連作コラム「映画道シカミミ見聞録」第18回
こんにちは、森田です。
映画は国境を越えゆくもの。もうじき東京国際映画祭(10/25~11/3)が開幕しますが、映画には国と国とを、そして人と人とをつなぐ力があります。
日本映画大学も規模こそ大きくないものの、各国の映画教育機関と協力し、積極的に国際交流を推進。
つい先日も、学長みずから台湾の映像系の高校に出むき、映画づくりを志す海外の生徒にエールを送ってきたところです。
高校生(留学生)にむけた話ではありますが、「映画の力」や「映画制作の本質」をうかがい知れるスピーチでしたので、今回は現地の様子とともにその言葉をお送りしたいと思います。
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日本映画大学 天願大介学長
出版社に勤務中の1990年、自主映画『妹と油揚』で注目され、1991年『アジアン・ビート(日本編)アイ・ラブ・ニッポン』で長編監督デビュー。
以後、『AIKI』『暗いとことで待ち合わせ』など7本の劇映画を監督しています。
一方、脚本家や舞台演出家としても活躍しており、共同脚本を担当した映画 『うなぎ』(今村昌平監督、1997年)は、第 50回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール (最高賞)を受賞。
映画『十三人の刺客』(三池崇史監督、2010年)では、日本アカデミー賞「優秀脚本賞」ほか数々の映画賞に輝き、第67回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に正式出品されました。
2017年4月、映画評論家の佐藤忠男氏から学長を引き継ぎ、今年で2年目になります。
国際芸術教育フォーラムから“技術を教えるということ”
10月5日、日本映画大学と協力協定を結んでいる「台北メディアスクール(TMS)」の求めに応じ、天願監督は台北市にて開催された「国際芸術教育フォーラム」に参加。
これは台湾のTMSをはじめとし、韓国、香港、オランダ、そして日本の教育機関が一堂に会し、「世界の芸術教育の現状と未来」を語りあうものでした。
その議題のひとつに、「産学連携のあり方」および「テクノロジーの進化と教育カリキュラムの関係」があり、天願監督は「日本では映画産業に対する理解が低く、特定の企業と緊密な関係をもつのは難しい」としたうえで、このように答えます。
「仕上げのCG合成ソフトやハードウェアなどは、ものすごいスピードで変わっていきますから、プロが使っているものをそのまま学校教育に取りこむのは無理です。毎年、新しいものを入れなくてはならない。しかも、そのトレンド自体がまた変わっていくわけですから」
「だから、あまり焦って追いつくことを目的とするのではなくて、すこし様子を見ながら、仕事に困らないような環境を整えていくことが大事です」
映画教育とテクノロジーの関係
教育の現場では、ただ単に新しければ良い、というものではないようです。
かりにどんなに最新の機材をそろえても、多くの映画の現場で使えなければ仕事にならないように、「機材と映画」の関係は一面的にとらえきれないことがわかります。
「テクノロジーというのは結局“道具”に過ぎないわけです。しかし、映画というのはまた“道具”がないとつくれないんですね。身体運動やパフォーミングアートとは異なり、テクノロジーがあってはじめて表現できるものなので、この問題はすごく大きいです」
日進月歩のテクノロジーにふりまわされることなく、かつ、無視することもなく実践的な教育を施していく。
「信念としては、基本的なことはそれほど変わらないので、それをちゃんと教えながら、新しい時代に少しずつ対応していく。当たり前ですけど、そういう結論ですね」
ある時代に過度に「適応」するのではなく、どんな時代でも仕事ができる「適応力」を身につけるには、やはり「基本」が大切とのことです。
進学講座で語られた“映画を学ぶ意味”
翌10月6日には、TMSの生徒や保護者を対象とした「進学講座」に登壇。
日本で映画を勉強したいという高校生に、映画づくりの魅力と要点を説きました。
以下はそのスピーチを抜粋したもので、天願監督による語りです。
天願監督の映画考①「アニメと実写の違い」
日本映画大学は「映画」を専門とする大学です。
アニメーションはやっていませんが、いまの若い人たちはアニメや漫画を通して映像や物語に接近することが多いですね。日本の学生もそうです。
しかし、われわれが教えているのは実写の映画、すなわち「劇映画」と「ドキュメンタリー」です。
アニメーションと実写は大きく違います。実写の映画は思い通りになりません。雨が降ったら、そのまま撮るか、止むのを待つしかない。
現場ではいろいろと判断しなければならず、これはアニメーションにはないものです。
つまり劇映画は「現実の世界のなかで撮影する」ことに特徴があります。
