連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第22回
闘う相手は、反対コーナーのボクサーだけではなかった――。
今回取り上げるのは、2018年製作の武田倫和監督作『破天荒ボクサー』。
日本ボクシング界に変革を求め、奔走した一人のボクサーの姿を追います。
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CONTENTS
映画『破天荒ボクサー』の作品情報
【日本公開】
2018年(日本映画)
【監督・撮影・編集】
武田倫和
【キャスト】
山口賢一、高山勝成
【作品概要】
撮影開始時に大阪帝拳ジムに所属していたボクサー、山口賢一に密着したドキュメンタリー。
一度は海外に拠点を移し、そして日本での世界タイトルマッチ再挑戦を目指していく経緯を、行く手に生じる様々な障壁も併せて辿っていきます。
監督は、『南京・引き裂かれた記憶』(2009)、『わたしの居場所 新世界物語』(2017)といったドキュメンタリー映画を手がける武田倫和。
元プロボクサーで、日本人として初めて主要4団体(WBA、WBC、IBF、WBO)の世界王者となった高山勝成も出演。
公になってない日本ボクシング業界の問題点に迫った本作は、「東京ドキュメンタリー映画祭2018」の長編部門で準グランプリを受賞しました。
映画『破天荒ボクサー』のあらすじ
辰吉丈一郎や渡辺二郎、六車卓也といった世界王者を数多く輩出した大阪帝拳ジムに所属していた山口賢一。
彼は2002年のプロデビュー以来、破竹の11連勝を飾ったことで、日本、そして世界王座を狙える存在として期待を集めていました。
しかし、タイトルマッチが組まれる機会は一向に恵まれることがなかった山口は、JBC(日本ボクシングコミッション)に引退届を提出し、海外に拠点を移します。
日本とのボクシング事情のギャップを感じつつも、海外で次々と実績を積んでいく山口は、その後OPBF(東洋太平洋ボクシング連盟)タイトルマッチのオファーを受けます。
ようやく日本のリングでのタイトルマッチに挑めると意気込む山口でしたが、事態は思わぬ展開へとなだれ込みます…。
当初の思惑とは異なる方向で進行
本作『破天荒ボクサー』の監督を務めた武田倫和は、当初は山口賢一がボクシングの世界チャンピオンになるまでの過程に密着するつもりで撮影を開始。
ところが密着するうちに、山口があらゆる「リング外」での闘いをクローズアップしていく構成になっていき、最終的に日本プロボクシング界への問題提起のような内容となるとは、監督自身も想定していなかったそうです。
撮影していくうちに、当初の思惑からどんどん外れていくというのは、映画製作、特にドキュメンタリー映画においてはよくあるもの。
結果論ではありますが、もし最初の思惑通りに、山口が順当に世界チャンプロードを歩んでいく構成になっていたら、本作がここまで各方面で反響を呼ぶことはなかったかもしれません。
ボクシングジムの旧態依然体質
2002年のデビュー以来、11連勝という快進撃を果たす山口でしたが、一向にタイトル戦が組まれない現状から、7年後にJBCに引退届を提出し、海外に活動の場を移します。
なぜ彼に王座挑戦のチャンスが来なかったのか、本作では所属するジム側の思惑によって左右されることを指摘します。
ジム側としては、連勝続きの人気ボクサーが誕生したのならば、1つでも多く試合を行うことで興行収益を上げて、ジム運営費に充てたいと考える。
そうなると安易に負けさせるわけにもいかず、結果として、ボクサーなら目指すはずのタイトルマッチを先延ばしにされてしまうという流れになるのです。
また、山口が比較的ストレートな性格の持ち主ゆえ、所属する帝拳ジムの会長とそりが合わなかったために、試合が組まれなかったことも示唆されます。
実力はあるのに、利害や人間関係が原因で求める闘いの場が得られないボクサーの苦悩を、カメラはつぶさに見つめていきます。
自由に動ける海外と自由を奪われる日本
2009年に海外に活路を求めた山口は、当時はJBCの非公認ながらも、4大世界王座認定団体の一つだったWBO(世界ボクシング機構)のアジア太平洋スーパーバンタム級暫定王座を獲得。
