連載コラム『心を揺さぶるtrue story』第4回
第二次世界大戦で、日本と同様に敗戦国となったドイツ。終戦後、ドイツ民主共和国(東ドイツ)、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)に分断されてしまいました。
映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』は、旧ソ連占領地域に建国された東ドイツで、秘密警察(シュタージ)にスパイとして協力していた実在のシンガーソングライター、ゲアハルト・グンダーマンの生涯を描いています。
監視国家に住む国民として、シュタージに協力することを余儀なくされたとはいえ、東西ドイツ統一後にスパイとして活動した人たちの多くは、自らの過去に苦しんだとのこと。グンダーマンも例外ではありませんでした。
「東ドイツのボブ・ディラン」と呼ばれ、数々の名曲を残したグンダーマンが駆け抜けた43年の生涯を、本作では、その曲とともに綴ります。
映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』は2021年5月15日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開予定。
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CONTENTS
映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』の作品情報
【日本公開】
2021年(ドイツ映画)
【監督】
アンドレアス・ドレーゼン
【脚本】
ライラ・シュティーラー
【キャスト】
アレクサンダー・シェーア、アンナ・ウンターベルガー
【作品概要】
東ドイツの秘密警察に協力していた実在のシンガー・ソングライター、ゲアハルト・グンダーマンの愛と苦悩の生涯を描いた本作。
主演のゲアハルト・グンダーマンを演じるのは、東ベルリン生まれのアレクサンダー・シェーア。グンダ―マン本人と見間違うほどの神がかり的な演技を見せ、劇中で演奏される全18曲を自らカバーしています。
そしてグンダーマンの生涯に大きな影響を及ぼした妻・コニーを演じるのはアンナ・ウンターベルガー。
監督は、現在ドイツで最も注目されている東ドイツ出身のアンドレアス・ドレーゼンが手掛け、絶大な信頼を置く脚本家のテイラー・シュティーラーとともに10年の歳月をかけて完成させました。
本作は、ドイツで最も権威のあるドイツ映画賞(2019)で作品賞、監督賞含む全6部門で最優秀賞を獲得しています。
映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』のあらすじ
シンガー・ソングライター、ゲアハルト・グンダーマン(アレクサンダー・シェーア)は、昼間は労働者として褐炭採掘場でパワーショベルを運転し、仕事が終わるとステージに上がり、自身が作った曲を仲間とともに歌いあげていました。
希望や夢、理想に満ちた彼の歌は、多くの人びとに感動を与え、次第に人気者になっていく一方で、彼は当時の秘密警察(シュタージ)に協力するスパイとして友人や仲間を裏切っていたのです。
しかし、1990年の東西ドイツ統一後、同じようにスパイだった友人に裏切られていたことを知ったグンダーマンは、その矛盾を自ら問うこととなります。
映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』の感想と評価
固い信念を持って生き抜いたグンダーマン
本作では、旧東ドイツ体制だった1970年代と東西ドイツが統一した後の1992年をいったり来たりしながら物語が進んでいきます。
「今、どちらの時代なのか?」と戸惑う場面も少なくありませんが、そんな時は、髪の毛をおろしているのが若き日のグンダーマン、束ねているのが1992年のグンダーマン…と見分けるといいと思います。
若き日のゲアハルト・グンダーマン(アレクサンダー・シェーア)は、音楽をこよなく愛する心優しい青年ですが、一方で確固たる信念を持ち、自身の考えに合わないことに対しては断固拒否し、怒りにまかせて手を出してしまう血の気が多いところがありました。
彼は東ドイツという決して恵まれた環境ではない国で生きる人間としてのリアルな想いを歌に託していきます。
そんな彼の歌は少しずつ支持を得てシンガー・ソングライターとして成功していくのですが、音楽活動と並行して、炭鉱夫として働いてきた褐炭採掘場をやめることはしませんでした。