アニメだったら好きな角度、好きな向き、好きな顔を好きなようにつくれる。でも劇映画だったら、キャスティングした俳優を使うしかないですね。
この俳優がどうすれば魅力的になるか、もっと面白くするにはどうすればいいかを考える必要がある。また褒めたほうがいいのか、怒ったほうがいいのか、くすぐったほうがいいのか、そういった視点もあるでしょう。
天願監督の映画考②「劇映画の“教育効果”」
現実の世界をあつかう劇映画の場合、覚えることがたくさんあるわけです。
その場所、その人、なにを撮りたいかによって、どのテクニックを選択するかが変わってくる。
しかも、映画はひとりではつくれません。チームの仲間とディスカッションして、みんなで考えていく。
映画をつくるということは、それ自体に教育効果というか、自分たちが成長できるチャンスがあります。
天願監督の映画考③「つくり方ではなく何をつくるか」
映画大学には日本全国から学生が集まりますし、海外の留学生も来ます。
映画づくりに関していうと、「韓国芸術総合学校」と学術協定を締結し、国際合同制作をおこなっています。
韓国の映画のつくり方と、日本のそれとはずいぶん違います。毎回、喧嘩にもなります。だけど、最後は仲良くなります。
つまり、問題は「つくり方」ではないんです。「なにをつくろうとしているのか」、なんですね。
みんな、おなじ映画をつくってるんです。映画のために喧嘩もするし、多くの苦労もします。
そう考えてみると、映画のつくり方は国によって異なりますが、その違い自体には大した意味もないように思えます。
天願監督の映画考④「日本の映画づくりの特徴」
日本映画大学/白山キャンパス
日本映画大学では、ものすごく基本的な映画のつくり方を教えています。日本映画の特徴ですが、“難しい”やり方ですね。
たとえばストーリーボード(絵コンテ)で、どのタイミングでなにをやるのかを全部決めてしまうのは、「ハリウッド」のスタイルです。これはだいたい世界の標準になっています。
そこに書いてあることを準備すればいいから、その通りにやれば映画が撮れる。
でも途中で都合が悪くなってしまって、なにか変わってしまったら、撮ってもつながらなくなってしまう。
一方で日本のやり方は、ストーリーボードは頭にはあるけれど、あまり頼りません。
その場の俳優を見て、いろんなことをチェンジしていく。それを毎カット毎カット、頭を使いながら撮っていく。
いまでは世界の標準はハリウッドスタイルですが、ちょっと前までは、日本のやり方を台湾も韓国もやっていました。なぜハリウッドになってしまったかというと、それが効率的だからです。
つまりこういうことです。監督が途中で変わっても、撮れてしまうのがハリウッドスタイル。日本は監督が最後まで責任を持たなければならないやり方。
これは学生にとっても非常につらいスタイルですね。大きな男が泣くこともあります。でも、そうやって成長していきます。
映画にかかわった全員で、過酷なこと、厳しいことに挑戦していく。だから喧嘩もするけど、友だちにもなれます。
天願監督の映画考⑤「映画制作のモラル」
映画づくりにはこのような教育的効果がありますが、ナチスドイツは映画をプロパガンダに利用しましたし、テレビのコマーシャルもひとつの洗脳ですね。
だから、映画のテクニックを持っていたら、金持ちになるかもしれない、ビジネスで大成功するかもしれない、でもそのために人を傷つけてしまうかもしれない。
テクニックを学ぶほかに、人間の気持ちやモラル、本当にそれを撮っていいのかを考えないと、映画のつくり手にはなれません。
同時に映画は芸能の仕事です。こっちの人にお金をもらい、その人の敵にもお金をもらい、そのお金で2人が嫌がる映画をつくってしまう。
映画人の“モラル”とは、そういうことです。
自分が信じているもの、正しいと思っていることを、なんとか発表しつづける。
天願監督の映画考⑥「映画制作の力」
映画づくりの基本をちゃんと学んでおけば、どんなことも表現できる。それぐらい映画は難しくて、過酷で、厳しいものです。
撮影現場にお弁当を届ける仕事もあります。夜中に主演俳優を家まで届けるドライバーの仕事もあります。ありとあらゆる仕事が映画には必要になります。
映画の周辺もそうです。映画祭を運営する、美術館のキュレーションに映像を用いる、またTV局、ネット、ゲームなど動画を使用するものはすべて、周辺の仕事です。
紙と鉛筆で文字を書くように、映像を使って物語を描く。この技術を持っていれば、あらゆることに応用がききます。
自分がどこにむいているのか、どこにかかわりたいのかを、学生たちはつくりながら学んでいきます。
総合的に表現するのは簡単ではありませんが、4年間かけて少しずつ覚えて、友だちをつくって、「しぶとい映画人のモラル」を身につける。
そうやって卒業していけば、なにをやっても生きていけます。
学生や保護者から天願監督への質問
――高校で映画の技術を一通り勉強しています。大学ではまた別の学びはありますか?
