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Entry 2018/12/08
Update

映画『暁に祈れ』感想と内容解説。タイの刑務所に収監された男の真実の物語|銀幕の月光遊戯14

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第14回

12月08日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷&有楽町、シネマート新宿ほか、全国順次ロードショー!

“地獄”と呼ばれたタイの刑務所に収監されたイギリス人の絶望と、ムエタイとの出逢い。ビリー・ムーアによるベストセラー自伝小説を映画化した『暁に祈れ』をご紹介します。

監督は、『ジョニー・マッド・ドッグ』のジャン=ステファーヌ・ソベール。主要キャスト以外は本物の元囚人を起用し、リアリティある世界を生み出しました。

『グリーンルーム』などで知られるジョー・コールが迫真の演技で主人公ビリーを演じています。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

映画『暁に祈れ』のあらすじ


(C)2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

イギリス人ボクサーのビリー・ムーアは、荒れた生活を立て直すためにタイにやってきました。しかし、いつしか麻薬に溺れるようになり、闇社会で行われるボクシングの試合に参加し、資金を捻出する事態に陥っていました。

ある日、彼の家に数人の警官が踏み込み、逮捕されたビリーは、タイで最も悪名高いチェンマイの刑務所に収監されてしまいます。

囚人たちでごった返した監獄は、眠るのも床の上で、寝返りを打つスペースさえありません。

新しい囚人が房に収監されると、脅迫、侮辱などの洗礼が待っていました。ビリーは言葉も理解できない中、激しい侮辱を受け、別の若い囚人は辱められ、翌朝首を吊った姿で発見されました。

煙草が通貨の役目を果たし、汚職がはびこり、囚人同士の殺人ですら珍しくありません。

そんな地獄のような毎日をどうにか生き延びますが、夢も希望もない生活の中、看守から譲り受けたヘロインのせいで、ビリーは再び中毒状態となってしまいます。

ヘロインが切れ、譲って欲しいと懇願するビリーに、イスラム教徒を殴ったら譲ってやってもいいと看守は応えます。ビリーは反発しますが、ついには命じられたまま暴力を奮ってしまいます。その有様をみた看守は「殴れとはいったがこれはやりすぎだ」とぬけぬけと言うのでした。

独房に入れられ、絶望の淵に立たされたビリーは、格子越しに、屈強な男たちが整然と列を作ってランニングしている様子を目撃します。彼らは所内に設置されたムエタイ・クラブに所属する囚人選手たちでした。

なんとか自分も加えてほしいと訴えますが、すげなく追い返されてしまいます。ここでは何でも賄賂を使わなくてはことが進まないのです。

売店の仕事をしているレディボーイ(男性から女性に性転換した人)のフェイムに拝み倒して、煙草を一箱融通してもらい、ようやくビリーはクラブメンバーになることが許されました。

ムエタイの練習に励むことに活路を見出すビリー。周りの囚人もそんな彼に徐々に心を開き始めます。

ビリーはムエタイの技だけでなく、その精神を学んでいきます・・・。

ジャン=ステファーヌ・ソベール監督のプロフィール


(C)2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

ギャスパー・ノエ、シリル・コラールら、多数の名監督の下で働いたあと、2000年に監督としてのキャリアをスタートさせました。

いくつかの短編を撮った後、2004年に『CARLITOS MEDELLIN』を監督。暴力、殺人、武器が横行するコロンビアの街、メデリンで、若い男が住人たちを救おうとする様子を描いたドキュメンタリー映画で、多くの国際映画祭で上映され、好評を博しました。

2007年には、初めての長編劇映画『ジョニー・マッド・ドッグ』で脚本・監督を務め、内戦で混乱を極めるアフリカ・リベリア共和国を舞台に、コマンド部隊「マッド・ドッグ」の少年兵たちの姿をリアルに描き出しました。

ビリー・ムーアの自伝ベストセラー小説を原作とした『暁に祈れ』は、2017年の第70回カンヌ国際映画祭ミッドナイト・スクリーニング部門で上映され、批評家サイト「ロッテン・トマト」では96%の高評価を獲得しています。

囚人役に俳優でなく、元囚人を起用して、リアルな世界を作り上げていますが、ただ単に臨場感をもたせるためだけではなく、彼らの人間性にも目を向けようとする監督の深い視点と姿勢が、このような撮影を可能にしたに違いありません。

ジョー・コール(ビリー・ムーア役)のプロフィール


(C)2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

イギリスの名門、ナショナル・ユース・シアターで演技を学んだ実力派俳優で、今、最も期待できる若手俳優のひとりです。

『グリーンルーム』(2015/ジュレミー・ソルニエ監督)、『きみへの距離、1万キロ』(2017/キム・グエン監督)などの話題作に多数出演。舞台の活動も精力的に続けています。

今回、ボクサーである主人公を演じるにあたって、何ヶ月も肉体改造に励み、30日間の過酷な撮影に望みました。

映画『暁に祈れ』の感想と評価

プリズン映画としての『暁に祈れ』


(C)2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

プリズン映画といえば、獄内の暴力や権力争い、反抗や抵抗が見せ場となるアクション映画のジャンルの一つであり、“脱獄”は極上のエンターテイメントとして描かれ多くの名作を生んできました。

一方、プリズン映画には社会派映画の側面もあり、アラン・パーカーの『ミッドナイト・エクスプレス』(1978)やジョナサン・カプラの『ブロークダウン・パレス』(1999)などはその傾向が強いものと言えるでしょう。

