Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2019/01/18
Update

映画『ソニータ』レビュー解説。元難民の女性がラップに込めた思いとは|だからドキュメンタリー映画は面白い3

  • Writer :
  • 松平光冬

アフガンから逃れイランで暮らすラッパー志望の少女が、古い慣習による結婚を強要され、その反発心をラップにぶつける―。

『だからドキュメンタリー映画は面白い』第3回は、サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門グランプリ受賞の衝撃作『ソニータ』を取り上げます。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

映画『ソニータ』の作品情報


映画『ソニータ』

【公開】
2017年(ドイツ・スイス・イラン合作映画)

【原題】
Sonita

【監督】
ロクサレ・ガエム・マガミ

【キャスト】
ソニータ・アリザデ、ロクサレ・ガエム・マガミ

【作品概要】
アフガニスタンのタリバンの脅威から逃れるため、イランに移住した難民少女ソニータに密着したドキュメンタリー。

イラン社会で暮らすソニータに待ち受けるいくつもの困難を、監督のロクサレ・ガエム・マガミが、同じ女性目線で追っていきます。

映画『ソニータ』のあらすじ


映画『ソニータ』

アフガニスタンのタリバン政権による迫害から逃れ、イランの首都テヘランで難民として暮らす少女、ソニータ。

母と兄をアフガンに残して幼い弟と暮らす彼女は、現地の子ども保護施設で、支援団体から教育や将来のアドバイスを受けています。

将来ラッパーになりたいソニータは、マイケル・ジャクソンとリアーナを理想の両親と考えており、スクラップブックには自作のリリック(歌詞)を書きためています。

そんなソニータが16歳になったある日、アフガンに住む母親から手紙が。

内容は、兄の結納金を得るためにこちらが用意した年上男性と結婚しろ、というものでした。

結納金の値段は9千ドル、つまりそれは、ソニータ自身に付けられた金額でもあります。

もちろんソニータに結婚する意志はありません。

しかし同じ施設の少女たちは、結納金と引き換えに次々と結婚が決まっていきます。

ラッパーになりたいという夢を持ちつつも、家族との関係も失いたくない。

そんなジレンマを抱えたソニータは、自身の怒りや悩みをラップに込めたミュージックビデオを制作しようと動きます。


映画『ソニータ』

ソニータにミュージックビデオをネットにアップすることを助言したのは、本作の監督で、長らく彼女に密着していた女性、ロクサレ・ガエム・マガミでした。

ソニータは、望まぬ結婚でアフガンに戻らなくてはならなくなると、マガミ監督に助けを求めます。

見かねたマガミ監督は、ソニータの母に2千ドルを送って、半年の猶予期間を得ることにします。

しかし、イランでは女性が公共の場で歌うことは禁止されています。

そのため、ビデオ制作をするスタジオが見つからずに苦労するソニータでしたが、なんとか協力者を見つけます。

額にバーコードを書きこみ、ウェディングドレスを着たソニータは、自作曲『売られる花嫁』のミュージックビデオを制作。

ソニータのビデオは、YouTubeにアップするやいなや瞬く間に話題となり、強制婚の実態を全世界に知らしめることとなります。

そんな折、ついにしびれを切らしたソニータの母親が訪れ、「娘の結婚は一族の幸せにつながるもの」と変わらず結婚を強要します。

そんな母親に対し、マガミ監督は「人身売買だ」と非難するのでした。

事態は動き出します。

ソニータのビデオを見た非営利団体ストロングハートの手配により、2015年に、彼女は奨学金でアメリカ・ユタ州の学校に留学する運びとなりました。

学生として学びつつ、念願のラッパー活動を始めたソニータの人生は、これから始まります。

「私は売り物じゃない」──観る者の胸を打つ入魂のラップ


映画『ソニータ』

本作『ソニータ』で明らかとなるのは、主人公ソニータのような中東出身の少女に降りかかる幾多の困難です。

中東、特に児童労働が横行する貧困地域に暮らす少女は、将来の展望が見えなかったり、借金返済などの理由から、いわゆる「児童婚」をさせられるという現状があります。

ソニータの母親も、兄の結納金を得るために、顔も知らない年上男性と結婚するよう娘に迫りますが、実はその母親自身、ソニータより幼い頃に夫のもとに嫁いでいるのです。

つまり中東においては、児童婚が古くからの慣習として根付いていることが示唆されます。

もう一つは、ソニータが暮らすイランにおける女性への抑圧です。

イランでは、女性が外で歌うことが禁止されているだけでなく、レコーディングも政府の許可なしにはできないなど、厳しい表現・言論統制が敷かれています。

そうした、女性が意見を言うことが許されない社会において、ソニータは「親が娘を売るなんて」、「私たちは羊じゃなく人間だ」と、魂のラップに乗せて切実に訴えます。
 

参考映像:ソニータ「売られる花嫁」- Sonita “brides for sale”

