連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第85回
今回紹介するのは、2024年7月6日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開される『アイアム・ア・コメディアン』。
放送メディアから消えてしまったお笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔に迫った3年間を記録した、熱量あふれる一作です。
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映画『アイアム・ア・コメディアン』の作品情報
【日本公開】
2024年(日本・韓国合作映画)
【監督】
日向史有
【プロデューサー】
石川朋子、植山英美、秦岳志、ゲイリー・ビョンソク・カム
【企画プロデューサー】
檀乃歩也
【撮影】
金沢裕司
【編集】
斉藤淳一
【キャスト】
村本大輔、中川パラダイス
【作品概要】
政治的な発言をきっかけにネットで炎上し、テレビから消えた漫才コンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔に密着。
日本で生きるクルド人の青年を取材した『東京クルド』(2021)の日向史有が、2021年に制作したドキュメンタリー番組『村本大輔はなぜテレビから消えたのか?』をベースに、さらに村本の活動の中心を劇場やライブに移し、「スタンダップコメディ」を追求した3年間を追います。
そのほかの出演者は、村本の相方である中川パラダイス。
映画『アイアム・ア・コメディアン』のあらすじ
ネットや演芸番組での政治的な発言などから「嫌われ芸人」、「炎上芸人」などと揶揄され、テレビでその姿を見ることがなくなったウーマンラッシュアワーの村本大輔。
放送メディアに自身の居場所を失った彼は、活動の中心を劇場やライブに移し、自身の求める笑いである「スタンダップコメディ」を追求していくように。
毎夜ネタを磨く姿やさまざまな人との出会い、コロナパンデミックの苦悩、家族との関係など、村本の3年間を、ドキュメンタリー作家の日向史有が追っていきます。
メディアから消されたお笑い芸人
「ABCお笑い新人グランプリ」最優秀新人賞や「THE MANZAI2013」優勝など、さまざまな漫才レースで栄誉を勝ち取ってきたウーマンラッシュアワー。しかし現在、ボケ担当でネタ作成者である村本大輔のテレビやラジオの出演は、ほぼゼロ状態にあります。
2017年頃から、村本が漫才のネタに原発問題や沖縄の基地問題、さらには政治批判などを含むようになったことがその要因とされており、20年にはテレビ出演はわずか1本のみという事態に。ちなみに相方でツッコミ担当の中川パラダイスも、仕事が減ったことで自身のX(旧:ツイッター)で「どんな仕事でも3000円以上で請け負います」と告知し始めたほど(現在は行っていない)。
そんな、メディア出演がなくなった村本に着目したのがドキュメンタリー作家の日向史有。21年にドキュメンタリー番組「村本大輔はなぜテレビから消えたのか?」を制作し、さらにその後を追ったのが、本作『アイアム・ア・コメディアン』です。
冒頭、フジテレビ「THE MANZAI」出演を控える村本にマネージャーから電話がかかります。その内容はフジ側から、番組で披露する漫才のネタを変えてほしいという要請を受けたというもの。
主に企業スポンサーからの広告収入で運営される民間放送局としては、ウーマンの漫才はさまざまな方面から抗議という“波風”が立ちかねない――「臭い物(者)には蓋をしろ」思考が働くのは、ある意味で放送メディアの宿命といえます。
ところが続けて、予定していた公共放送局への番組出演自体がキャンセルに。「大麻合法化に賛成する」という発言がネックとなったと思われ、企業ではなく国民の受信料徴収で運営される公共放送としては、いわば国民がスポンサー。ウーマンの漫才は「ノー」を突き付けられる形となります。
ではフリートークを主体とするバラエティ番組出演はどうか。風体から醸し出す陽のキャラクターを持つ中川とは対照的に、陰のキャラで発言も過激と判断されがちな村本には、ほとんどオファーが来ない。本人も「俺はコメディアンで、テレビに出ているタレントじゃない」として、その種の番組出演に積極的ではありません。
メディアから消された存在となり、Xには「お笑いに政治を持ち込むな」とリプライが飛び、いつしか炎上芸人扱いされるようになった村本は、舞台でのライブ活動をメインとしていきます。
「悲劇は喜劇にもなる」
ライブといっても舞台は劇場ではなく、100人も入れば満員のライブハウスや喫茶店などが主。ネタを披露させてくれるのなら、どんなに小規模な場であろうと赴きます。
訪問先の中には福島、沖縄、大阪の鶴橋、さらには海を越えて韓国にも。原発、米軍基地、在日コリアンへの不当差別、従軍慰安婦…日本が抱えるあらゆる社会問題についての見解を、現地で暮らす人々と対峙し聞いていく。メディアでは大々的に伝えられることのない生の声を、ライブのネタに活かしていきます。
沖縄で米軍基地ネタを、被災地で原発ネタを披露すれば、現地の人々は怒るどころか拍手して笑う。「不謹慎だ」と叫ぶ輩は現地以外の人間ばかり……。
世界には、政権への不満をジョークにしたり、自身のセクシャルマイノリティーや自身が受けた人種差別体験を笑いに変えて、人気を博してきたコメディアンが数多く存在します。村本がスタンダップコメディーの本場アメリカに活動拠点を移すのは、自明の理でした。
考えたネタを英語に翻訳し、ニューヨークの小さなライブハウスで試す。ウケなかったらすぐに改善していく――言語の壁、文化の壁にぶつかりながらも、小さい劇場でネタ見せしていた大阪の若手時代を回顧し笑みを見せます。
笑顔の一方で、村本はよく泣きます。強気かつ早口で喋くりまくる姿しか観たことがない方は、想像がつかないもしれませんが、若手時代に出演していた関西ローカルの番組などで感涙していたもの。
コロナ禍でライブが次々中止となっていき、「居場所がなくなる」と控室で泣きじゃくる。地元福井で久々に父と酒を酌み交わすも、芸人という仕事の意義を分かってもらえず帰りのタクシーで嗚咽する。
村本の泣き顔は、見方によっては笑い顔にも見えます。何もこれは彼に限ったことではありません。クラウンやピエロといった道化師に涙のメイクが施されるのは、見る人によって喜怒哀楽の感情が分かれることの投影と云われています。
劇中で、村本はいくつかの印象的な言葉を発しますが、その一つが「悲劇は喜劇にもなる」。バナナで滑って転んだ本人にすれば悲しい出来事でも、それを見る人には可笑しく感じるように、喜劇王チャールズ・チャップリンの言葉「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見ると喜劇だ」同様、この考えはコメディの何たるかを表しています。
「まるでジョーカーみたいだ」――終盤、ワインボトルを片手に、踊りながらライブ会場の喫茶店に向かう自分を、村本はそう喩えます。
『ジョーカー』(2019)の主人公アーサー・フレックは、辛い環境から抜け出せない自分の人生を“悲劇”と捉えていましたが、やがてそれは“喜劇”に過ぎないと達観、すべてを捨てて道化師=ジョーカーとなり踊り狂います。彼もまたスタンダップコメディアンを目指していました。
社会問題のみならず、テレビから干され、炎上芸人と揶揄される現状ばかりか、プライベートに起こった哀しみをも笑いのネタにしていく。
ジョーカーに扮したアーサーは、“喜劇”と称してゴッサムシティに暴力と破壊をもたらしましたが、村本はスタンダップコメディアンとして、「世界で一番凄い仕事」であるお笑いでカオスを起こそうとしています。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューのほか、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)