この二作は、それぞれ、旅行先のトルコ、タイで捕えられたアメリカ人が投獄され、常識とはかけ離れた体験と苦しみを受ける物語でした。

『暁に祈れ』もまた、言葉も通じず、誰も頼れる者がいない異国の地で投獄されたイギリス人ボクサーの恐怖と苦悩の日々を描いています。

映画の冒頭は、鍛えた男性の裸の背中が画面に大きく映し出されます。ジョー・コール扮する主人公ビリー・ムーアの背中です。

その時は、“逞しい”、“美しい”と感じられたその背中が、刑務所に入った途端、“白い”という印象に変化します。

彼以外の囚人(大半を現地タイ人の元囚人が演じています)は皆、肌が浅黒く、全身にぎっしり入れ墨をいれています。

ムンムンとした暑さの中で、彼らは肌をむき出しにして生活しています。そこでは、ビリーの入れ墨ひとつない白い肌は、やたらと目立つのです。

彼がその場で異端な存在であること、孤立していること、そしてどこにいてもすぐに誰かの目につくこと、そのことが導く不安と恐怖をその白さは表しています。

タイ語の字幕がほとんどつかず、観客もビリーと同様、彼らが何を言っているのか理解できない上に、ビリーの視線に寄り添うようなカメラワークがとられているため、自ずとビリーと同じ状況に追い込まれたような気分になっていきます。

ジャン=ステファーヌ・ソベール監督の語りは、観客を傍観者でいさせてはくれないのです。

ジャンキー映画としての『暁に祈れ』


(C)2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

ジャンキー映画の代表として、すぐに思い浮かぶものといえば、1996年制作のダニー・ボイル監督の『トレインスポッティング』でしょうか。

ユアン・マクレガーが演じる麻薬常習者の青年は何度も麻薬断ちを試みますが、すぐに中毒状態に戻ってしまい、自堕落な生活をなかなか改めることができません。

また、同じイギリスのケン・ローチ監督の『SWEET SIXTEEN』(2002)は、母親が刑務所に入っている少年が、麻薬売買に手を染めていく姿を描いたものでした。

『暁に祈れ』のビリーは、幼少時に父親の暴力を受け、荒んだ少年、青年時代を送り、再起を図ったタイでは麻薬中毒となってしまいます。

頼るべき大人がいないビリー少年が辿った道を思う時、『SWEET SIXTEEN』の少年像が思い浮かびました。

ビリーは収監されたあとも看守の誘惑によって麻薬中毒になってしまいます。

看守の鬼畜な要求を、薬欲しさのために実行してしまい、後悔の念に襲われ、自傷行為に及びます。

このように牢獄の生活は地獄と呼ぶべきものですが、ビリーが歩んできた人生もまた地獄ではなかったでしょうか。

監獄にいても地獄、外に出たとしても地獄。そんな彼の唯一の支えとなったのがムエタイでした。

格闘技映画としての『暁に祈れ』


(C)2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

ボクシングやムエタイという格闘技が魅力的なのは、スピードや、技術の素晴らしさ、人と人の生身のぶつかり合いといった目に見える事柄は当然として、己に勝つために鍛錬に鍛錬を重ねる選手の姿にひきつけられるのも大きな要因です。

映画の題材としても恰好のもので、ボクシング映画といえば、「ロッキー」シリーズを始め、『レイジング・ブル』(1980/マーティン・スコセッシ)など多くの傑作が生まれています。

ムエタイならタイのアクション映画『マッハ!!!!!!!!』がすぐに思い出されるでしょう。

『暁に祈れ』のビリーは、ボクサーですが、ムエタイの経験はなく、彼はひたむきにムエタイに打ち込みます。

時に心を制御できず爆発することもありましたが、仲間に許しを乞うてからは、ただひたすらに無心にムエタイに取り組んでいきます。

試合シーンでのカメラは、人物の近くにぐっと寄り、長回しでほとんどカットを割らずに撮られています。

手に汗握る肉体と肉体のぶつかり合い、リアリティという言葉を超えた生身のパッションが画面から溢れ出ます。

ここまで体を作り上げ、真の闘いを見せてくれたジョー・コールの役者魂には驚嘆するばかりです。

まとめ


(C)2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

いくつかのジャンル映画の枠組みから本作を読み取ろうと試みましたがいかがだったでしょうか。

とはいえ、全ての映画がそうであるように、この作品も狭いジャンルに留め置くことは出来ません。

ジャンルから逸脱したところに本当の映画のエッセンシャルが詰まっているからです。

彼にとってのムエタイとは、誰かを打ち負かすための手段でもなければ、強さを極めるための方法でもなく、自分を労(いたわ)るものだったのではないか?

地獄の人生の中で、大切にしてこなかった自分自身を、ムエタイが初めて労ることを教えたのではないか?

過酷な、過酷な物語ですが、エンドクレジットが流れ始めたときに、なにか静謐で美しいものを感じずにはいられませんでした。

次回の銀幕の月光遊戯は…

次回の銀幕の月光遊戯は、2018年12月15日(土)、16日(日)に、座・高円寺2で開催されるAfter School Cinema Club + Gucchi ’s Free Schoolによる映画祭『傑作?珍作?大珍作!! コメディ映画文化祭』で上映される『パンチドランク・ラブ』をご紹介いたします。

お楽しみに。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

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