連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第20回
映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。
今回紹介するのは映画『おらおらでひとりいぐも』です。第158回芥川賞と第54回文藝賞をダブル受賞した若竹千佐子のベストセラーを、『横道世之介』『モリのいる場所』の沖田修一監督が大胆に映像化。
原作者の若竹千佐子氏は、岩手県遠野市出身。全国公開の先行上映が行われた遠野市の市民センターでは、約300人の市民が鑑賞し、盛り上がりをみせました。
上映後は、若竹千佐子氏がリモートで舞台あいさつに出演し、「土地の言葉じゃなきゃ、おらはおらじゃない。遠野の言葉で内に流れる心を残して下さい。んだ、1人じゃなく、みんなでね」とメッセージを伝えました。
55歳で夫を亡くし、63歳で作家デビューを果たした若竹千佐子氏の人生は、物語の主人公・桃子さんと重なる部分が多々あります。
地元の方々にはもちろん、年齢を重ねることに不安を感じている方々に、勇気と希望を与える上映会となりました。
誰にでもやってくる「老い」。歳を取ることは怖いことだと考えがちですが、案外楽しいものなのかもしれないと思わせてくれる映画『おらおらでひとりいぐも』。原作との違いを比較し、より深く映画を楽しんでいきましょう。
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CONTENTS
映画『おらおらでひとりいぐも』の作品情報
【公開】
2020年(日本)
【原作】
若竹千佐子
【監督】
沖田修一
【キャスト】
田中裕子、蒼井優、東出昌大、濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎、田畑智子、黒田大輔、山中崇、岡山天音、三浦透子、六角精児、大方斐紗子、鷲尾真知子
映画『おらおらでひとりいぐも』のあらすじとネタバレ
地球46憶年の歴史が走馬灯のように過ぎていきます。そして、現在。都会の一画でこたつに座りお茶をすする1人の老人がいます。桃子さん、74歳です。
外は雨。天井からカタカタとネズミの走る音が聞こえてきます。ふと、台所に若かりし頃の自分と夫の周造の姿が浮かびあがります。
「あいやぁ、おらの頭なんぼがおがしくなってきたんでねぇべが、どうすっぺぇ、この先ひとりで、なじょにすべがぁ」。桃子さんは自分の頭のことを心配していました。
その時です。「クスクスクス」。桃子さんと同じ格好をした男が3人現れ、こたつを囲んで笑っています。「大丈夫だぁ、おらだぢがついでる」。
「そういうおめらは誰なのよ」。「おらだば、おめだ。おめだは、おらだ」。3人の男たちは次々と同じ言葉を繰り返します。「おらだばおめだ」。「おらだばおめだ」。
次第に言葉はリズムを帯び、3人の男たちによるジャズ演奏が始まりました。桃子さんは立ち上がり、腰をくねくね。こたつのまわりをぐるぐると、服を脱ぎ捨てながら踊るのでした。
さてこの3人の男たちの正体はというと、桃子さんの中にいる寂しさが擬人化したものです。寂しさ1、2、3は、桃子さんの故郷の東北弁をしゃべり、桃子さんの服を着て、番号の書かれた湯飲みを手に持ち、やってきます。その姿は、どこかユーモラスです。
次の日の朝。桃子さんが寝ている布団の上から別の男が覗いています。「まだ、寝でろって。起ぎでもどうせ昨日とおんなじだぁ」。朝専用の擬人化、どうせおじさんです。
桃子さんは、のっそり起き上がり朝食作りを始めます。目玉焼きにトーストが定番メニュー。テレビから流れるマンモス展のニュースを見ながら食べ、その後大量の薬を飲み、腰を曲げ湿布を3枚貼り付けます。
今日も病院の待合室はぎゅうぎゅうに混んでいました。散々待たされたあげく、「変わりないですか」の問診で終了。
図書館に本の返却に向かいます。カウンターの女性がいつものように桃子さんを習い事に誘います。「大正琴やってみない?」。「私はいいわぁ」。いつものように断ります。
桃子さんのマイブームは、古代生物。図書館で図鑑を見ながら、自作の地球46憶年ノートに書き込んでいきます。
家に帰ると寂しさたちが賑やかにしゃべりだします。「大正琴ってなんだぁ」。「おめぇ知ってっが?」。とうとう小さな神様までやってきました。これが、桃子さん75歳のルーティーン。
「まだ、寝でろって。どうせ起きでもなんもねぇって」。今朝も、どうせおじさん登場です。テレビでは東京オリンピックのニュースが流れています。
桃子さんは、1964年東京オリンピックの頃を思い出していました。どこぞの組合長の息子という男と、勝手に婚約させられた桃子さんは、故郷を飛び出し逃げるように上京します。
夜行列車の窓から外の景色を眺め、「おらは新しい女になる」と決意したものです。
それから、東京のそば屋で住込みで働くことになった桃子さんは、のちの夫・周造と出会います。「おら」を「わたし」と言い直し、東北弁を隠すように頑張っていた桃子さんの前に、堂々と東北弁をしゃべる男が現れます。
桃子さんは、定食のごはんを大盛にしたり、お茶を甲斐甲斐しく注いだりとサービスします。「恋だべ。んだんだ。愛しちゃったのよ、あははんはん」。いつの間にか寂しさたちも参加しています。
周造から「決めっぺ」と、プロポーズされた若かりし桃子さん。その表情はとても幸せそうでした。