天願:大学ではすごく知識がある子とない子が一緒に勉強します。映画はたとえ完璧に技術を学んだとしてもダメなんですよ。みんなで映画をつくること、その1回1回の現場をなるべくたくさん経験することが、より優れた映画人になるためのステップです。
――学校で勉強しなくても監督になった人がいます。進学は必要ですか?
天願:デジタルが発達してきたので、学校に行かなくても1人で映画をつくって公開することが可能になりました。
映画というのが、「自分のための表現」であると考えれば、それでもいいのかもしれない。
でも映画というのは、監督自身の物語を描くだけではありませんよね。長い映画の歴史のなかで、さまざまな技術が開発されてきましたが、それを学んでおけばデビュー作のつぎの映画、またつぎの映画に使うことができる。
「自分のための映画」で、最初は成功するかもしれません。1本目は。
でもつぎに「この中年男と若い女のカップルで、逃げてしまった犬を追いかけて、世界中を行くような映画をつくってください」と言われたら、「はい」と言えなくなります。
つまり映画は、いろんな人のいろんな夢を物語にしているようなものだから、もっとバラエティがある。それらに対応して、われわれはつくらなければならないのです。
台北市の映画実験校「台北メディアスクール」
以上、天願監督が映画志望の若者に送ったメッセージをお届けしました。
これら映画制作の裏側は、たとえつくり手でなくても映画を観る視野を広げてくれ、わたしたちが映画に触れる際の喜びを増やしてくれますね。
またそこで培われる「映画力」ないし「映画人のモラル」は、映画業界にかぎらず現代社会を生き抜くための強さや知恵を示唆しているようです。
映画づくりを学ぶことは、まさしく各国の教育機関で求められているといえ、台北市も2016年に映画の実験校「台北メディアスクール(TMS)」を設立。
既存の教育体制にとらわれない自由な発想をもって、未来ある生徒たちの育成に努めています。
天願監督はさきの講座において、TMSと提携した理由をこう述べています。
「提携校のなかでTMSだけが大学ではありません。最初はどうしようかと思っていたのですが、学校を見に行ったんですね。そして感動しました。こんなところで勉強しているんだと。この人たちは信用できると感じました。効率ばかりを考えているとは、とても思えない。本当に台北は素晴らしい実験をしていると思います」
天願監督をして「信用できる」と言わしめたTMSのキャンパスを、「映画教育の見聞録」として紹介いたします。
街全体がキャンパスに
驚くべきことに、山間の古い街並み全体が、TMSのキャンパスとして使われています。
教室は路地の家々に割り当てられ、授業ごとに街を移動。
もちろん一般の人々も住んでいて、畑や寺院、寄合所などがあるのですが、生徒たちは高校生活を通して自然と交友関係を築いていきます。
学校の内外を隔てるように形成されてしまった日本の教育空間とは、目指す方向が180度異なっていますね。
家の壁を「ホームシアター」にしてしまうなど、なかなか洒落がきいています。
画になる建築とロケーション
日本ではもう撮るべきものがないと、よく耳にします。
経済成長の過程で古いものをことごとく破壊し、都会も田舎も地方郊外も、似たような風景となってしまいました。
もちろん、その土地ならではの差異はあるものの、TMSに残されている古い建造物などみると、日本が全体として失ってしまったものに思いを馳せざるをえません。
生徒たちは歴史と自然に囲まれて感性を養い、それらにカメラをむけて自由に撮影しています。
台北市には『牯嶺街少年殺人事件』の学校も
これはキャンパス内にかぎった話ではなく、台北市には日本統治時代の建築が数多く残されています。
映画の関連でいうと、2017年に4Kリバイバル上映で話題となった『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(エドワード・ヤン監督 1991)のロケ地の学校が保存されていました。
「台北市立建國高級中學」といい、台湾最古の公立高校です。
この外観は予告編でも確認できますね。
いまや国際的な大スターとなった張震(チャン・チェン)が、この校舎内を歩いていました。
古い建築が現存するということは、映画史にも直接触れられるということであり、TMSの生徒をはじめとした若者に最高の教育環境を与えています。
たしかにこれは「効率的」ではありませんが、そうして生まれた「創造」は、めぐりめぐって社会の活力に還元され、「未来」に結びついていくのだろうと思います。
まとめ【教育とは“楽観”であること】
わたし自身、上記旅程をともにするなかで、天願監督の「教育は楽観である」という言葉が深く心に刻まれました。
これは決して「楽観的」ということではなく、「明日を信じる」姿勢を意味します。
教育は「なにかを教える」わけですから、暗黙のうちに「明日」を内包しています。
つまり教育をすること自体、明日を信じている証であり、どんな社会状況でも後退しない“楽観主義”に根づいているわけです。
またそれは「誠実」であることの必要性を訴えています。教育は、ニヒリズムではやっていけません。
映画にも、映画教育にも、「未来」を求める力がある。
この現代から「明日」をなくさないためにも、今後も本コラムで「映画の物語」を紹介してゆきたいと思います。