物語の中で「そろそろ褐炭採掘場で働くのはやめたら?」と促されるシーンがあるのですが、グンダーマンは「褐炭採掘場でショベルカーを運転していると、インスピレーションが沸く」「家族の生活は、歌ではなく、労働で支えたいんだ」と答えています。
彼は音楽で食べていくのは難しいから褐炭採掘場で働いていたのではなく、炭鉱夫として働く自分自身にも価値を見出していたのかもしれません。
そして同時に、共に褐炭採掘場で働いてきた仲間たちのことを音楽と同じように愛していたようにも思えます。
危険と隣り合わせで、過酷な労働をしている仲間たちを想い「このままでは死者が出る」と、西ドイツの高級車で視察に来た政府の権力者に、怒りとともに直談判する姿は、当時の東ドイツでは稀有な存在だったと容易に推測できます。
そんなグンダーマンは、女性に対しても信念を貫き通した人でした。
グンダーマンの妻・コニー(アンナ・ウンターベルガー)とは、共に音楽活動をしていた仲間でした。しかしコニーは最初、グンダーマンの親友と結婚し、2人の子どもを授かります。グンダーマンは、そんな彼女を複雑な想いを抱きながらも温かく見守り続けるのです。
コニーがひょんなことをきっかけにしてグンダーマンのもとに戻って来たことで、晴れて夫婦となります。ここでも、コニーへの想いを断ち切らなかったグンダーマンの「信念」が垣間見えました。
グンダーマンの確固たる信念が、2人の結婚生活において諍いを起こすこともありましたし、歌手として生計を立てていくことができた時点で炭鉱夫の仕事を辞めていたら、もしかしたらグンダーマンはもう少し長生きできたのでは…と思ってしまいます。
しかしこうした彼の揺るぎない信念が、彼が生んだ美しい曲に影響していたことは間違いないので、これもまたグンダーマンが選んだ人生なのかもしれません。
監視国家だった東ドイツのリアルな生活
グンダーマンが生涯を通して苦しんだスパイとして活動していた過去。
ミュージシャンとして西側の国でコンサートができるという餌につられたとはいえ、秘密警察(シュタージ)に協力をするしか選択肢がなかった当時の東ドイツの実情を、リアルに描いています。
友人を裏切り、彼らの行動を逐一報告していた彼は、東西ドイツが統一したのち、スパイとして活動していた多くの著名人が自ら公表するのを見ながら、自分も過去と向き合い、公にするかどうかで苦しみます。
そしてある日、グンダーマンが監視していた友人が、実はグンダーマンを監視していたという事実を聞かされ、驚き、ショックを受けます。自分が監視していた人物に監視されていたという矛盾した事実に、さらに思い悩むことになります。
ミュージシャンとして名を馳せるようになったグンダーマンは、シュタージに協力していたということを公にする前に、少しずつまわりの人たちに過去を知られていきます。
「仕方がなかったんだ」と苦しい表情をみせるグンダーマンに対して、罵倒し、「裏切りは裏切りだ」と言い放つ人もいました。
過去に苦しみ、葛藤するグンダーマンですが、物語のラストで、彼にとって一番相応しい場所で大きな決心をするのでした。
アレクサンダー・シェーアが歌うグンダーマンの名曲
日本では無名な存在だったグンダーマンですが、「東ドイツのボブ・ディラン」と言われた彼の曲が作品の中で18曲も登場します。
これらのすべてを、グンダーマンを演じるアレクサンダー・シェーアがカバー。
実際のグンダーマンが歌っている映像がないため、比べることは難しいのですが、その姿と歌声は「まるで本人そのもの」と高く評価されています。
グンダーマンは、自分の人生をまるごと歌に込めました。
炭鉱夫として働く自分、愛する妻・コニーへの想い、コニーとの間に生まれた愛娘・リンダへの愛情…。ダイレクトで分かりやすい歌詞に、美しいメロディーが心に染み入ります。
まとめ
グンダーマンが働く褐炭採掘場の景色もこの作品の見どころの一つです。
露天掘りの現場にそびえたつ重機を空から映し出す壮大な風景は、地下の奥深くに潜って作業をする炭鉱夫のイメージを覆すものがありました。
グンダーマンの仲間が仕事中に事故で亡くなるなど、劣悪で過酷な職場環境なのに、夜間にライトアップされた風景を美しいとさえ感じてしまうほどです。
物語の中で、何度か煙が立ち上る褐炭採掘場に向かってグンダーマンが車を走らせるシーンが登場するのですが、どこか切なく憂いのある風景として心に残りました。
映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』は2021年5月15日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開予定。