脳内歌謡ショー、スタートです。「周造なんで死んだんだぁ」。悲し気なメロディーで始まりました。大勢の観客も同情で涙ぐんでいます。
しかし、曲は次第にヒートアップし「愛は曲者だ!新しい女だと思っていたけど、結局古いしきたりに流されたー。愛より自由だぁ!」と、最後は桃子さん、やさぐれます。
周造の死でこの世の悲しみの果てを知った桃子さんでしたが、同時にひとりという自由を感じたのも確かでした。「おらは、そんな女だぁ」。会場は大乱闘です。
そんなある日、疎遠気味の娘・直美が孫のさやかとやってきました。桃子さんも嬉しさを隠し切れません。色々世話を焼く直美に、寂しさたちは、いやーな予感を抱いていました。
「お母さん、さやかの塾のお金が足りないんだよね。出してくれないかなぁ」。直美の言葉に、寂しさたちは「ほーれ、きたぁー。でたー」と大騒ぎです。
答えにつまる桃子さんに、直美は「お兄ちゃんにはすぐ貸すくせに」と、昔お兄ちゃんの名前でかかってきた「オレオレ詐欺」にまんまと騙された事件を持ち出します。元々あった母子の確執は深まるばかりです。
東京オリンピックの年に故郷を逃げ出し、親と疎遠になってから数十年。夫に先立たれ、実の子供たちとも反りが合わず、今日も今日とて桃子さんはひとりです。
『おらおらでひとりいぐも』映画と原作の違い
岩手県遠野市出身の作家・若竹千佐子の芥川賞受賞作品『おらおらでひとりいぐも』を、沖田修一監督が実写映画化。
74歳の主人公・桃子さんの心の中に現れる大勢の桃子さんが東北弁でしゃべり出すという現象を、大胆に擬人化しユーモア満載で描き出しました。
シニア世代の圧倒的な支持を得たベストセラーの映画化にあたり、主人公の桃子さんを演じるのは、15年ぶりの主演作となる女優・田中裕子。
とても自然な演技で東北弁を話し、ジャズにあわせて腰をくねくね踊ったり、歌謡ショーを開いたりとコミカルなシーンも見どころです。
想像力豊かでお茶目、そして少し気難しく寂しがりな一面もある桃子さんを、田中裕子が様々な表現で魅せてくれます。
また、昭和の桃子さんを演じた女優・蒼井優にも注目です。東京オリンピック開催の年、新しい女になると田舎を飛び出す桃子さん。そして、周造と出会い幸せの中にいる桃子さん。
桃子さんが歩んできた人生の中で、語らずにはいられない重要な時間です。思い出の中で一番輝いて見える昭和の桃子さん(蒼井優)と、現在の桃子さん(田中裕子)が会話をするシーンに注目です。
寂しさ1・2・3
原作では、桃子さんの中にいる寂しさたちに名前はなく、柔毛突起のようなものと表現されています。それらは、桃子さんの分身であり、時には新しい自分でもあったりします。
映画ではこの柔毛突起たちを、大胆にも3人の男たちが演じています。「寂しさ」と名付けられた柔毛突起たち。「寂しさ1」を濱田岳。「寂しさ2」を青木崇高。「寂しさ3」を宮藤官九郎が演じます。
桃子さんと同じ「おばあスタイル」に身を包んだ「寂しさ3人組」が、ちょろちょろと現れては茶化したり、歌ったり、後をついて回ったりと賑やかです。
1、2、3と番号が書かれた湯飲みを持ち、菓子を食いながら「おらだば、おめだ」と言い返す寂しさたち。
なぜか、寂しさ3の「おばあスタイル」が途中から数珠ネックレスを付けたり、花柄ワンピースを着こんだりと、オシャレをしていくのがツボです。
映画オリジナルの演出が、原作の世界観をより広めているうえに、愛情に溢れています。
映画オリジナル登場人物
映画化で桃子さんの心の中の登場人物が増えています。朝の起床の時に現れるおじさんです。演じているのは、六角精児。
「まだ寝でろって。どうせ、起ぎでも昨日とおんなじだぁ」。と布団の上から現れるおじさん「どうせおじさん」。
朝起きる辛さに、さらに追い打ちをかけてくる迷惑な存在。多くの人の心の中にもいるのではないでしょうか。
また、桃子さんが通う図書館のカウンターの女性とのやり取りも映画オリジナル設定となっています。演じるのは、鷲尾真知子。
毎回断られるのに懲りずに桃子さんを習い事に誘う、おせっかいおばさん。大正琴に太極拳に卓球にと勧めるジャンルが微妙なのも特徴です。
ダメもとで勧めた卓球に乗ってきた桃子さんに、驚きながらも嬉しそうに対応します。
そして、もうひとり映画オリジナルの登場人物を紹介します。車のセールスマン。演じているのは、岡山天音。
お年寄りのひとり暮らしの家に上がり込み、「遠くの子供より近くの…ね」と上手く懐に入り込みます。
原作では、オレオレ詐欺にあった下りが出てきますが、映画ではそのエピソードに加え、桃子さんが車の購入を勧められる場面があります。お年寄りの詐欺被害への注意喚起とも言えます。
その他にも、警官になった息子の同級生との交流や、図書館で出会う恐竜好きの男の子など、映画オリジナルのシーンが多々あります。
原作をまだ読んでいないという方も、原作を読み、映画で加えられた箇所を探してみるのもおすすめです。
まとめ
岩手県遠野市出身作家・若竹千佐子の芥川賞受賞作品『おらおらでひとりいぐも』の映画化に伴い、原作と映画の違いを紹介しました。
74歳の主人公・桃子さんが、心の中にいる寂しさたちと過ごす1年間の物語。ひとりだけど孤独じゃない。桃子さんの心がどんどん解放されていく様子をユーモラスに描いています。
いくつになっても、新しい自分に出会うことを恐れず受け入れ、楽しんで生きることが大事なのだと教えてくれます。
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