連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第42回
自然を愛する夫婦が望む、究極の農場とは──。
今回取り上げるのは、2020年3月14日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国順次ロードショーの、ドキュメンタリー映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』。
自然を愛する夫婦が、究極のオーガニック農場を作り上げるまでの8年間を追います。
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CONTENTS
映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』の作品情報
(C)2018 FarmLore Films ,LLC
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
The Biggest Little Farm
【製作・監督・脚本・撮影監督】
ジョン・チェスター
【製作】
サンドラ・キーツ
【製作総指揮】
ポール・グリナス、ジェシカ・グリナス、ローリー・デビッド、エリカ・メッサー
【編集】
エイミー・オーバーベック
【キャスト】
ジョン・チェスター、モリー・チェスター、愛犬トッド、動物たち
【作品概要】
映画制作者で、テレビ番組の監督・カメラマンでもあるジョン・チェスターが、2010年から妻モリーと共に始めた農場づくりを記録。
夫婦と動物たちの、笑顔と涙と感動の8年間を追っていきます。
米映画批評サイトの「ロッテントマト」では満足度96%の高評価(2019年11月1日時点)を記録。
映画祭でも、AFI映画祭2018観客賞、ミルバレー映画祭2018観客賞・銀賞、ハンプトンズ国際映画祭2018観客賞、ニューポートビーチ映画祭2019観客賞など、各国で数々の観客賞を受賞しています。
映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』のあらすじ
(C)2018 FarmLore Films ,LLC
殺処分寸前で保護した愛犬のトッド。
その鳴き声が原因で、大都会ロサンゼルスのアパートを追い出されたジョンとモリーの夫婦。
料理家でもあるモリーは、本当に体にいい食べ物を育てるため、夫婦で郊外へと移り住むことを決心します。
しかし、そこに広がっていたのは200エーカー(東京ドーム約17個分)もの荒れ果てた農地でした。
大自然の厳しさに翻弄されながらも、2人は愛しい動物や植物たちと未来への希望に満ちた究極に美しい農場を創りあげていきます。
本作は、そんな自然を愛する夫婦が夢を追う8年間の奮闘を追います。
ネイチャー番組の監督自身による農場づくりを記録
(C)2018 FarmLore Films ,LLC
本作監督にして出演者の一人であるジョン・チェスターは、映画製作者、テレビ番組の監督として25年の経歴を持ちます。
ネイチャーチャンネルの「アニマルプラネット」や、イギリスのテレビ局ITVの野生生物番組の製作者として世界中を旅したことがきっかけで、生態系の複雑な相互作用に興味を持つようになります。
そんな彼が本作を製作するきっかけとなったのが、住居にしていたロサンゼルスのアパートで飼っていた愛犬トッド。
2010年に、彼の泣き声が原因でアパートを出ることとなったジョンと妻のモリーでしたが、料理家でもある彼女のモットー、“食の質は農作物にある”に基づき、自分たちの農場を持とうと決意。
カリフォルニア郊外の荒れた土地に、“アプリコット・レーン・ファーム”と名付けた農場を始めます。
雄大な自然模様を映し出すことに定評のあるアニマルプラネットで長らく番組制作に携わっていたジョンだけあって、その映像の綺麗さはとかく目を引きます。
完全なる不調和
(C)2018 FarmLore Films ,LLC
チェスター夫妻は、伝統農法のコンサルタントであるアラン・ヨークの教えを仰ぎ、生態系のシステムを整えることによって、真の意味で“有機的な”農作物を育てようとします。
アランの助言通り、まずミミズを使って土を“生き返らせる”ことからスタートしていく2人。
有機農法は今や珍しいことではありませんが、農場運営というのは、当然ながら思い通りにいかないことが山積み。
せっかく育てた農作物が害虫や動物に食い荒らされれば、山火事や干ばつといった災害に見舞われるなど、「完全なる不調和」なことが次々と起こります。
もっとも、本作は8年間の記録を90分に凝縮しているため、実際は立て続けにトラブルに見舞われたというわけではありません。
それでも、人の力ではどうしようもない自然の脅威とどう向き合っていくのかを、本作は提示します。
自然の摂理にすべてを任す
(C)2018 FarmLore Films ,LLC
本作に登場する、チェスター夫妻が飼っている動物たち。
いや、厳密にいえば、動物たちは“一緒に暮らして”います。
どんなに不調和なことになっても、2人は彼らに強制をせず、むしろ自然の摂理にすべてを任す。
郊外に住むきっかけとなった犬のトッドを筆頭に、豚のエマ、鶏のグリーシー、牛のマギーらとともに、夫妻は共存共栄の道を歩む方法を探っていきます。
乳牛を増やせば、それだけ彼らの糞尿が農園に増えますが、それらを肥料として活用。
糞に沸くウジや育った農作物に付くカタツムリの処理は鶏に任せて、果実を食い荒らす土ネズミは蛇や狼が勝手に食べてくれる。
「トライ(挑戦)とエラー(失敗)」を繰り返しながら答えを見つけていく――彼らが求める農場づくりがそこにあります。
どう適応し、どう活かすか
(C)2018 FarmLore Films ,LLC
本作のサブタイトルには「理想の暮らしのつくり方」とあります。
しかし観た人によっては、夫妻の暮らしぶりを理想と思わない方もいるかもしれません。
広大な土地を農場にするにはそれなりの資金が必要ですし、実際2人が農場運営のプランを友人たちに話して出資を募るも、そう事が簡単に進まない様子も映し出されます。
劇中ではあまり深く触れていないものの、運営を持続する資金面に関する苦労も、8年の間では何度となくあったはず。
理想の暮らしを現実に変えるには、それなりの忍耐力を要する――万人がそれをできるとは限らないのです。
ただ、ジョンは本作を公開するにあたって、以下のようなコメントをしています。
本作が農業の1つのやり方を推奨したり、これが唯一の道だと押し付けたりするものだと受け取られるのは不本意です。むしろ、自然は私たちに多くの答えを教えてくれるということを信じてもらえるきっかけになればと心から願っています。
自然にある多くの答えの中から、人間はすべきことを学び、活かしていけばいいのではないか。本作は、あくまでもその一つの例と考えた方がいいかもしれません。
確実に言えるのは、人間が自然とどう適応し、どこまで管理が可能なのかを知る、良いきっかけとなる作品です。
ジョンは次回作として、豚のエマを主役にしたドキュメンタリーを構想中とのこと。
夫妻にとっても動物たちにとっても、理想の暮らしに完成はないのです。