監督もまたドキュメンタリー映画の主役となり得る


映画『ソニータ』

本作の撮影に際し、監督でイラン出身のロクサレ・ガエム・マガミは、2012年夏から15年冬までの約2年半、ソニータに密着しました。

序盤こそ、マガミ監督はフィルムメーカーに徹してカメラに映りませんが、ソニータが強制結婚させられそうになる辺りから、自身も被写体として登場。

時にはソニータの相談相手として、時には結納金を欲しがる彼女の母親を叱責する者として、要所で姿を見せます。

取材対象であるソニータの人生に関与すべきかどうか悩みながらも、監督は彼女の希望ある未来が狂いそうになるのを阻止しようとするのです。

ドキュメンタリー映画を制作する過程において、取材対象者のみならず、製作者たちにも予想だにしない展開に転がっていくことは、往々にしてあるもの。

マイケル・ムーアや森達也のように、自分がホスト役になってカメラに映るドキュメンタリー監督もいるなか、『ソニータ』は、一人のアフガン難民少女のみならず、期せずして出演者となったマガミ監督の物語でもあります。

ソニータの「その後」はどうなった?

本作は、無事にアメリカの学校に留学を果たしたソニータが、同級生たちの前でラップを披露してエンドマークとなります。

その後の彼女はどうしているのかと言うと、近々では2018年1月に、ニューヨークの国連本部にて、日本人ミュージシャンのMIYAVIが奏でるギターに乗せてラップを披露しました。

これは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使に任命され、ソニータの生き方に感銘を受けたMIYAVIが、日本人芸術家による「平和」をテーマに行うイベントの一環として行われたものです。

着実にラッパーとしての活動の幅を広げるようになったソニータは、家族に仕送りもできるようになったそうです。

抑圧される女性たちの声を“言葉の弾丸”に変える


映画『ソニータ』

前回取り上げた映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』同様、本作も根底には難民問題があります。

イランに暮らすアフガン人は約300万人といわれ、その多くは隔離されて生活しており、中でも女性は外出することはおろか、近隣住民と話すことも禁じられているとされます。

それにプラスして、貧困を起因とする児童婚という由々しき実態も浮き彫りとなります。

中東の一部に今なお残る理不尽な社会に立ち向かうべく、ラップという手段を選んだソニータ。

今もなお無数に存在する、窮状を訴えたくてもできない女性たちの代弁者として、元難民ラッパーは今日も、“言葉の弾丸”を撃ち続けるのです。

次回の「だからドキュメンタリー映画は面白い」は…


Photos by Philippe Halsman/Magnum Photos
(C)COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.

次回は、ヌーヴェルヴァーグの騎手として知られたフランソワ・トリュフォーによるアルフレッド・ヒッチコック監督へのインタビューを収録し、長きに渡って“映画の教科書”として読み継がれる「定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー」を題材にした、2016年公開のドキュメンタリー映画『ヒッチコック/トリュフォー』をご紹介します。

お楽しみに。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

映画『少年の君』あらすじと感想評価レビュー。中国社会問題を鮮烈に描写した青春ドラマ|OAFF大阪アジアン映画祭2020見聞録5

第15回大阪アジアン映画祭上映作品『少年の君』 毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も今年で15回目。2020年3月06日(金)から3月15日(日)までの10日間にわたってアジア全域から寄りすぐった …

連載コラム

鬼滅アニメ2期|テレビ放送日と局は? 放送中止/1期再放送の可能性から予想をより深める【鬼滅の刃全集中の考察6】

連載コラム『鬼滅の刃全集中の考察』第6回 2020年、新型コロナウイルスの蔓延によって世界は未だかつてない脅威に晒され、いつ終わるとも知れない不安と隣り合わせの日常を強いられることとなりました。 だか …

連載コラム

【東京国際映画祭2019】『猿楽町で会いましょう』児山隆監督ほかレッドカーペットに登場!|TIFF2019リポート1

第32回東京国際映画祭は2019年10月28日(月)から11月5日(火)にかけて10日間開催! 2019年にて32回目を迎える東京国際映画祭。令和初となる本映画祭がついに2019年10月28日(月)に …

連載コラム

ブラジル映画『SNS殺人動画配信中』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。ラスト怒涛の展開でサイコサスペンスを描いた問題作!|B級映画 ザ・虎の穴ロードショー73

連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第73回 深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞す …

連載コラム

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】12

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】(2020年12月下旬掲載) 【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら CONT …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学