さらには、日本人として初のWBO世界フェザー級王座にも挑戦し、11ラウンドKOで敗れるも、その存在感をアピールします。
しかし、そこまで到達できたのは、自身でトレーナーを見つけ、練習するジムを自ら確保し、さらにプロモーターと直接交渉して興行資金を調達するといった、山口が「リング外」での闘いにも勝ってきたからでした。
2011年に、海外で得たボクシングのノウハウを活かそうと、山口は10月に自身が会長となるJBC非公認の「大阪天神ジム」を開設し、後進育成や選手のマネージメント、さらには自主興行も手がけます。
なぜJBCの認可を受けなかったのかというと、「日本でボクシングジムの会長になるには、現役を引退しなくてはいけない」というJBCの要領を得ない規定に反発したから。
ジム会長でありながら、自身も現役ボクサーでありたいという山口は、同じくJBCに引退届を提出した友人の高山勝成をサポート。
高山は2013年に、当時まだJBC非公認だったIBF(国際ボクシング連盟)世界ミニマム級王座奪取に成功します。
「個人」と「組織」の闘いの先にあるもの
しかし、高山のIBF王座獲得が発端とするかのように、山口へのJBCの圧力に拍車がかかります。
2015年に、OPBF(東洋太平洋ボクシング連盟)のタイトルマッチのオファーを受けた山口でしたが、「日本のプロライセンスを持たぬ者には挑戦させない」として、JBC及び所属していた帝拳ジムの反発を受け、挑戦を断念。
それでも山口は翌年、現役最後の試合として、JBC非公認団体のWBF(世界ボクシング連盟)スーパーバンタム級世界戦を、地元大阪で開催しようと動きます。
しかしこれにもJBCが異議を唱え、大阪の西日本ボクシング協会が山口を呼び出す事態に。
山口の弁護士が録音したというテープに記録された、協会による興行中止を要請する会話の物々しさは、まさにフィクションを超えています。
本作はボクシング業界を描きつつ、「個人」の能力よりも「組織」の力の方が強い日本社会の縮図を描いているともいえるでしょう。
もちろん、「個人」よりも「組織」として動くことで、物事が円滑に進む場合も往々にしてあります。
それでも、日本ボクシング業界という「組織」からの闘いを挑まれた山口は、「個人」として国内でのタイトルマッチ開催に執念を燃やします。
ボクシング業界の今
ボクシング業界の現状は、国内外を問わず慌ただしくなっています。
2018年、アマチュアボクシングを統括する日本ボクシング連盟の山根明会長(当時)による、助成金の不正流用が表面化したのは記憶に新しいところ。
また2019年6月には、AIBA(国際ボクシング協会)内での審判の不正疑惑や不透明な財政管理問題が相次いだとして、IOC(国際オリンピック委員会)から国際競技団体としての承認を取り消されています。
ボクシング人口に関しても、こと日本では減少傾向にあり、ボクサーライセンス保持者も2004年の3630人をピークに、2018年は約1700人と半分以下に。
ボクサーの数が減っているために、日本人同士の試合が組みにくくなっている事態となっているのです。
その一方で、明るい話題もあります。
山口のサポートの元、アマチュアボクサーとして東京オリンピック出場を目指していた高山が、2018年10月のアマチュア登録審査委員会により、満場一致で日本ボクシング連盟への登録が認められることになったのです。
これまで規則によって阻まれていた元プロボクサーのアマチュアボクシング界入りは、ボクシング業界全体としても大きな進歩といえます。
ただ山口個人としては、WBOのタイトルマッチを日本で強行したことで、彼と高山のトレーナーだった中出博啓共々、JBCから永久追放扱いとなっています。
しかしながら、JBCがWBOとIBFの2団体を認可したのも、日本で試合が出来なかった山口や高山が、海外で各王座を獲得したのがきっかけとなったのは、本作を観れば明らか。
加えて、井上尚弥や井岡一翔が海外に活躍の場を求めた背景に、先駆者となった山口の影響があるのは否定しきれないでしょう。
日本ボクシング業界全体からは「破天荒」扱いされた山口。
でも、彼が本当に「破天荒」なのかは、本作を観た業界外の人が判断すべきなのです。