやりとりがおこなわれたりといったふうに。
こうした傾向は、1つの作品でなく、他の作品とのつながりとしても現れてきます。それゆえに今回の特集上映は、渡辺紘文監督作品、大田原愚豚舎の全貌を知る絶好の機会です。
上映される作品は、『普通は走り出す』のほかに、『そして泥舟はゆく』、『七日』、『プールサイドマン』、『地球はお祭り騒ぎ』(2017)、そして日本映画学校の卒業制作作品『八月の軽い豚』(42分)の6作品です。
“【異能・渡辺紘文監督特集上映】大田原愚豚舎の世界”は、東京・アップリンク吉祥寺にて10月25日(金)より11月14日(木)まで開催されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
オムニバス映画『RUN! -3 films-』を取り上げる予定です。
お楽しみに。